63.So Lonely 【悪報は遅れてやってくる】
二日あきましたが、変わらずブクマありがとうございます。
遅くなりましたが、続きです。
一二三がホーラントへ侵入したという知らせが、王ではなくヴェルドレの元へもたらされたのは、ユーグがそうなるように城内で工作をしていたからであった。だが、そのことをヴェルドレは知らない。
「国内に入り込まれただと?」
「どうやら、我が国の国境警備隊は壊滅したようですな」
ヴェルドレと共に報告を聞いたユーグは、溜息をついた。
「だが、10人程度の少人数ならば、王都へたどり着く前に叩き潰す事は容易だろう」
そんなヴェルドレの言葉に、報告に来た兵が恐る恐る発言する。
「それが……すでに二つの街を突破しており、数日中には王都へ到達するものと見られます……」
おもむろに立ち上がったヴェルドレは、手にしていた陶器の杯を床に叩きつけた。
「なぜそれを先に言わぬか!」
すっかり萎縮してしまった兵は、跪いたまま震えている。
「落ち着いてください、ヴェルドレ様。……これは良い機会かもしれません」
「どういう意味だ」
兵士を下がらせたユーグは、余人に聞かれぬように声を潜めた。
「こういう筋書きを描くのです」
そっとヴェルドレの耳に届けられた策は、彼にとって好ましい、華々しく名誉に満ちた戴冠への筋道だった。
にやりと笑ったヴェルドレだが、ふと疑問を感じた。
「しかし、王の周りには近衛の兵が警備についている。俺には借り物の兵士かおらぬ。まずその策を進めるのに駒がおらぬではないか」
「ご冗談を。最強の私兵を作っておいでではありませんか」
「……あれを使うのか」
「丁度良い機会です。国民に新たな王が持つ力を示してみせましょう」
ヴェルドレは逡巡した。
ユーグが言うヴェルドレの私兵というのは、兵士とは名ばかりの実験体たちの事だが、制御できる状態にはあるものの、移植や投薬などの実験を繰り返されたその見た目は“なんとか人の形を保っている”という程度で、とてもじゃないが人前に並べられる容姿ではない。
「ご心配には及びません。戦闘は城内だけに限定し、国民の前に並べる時は全身鎧ですっぽりと包んでおきましょう」
「うむ……」
「そのあたりも含めて、手配はお任せ下さい」
優雅に頭を下げたユーグに、ヴェルドレはしばらく考えたが、他に良い策は浮かばなかった。
「よかろう、ユーグの案を採用する」
「お任せください」
顔を上げたユーグは、口ひげを引き上げて笑った。
☺☻☺
謁見の間には、静寂が横たわっている。
玉座の横に立つ王女の前には、第三騎士隊長のロトマゴと宰相アドルが跪き、部屋の両脇では警備の騎士たちがズラリと並んでいる。彼らは一様に沈痛の面持ちであるが、王女以外が表情を曇らせているのは、王子を悼んでではなく、この事実を知った王女の心境を慮ってのことである。
純粋に王子の死を悼む者は、この場ではイメラリアの他にいない。
「……弟は、やはり一二三様に殺されたのですか……」
「いえ……トオノ伯の従者であるオリガという者が王子を弑したと報告を受けております」
イメラリアの疑念を否定したのは、ロトマゴだった。
遅れて報告を受けた彼は、アドルの制止を無視して王女への報告を強行した。アドルは仕方なく同席し、イメラリアのフォローをすることにしたのだ。
「オリガさんが……」
イメラリアは、あまり話したことは無いが、いつも一二三の側にいる印象がある、同年代ながら可愛らしい顔に強い意志を秘めた目をした女性の顔を思い出した。
その時の状況を報告したロトマゴの言葉に、イメラリアは力が抜けそうになる足を必死で伸ばて立ち続けた。
