62.Eat It 【腹が減ってはなんとやら】
休み休みやらせていただいております。
よろしくお願いいたします。
※タイトルはスペルミスではありません。念のため。
「素晴らしい成績です」
珍しくカイムが人を褒めるのを聞いて、勉強部屋になっているホールの当番だったデュエルガルは驚いた。
「へぇ、お嬢さんはそんなに優秀かね」
「そうですね。ブロクラに頭を下げて勉強を教えてもらって、何とか合格した貴方とは大違いです」
「うるせっ」
のどかなやり取りをしている二人の前では、フィリニオンが机に突っ伏していた。
「つ、疲れた……。こんなに勉強したのは生まれて初めてよ」
「お疲れ様です、お嬢様。こちらをどうぞ」
微笑むクリノラから、あたたかな湯気が上がるカップを受け取ったフィリニオンは、一口含んだだけでニッコリと笑顔があふれた。
「甘くて美味しい……ありがとう、クリノラ」
蜜をとかした甘い紅茶はフィリニオンが小さい頃からの好物だが、上質な蜜は高価なので、特別なときだけクリノラが気を利かせて出してくれる。
鼻腔をくすぐる甘い香りとほのかな苦味が、疲れた頭を癒してくれる。
そこに、採点を終えたらしいカイムが声をかけた。
「領主様が課題として用意された分を、無事に修了されました事を確認いたしました。主命に従い、フィリニオン様を領主代理同等の権限を持つ代官として歓迎いたします」
よろしくお願いいたします、と頭を下げるカイムに、フィリニオンは慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って! 私は単なる領地運営の手伝いとして派遣されただけで、代官とか領主代理とか、聞いてないんだけど?!」
「そうですか。では、今お伝えしたという事で」
サラリと流して、話を続けようとするカイムにフィリニオンが食ってかかる。
「冗談でしょう? そんな重要な仕事なら、もっとちゃんと準備したのに!」
しかも、こんな危険地域の領主代理なんて、とふらつきながら椅子に座った。
「仕事などいつも急なものです。私たちなど、奴隷身分に落ちてすぐ教育・実務とほんの数日の間にあっという間に領主様の駒にされました」
それが悪いとは思いませんが、とカイムは柄にもなく自分の事を話した事に一瞬口を引き締め、そこまでで話題を変えた。
「とにかく、この領地で今は貴族の身分を持つのはフィリニオン様のみです。領主様の依頼でもありますので、受けていただきます」
グレーの瞳でまっすぐ見つめてくるカイムに、フィリニオンはゆっくり首を振った。
「仕方ないわね」
立ち上がったフィリニオンは、緑の髪をかきあげる。
「フィリニオン・エル・アマゼロトは、今から当地での代官任務にあたります。……これから宜しくね、カイムさん、デュエルガルさん」
出された右手を順番に握り、カイムは相変わらずの無表情のまま、デュエルガルは豪快に笑ってよろしくと挨拶をした。
そこへ駆け込んできたのは、彼らと同じ文官奴隷のブロクラだった。
「カイムさん、ヴィシーを離反独立したピュルサンから、助力を乞う書面が届いていますが……」
ブロクラの言葉を聞き、書面に目を通したカイムは、その書面を迷うことなくフィリニオンに手渡した。
「早速お仕事です、領主代理。分裂した敵国の一部が、助けて欲しいとなりふり構わぬ書面を送って来ました」
いきなり舞い込んだ問題に、フィリニオンの文書を読む手が震える。
「さて、どうしますか?」
それでも、カイムは容赦なく選択を迫った。
☺☻☺
フォカロル領軍の主な仕事は、食料の調達の為の狩りだったりする。自分たち軍だけでなく、職員たちの食事に使われる材料も狩ってきて、少ない予算で食事を豪勢にするため日々努力しているのだ。
実際、敵と直接やりあったのはヴィシーからの侵攻に対する戦闘くらいで、基本的には訓練の日々だった。
募兵から人数も増えて、久しぶりの実戦だと張り切って遠征してきた彼らだったが、いざ国境まで来てみると、お頭である一二三が好き放題に暴れて、ハイエナよろしく国境警備兵たちが戦果を漁ったあとだった。
まだホーラント側の兵の補充はなく、実質的に国境一帯はオーソングランデによる占領状態となっている。
「また派手に暴れたらしいね」
国境警備の兵たちから聞き取りをしたアリッサは、いつもどおりの一二三に、苦笑いするしかない。
