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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第一章 王都の一二三
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6.Closer To The Edge 【この世界のレベル】

お買い物回。

少しずつ、一二三と二人の女性の関係は変わっていきそうです。

 一二三は派手な動きや技を好まない。

 必要があれば大きな動きもするし、大上段から打ち込むような真似をするが、あくまで人を殺す為ならば、急所を一ヶ所、必要な分だけ傷つければ良いのだと考えている。痛覚を刺激したり関節技をかけたりと、相手を“崩す”動きと止めの動きで、効率よく殺すことができる事を、前の世界では実践の機会は無かったものの、学び、身体に覚え込ませてきた。

 いかに“無駄なく殺せたか”が重要であり、誰かに見せる為とか、見栄えが良いからとかで技を選ぶことはない。

 しかし、そうやって磨き上げた技は、危険な香りを放ちながらも魅入らせるに充分な美しさを持っていた。


「すごい……」

 初めて一二三の動きを目にしたオリガは、今までの冒険者生活でも見たことがない技の数々にすっかり見惚れてしまっていた。

「確かにすごいけど、これは……」

 対してカーシャの方は、近接戦闘をこなしてきた剣士職なだけあって、一二三の技が効率よく人間を殺すためのものだと気づいてしまった。

「ご主人、アンタ何者なのよ……」

 カーシャがこれだけ一二三の技に違和感を感じるのは理由がある。

 この世界には、あちこちで戦争や犯罪がらみの殺し合いがあちこちにあるが、それよりも魔物との戦いの方が身近だ。

 魔物には様々なタイプがあり、動物と同様の急所があるものも入れば、打撃や斬撃が効きにくいものもいる。

 魔法による攻撃や補助もあり、この世界の武器での戦いは、いかに強い打撃・斬撃を叩き込むかという点に集中している。やたらと重いメイスやロングソード、切れ味より頑丈さを求めて作成された武器がほとんどで、城内の騎士が装備していた槍のように、対人を前提とした武器の方が少ない。

 弓もあるが、主に狩猟のために使用されており、戦争で最初に一、二度斉射されて終わりだ。

 生き物を殺すためには身体を鍛え、力を付けて、武器は重く、固くする事が基本であり、“効率よく命を奪う技術”としての武術は、この世界には生まれていない。

 そういう世界において、一二三の技はどこまでも異質だ。


(アタシたちは、とんでもなく危険な男に買われたみたいだね……)

 正直に言って、身長170cm程度の一二三は、この世界の特に戦闘職の男性としては小柄な部類に入る。筋骨隆々というわけでもないので、カーシャは自分の主人の戦闘力に関しては半信半疑だった。城での出来事もかなり誇張されたものだと思っていた。

 だが、目の前で行われている殺戮を目にして、初めて気づかされてしまったのだ。自分を買った男の話は決して誇張ではない。奴隷に対して同じ席で同じレベルの食事を振舞う、気安い男と見ていたが、見た目ではわからない怖さを秘めた男だったと。

 怖いが、目が離せない。冒険者時代に様々な男が戦う姿を見てきたが、一二三のような怖さを感じる男は初めてだった。

(これは、気を引き締めていないと危ないね。抜き身の刃が隣をついてまわるような気分だよ……)

 思いながら、カーシャの瞳に映るのは、恐怖だけではなかった。危ないと思いつつも、強い人物への尊敬の気持ちもあった。


 残った四人の敵の内二人が懐から取り出した小型のナイフを投擲する。

 タイミングを合わせて残りの二人が突っ込んできた。

「ほっ」

 一二三が息を吐きながら突っ込んできた一人の胸に左手を当てると、身を低くしていた男の体がすぅっと直立させられ、背中に二本のナイフが刺さる。一度痙攣した男は、力なく崩れた。