弟がやってきた事はなんだったのだろうか。周りに踊らされて物見遊山で戦場へ向かったかと思えば、戦線には出ずにまだ子供のくせに女性をはべらせて遊びほうけていたとは。
イメラリアには、どうしてもオリガを恨むような気持ちは持てなかった。
状況を聞けば聞くほど、弟に王の器があるようには聞こえず、自業自得としか思えなかったからだ。
しかし、王族が自分ひとりになってしまったこと。守るために努力していたのに、あっさりと弟を失ってしまったことで、目の前が暗くなっていく。
王族としての責任感だけが、イメラリアを辛うじて立たせている。
「……他に、現場を見た者はいますか?」
「は。私へ報告した騎士以外では、本日帰着した第二騎士隊の者がおります」
ロトマゴは、イメラリアの許しを得て、待たせていた騎士を謁見の間へと入れた。
すっと背筋を伸ばし、兜を脇に抱えて入ってきたのはヴァイヤーだった。
ロトマゴとアドルのやや後ろに立ち止まり、音もなく膝をついて頭を垂れた。
「直言を許します。貴方が見たことを全てここで話してください」
「はっ!」
全員によく聞こえるように立ち上がることを許され、ヴァイヤーは王女に目を合わせないように注意しながら、第二騎士隊と第一騎士隊、そして一二三とビロンがどのような状況にあり、結果としてどうなったかを詳細に説明した。
謁見の間にいた全員が、誰ひとり声を出すことなく報告に聞き入っていた。
一二三の容赦ない王子派殲滅もさることながら、ヴィシーが行っていた人体実験まがいの兵強化には、イメラリアも言葉がない。
さらに、救助した元ホーラント兵たちを伴い、フォカロル領軍の一部が帰還途中であり、現在は王都の兵舎を借りて一時休息をとっているとヴァイヤーは報告した。
「それで、一二三様とフォカロル領軍本隊はどうしたのです」
「トオノ伯と一部の兵が先行してホーラント領へ侵入し、敵国境警備兵を完全に壊滅せしめて敵国王都へと向かわれました。本隊は半日の間を開けてトオノ伯を追っています」
ヴァイヤーの言葉に、イメラリアは頭を抱えた。
「まだヴィシーとの和平会談もできていないというのに……。止めても無駄なのでしょうけれど」
それにしても、とイメラリアは目の前に立つヴァイヤーを見た。
「貴方は第二騎士隊所属の騎士ですね。弟を支援する立場だと思ったのですが、なぜ第三騎士隊長のロトマゴの元へ?」
「はっ。私は一人の騎士であります。隊長の方針に従うのみですので、私自身は派閥や政治的な取引などとは距離を置きたいと考えております。ですが、今回の失態により第二騎士隊は数名の生き残りのみとなりました。事ここに至っては拠り所もありませんでしたので、第三騎士隊長へ身の振り方をご相談に伺いました」
そこで詳しい状況を掴んだロトマゴは、第二騎士隊の身を預かる事を了承し、イメラリアへの報告を行うように命じたらしい。
「なるほど……。わかりました。現時点で第一・第二騎士隊は解散し、第三騎士隊をオーソングランデ唯一の騎士隊とします。隊長は引き続きロトマゴへ任せます」
良いですね、と問うたイメラリアに、ロトマゴは口を開いた。
「畏れながら……騎士隊を統合される事も、私には過分な地位とは思いますが、統合した騎士隊の隊長を務めさせていただく事にも異論はございません」
ですが、とロトマゴは顔を上げた。
「国内の中心兵力がイメラリア様以外の者に集中するのは好ましくありません。近衛のみは騎士隊とは別の組織とし、イメラリア様のみに指揮権があるという形がよろしいかと愚考いたします」
ロトマゴの提言に、宰相も賛同の言葉を述べた。
黙っていれば、国内の軍部最高の地位に就けただろうに、と周りの騎士たちは顔を見合わせたが。
