59.Someday We'll All Be Free 【住民は余所から連れてくるもの】
59話目です。
よろしくお願いいたします。
一人目が無事と言える程度の消耗具合で正気を取り戻したあとは、立て続けにホーラント兵士たちが魔法薬の影響から抜け出していった。
総勢252名。全員が意識を取り戻した時には、騎士隊の面々は疲労困憊だった。
「とりあえず、宿を一件借り切って監視をつけた軟禁状態にしていますが……」
サブナクは、ビロンの館を訪れて報告をしていた。彼も一人目の回復から今まで駆けずり回っていたので、すっかり目にクマができている。
「お疲れ様。さて、彼らの扱いだけど、ここで勝手に奴隷にしたり開放したりすると、彼が怖いからね」
「ぼくが報告に行ってきますよ。なるべく穏便に済ませてくれるといいんですが」
「大丈夫だよ。なにせ、彼らホーラント兵士はトオノ伯にとっては新しい領民候補らしいから」
ひどい真似どころか、厚遇して自領へと送るだろうとビロンは語った。微笑みの視線はどこか遠くを見ている。
「……確かに、一二三さんの領地では、民衆の生活は豊かになっているそうです。領民の人気が高く、細剣の騎士の人気はますます上がっているようですね」
さらに、多くの職員や文官によって、経営的にも安定していると、サブナクは騎士隊に上がって来ていた報告の内容を説明した。
「人口がまた増えるし、さらに他領から移ってくる民も増えるだろうね。合法・非合法に関わらず。貴族としては、ある意味理想だよね、彼は」
「理想……ですか?」
理解できないという顔をするサブナクに、ビロンは思わず吹き出した。
「あっはは! 私も彼のように人を殺してまわりたいってわけじゃないよ。領民を豊かにして財政を潤しつつ、自分の好きなことに没頭できる事が羨ましいって話さ」
どの貴族だって、自分の取り分を増やしたり、苦しい財政を何とかしようと、必死で領地を経営しているのに、一二三は実務のほとんどを部下に丸投げして、領地にすら居着かないくせに、誰よりも民衆にとって魅力ある領地経営をし、尚且つ黒字で運営できている、とビロンは指摘した。
「なるほど……」
本人の奇癖さえ見なければ、良い領主なのかもしれない。
「まあでも、良い領主かもしれないけれど、良い貴族とは言えないかもね」
「なぜですか?」
「良い貴族なら、まず自国を危機に晒す真似はしないし、自国の王族を殺したりしないよ」
苦笑いで首を振るビロンに、サブナクは自分が一二三に結構な毒され方をしていることを自覚した。
☺☻☺
ホーラント王城、王であるスプランゲルは老いて痩せた身体を玉座にあずけたまま、怒りの表情を隠そうともしない。
「一応、お前の話を聞いておこうか……」
玉座の前、跪くのは王孫ヴェルドレである。
その顔には苦渋が満ち満ちており、歯を食いしばる様はとても王族とは思えぬ荒々しさだった。
「……オーソングランデへ差し向けた工作員は2名は戻らず、魔法薬エルリクにて調整済みの兵500名も、戦死するか敵に囚われました……」
ここまでの話は、すでに王も聞いている内容だった。
「それで、失敗の原因は何か……」
しわがれ声で紡がれた質問は、ヴェルドレに最大限のプレッシャーを与える。
「それは……」
つばを飲み込み、言葉を続ける。
「第二騎士隊を兵力で圧倒し、ヴィシーからの転向者を利用して第一騎士隊を魔法具による傀儡としたまでは順調でした。敵国領まで進行し、ミュンスターの街まで辿りつきましたところで、工作員が倒され、兵が無効化されまして……」
「誰に倒されたのだ?」
「……トオノという、オーソングランデの新興貴族です」
か細い声で絞り出された名前に、王は深い溜息をついた。
「それは、お前が言っていたヴィシーと事を構えていた貴族ではないか? お前は、その男はヴィシーとの戦争にあたっているという話ではなかったか?」
王の質問に、ヴェルドレは答えを返せない。頭の中には見たこともないトオノという貴族への憎悪が渦巻いている。
「要するに、お前は時期を見誤ったということだ……。あの時、ヴィシーとの二正面作戦を避けるためにオーソングランデはこちらへ侵攻する事は無いと言っていたが……どうやら、ヴィシーはすでに敗北したようだから、この予測もどうなるかわからんな。聞くところによると、トオノという男は細剣の騎士と呼ばれ、武功で並ぶものは無いという事だが……」