 迫るもう一人の脇をすり抜けた一二三は、猛然とナイフを投げた二人に向かって走る。

 突然迫り来る一二三に、男たちは素早くナイフを構えたが、相手が悪かった。

 すべり込ませるように振るわれた刀が、一人の喉を刎ね斬り、そのままもう一人の頚動脈を引き斬った。

 刀を手元へ引き戻しつつ、跳ね返ってくる鞠のように先ほど無視した相手に迫り、音もさせずにその首の中央に切っ先を差し込む。

 相手の手元から溢れたナイフを掴み、肘から先のスナップで投擲。恐ろしい速さで飛んだナイフは、物陰に隠れて見ていた10人目の眼球から後頭部まで届くほどに深々と刺さった。

「やっぱり10人いたな」

 接敵から数十秒、相手は全て死んだ。

「ふぅ……中々楽しめた。感謝する」

 物言わぬ死体となった男たちに、一二三は目を細めた。


「ああ、しまったな」

 返り血が道着に付いていない事を確認し、刀を納めた一二三が頭をかきながら呟いた。

「全員殺してしまった。これじゃ、誰の差金かわからないな」

「この件については騎士団で調べさせてもらえないだろうか。私たちとしても、この連中の正体は気になる」

 ミダスの提案に、一二三は表情を消した。

「そうして、念入りに騎士団とのつながりを示す証拠を消す……か?」

「ま、待ってくれ! 本当にこんな連中は私たちの騎士隊には存在しない! 勇者殿に手を出す危険を私たちはよく知っているつもりだ!」

 不意に向けられた威圧に、ミダスは思わず取り乱した。

「ふ……まあいいさ。どうせ俺には調べようもない。好きにすればいい」

「か、感謝する」


 応援を待つというミダスを置いて、一二三たちは再び商店エリアへ戻ってきた。

(俺の監視はいいのか? まあ、俺が気にすることじゃないか)

「さて、楽しいイベントが終わったところで、予定していた買い物に行こうか」

「ね、ねえ」

 歩き出そうとしたところで、カーシャが声をかけてきた。

「なんだ?」

「さっきのご主人の戦い方だけど、あんなの初めて見たよ。一体どこで習ったの?」

「あー……あれな。俺の故郷だと、ああいう戦い方は珍しくないんだよ。俺自身もそうだけど、俺が生まれ育った国の人間は、体格に恵まれた奴は多くないんだ。そのくせ、一時期は国をいくつにも分けて戦を続けてた。そういう環境からだな。力の差を技で克服したり、鎧を着た相手でも効率よく殺したりな」

「力の差を技で……」

 何か思うところがあるのか、オリガの方が反応する。

「あと、戦場では敵を討ち取った印として首を刈り取る風習があったからな。相手のバランスを崩して押さえ込む技も色々あるぞ」

「く、首を?」

 カーシャもオリガも、恐ろしい部族のイメージが浮かんでいるようだが、一二三は特に訂正しない。

「そうだ。敵兵や大将首を腰に提げて持ち帰ってな。それで武功を示すんだ」

 まあ、大昔の戦の話だけどな、とついでのように付け加えて歩き出した一二三の後ろを、二人の奴隷は顔を青くしてついていった。


 たどり着いた武具店は、食事をした店の近くだった。コンビニエンスストア位の店の中に、武器や鎧が所狭しと並べられている。

 さらに奥があり、工房がついているようだが、衝立があって見えないようになっている。

 ここも、以前利用していたというカーシャの紹介だ。

「ここなら、大体の武器は揃うよ。鎧もね。専門外だけど、魔法使い用の装備もあるし」

 お買い物ができる高揚感からか、カーシャのテンションが少し高い。こういう女性らしさもあるんだな、と一二三は思ったが、ここは武器の店だ。本人はさておき、周りの景色は可愛らしさとは無縁だった。

 店の奥、衝立の横に髭面で背の低い親爺が、不機嫌そうな顔で座っていた。

「お前たちか」

 親爺はむっつりした表情のまま、カーシャとオリガを見た。

「しばらく見ないと思ったら、いつの間に奴隷になんぞなっとったんだ」

 貫頭衣の肩口から見える刺青を見て、親爺はため息混じりに言う。

「ああ、色々あってね。今はこの人がご主人だよ。ご主人、彼がこの店の主、ドワーフ族のトルンだよ」

 カーシャに紹介され、親爺は睨むような目線を一二三に向けた。

(おおっ、こいつはいわゆるドワーフか? 本物は初めて見た!)

