58.Virtual Insanity 【サウナ耐久(倒れるまで)】
58話目です。
よろしくお願いいたします。
「……なんだこりゃ?」
ホーラント側の出入り口に向かった一二三が見たのは、呆然と立ち尽くすホーラント兵たちの姿だった。
無表情のまま武器を手に持ち、視線はどこも見ていない人々の姿は、まるでマネキンが並んでいるような異様さがある。
命令者であったホーラントの魔法使いが発していたのは“ミュンスターへ攻め込め”というものだったので、街へ入ってしまうと次の指令を待って停止してしまったらしい。
「ひょっとしてさっきの奴が操ってたのか? 本当に人形だな」
そんな事を言いながらホーラント兵を迂回して出入り口に向かっていると、一人の騎士が馬上から誰何してくる。
「止まれ! 何者だ」
「第二騎士隊の生き残りか。俺は一二三だ」
「一二三……は、伯爵様でしたか! 失礼いたしました!」
慌てて馬をおりた騎士は、背筋を伸ばして謝罪した。
彼は第二騎士隊の隊員で、オーソングランデ兵を率いて包囲側で戦っていたという。それが突然扉が開いて敵兵が街へ侵入したと思ったら、途端にホーラント兵は立ち止まってしまったので、一旦攻撃を止めて状況の確認に廻っていたらしい。
先ほど出会った第二騎士隊の連中とは違った反応に、一二三は首をかしげる。
「おや、俺の今の爵位を知っているのか。それに、さっき会った第二騎士隊の連中は、隊長以下もっと敵意を向けてきてたけどな」
もっとも、派閥が違うせいかも知れないが、と一二三が言うのに、騎士は真面目な顔で答えた。
「陞爵されました事は、第一騎士隊の騎士たちと話をする機会がありましたので……。それで、隊長たちにお会いされたのですか?」
「ああ、殺したけどな」
「ころ……」
ざわりと、騎士の肌が泡立つ。
剣の柄に手をかけようとしたが、やめた。
「おや? 俺を殺そうとは思わないのか?」
なんだ、つまらないと言う一二三に、騎士は首を振った。
「トオノ伯の腕前は存じております。私ごときでは数秒ともちますまい。それに、隊長は貴方の事を目の敵にしておりました。いずれこうなるのではと予感はしておりましたから……」
「ふぅん」
「それで、お願いしたいことがありまして」
「なんだ?」
騎士は、現状第二騎士隊の生き残りが数名と、オーソングランデの兵が数十名残っていると言う。
「それで、隊長もいない状況ですので、どうか我々をビロン伯と引き合わせていただければ助かるのですが……」
ビロン伯爵とスティフェルスの仲が険悪だったこともあり、頼みづらいのだろう。
「私たち騎士隊はまだ良いのですが、兵たちは大分消耗いたしましたし、早く休ませてやりたいのです」
「ふむ……まあ、いいだろう」
「ありがとうございます」
「ただし、ちょっと手伝ってもらうことがある」
「はあ、何なりと」
一二三はホーラント兵たちを指差した。
「こいつらの手を縛り上げて、ここの領主館まで運んでくれ」
「捕虜にされるのですか?」
「まあ、色々さ」
話をはぐらかす一二三に、騎士はそれ以上突っ込まずに、兵たちを連れてくると言って離れて行った。
☺☻☺
「では、今回のお礼についてのお話をさせていただきたいのですが」
翌朝、慌ただしく日常へ戻りつつあるミュンスターの街で一拍した一二三は、ビロンに呼ばれて領主館へ来ていた。
執務室にはビロンの他、サブナクとオリガも来ている。
「お陰様で、ミュンスターの街は大した被害を受けずに済みましたし、私自身の命も助けていただきました。私にできることであれば最大限にお応えしたいと思うのですが」
そんな事言ってしまって大丈夫か、とサブナクはハラハラしながら聞いていたが、領主同士の話に割って入るのは流石に気が引ける。
「なら、お言葉に甘えさせてもらう」
紅茶を一口含み、ソファの背もたれに身体を預けた一二三は、視線を天井に向けた。
「まずは捕虜にしたホーラント兵を正気に戻す実験に協力してもらう」
