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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第八章 突撃! 魔法の国
57/184

57.Bad Medicine 【変な奴、変な薬】

57話目です。

間が空いてすみません。

 ミュンスターのホーラント側にある扉の向こうでは、まだ戦いの音が鳴り続けている。

 聞こえてくる声は味方のものばかりで、威勢のいい声だけを聞けば優勢かも知れないと思えるのだが、敵は恐怖を感じず、切り刻まれても声ひとつ上げないのだ。

 数で言えば味方の方が少なく、時折聞こえる悲鳴は間違いなく自軍からのものだ。

「くそっ、このままでは……」

 うまく包囲できているはずだと考えていたスティフェルスは、想像以上に時間がかかっている事に歯噛みしていた。包囲側の人数が少なすぎたか、敵の戦闘能力を見誤ったか。

「仕方あるまい。援護をするぞ!」

「し、しかし隊長、街中へなだれ込まれては混戦になります!」

「わかっている!」

 スティフェルスは反論した騎士を睨みつけた。

「門に縄をかけて、一人分の隙間だけ空くようにしろ! 縄に引っかかったものや、くぐり抜けてきた者を順番に槍で刺し殺せ!」

「わ、わかりました!」

 指示通りに動き始めた騎士たちに苛立ちながら、スティフェルスは槍を握る。剣の方が得意ではあるが、距離をとって数人で同時に攻撃するならこちらの方が良い。

 ほどなく準備が完了し、一人の騎士がゆっくりとかんぬきを取る。

 スティフェルスは開口部の正面から少しだけ外れた位置にたち、いつでも槍を突き出せるように構えている。

 少しだけ隙間が開いただけで、扉の向こうの狂騒がもれ聞こえ、濃厚な血の匂いが漂ってくる。

「もっと開け! 全員息を合わせて攻撃する!」

 命令に従って見えてきたのは、無表情のままで扉を殴りつけているホーラント兵の姿だ。

「むん!」

 力強く突き出された槍先は、ホーラント兵の首を正確に捉えた。

 倒れる兵士の後ろには同じ無表情の兵が立っており、続いて突き出された騎士の槍に目を突かれて死ぬ。

 そんな事をくり返し、悲鳴も恐怖も無い人形のような敵を一方的に殺戮していく。

 腕にだるさを感じ始めた頃、ふとスティフェルスは味方の兵が上げる声が少なくなってきた事に気づいた。

 ホーラント兵もかなり減っているはずだが、このままでは壊滅的な損耗を受けた愚将となってしまうという恐怖に、槍を振るう腕に力が入る。

 その瞬間、幾重にもかけられた縄が、一気に断ち切られた。

「なにっ!」

 信じられない光景に一瞬だけ気を取られ、次の瞬間には門が全開になり、ホーラントの兵が文字通りなだれ込んできた。

「た、退却!」

 何人がスティフェルスの指示を聞いただろうか。

 門に弾き飛ばされた者や、呆然としているうちにホーラント兵に殴り殺される者など、第二騎士隊は一瞬にして半分が敵兵の波に飲み込まれた。

 部下たちが殺されるのに目もくれず、スティフェルスは槍を放り出して走る。

 ホーラント兵は動きが鈍いので、グングン距離が離れるが、それでもスティフェルスは走った。

 しかし、駆けた先に待っているのは、希望ではない。


☺☻☺


「ベイレヴラは死んだ。第一騎士隊も全滅だ」

 オーソングランデ軍とホーラント軍の戦いを、離れて見ていたホーラントの魔法使いに、ベイレヴラの監視のために別行動をしていた仲間が合流してきた。

「そうか。こっちはまあ順調だ。小細工をして兵士どもを削られていたから、魔法で援護してやったからな。手出しは禁じられていたが、これくらいはいいだろう」

 いつまでたっても帰れないからな、とホーラントの魔法使いは同僚に笑った。

 しかし、ベイレヴラと第一騎士隊の顛末を伝えてきた方の魔法使いは、青い顔をしている。

「……どうした?」

「ああ、第一騎士隊は、実質一人に全滅させられたんだが……」

「一人だと?」

 改良された魔法具は、多少動きが緩慢になるデメリットがあるものの、それを補って余りある程に筋力が向上するのだ。腕に開きがあったにせよ、数人相手に一人で相手できるはずがない。