 初めてのファンタジー種族に、一二三も興奮する。

 そこで、ふと疑問が浮かんだ。

「あれ? 人間と亜人族は敵対しているんじゃなかったか?」

「ふん、何も知らん小童が。人間族とやりあっとるのは魔人族と獣人族の連中だ。わしらドワーフは世界中に散らばって腕を磨いておるし、エルフの連中はそもそも自分たちのテリトリーから出て来ん」

「そうか。なんか複雑なんだな」

 相変わらず睨みつけてくるトルンだが、元々そういう顔つきなのかもしれない。

「まあ、武器を使わん魔人族どもはともかく、獣人族も人間族も、わしらドワーフにしてみれば金づるでしかないがな」

 商魂たくましい種族でもあるらしい。


「どういう武器がいいかなんて自分でわかるだろう。金額は気にしなくていいから、好きに選んでくれ」

 武器を買うならさっさと選べとトルンに言われ、一二三はオリガたちに太っ腹な事を言う。実際、金は山ほど残っている。

「よろしいのですか? 普通は奴隷に武装はさせませんし、あっても安物を渡しておく程度なのですが」

 オリガは一瞬喜びを顔に浮かべたあと、不安そうに尋ねてきた。

「武装をしないと戦えないだろう? 金額はどうでもいいが、使いやすい物や質がいい物をしっかり使い込んでいく方がいい。それに、戦闘中に武器が壊れる可能性は極力避けるべきだ」

 主人たる一二三の言葉に、カーシャも隣でうんうんとうなづいた。

「ご主人が言うとおりだ。流石によくわかっているね。じゃあ、遠慮なく選ばせてもらうよ。さあ、オリガ。アンタは杖を選びなよ。魔法が使えないんじゃ、戦えないだろう?」

 カーシャの言葉が、一二三に引っかかる。

(杖がないと魔法が使えない? それがこの世界の常識なのか? 俺は普通に闇の魔法を使っているが……)

 ただ、屋台の店主や奴隷屋の門番は闇から出した事には反応がなかったはずだ。ひょっとするとオリガの特性かもしれないが、それだと、いかにも魔法使いが使うような形の、水晶や宝石のようなものが組み込まれた杖が何本も展示されている理由がわからない。

(まだまだ、この世界について確かめないといけないことがあるな)

 改めて、自分が異世界に飛ばされてきた事を実感しながら、一二三も商品を見て回った。


「これなんか、オリガに似合うんじゃない?」

「カーシャは手足が長いから、このくらいでも着こなせると思う」

 どうも、武具店というより服屋で買い物をしているような会話が聞こえるが、そんなもんだろうと一二三は放っておくことにした。

 なんとなく、女性の買い物に巻き込まれたら面倒な気がしたのだ。

「それにしても、ナイフ・片手剣・両手剣・斧・メイスの5種類しかないな。防具も革か金属の違いだけで、全身ガッチガチに固めるパーツばっかりだな」

 一二三のボヤキに、トルンが反応する。

「何を言っとるんだお前は。しっかり防御を固めないと危ないだろうが。それに、ここに無い武器は槍くらいだ。あんなのは騎士くらいしか使わん」

(そうじゃないんだよなぁ)