説明をしている兵たちも、こんな子供が領兵の隊長だとは信じられなかったが、アリッサの指示で兵たちがキビキビと動き、自分たちよりもよっぽど練度が上であると分かってからは、自分の上官よりも丁寧に接していた。
「トオノ伯爵は三日前に国境を通過され、敵兵を完全に討ち滅ぼしてのち、ホーラント王都を目指して出発されました」
「三日かぁ……」
これは自分たちが王都へ到着する前に、大体の事が終わってそうだと思った。
今回はミュカレは同行していないので、一二三から言われた“自分で考えて適当に”という命令にしたがって、適当に思考を走らせる。
「うーん……。とにかく一二三さんを追って行こうか。何か手伝うことがあるかもしれないし」
「了解しました! 聞いたな、みんな!」
応、と逞しい男たちの声が響き、警備兵たちが怯えている。
「今日はここで休ませてもらって、明日の朝出発しよう。警備兵さん、宿営の場所を借りたいんだけど……」
上目遣いのお願いをするアリッサと、その背後から無言で圧力をかけてくる領兵達に、警備兵は頷く他なかった。
☺☻☺
一二三に救済という名の虐待を受け、自我を取り戻した元ホーラント兵たちは、フォカロルへ向けて徒歩でゾロゾロと街道を移動していた。
護衛にはフォカロル領兵の一部に加え、一度王都へ戻る第二騎士隊の生き残りたちがいた。
無論、ヴァイヤーもその一人だ。
旅も二日目。特に問題も起きる事なく、食事はフォカロル領兵たちが捕まえてくる魔物の肉と台車に積んだ穀物でたっぷり食べられるとなると、自然と気楽な雰囲気になり、仲良くなるのも早かった。
「では、君は王都からの出向組だったわけだ」
「ええ、王都で兵士をしていましたが、家族もいないので新たな領軍ができると聞いて志願しました」
ゆっくり話を聞くため、ヴァイヤーは馬の轡を取り、歩いて兵と話す。
最初は騎士がわざわざ馬を降りて隣を歩くことに恐縮していた兵も、アレコレと話すうちに笑顔を見せるようになっていた。
「はじめは聞いたこともない新興貴族の領地だと聞いて不安だったんですがね、蓋を開けてみたらこれが良くできた領主様で、民衆には平等だし気楽に接してくれるし、俺たち一般の兵にも普通に接してくれる人でしたんで、びっくりしたもんです」
その代わり、訓練は結構厳しいし、色々意味がわからない事もさせられたけれど、とこぼした兵士に、ヴァイヤーは引っかかった。
「その、意味がわからない事というのは、例えば?」
「そうですねぇ……」
兵士の話を聞いて、ヴァイヤーは頭を殴られた様な衝撃を受けた。
彼らフォカロル領兵は、剣と槍、弓の三種の武器を、一対一、一対多、集団戦など、様々な状況を想定して使用する訓練を受けていた。さらには、投槍器や建物内、荒野、街中や森の中など、環境も様々なパターンを用意し、どういう時にどう動くのか、軍団や小集団での動きをくり返し行うという。
しかも剣や槍の練習方法に至っては“型稽古”という聞きなれない言葉が飛び出し、興奮気味に質問をすると、それが武器を扱う一連の動きをパターン化したものを繰り返す訓練だと分かった。
「なるほど……」
騎士の訓練は主に一対一で剣や槍の技量を競うもので、一人での訓練はひたすら素振りを繰り返す程度が一般的だ。
兵士も同様で、掛け声や合図で走ったり戻ったりを覚える程度でしかない。
フォカロル領軍の訓練は、王都や他の領地の軍から一歩二歩どころではない先を進んでいるのだと、ヴァイヤーは確信した。
思い返せば、夕べ野営の準備が終わったあと、フォカロル領兵たちは交代で剣を持ち、向かい合って何かを動きを繰り返していた。あれが型稽古なのだろう。
「ひとつ、お願いがあるのだが……」
不意に切り出された言葉に、兵は驚いたものの笑顔でなんでしょうと返した。
「君たちの訓練に、私も参加させてもらえないだろうか?」
ヴァイヤーは、ここでフォカロル領兵の訓練方法を吸収することで、オーソングランデをより良くする事ができるのではと考えた。
☺☻☺
「じゃあ、これとこれ。あとこれな。お前たちもたっぷり食っておけよ。まだ先は長いからな」
一二三に促され、オリガは彼に続いてスープと野菜のボイルを注文した。続いてフォカロル兵たちも肉やパンを頼んでいる。
注文を聞いているレストランの店員は青ざめた顔で引きつった笑顔を浮かべており、他に誰も客がいなくなった店内を足早に歩いて厨房へと消えていった。