「わかりました。ロトマゴの良識と判断を多いに評価します。それで、新設する近衛騎士隊には……誰か推挙したい者はおりますか?」
「はっ。歳は若いですが、現実的な判断力を持った騎士として、サブナクを推します。そしてその補佐として副隊長にはここにいるヴァイヤーを」
ロトマゴの言葉に、再び跪いていたヴァイヤーが思わず顔を上げた。推挙の話は初耳だった。
「理由を聞きましょう」
「サブナクはトオノ伯との面識があり、伯の影響を良い形で受けております。何事にも柔軟に対応できることでしょう。伯からも領地運営に助力を求められる程度には組織管理能力もあります。経験は不足していますが、まず問題はないでしょう」
そこまで言ってから、ロトマゴはちらりとヴァイヤーを見遣る。
「このヴァイヤーも、騎士隊壊滅の状況にありながらもうまく兵をまとめて生還しました。実戦も経験しましたし、機転も効くようです。トオノ伯との関係を保つだけの能力もあるようです。所属していた隊を理由に手放すのは惜しい人材かと。それに、新たな発見によってこの国の兵を強くする提案を私に持ってきました」
「提案、ですか」
イメラリアが興味を持ったことに、ロトマゴは内心安堵していた。
周りの国との戦線はこれから拡大している可能性が高い。国防の為の提案に敏感になってもらわなければ困るのだ。
「はい。これは、トオノ伯の指導によって行われていたフォカロル領兵たちの訓練なのですが……」
ロトマゴとヴァイヤーからの案と、近衛騎士隊の新設は即日承認された。
サブナクがミュンスターから戻るまではヴァイヤーが近衛隊長代理となる。
騎士隊からの除名すら覚悟していたヴァイヤーは、突然の要職への配置に緊張していたが、使者からの書面一枚でいきなり近衛隊長に任命されたサブナクはそれ以上に混乱し、ビロンを通して渡された書面を読んで声にならない叫びを上げた。何かの悪質ないたずらかとまで疑い、しばらく自室から出てこなかったという。
☺☻☺
「お、魔法使い発見」
ホーラントの街道を意気揚々と進んでいた一二三は、目の前から近づいてくる集団の中に、ローブ姿の人物が数人紛れているのを見つけてほくそ笑む。
集団は剣を持つ兵士を含む30名程の軍隊で、魔法使いと思しき格好の者は5名ほど。適当な隊列の中程に固まっている。
そこへ無防備に近づいてくる一二三の姿に、戦闘にいた兵士が止まるように言った。
だが、一二三は無視する。
オリガたちは少し離れた後方で待機しながら、周囲に伏兵などがいないか警戒している。これも一二三の指導によるものだ。
「お前、魔法使いだろう? 王都の施設の事で、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
いきなり目の前に来た男に、魔法使いたちは不機嫌な顔を向けた。
「貴様! 俺たちはユーグ様直属の命を受けた特務隊だぞ!」
無視された兵は一二三を威嚇するように、ぐいと迫った。
「うるさい」
目の前にきた兵の顔面に、一二三の左手がピシャリと打ち当てられる。
周りの誰にも見えなかったが、人差し指がしっかり目にあたるえげつない攻撃だ。
「うぎぎ……」
突然の痛みに顔を押さえてうずくまった兵を放って、一二三は魔法使いたちに向き直った。
「魔法具の研究と保管をしている施設が城の近くにあるんだろう? 場所を教えてくれ」
「な、何者だお前は……」
横暴もいいところの一二三の行動に面食らった魔法使いは、辛うじてそれだけ言葉にできた。
「ああ、自己紹介がまだだったな」
悪い悪い、と一二三は笑った。
「オーソングランデの伯爵、一二三だ」
で、場所は?