 どうやら、軽装で身軽にするには金属ではなくて革にする位の選択肢のみで、武器に関しては本当に他に種類が存在しないらしい。

「例えば、オーダーメイドは頼めるか? いくつか作って欲しいものがあるんだが」

 最初は言葉で伝えようとしたものの、中々理解してもらえないので、最終的には羊皮紙とインク壺を用意させて、いくつかの図面を書くハメになった。

「これとこれは武器だから、この部分はちゃんと鉄を鍛えて頑丈に作ってくれよ。あとこれはここがこういうふうに動くものだから、固定しないように……」

「これが武器だと? 初めて見るが、どういう使い方をするんだ?」

「あー……。言葉で説明するのは難しいから、作ってくれたら、実演してやるよ」

 しきりに首を捻っているトルンに注意点をいくつか伝えると、一二三は金貨を20枚ほど渡した。

「前金だ。残りはモノができたら渡す」

「まあ、金がもらえるなら作ろう。そうだな……三日くれ。それで一通りは作っておこう」

 さすがドワーフ、驚異的な作業スピードだと一二三は満足だった。

 さて次へ行こうとオリガたちに目を向けると、どうやら一通り選び終わったらしい。


「決まったか?」

「ああ、結構いい金額になりそうだけど、大丈夫かい?」

 申し訳なさそうに商品を抱える二人に、一二三は朗らかに笑った。

「城から分捕った金がまだまだあるから大丈夫だ」

「……ほんとに大丈夫かい?」

 違う意味で不安になったカーシャだが、背に腹は変えられないと、一二三に金属鎧と直剣をふた振り頼んだ。鎧下に着るシンプルな服もある。

 オリガが選んだのは、小柄な身体をすっぽり包むようなローブと、瞳と同じ翠色の石が先端に取り付けられた木製の杖だった。

 しめて金貨22枚。半分は魔法杖の金額だ。

「申し訳ありません……」

 負担をかけたと、しきりに恐縮するオリガに、気にするなと適当な言葉をかけて支払いを済ませた。

「ご主人は何か買わないのかい? その変わった服は魔物の革でも無い普通の布だろう? せめて革鎧でも身につけないと危ないよ」

「おや、心配してくれるのか?」

「な、何を言ってんだよご主人……」

 茶化すように一二三が言うと、カーシャは顔を赤らめてうつむいてしまった。どうやらこういう会話を軽く流せるほどの経験は無いらしい。

 顔もスタイルもいいし、冒険者稼業は男社会だったろうに、随分純粋なもんだと妙な関心をしてしまう。

「重りになるから鎧はいらん。武器はこれがある」

 腰にさした刀をに触れる。

「ただ、武器に関しては俺もちょっとうるさいからな。いくつかオーダーしておいた」

「! それは、ご主人様の世界の武器ですか?」

 またオリガが食いついてきた。

「興味があるのか?」

「はい。ご主人様は先ほど、力が無い者でも戦う術があるとお話されました。できれば、その技術を教えていただきたいのです」

 オリガはまっすぐ一二三を見つめて頼み込んできた。

「そうか」

 長年日本の武道のみならず、海外の武術もかじって腕を磨いてきた一二三は、その技術を教わりたいと言われて嬉しくなってしまった。

「あ、アタシも習いたい!」

 カーシャも慌てて参加を表明し、すっかり一二三は上機嫌だ。

「よしよし、それなら一度お前たちの実力を見せてもらおう。それから指導をしてやるよ。オリガは魔法使いなんだろう? 近接戦闘もやるのか?」

「私は、今はまだ魔法でしか戦う事ができません。でも、どんな状況でも戦えるようにならないと、後悔すると知ったのです……」

「オリガ……」

 どうやら、奴隷に堕ちた理由につながりそうだと一二三は思ったが、触れないことにした。そんなもの、知ったところでどうなるという考えしか浮かばない。

「決まりだな。俺の指導は厳しいからな、覚悟しろよ」

「はい、よろしくお願いいたします」

「ご主人、少し……いや、かなり手加減をお願いしたいんだけどね」

 すっかり気分が良くなった一二三に、買ったばかりの装備を着込んだオリガとカーシャがついて行く。


 意気揚々と店を出ると、陽が落ちかけていた。

 一二三も他の二人も、買い物に浮かれて結構な時間を過ごしてしまったらしい。

 武器の話や装備選びにどれだけ夢中になったのかと自問し、三人ともすっかりテンションが下がってしまった。

「……とりあえずは、宿だな」

「……そうですね」

 一二三の指導は、明日からということになった。

お読みいただきありがとうございました。

想像以上にたくさんのPV数が表示されて驚いています。

改めて、ブクマ登録と評価ポイントありがとうございます。

次回はようやく奴隷ヒロインズの戦闘シーンです。

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