60.Second Solution 【カチコミ】
60話目です。
よろしくお願いします。
ヴィシーからの独立を宣言し、街から国へと変わったピュルサンの中央には、街の代表から国家元首へと肩書きを変えたミノソンの屋敷がある。
屋敷はあくまで私邸であり、庁舎はすぐ近所にある。彼は毎朝自宅で朝食を摂り、短い距離でも馬車で通勤するのが習慣となっていた。街の代表となって以降、国家元首となってからも時間に遅れる事は一度たりとも無かった彼だが、今日に限っては数分遅れて玄関から表れた。
心配そうに待っていた馭者は、ようやく顔を見せた雇い主の姿に一瞬笑顔を見せたが、ひと目でわかる程にやせ衰えた顔つきに、心配を通り越して狼狽してしまう。
「だ、大丈夫ですかい? 今日は休まれた方が……」
「ああ、そんな余裕はないのだよ……。私の選択の責任を取らなくてはね……」
侍女に支えられてようやく馬車に乗り込んだミノソンは、庁舎に着くなり目を通した報告書に、気が遠くなりそうだった。
報告書を持ち込んだ秘書も、青い顔をしている。
「詳しい説明を……」
「はい。旧ヴィシーからは現状我々ピュルサン陣営に参加したのは3つの街とそれに付随する村のみで、残りのうち半分はフォカロルへ恭順し、残りは連合を組んでヴィシーの政体を存続させるようです」
「中央委員会はどうなっている」
「一人だけフォカロルへ恭順するために離脱。残り3名で中央を維持しておりますが、自分たちの街の防備を優先するあまり、他の街の代表からの支持が得られず、このままでは分解する可能性もあるかと」
「そうか……」
戦争だけ、命のやり取りだけであれば、ヴィシーはここまでバラバラになることはなかったかもしれない、とミノソンは思う。
いち早く抜け出した自分が言うのも可笑しな話だとは思うが、単なる戦争であれば、お互いの戦力をある程度削った時点で手打ちとなって、負けた方が金銭的にも労働力的にも痛い目を見て、数年ほど立て直しに必死になるだけで終わっただろう。
だが、今回は違った。
ミノソンは、一二三という男の恐ろしさは戦力とは違うところにあると思っている。
ヴィシーの連合軍がオーソングランデ領へと誘い込まれ、散々に討ち減らされたあの戦いのあと、削り取られた領地は搾取さえる事なく、一二三の指導によって公平な統治が行われ、大多数の住民にとってはむしろ住みやすくなったと言える。実力を示せば、街の代表ですら免職される事なく町長や文官として採用されるとさえ聞いた。
これでは、ヴィシー側の住民たちは何のために中央委員会の指導に従っていたのかという疑問を覚えても仕方がないだろう。事実、そのせいで多くの街がフォカロルへと寝返り、ヴィシー側に残った街の中でも、代表が残留の意思を見せても民衆は反対しているというところも少なくない。
「つまるところ、戦闘でも政治でも負けたのだ。早晩、ヴィシーという名前は無くなるかもしれんな……」
ポツリと呟いた言葉に、秘書が顔を上げるが、気にしないでくれと手を振った。
今は、この国を守る事を考えねばならない。
「再度、フォカロルへ使者を立ててくれ。産声をあげたばかりの、弱々しいこの国の危機を救って欲しいと」
「かしこまりました」
地理的に孤立するのは仕方ないが、かと言ってヴィシーに残って徹底抗戦をするならば、今度こそ滅ぼされてしまいかねない。
今を耐え抜き、友好国としての振る舞いに終始することを、ミノソンは選んだ。
☺☻☺
オーソングランデ王城では、隊長を中心とした第三騎士隊居残り組による、王子派閥の排除が進んでいた。城内にいる騎士は全て第三騎士隊所属の騎士へと代わり、政治の場でも王子派に属する貴族の発言力は見るからに落ちている。