と質問を繰り返す一二三に対し、ホーラント兵たちはザザっと距離を取った。
慌てて武器を取り出した兵士たちに、一二三は口を曲げて不満を漏らした。
「なんだよ。平和的に話しかけたのに、この扱いは」
見れば、魔法使いたちも短剣を握って何かの詠唱を始めている。
顔を抑えていた兵も立ち上がり、左目を真っ赤にして怒りの表情で剣を抜いた。
ぐるりと取り囲まれた状況を一瞥して確認した一二三は、いきなり大きく一歩踏み込んだ。
「ぐえっ」
一人の魔法使いの腹を前蹴りで吹っ飛ばし、集団から一人だけを離脱させた。
二度ほどバウンドした魔法使いは、そのままぐったりと倒れている。
「あいつだけ残しておけばいいや」
言いながら、一二三は収納から三節棍を取り出した。
「じゃ、やるか」
「な、なめるなぁ!」
最初の男が迫るのを、軽く体を揺らして避けたところで、魔法使いたちから火と風の魔法が飛んできた。
中々連携が取れているようで、剣を持った兵たちはうまく射線から外れている。
「ほいっと」
一二三は斬りかかってきた男が距離を取ろうとするのを、首を掴んでくるりと位置を入れ替えた。
「うぎゃぁ!」
風の刃で傷つけられ、火だるまになった男はしばらく転がっていたが、すぐに動かなくなった。
「くさっ」
タンパク質が焦げる悪臭に顔をしかめる一二三に、次々と襲いかかってくる兵たち。
前衛を入れ替えつつ攻撃してくる様は中々堂にいったものだが、ある欠点があるのを一二三は見抜いていた。
下がろうとする者に着いて行くように接近し、棍の先で喉をついて殺す。
そのままの勢いで隊列に紛れ込むと、一瞬で兵たちは混乱した。
「動かない的を相手に練習したようだな。生き物と木偶は違うぞ」
一定の感覚で隊列を入れ替え、相手の疲労をさそうのは集団戦や護衛対象がいる相手なら有効かもしれないが、相手が少人数で、しかも動き回るならその限りではない。
すっかり隊列に入り込まれ、剣を振るに振れない団子状態になった集団の中で、一二三はいつの間にか邪魔な三節棍を仕舞い、右手に寸鉄を握っていた。
「長剣振り回しているくせに、密着しすぎだぞ~」
こめかみや脳天、眼球に次々と寸鉄を突きたてていく。
量産される死体や重傷者たち。
「たまにはこういう乱戦もたのしいなぁ」
寸鉄を仕舞い、この世界で作ってはいたものの使わなかった小太刀を逆手に持ち、朗らかに笑う。
すれ違いざまに頚動脈を撫で切って、血しぶきをくぐって別の相手の方に突き立てる。
さらに左手で次の敵の首を掴み、引き寄せつつ脇の下の鎧が無い部分に刃を滑らせる。
鮮血舞う街道から、数人の敵がひっそりと離脱しようとするのを一二三は見逃さない。
離脱者の一人が、転がっている魔法使いを回収しようとしたところで、その首筋に鉄の礫がめり込んだ。
「そいつには用がある。持っていくのは遠慮してもらおう」
一二三がそう言った時には、すでにホーラント兵は半数以上が倒れている。
そこで逃げようとしている者がいることに他のホーラント兵も気づき、全員が状況が分からずに散り散りに一二三から離れた。
「ちっ……」
離脱者の一人が舌打ちする。
「お前ら、最初から戦う気がなかったな。俺の顔も知っているような反応だったし」
一二三の指摘に、うめき声が上がる。
「図星か。お前らにもちょっとお話を聞かせてもらう必要がありそうだなぁ」
くるりと小太刀を回して順手に持ち替え、半身の構えで切っ先を突き出す。左手には、まだ礫があり、指先で弄んでいる。
「さあ、逃げおおせるか試してみるか? 勝てるかどうか試してみるか?」
それ以外の選択は許さない、と一二三は小太刀を揺らした。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。