「実験……ですか?」
「そうだ。あれらが正気に戻って、俺が保護したとすれば、ホーラントを攻撃する丁度良い名分になる。それに、これほどわかりやすい善行は無いからな。民衆が俺を英雄扱いして、フォカロルの人口が増えれば、今後の資金の稼ぎやすい」
オリガなどは「素晴らしいお考えです」と、いつもどおり賞賛しているが、ビロンとサブナクは明け透けにも程がある物言いに青ざめている。
ホーラントの兵たちは、領主館の中のホールに押し込んである。ギュウギュウ詰めだが、もちろん誰からも文句は出ない。ちなみに、第二騎士隊とオーソングランデの兵たちは、ビロンの預かりとして第三騎士隊と共に街の復興作業に協力している。
「しかし、何か元に戻す方法があるのですか?」
サブナクの疑問に、一二三は顔色一つ変えずに言う。
「さぁなぁ。水につけたり大量に水を飲ませたり……湯に浸けるという手もあるか」
それは拷問だろうと喉まで出たが、ビロンは堪えて微笑みを崩さない。
「まあ、あれだけの人数がいるんだ。多少消耗しても問題無い。元に戻れたら儲けものくらいに思えばいいさ。それより、依頼はもう一つある」
「伺いましょう」
「もうすぐフォカロル領兵がここに到着する。一旦はこの街で休息を取らせるつもりだが……二日程度休ませたら、すぐにでも出発する予定だ」
「もう少しゆっくりしていただいてもよろしいのでは? 我々は大歓迎ですよ」
ビロンは満面の笑みで、宿泊場所や食事を用意すると言うが、そうじゃないと一二三は首を振った。
「ホーラントへ攻め込む。この街でそのための補給をするから、物資を用意してもらおう」
「逆侵攻をするのですか? 領兵だけで?」
驚いたサブナクが人数が少なすぎると反対するも、一二三は鼻で笑う。
「まずは俺だけで入る。後から兵たちを進行させるが、あいつらはあくまで人形どもの相手だ。本命は俺が殺す」
ビロンも無理があるとは思ったが、ひょっとしたら成し遂げてしまうかもしれない、と思わせてしまうあたりが、一二三の怖いところかもしれないとも思った。
☺☻☺
ホーラント兵に対する救済という名の虐待は、まず水を浴びせる事から始まり、水を大量に飲ませたり、水をぬるま湯に変えてみたり、熱めのお湯に変えてみたりと一二三の思いつくままに進められた。
手伝わされるのは第三と第二の騎士隊たちである。
突然意識を取り戻してパニックになった相手に攻撃されないように、帯剣はしないまでも鎧は着たままで作業をしている。
そこで一二三が蒸し風呂にして汗をかけばいいんじゃないかと言い出したので、騎士たちにとっても地獄の様相となった。
締め切ったホールに煮えたぎる湯を張った鍋が持ち込まれ、さらにどんどんと沸かされていく。
湿気と熱でホールの中はすっかりサウナ状態となり、館の他の部屋も気温が上昇していく。
「あっつー……」
サブナクも、他の隊員に混じって作業をしていた。
大鍋でグラグラと煮えている湯を見て、火が消えないように監視しているが、あまりの暑さに意識が朦朧としてくる。
既に鎧は脱ぎ捨て、鎧下として着ていた簡素な布の服一枚だけである。
早く誰か交代してくれと思っていると、一人のホーラント兵が倒れるのが見えた。
「あ~。また誰か限界が……あれ?」
倒れた兵士は、よく見ると少しだけもがくように手足を動かしている。サブナクは慌てて駆け寄り、革袋に入れておいたぬるい水を飲ませた。
「おい、しっかりしろ!」
「うぅ……こ、ここは……」
まだ意識がはっきりしないらしく、呻くようなか細い声だが、確かに自分で話している。
「だ、誰か呼んでくれ! 一人正気に戻った!」
サブナクの叫びに、暑さと不快指数の上昇に魂が抜け駆けていた他の騎士たちも覚醒し、バタバタと集まって意識を取り戻したホーラント兵を別室へと運び出した。
担架に乗せられて運び出されていくホーラント兵を見送り、サブナクは床に座り込んだ。
「回復……できちゃったよ」