ロトマゴという名の第三騎士隊長は、武勲ではなく諜報など情報戦での成果を認められて昇進した男だった。さほど裕福ではない子爵家の三男坊の出だった彼は、厚ぼったいまぶたで眠たげな顔つきの冴えない風貌で、とにかく目立たないのが特徴の、基本的に派手な舞台には顔を見せないタイプの人物だ。
今は珍しく現場に出て指揮をとってはいるが、それでも執務室から出ることはほとんど無かった。
そのロトマゴは今、一二三よりも王子派よりも、宰相であるアドルを注視していた。
王女派の動きには、宰相アドルも大きく関わっている。多くの貴族たちをまとめあげるのに、その肩書きとこれまでの堅実な働きは高く評価されており、理性的な説得で貴族を引き込むのに大きな役割を果たしている。
その宰相が、最近は夜な夜な城内の資料保管室に篭っているという噂があり、ロトマゴも部下を使ってそれが事実であるというところまでは掴んでいた。
それが何のためであるかまではわからなかったが……。
「……本当に、そんな魔法があるんだろうな」
薄暗い資料室にて、薄い石版に刻み付ける形で保管されている魔法関連の記録を漁りながら、宰相アドルは呟いた。
「ええ、もちろん。お姫様が成功させた召喚魔法があるんです。送還だってできますよ。過去に記録があるはずです」
何がおかしいのか、笑いを含んだ声が、アドルの背後から聞こえてくる。
「……まさか私が、悪霊の話に乗ることになる日が来るとは思わなかった」
「悪霊だなんて人聞きが悪いですねぇ」
振り向いたアドルの目の前には、黒い霧に包まれた青白い顔だけが浮かんでいる。ニタニタと貼り付いた笑いを浮かべたその顔は、半分が闇に包まれていた。
「私は死神だと言ったでしょう」
死神の言い草に、アドルは不機嫌に鼻を鳴らした。
「悪霊が神を名乗るなどおこがましい。それより、貴様も探すのを手伝え。この調子で続けていたら、記録があったとしてもいつ見つかるか見当もつかん」
「残念ながら、まだ顔までしか復活できていないのですよ。最初にお話したでしょう? 一二三さんにあの刀で斬り殺されてから、力の一部を一二三さんに貼り付けてこちらへ着て、ようやくここまで力が戻ったのです」
やれやれ、とわざとらしく眉を寄せて顔を振った。
「神を名乗る割には、随分と復活に時間がかかっているな」
「あの刀がいけないんですよ。なんというか、戦いの神様の加護がついていますからねぇ。流石の私でも、危うく消滅するところでした。それに……」
笑顔から一変、口を尖らせ、いじけるような口調に変わった。
「せっかく私が差し上げた闇魔法の力をあんまり使ってくれないものですから、私の力の源が少ないんですよねぇ。便利な収納くらいにしか思われてないみたいで、このままじゃいつまでたっても私の存在力が上がりませんよ」
困ったものです、と死神は語った。
「存在力か……」
「ええ、私たち神は人々に信仰されたり頼られたりという形で認識されることで、世界に顕現する力を得るのです。ですから、私が与えた力を使ってくれたら、それだけ私にも力が与えられるわけですよ」
「なら、この世界で一二三殿が戦い続けた方が、都合がいいんじゃないか?」
アドルの質問に、死神は「チッチッ」と舌を鳴らす。人差し指があれば横に振っていただろう。
「これでも、元の世界ではメジャーな神様なのですよ。神様そのものの新興が薄いこちらより、元の世界がずっと居心地が良いのです。そのためには、送還魔法で送り返される誰かについて行く必要がありますから」
利害が一致するでしょう、と死神が言うのに、アドルは渋い顔ながら納得する。