「まさか! 情報によればトオノという男は少人数でミュンスターに来ており、しかも第一・第二騎士隊は共に壊滅したとの情報も得ております! この上逆侵攻してくる可能性は……」
思わず立ち上がって反論するヴェルドレに、王はまた渋い顔を見せる。
「その少人数の援軍に良いようにやられたのであろう?」
「う……し、しかし兵と言っても民衆からかき集めた者共で、使い捨てにしたところで大して影響は……」
「民衆が無限に湧いて出るものなら、どこの国の為政者も苦労すまい。民が減れば労働力も税収も減る。それが分からぬお前ではあるまい……」
たしなめるような王の言葉に、ヴェルドレは口を噤む。
「王座を譲る話は無期限に延期する。今は時期尚早であろう。今は、防衛の準備をせよ」
下がるように言われ、ヴェルドレは無言で謁見の間から出て行く。
「これで多少は勉強するだろう。何もかもが自分の思い通りにはいかぬということを」
静かな謁見の間に王の独り言が響いたが、侍従も文官も一言も発さなかった。
☺☻☺
「じゃあ、この中でホーラントの魔法具とかに詳しい奴は手を挙げろ」
宿の食堂にも入りきれなかったので、広場に集められた元ホーラント兵たちは、急ごしらえの壇上に上がって、前置きもなく質問をした若い男に困惑していた。
「お前は誰だ? なぜ俺たちはここにいるのか説明しろ!」
「あーそうか。お前らがなぜここにいるかは、面倒だから後で誰かに説明させる。俺は一二三という。一応、オーソングランデの伯爵だ。あと、今から余計な事言ったら殺すから」
さらっと殺害警告をされた事に頭がついていかない兵たちだが、一二三の目は本気だと、何故か誰もが信じた。
一二三と揃って壇上に上がったサブナクが、殺伐とした空気をどうにかしようと笑顔を振りまく。
「あのですね、この方の提案で貴方がたを魔法薬の影響から救う事ができたのですよ。ホーラントは兵士を魔法薬で傀儡状態にして使い潰しているみたいで、戦闘の結果生き残りを保護できたので、この一二三さんが考案した方法で何とか救い出す事ができたわけです」
サブナクの説明に、兵たちは顔を見合わせている。
いまいち信じられないが、現状を説明するには適当な理由だと多くの者が思っているらしい。
ちなみに、サブナクの説明はある程度一二三から強制的に言わされている部分も多く含んでいる。
「そういうわけだから、さっさと質問に答えろ。ホーラントの魔法具や魔法薬について何か知っている奴は手を挙げろ」
ポツポツと数人の手が見えて、その全員が宿の食堂へと入るように言われる。
「残りはコイツに話を聞いてくれ」
用は済んだと一二三も宿の食堂へさっさと行ってしまい、取り残された兵達の前に、今度は少女と言える位の年の女性が壇上へと上がった。
「一二三様の侍従、オリガです。皆様の回復を主共々お喜び申し上げます」
丁寧な挨拶ではあるが、主はあれで喜んでいるのかと、何人もが首をかしげた。
「皆様には三つの選択肢があります。ひとつは自由の身になってどこへなりと行かれること。ひとつは一二三様の領地にて新生活を始めること。ひとつはホーラントへ戻ること」
恐る恐る挙げられた手を見つけたたオリガは、優しく微笑む。
「なにかご質問ですか?」
「あの……俺たちは敵兵という扱いだと思うのですが、開放やまして国に帰ってもよろしいのですか?」
「もちろんです。しかし……」
こほん、と咳払いをしてから、オリガは語る。
「開放をしてもその後の生活については当然、何も保証いたしません。皆さんが身につけていた物には手をつけておりませんが、支度金などをお渡しすることはありません。そして、ホーラントへ戻る選択肢を選ばれた場合は……」
笑顔だった可愛らしい顔から、するりと表情が抜け落ちた。
「ひっ……」
誰かが怯えた声をあげた。
「私たちの敵になりますので、国境を越えてから何日生き延びられるかは保証しません。一二三様の手によって、ホーラントは数日中には無くなりますし、その際には基本的に邪魔する者は皆殺しにいたします。おそらく、皆様が戻られたところで再び薬を盛られて兵として戦場へ戻ってこられるでしょうから、その時にはすぐに死体になりますでしょう」
その覚悟で、帰国したければそうしてください、とオリガは言う。
誰もが息を飲み、隣で聞いていたサブナクも固まっている。
「じゃ、じゃあ一二三……様の領地ではどんな扱いになるのでしょうか。やっぱり、奴隷にされるのですか?」
様をつけ忘れそうになったところで睨みつけられつつ、何とか質問を言い切った若い兵士に、オリガは笑顔を見せた。先ほどの迫力が無ければ、とても魅力的に見えたかもしれない。