兵たちを殺害したあと、そのまま悠々と街中へ入っていた一二三は、たまたま目に付いたレストランへ入り、昼食を摂ることした。
すでに騒ぎは街中まで広がっており、通りからは人がいなくなり、多くの店や住宅が木戸をしっかりと閉じてしまっている。
逃げ出す客の会計を慌ててやっていた不運なレストランが、閉店前に一二三に踏み込まれたのだ。
断ったら何をされるかわからないので、店員も料理人も、とにかく早く満腹にさせて出て行ってもらおうという思いで懸命に料理を作り、盛り付けている。
「お、お待たせいたしました」
店員が次々とテーブルに料理を並べていくが、一二三は首をかしげた。
「……なんか少なくないか?」
皿は他の国と変わらないサイズだが、盛っている量は明らかに少ない。
「これ以上はご容赦ください。飲食店向けの配給といっても、限度があるのです……」
怯えながらも、精一杯の勇気を振り絞って説明された内容に、一二三は引っかかる部分を見つけた。
「配給? この街じゃ、食材は買ってくるんじゃなくて配られるのか」
とりあえず目の前の料理を口に放り込み、飲み込んでから味は悪くないと呟いた。
「国全体がそういう決まりになっています。食料品など全ての物資は、一度領地を収める貴族の元へ集められ、そこから各家庭に配布されるのです」
怯える店員を無理やりテーブルに座らせて、一二三があれこれ質問するとホーラントという国の全体像が見えてくる。
食料品や衣料品は配給制で、家も個人の持ち物ではなく貴族からの貸出になっているという。そして個人が稼いだ金額はかなりの部分が居住費用と言う名の税金として持っていかれるそうだ。
「食事ができない心配はなさそうですけれど、頑張っても意味がなさそうですね」
冒険者という明確なリスクとリターンがある職についていたオリガは、ちょっと理解できないという感想だった。ホーラントには冒険者ギルドも存在せず、魔物を駆除するのはもっぱら貴族お抱えの兵士たちらしい。
「そう言った安全保障の費用も、税金に含まれていますので……」
決して悪口は言わないが、困っているという感情は隠しきれていない。
「ふぅん。そんなら、金と一緒に食材も置いていくか」
不意に立ち上がった一二三は、闇魔法収納から適当な食材を空いたテーブルにドサドサッと積み上げた。
軽く数十人分の料理が作れる量がある。
「こ、これは……」
驚愕する店員の肩を叩いて、一二三はニカッと笑う。
「ぶっちゃけ、足りない。食材は追加でやるから、もっとたくさん作ってくれ。味は悪くないしな」
「わ、わかりました!」
急いで料理人を呼び出し、二人して恐縮しながら食材を厨房へと運んでいく。
ほどなく追加で運ばれてきた料理は、量も味も満足いくものだった。
「国が違うと味付けも変わるが、結構食えたな」
「ええ、とても美味しかったですね」
一二三たちの言葉に、今度は心からの笑顔で店員は頭を下げた。その隣には、厨房から食材のお礼に出てきた料理人もいる。
「とりあえず、これで足るか?」
数枚の金貨を渡した一二三に、食材までもらってこれは受け取れないと店員は固辞した。
「それに、オーソングランデの金貨はこの国では使えませんので……」
申し訳なさそうに言う店員に、一二三はそんな事かと笑った。
「それなら、しばらくどこかに入れて隠しておけばいい。もうすぐこの国は無くなるから、金貨の形が違うとか、そんなつまらんことを気にする奴はいなくなるだろ」
「うぇっ?」
突然の亡国予言に、思わず変な声が出た店員は、そのままさっさと出ていった一二三たちの背中を呆然と見送った。
料理人を見ると、彼もこちらを見ている。
「今、あの人この国が無くなるって言った?」
「ああ、確かに言った」
街の人々が言っていた話では、この街の警備兵を皆殺しにした凶悪な侵入者との事だったが、さっきまでのやり取りでは印象が180度変わっていた。
だが、最後の台詞は完全に侵略者のそれだった。
混乱している店員に、料理人はバシっと背中を叩いて声をかけた。
「わからんもんを考えてもしょうがない。それよりも」
一二三が追加で置いていった食材を指差す。
「今日はもう店を閉めて、久しぶりに腹いっぱい飯を食おうぜ」
「……ああ、そうだな」
うまそうな肉も新鮮な野菜もあるぞ、と二人で調理法を提案しながら、いつ以来かの楽しい食事の時間となった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。