天井を仰ぎながら、これでまた一二三の狙い通りになるのかと苦笑いするサブナクだった。
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オリガは今、ミュンスターの宿の中、一二三が滞在する部屋へ向かっていた。
決して無断で忍び込もうというわけではなく、一二三に呼ばれてのことである。
ビロンとの会見のあと、一二三に夕方に誰も連れずに部屋へ来るようにと言われ、時間ギリギリまで身だしなみを整えていたのだ。
「これは……いよいよでしょうか」
期待と気恥かしさに頬を染めつつ、足早にたどり着いたドアの前で深呼吸し、ノックをする。
「開いてるぞ」
一二三の声が聞こえると、鼓動が早まるのを感じる。
「失礼します」
部屋に入ると、質素な個室のベッドの上に腰掛けた一二三が、刀の点検をしているところだった。
真剣な目で刀を見つめる姿に、しばらくの間オリガは見とれていた。
「適当に座るといい」
「はい。失礼します」
迷うことなく一二三の隣に腰を下ろす。
一二三は少し顔をしかめたが、まあいいかと刀を収納した。
「呼んだのは、頼みがあるからなんだが……」
「ええ、何でもお命じください」
すぐに服を脱いで見せる覚悟で、鼻息荒く返事をするオリガに、一二三はちょっと引いた。
「落ち着け。お前には俺の目的のために、ひと働きしてもらいたい」
「……はい。何なりと……」
明らかに落胆しているオリガを無視して、一二三は続ける。
「いいか。これはお前を信用しているからこそ任せる事だ」
「信用……」
今度は目をキラキラさせ始めたオリガを極力見ないようにする。
「俺はこれからホーラントに攻め込むが、そこで例の魔法具をあるだけ奪取してくるつもりだ。数がどれくらいあるか判らないが、魔法薬があれだけの人数に使えるくらいだ。凶暴化する魔法具もある程度の数があるだろう。それを残らずいただく」
「それで、その魔法具を何に使うのでしょうか?」
オリガの疑問に、一二三はよくぞ聞いたと立ち上がる。
「俺は、この世界の連中が戦いに対して真剣味が足りないと思った。だからこそ戦いを広めようと思ったんだが……俺が一方的に殺すばかりで、俺を殺せそうな奴も出てこない。ひょっとしたらいるのかもしれないが、いつになったら表舞台に出てくるやら」
部屋の中の文机に置いていた水差しから一口だけ水を飲む。
「そこでだ。俺がいないところでもみんなに必死で戦う事を覚えてもらう方法を考えた。あのホーラントの凶暴化魔法具を、あちこちの地域にいる強力な魔物に取り付けたらどうか、と」
「魔物が強力になれば、それに対抗して戦術や武器を考えるようになり、冒険者や兵たちももっと鍛えるようになるということですね。素晴らしい智謀です」
「そこで、お前に仕事をしてもらいたい」
再びベッドに座った一二三は、まっすぐオリガの目を見る。
「これは裏の仕事だ。本来なら、復讐を果たした今、俺の側にいる必要も、ましてや命令を聞く必要もないんだが……」
「何をおっしゃるのですか! 私はすでに一二三様と共に在り、共に滅びるつもりです」
「……まあいいか。それでな、俺の後にホーラントに入ったあと、ありったけの魔法具を持って何人かの兵を連れてこっそり抜け出してくれ。あとはヴィシー・オーソングランデ両国の魔物に適当に魔法具を試してみてほしい」
なるべく、普通の人間じゃ扱いに困るような奴を重点的に。尚且つ、人里に近い所へ誘導するのも良いな、とほくそ笑む。
「ついでに領兵の訓練にもなるだろう。頼んだぞ」
「かしこまりました。必ずやご期待に応えて見せます」
立ち上がったオリガが深々と頭を下げる。
「ああ、楽しみにしている」
一二三の脳裏には、魔物を相手に必死で戦う冒険者や兵たちの姿が浮かんでいた。
お読みいただきましてありがとうございます。
師走と体調不良で更新が空き気味で申し訳ありませんが、
今後もよろしくお願いいたします。