「そんな事はありません。ちゃんと住民として登録し、できるだけご希望に沿った職場をご紹介します。しばらくは官営の宿泊施設を使っていただいて構いませんし、ご希望があれば職員や兵士として雇用もいたします」
この発言に、一気にざわつき始めた。
待遇が良すぎる、罠ではないか、と。
しかし、他に選択肢はない。
(まあ、そうなるよね)
サブナクも同情を含んで彼らの様子を見ていたが、どうやら強制的に徴兵された者がほとんどで、家族がいないか、居ても同時に徴兵されたという境遇の者ばかりらしい。
ほとんど人体実験に近い兵の運用だったので、わざとそういう“苦情が出にくい”立場の者を選んだのであろうと、サブナクは思った。
結局、全員がフォカロルへと向かうことになり、しばらくミュンスターに滞在した後、フォカロル領軍が戻る際に同行させるという手はずになった。
「フォカロルの領兵がホーラントから戻らなかったらどうなるのか」
という質問をした者は、身体が硬直する程の圧力でオリガに睨みつけられ、三時間ほど説教に織り交ぜた一二三の素晴らしさと如何に無敵の強さを誇っているかの話を聞かされ、別の形でのマインドコントロールを受ける羽目になった。
それからは、元ホーラント兵たちは皆、オリガには従順になった。
☺☻☺
「……わかった。お前たちはもう他の連中と合流していいぞ。今後の説明は誰かに適当に聞いてくれ」
広場でオリガの公開説教が行われている頃、一二三は食堂にてホーラント兵たちから魔法具についての説明を聴き終えていた。
ホーラントの首都アドラメルクでは、城の周辺に魔法研究関連の施設が集中し、優秀な魔法使いが集められている事。彼らは軍務や研究に従事し、その成果は全て王城へと集められる構造になっているらしい。
商品化される物は全て王城からホーラントの商人や一部ヴィシーの商人へと技術が下賜される形で世に出回るため、常に王城が魔法技術の上位を維持する形となっている。
「つまり、他は無視して王都へ向かえばいいわけだ」
面倒がなくていい、と一二三は笑う。
「魔法を使う兵が集まっているというのは面倒かもしれないが、まあなんとかなるだろう。ついでに王を始末して国としては無くしてしまおう。中央の政体が崩れてしまった場合に群雄割拠できるかどうかも見ておきたいからな」
ヴィシーは思ったほど混乱しなかったと、不満げに一人ぼやきながら、一二三は宿の従業員に食事を頼んだ。
ここは一二三が投宿している宿ではないが、中年女性の従業員も一二三が何者で、どういう扱いが必要かを第三騎士隊からキッチリと言い含められていたので、一二三の要望に素早く用意してくれる。
最初に出された根菜がゴロゴロ入ったポトフのような煮込み料理は、この街の名物らしい。
「ふむふむ、ちょっと薄味だけど、野菜の味が濃いなぁ」
にこにこと満足げに野菜をほおばる姿を見て、従業員はこれがそんなに怖い人には見えないと困惑していた。
聞えよがしに語られていた先ほどの話の血なまぐささとは印象が合わない。
「こちらにおられましたか」
探しましたよ、と一二三に声を駆けてきたのは、第二騎士隊所属の騎士だった。ホーラント兵が集団で停止した時、一二三に声をかけた男で、今は第三騎士隊の手伝いをしている。名をヴァイヤーといった。
「ああ、お前か」
「伯爵様の軍が到着いたしました。ただその……軍務長官を名乗っているのが……」
どうやら、アリッサが若すぎて信用していいかどうか迷っているらしい。
「あれはあれで、俺の指導で鍛えているからそこそこ強くはあるんだけどな。まあ見た目はな」
「では……」
「ああ、アリッサには確かに領軍を任せている。そうだな、兵たちは適当に休む場所に案内して、アリッサはここに案内してくれ」
「了解いたしました」
疑問が晴れたヴァイヤーは、爽やかな返答を返した。
「俺の部下でもないのに、使って悪いな」
「お気になさらないでください。おかげさまで、首がつながったのですから。精一杯の恩返しはさせていただきます」
アリッサを呼ぶためにヴァイヤーが出て行く。
一二三はアリッサのために追加の煮込みを注文すると、自分の分も他の料理を追加で頼んだ。
「さて、ようやく準備が整いそうだな」
ホーラント国侵入に向けて、一二三の気持ちは高揚していた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。