61.I Shot The Sheriff 【アイドル長官】
61話目です。
よろしくお願いします。
国境のホーラント側の警備部隊がきれいに壊滅したあと、ゴロゴロと転がる死体の処理はオーソングランデの国境警備隊に一任された。
警備隊にいた責任者は、許可なく国境を超えることに渋ったが、
「俺が許可するから大丈夫。というか、すでにここはオーソングランデ領だぞ」
という一言でねじ伏せられ、さらに死体の持ち物や敵宿舎の物品は好きにしていいという条件を乗せられ、兵士たちは我先にと国境とホーラント側へとなだれ込んで行った。
「……やれやれ」
人を使うのは面倒だとつぶやき、一二三は先を目指す。
急ぐでもなく、かと言ってゆっくりでもなく、一二三を乗せた台車は進む。
相変わらずの快晴だが、街道には旅人や商人が行き来する姿はほとんどなく、たまに見える畑で農夫が作業を行っているのが遠目に見える程度だ。
「人が少ないな」
「以前にホーラント出身の冒険者から、あまり国内の移動が自由にできないという話を聞いたことがあります。それに、人口は王都にかなり集中しているとか」
さらに、魔法使いとそれ以外では扱いにかなり差があるらしい。
極端な魔法至上主義をとり、新しい魔法や魔法具を開発すれば、王族から声がかかり、重用されるという。
「ふぅん」
街道はそれなりに整備されてはいるが、オーソングランデやヴィシーに比べると、補修されないままになっている箇所が多く、草や石が多い。
夕方まで街道を進み、適当な場所で野営をしたが、朝まで誰も通りかからなかった。
のんびりたっぷりと朝食を摂ってから更に街道を進むと、昼前には街が見えてきた。
「街だな」
「どういたしますか?」
「食料を買おう。敵の兵士が邪魔してきたら殺せばいい」
「わかりました」
いいのかな、と顔を見合わせながら兵士たちも着いて行く。
台車は速度を落としながら、門番が立つ街の入口へと近づいていった。
☺☻☺
ホーラント王城へは、まだ一二三侵入の知らせは届いていない。
あの国境警備の責任者は、本来なら誰かを連絡に走らせるべきだったのだろうが、そうする前に殺され、誰ひとり国境の状況を知らせることができなかった。
王は一二三たちオーソングランデの軍勢が国境を侵す事を予想していたが、王孫ヴェルドレはそこまで予想できなかった。そのため、防衛の準備をしろという命令を“余計なことをせずに大人しくしていろ”という意味にとった。
「クソッ! 今頃は戴冠の準備をしていたはずが……オーソングランデの野蛮人どもめ! それに……」
口に出すことはなかったが、王への不満も喉までこみ上げた。
長い在位の間に、王子であった父は死に、叔父たちも継承を諦めて国政の重役のまま一生を終えようとしている。言葉にすることはなかったが、父は不満気であったし、あまりに長く変化しない王城の顔ぶれに、王城内には倦怠感すら漂っている。
ここ10年は目立った魔法技術の進歩もなく、王もこれといった手を打てていない。
自分ならうまくやれるという気持ちは日に日に高まっていた。
自らの研究兼執務室へと戻ったヴェルドレは、陶器の壺から注いだ酒をあおり、音を立てて椅子へと腰を下ろした。
そこへ、ノックをして入ってきた一人の男がいる。
30絡みの年齢で、キザったらしい燕尾服を着て丁寧に整えたらしい口ひげをたくわえている。
「ヴェルドレ様」
「……ユーグか」
ユーグと呼ばれた男は、ヴェルドレのカップに酒を注ぎ、自分にもカップを用意した。一言も断らず、まるで当然のようにそうするユーグに、ヴェルドレも特に何も言わない。数年来続く付き合いの間に、半ば習慣となっていた。
「王と、何かありましたかな?」
「なんでもない……いや、俺が失敗しただけだ。新型の魔法具を使って用意した兵士の半分を失い、残りをオーソングランデに持っていかれた」
「それはそれは……」
一口、酒に口をつけたユーグは、その香りにニンマリと笑った。
「良い酒ですね。さすがは王孫。いや、次期王というべきですな」
「茶化すな。それに、この失敗で王位もお預けだ」
深いため息をつき、カップの酒を見つめる。
挫折感のせいか、飲んでも味を感じない。
「すぐに王位に就く方法があるではありませんか」
「何を馬鹿なことを……まさか! 冗談にしても悪ふざけがすぎるぞ」
睨みつけられたユーグは、動じることなく肩をすくめて見せた。
「冗談なんかじゃありませんよ。早く貴方が玉座に座ることを望んでいる者は少なくありません。王城で働く者の大半と言っていい。その気になれば、協力者だっていくらでも集まりますよ?」
「だが……」
「弱気なことを言ってはいけませんよ。至尊の座に就くのに、これくらいの試練を乗り越えられなくてどうするのです」