「さあ、頑張って探して、お姫様に希望を与えましょう。絶望の方はすでに予定が決まっているのですから」
アイペロス王子死亡の知らせという名の絶望は、宰相のところで止められていたのだった。
☺☻☺
ミュンスターへ到着したフォカロル領軍は、一晩の休息を挟んでから二つに分けられた。
オリガが率いる魔法具奪取の為の特別任務部隊と、正面からホーラントを落としていく本隊である。
一二三は最初、オリガと共に特別任務部隊を率いるが、魔法具発見後は一人でホーラントの王城を目指すことになる。本体は1日の間隔を開けてホーラントへ正面から侵攻する予定だ。
選抜された10名の兵を率いた一二三とオリガは、トロッコを改造した台車でのんびりとホーラント国境を目指して出発した。
空は青くどこまでも晴れている。
「一二三様、良い天気に恵まれましたね」
「ああ、そうだな」
暖かな日差しを浴びながら、台車にどっかりと座り込んだ一二三は、まどろみながら適当な返事を返す。
軽自動車程度の広さがある台車の上には、一二三たちの他、運転役の兵が二名同情している。他の台車も二名ずつが乗り込み、二台は武器と食料以外は基本的に開けている。魔法具を積むためだ。
まだ荷物が少なく、重さも無い台車は、ガタゴトと音を立てながら、軽快に街道を進む。
すでに国境近くの村も通過し、間も無く国境の砦へとたどり着く予定だ。
「国境が近づいたら速度を落とせ。俺が降りて道を開く」
「はっ! かしこまりました!」
風に紛れる一二三の声を何とか聞き取った兵は、大声で返事をした。
ほどなく、目の前に見えてきた砦の手前側には、数十名の兵士たちが立っている。すでに一度全滅した国境警備隊に変わって、一時的に第二騎士隊が率いていた兵士たちの一部が代理で警備を行っている。
砦の向こうには、ホーラントの警備隊がいるのだろう。ピリピリとした空気が流れているのが、遠目からもわかる。
走行中の台車から飛び降りた一二三は、国境に立つ二人の兵の元へと進む。
「ご苦労さん。ちょっと通るぜ。あ、後ろの連中もな」
「あ、はい。どうぞ」
一二三の顔を知っていたらしい兵士は、緊張の面持ちで道を開けた。
「そう緊張しなくていい。あっちの連中はすぐに片付けるから」
刀を抜きながら微笑んだ。
砦の通路の先を見ると、3人のホーラント兵がこちらを見て剣を構えている。
「へぇ。流石に国境警備には木偶は置かないか」
誰に言うでもなくつぶやきながら、刀を右手に提げ、ゆらゆらと揺らしながら国境を越えてくる一二三に、ホーラント兵もいよいよ緊張の顔を見せた。
「オーソングランデの伯爵一二三だ。お前たちの王とかに用がある。押し通るから、死にたければ邪魔をすればいい」
選択の時間を与えるかのように、ゆっくりと歩を進める一二三に、ホーラント兵は困惑したが、誰も逃げようとはしなかった。
「上出来だ」
相手との距離が5メートルを切った瞬間、弾けるように駆け出した一二三は、三人の兵の首を瞬く間に裂いた。骨には一切触れず、柔らかな喉の肉だけを綺麗に断ち切る。
血の噴水を作り、その中を悠々とホーラント側へと出てきた一二三を待っていたのは、凡そ50名程のホーラント兵の姿だった。
「おう、出迎えご苦労。それに、木偶じゃなくて良かった。さあ考えろ。逃げるか死ぬか、二つに一つだ」
一二三の挑発に、現場責任者と思われる50歳程の兵士が雄叫びを上げると、兵たちは順番も隊列も策も無いまま、一斉に殺到してきた。
「悪手だねぇ」
敵味方が入り乱れるならまだしも、敵が一人なのに雑然と殺到したら、味方が邪魔になるだろうに、と一二三は苦笑した。だが、末端の兵士とはいえ臆せず突っ込んでくる根性は気に入ったらしく、上機嫌ではある。
身を低くして兵士たちの間に潜り込み、敵が集中する中心地から外れる。
これだけで、すでに兵の大半は相手を見失った状態になってしまった。
悠々と敵集団をすり抜けた一二三は、そのまま責任者の男に近づき、音もなく首を刎ねた。
上司の声が聞こえなくなったことに、最後尾の兵士が疑問を持って振り向いた時には、地面に首の無い上司の死体が転がり、目の前にはいるはずのない敵の姿が。
「ぅひっ……」
悲鳴を上げかけたところで、一二三の左手が頬を掴み、千切れんばかりに引き倒され、刺殺される。
そのまま、敵集団の背後からザクザクと突き殺していき、全員が異常に気づいて芋洗いの状態から広がった時には、一二三の手によって10名以上、同士打ちで5名ほどが死んでいた。
再び一二三を包囲するものの、今度は距離を取って近づけずにいる兵達に、一二三は刀を納めて手を叩いた。
「やあやあ、中々暑苦しい戦いぶりだったな。で、熱狂の挙句に味方を殺した気分はどうだ? 集団の中心にいた奴には、自分の武器に手応えを感じた奴もいただろう?」
嘲りたっぷりの一二三の言葉に、何人かが思わず目を伏せる。
「よし、それじゃ……」
一二三は闇魔法収納から、シンプルな金属棒を取り出した。
「続きをやろうか」
取り出されたのは、実は契り木の棒部分だけになってしまったもので、自主稽古で木を殴りつけていたら壊れてしまったが、そのまま杖として使うことにしたものだ。
慌てて構え直した兵のうち、反応が一番遅かった者がまず犠牲となった。
一二三が頭上で回転させた勢いのまま側頭部に打ち付けられた杖は、簡素な兜ごと頭蓋骨を砕いて敵を即死させた。
振り抜いた杖は、引き戻す勢いでさらに別の兵を襲い、殺す。
「そら、さっさと反撃しないと一方的に殺されるだけだぞ」
一人の背後に周り、首に杖をかけて背中合わせになって背負い投げる。
喉を潰されたまま引き上げられた兵は、首をおられて死んだ。
刃物ですらないただの棒を使っている、しかも一人だけの相手に次々に殺され、生き残った兵たちはすでに逃げ腰になっている。
「うぅ……」
しかし、ホーラントで戦場からの逃亡は間違いなく死刑となる。
逃げても逃げなくても、結果は同じなのだ。今死ぬか、後で捕まって拷問を受けて死ぬかの違いしかない。
そうして次々と殺されていくホーラント兵たちを、遠くから眺めている者たちがいた。
一二三に続いて国境を越えてきたオリガとフォカロル領兵たちだ。
「……手伝わなくていいんでしょうか?」
傷一つ負っていないとはいえ多勢に無勢の状況に、一人の兵がつい口に出してしまったが、すぐに後悔した。
オリガの目が一気に氷点下になって兵を向く。
「貴方は一二三様のお楽しみを邪魔するというのですか? そしてそれを抑えられたなかった私に、また叱責を受けろと?」
「い、いえ……すみませんでした……」
「黙って見ていなさい。そして、できるなら一二三様の技を覚えるのです。あの御方はこの世界の住人がもっと戦える人間である事をお望みです。あの御方と共に戦うのではなく、あの御方を相手に戦う事を目指しなさい」
ここにいるフォカロル領兵は全員、ローヌでの一二三の戦いを見た者たちだ。今も目の前で一方的な虐殺が繰り広げられているというのに、それを相手に戦うのは無理だろうと皆が思っていた。
そんな兵士たちをよそにうっとりと見つめるオリガの視線の先には、嬉々として杖を振るい、敵を殴殺する一二三の姿があった。
お読みいただきましてありがとうございます。
久しぶり過ぎてどの程度覚えられているか心配なキャラクターが出ましたね。
また次回もよろしくお願いいたします。