ユーグがゆっくりと噛み砕くように言い聞かせる言葉に、ヴェルドレは次第に引き込まれていった。
王であり祖父である人物を思い浮かべ、頭を抱えて唸っていたヴェルドレの耳に、更にユーグの声が響く。
「王位を力で奪うのも、また実力を示す方法ではありませんか?」
先程まで渦巻いていた王への不満が、またヴェルドレの心を支配していく。
「……どういう方法がある?」
顔を上げたヴェルドレの問いに、ユーグは「素晴らしい、英断です」と笑った。
☺☻☺
「はーい! ちゅうもーく!」
再びミュンスターの広場に集められた元ホーラント兵たちは、虐待をされることもなく良い食事を与えられ、ゆっくり休めたことで皆が大分元気になっていた。
精神的にはまだまだ不安が強いが、それでもまだ生きていく希望はあるとお互いを励ましている。
そして今、彼らの目の前には先日説教をしていた少女よりも更に若く見える女の子が立っている。
「僕はフォカロル領軍の軍務長官アリッサ! よろしく!」
「ぐ、軍務長官……?」
誰かが信じられないとこぼしたのに、アリッサの両脇に並んだフォカロル兵たちが睨みつけた。
「こら! 長官閣下のお話中だぞ!」
「す、すみません」
「それじゃ、これからの事を説明す、します!」
「長官がついに丁寧語を!」
「長官、がんばって!」
えーっと、と言いながら手元のメモをチラチラ確認するアリッサを、周りの兵士たちが懸命に応援している。
見ている側は理解が追いついていない。
「みんなには、僕たちの軍と一緒にフォカロルへ行ってもらいます。一二三さんの許可済みなので、全員街のどこかに泊まる所を用意するし、希望があれば仕事の斡旋もするから安心してね。僕はホーラント行きの軍を指揮するから、着いていけないけど、ちゃんとフォカロルの文官には連絡するから大丈夫」
「長官と一緒じゃなくて残念だったな!」
「まあ新入りじゃ当然だな!」
フォカロル兵たちのテンションに、ホーラント兵たちはどう反応していいかわからないが、とにかくフォカロルに行くらしいことは辛うじて理解する。
フォカロル領兵のテンションはいつものことらしく、アリッサは懸命にメモの内容を説明していった。
フォカロルに着いたら名前と年齢を登録して、一旦宿に入り、それから希望する者には教育して職場を紹介するという。
教育という聞きなれない言葉に困惑していたホーラント兵たちだが、アリッサの様子を見て、そんなに悪い扱いじゃないのだろうと口々に相談している。
「フォカロル領軍に入りたい人がいたら、街に着いた時に文官の誰かに申請してね。僕たちフォカロル領軍は、みんなを歓迎するよ!」
にっこりと笑って説明を終えたアリッサに、領兵たちから歓声が上がる。
「お疲れ様です長官!」
「お飲み物を用意いたしました!」
「お疲れでしょう。私の背中にお乗りください!」
壇上から降りたアリッサに群がり、口々に労いやよくわからないことを言う領兵たちを見て、ホーラント兵たちは領軍に入るのだけはやめておこうと決めた。
「……なんだこれ」
たまたま様子を見ていたサブナクが、温度差のある二つの集団を遠目に見てつぶやいた。
☺☻☺
「待て、妙な乗り物だな……これは何だ? この街へ何の用だ?」
近づいてきた一二三たちを見て、門番らしい二人のホーラントの兵が細い槍を握って誰何してきた。
「これは俺が作らせた乗り物だ。別に名前はつけてない。王都に向かう途中で食料を買いに立ち寄っただけだ」
立ち止まる事なく、質問に答えながらさっさと街へ入ろうとする一二三を、番兵たちが慌てて槍を突き出して止めた。
「ま、待て! まだこちらの質問は終わっていない!」
「止まれ! 身分を証明するものと、国内の移動許可を見せろ!」
「移動許可? この国じゃそんなものまでいるのか」
「そのようですね。やはり国内でも移動が制限されているのでしょう」
のんきに話している二人の後ろでも、兵たちが不便だとか出入りの確認が大変だとか雑談をしているあたり、この緊張感のない空気は国を出ても変わっていない。
「許可証を持っていないのか? まさか脱走か!」
さらに槍を近づけてきた番兵に、一二三は懐からコインを出して見せた。
「これが何か知ってるか?」
問われても、番兵は顔をしかめるだけで答えない。
「知らないみたいだな。国内でしか通用しないか」
では教えてやろう、と一二三はコインをくるりと回して視線を集める。
「オーソングランデでの貴族位を表す物だ。一二三という敵国の伯爵様だよ、俺は」
一瞬あっけにとられた番兵は、オーソングランデという言葉をようやく認識したらしく、慌てて一人が街の中へと駆けて行った。
「応援を呼ぶのか」
一二三の質問をどういう意味にとったのか、残った番兵は鼻で笑った。
「今更ビビっても遅い。騙りでも敵国の貴族なんか名乗ったらどうなるか、たっぷり牢屋で反省するんだな」
「何勘違いしてるんだ。応援を呼ぶなら沢山呼べよ。すぐ終わったらつまらん」
完全に小馬鹿にされた番兵は、槍先を一二三の眼前に近づけた。
「いい加減に黙れ! 虚勢を張るのもいい加減に……」
不意に一二三がずいっと顔を近づける。
その左の瞳に槍先が触れそうになると、番兵は思わず槍を引いた。
「槍を引いたな」
「う……」
「虚勢でもなんでも、やると決めたら途中で引くな」
まっすぐに見つめてくる一二三の視線に、番兵が視線を逸らした時、10人程のホーラント兵が駆けて来るのが見えた。
「き、来た! これで……」
応援の到着にに胸をなでおろしたのも束の間、番兵は胸から刀を生やしていた。
「敵を前に視線を逸らすなら、これくらい見ずによけろよ」
信じられないことをする、と目で訴えた番兵はそのまま息絶えた。
「なっ……貴様!」
目の前で仲間を殺された兵士たちは、顔色を変えて殺到してくる。
彼らの到着を待ちながら刀を収納し、鎖鎌へ持ち替える。
「オリガたちは手を出すなよ」
「かしこまりました」
スススッと距離を取ったオリガたちを見た一二三は、おもむろに分銅を回し始める。
「さて、どうやら今回は魔法使いが混じっているみたいだな」
集団の後方、体力的に劣るのか遅れ気味に三人の魔法使いらしき地味なローブ姿の人物が来ているのが一二三の視界に映った。
待ちきれないかのように、一二三から街中へと踏み込む。
分銅の一投目が先頭にいた男の顔面を潰し、衝撃で頚椎までダメージを受けた男は歯を散らしながらもんどりうって倒れた。
二投目は別の男の首に巻き付き、一二三の元へと獲物を引き寄せる。
近くに来た敵兵に笑いかけた一二三は、鎌で太ももの動脈をざっくりと斬った。
あっという間に血の海になったところで、近くにいた住民たちが異常に気づいたらしく、悲鳴を上げて逃げていく。
三人目に狙いを定めたところで、何かが飛来する気配に気づいた一二三が素早く体一つ分横へ移動する。
一抱え程の大きさの岩が通り過ぎ、背後にいたオリガたちの前に落下した。
「一二三様! 土の魔法を使う者がいます! お気を付けください!」
「土の魔法というより、岩の魔法だな」
どうやら魔法使い三人とも同じ属性使いのようで、さらに二つの岩が飛来する。
勝ちを確信したのか、魔法使いたちを見ると、フードの下から除く口元は笑っている。
「さて、こういうやり方も“アリ”かな?」
言いながら、闇魔法の収納を目の前に展開する。
黒く広がった収納に、音もなくすっぽりと岩が収まると、何事もなかったかのように閉じた。
「ふむ。使い勝手は良いな」
一人納得する一二三に、敵の魔法使いは唖然としている。
それだけではなく、杖も短剣も無く魔法を行使した一二三に、兵たちも足が止まっていた。
「おいおい、まだ終わってないぞ」
唸りを上げる分銅が、また一人の側頭部を痛打して殺害。
兵たちが我に帰る前にさらに一人が、鎌で首を切り裂かれた。
「い、一旦下がれ! まとまってかかるぞ!」
慌てた兵たちは一度下がり、集団で隊列を整えている。
もたもたと並ぶ兵たちを、一二三はあくびをしながら待っている。
「終わったか? 頭を使って戦うならいいんだが、もうちょっと素早く動けるように訓練しておけよ。俺のところの兵なら数秒かからず隊列変更できるぞ」
一二三の言葉に、フォカロル領兵たちは誇らしげに頷いている。
「かかれぇ!」
兵の誰かが叫ぶと、全員で一斉に駆けだした。その後方から、また岩が三つほど飛んでくる。
一二三は鎖鎌を収納して素手になると、並んで槍や剣で斬りかかってくる相手の隙間を縫うように、すいすい通り抜けて行った。
そのまま最後尾にいた兵の前に立つ。
「えっ?」
なぜ自分の目の前に敵がいるのか理解できないでいる兵士を、一二三は子供を抱えるように両脇を抱えてやった。
走ってきた勢いのまま上に持ち上げられた兵士の後頭部に、飛来した岩が当たる。
グシャリ、と水気を帯びた嫌な音がした。
死体を投げ捨てた一二三は、魔法使いへ駆け寄り、立て続けに刀の錆に変える。
「もう少し使い方を考えればいいと思うけどな」
魔法使いを全滅させた一二三が、生き残った兵に視線を向けたとき、すでに戦意を維持しているものは一人もいなかった。
だが、一二三は誰ひとり生かしておくつもりはなく、その通りの結果となった。
お読みいただきましてありがとうございます。
さすがに年末進行で忙しいので、ちょっと間が空きますが、
次回もよろしくお願いいたします。