 だが、青い顔をしている同僚は、嘘を言っているようには見えない。

「会話はなんとか聞き取れた。そいつはあの細剣の英雄だ」

「馬鹿な! 奴の領地は反対側だぞ?」

「間違いない。以前聞いた情報と特徴が合致する。戦闘力も情報通り、いや、俺の目にはそれ以上に映った。騎士隊長を傷一つ負わずに殺しやがったんだ」

 話を聞いて、指の爪を噛みながら考える。

「魔法具の不良の可能性は?」

「無い。筋力の向上は明らかだった。それに……」

「それに?」

「王子も殺された。英雄の従者にな」

「……クソッ!」

 王子を傀儡としてオーソングランデ中枢へ入り込む策は潰えた。

「あの男はこちらの戦場に向かって来ているはずだ。兵は捨てて退却すべきだと思うんだが」

 すっかり腰が引けた様子の同僚に、首を振って拒否する。

「お前だけ戻って報告してくれ。こちらはまだ片付いていない」

「わかった。先に行かせてもらう。後でな」

「ああ、後で」

 同僚を見送り、再び戦場へ視線を戻す。

 完全に開いた門から、ホーラント兵がゾロゾロと街へと入り込んで行く。

 背後からオーソングランデ兵に切りつけられながらも、気にせず進む様は、何かの蜜に引き寄せられる虫の群れのようだ。

「第二騎士隊を全滅させるまでは攻撃しよう。これで第一、第二騎士隊が壊滅し、オーソングランデの戦力は急減する」

 機を逃すまいと、視線はぐっと険しくなった。


☺☻☺


 もしかすると、縄が切れたのは魔法によるものではないか。と、かなり敵兵との距離が離れたところまできて、スティフェルスはようやく冷静に頭が回るようになってきた。

 自分の周りには、既に10名程の隊員しか残っていない。いつかのリベザルの様子を彷彿とさせ、自分も失敗した者の側に回ってしまうのかと恐怖した。

「隊長、前方に何者かがおります!」

「なに?!」

 不意に呼ばれ、いつの間にか自分が考え込んでいたことに気づいたスティフェルスが前方を見ると、どこかで見たような男が歩いていた。

 するすると滑るように歩くその男は、黒目黒髪で、奇妙な服を着、左腰には細い剣を差している。

「奴は……!」

 スティフェルスの思考が、一気に怒りに染まる。

 ヒフミ・トオノ伯爵。

 イメラリア王女の召喚魔法によって呼び出された異世界人で、王殺しの罪人でありながら貴族の地位を与えられ、ヴィシーとの戦いの結果として広大な領地を得る事となった、まるでおとぎ話の登場人物のような人物。

 しかし、スティフェルスにとっては王城での影響力を競いあう目の上のコブにしか見えない。

「だが、この状況では致し方あるまい」

 恥を忍んで助力を請うことに決めたスティフェルスは、奥歯を噛み締めて速度を緩めた。

「トオノ伯、こんな国の反対側までご苦労だな。想定以上に敵の数が多いので、手を貸してもらいたいのだが」

 相手が元平民だと思うと、居丈高な態度が隠せなくなるスティフェルスだが、本人に自覚は無い。この言葉でも、恥を忍んで下手に出ているつもりだ。

「よかろう」

 同程度に居丈高な一二三の言葉に、スティフェルスは苛立ちが湧き上がるが、拳を握って自分を抑える。

 そんなスティフェルスの目の前で、一二三はするりと刀を抜いた。

「報酬はお前の命でいい」

 少しは抵抗しろよと言いながらの、最初の攻撃は顔に向かう突きだった。

「ぬおっ」

 辛うじて切っ先をかわしたスティフェルスに、周りにいた騎士たちが駆け寄り、一二三との間に割り込んで剣を構える。

「はっは! 騎士隊長というのは守られるものなのか!」

 呵呵と笑いながら、突き出した刀を引き、さらに二つ三つと突きを重ねる。

「ぎゃあっ」

 一突きごとに一人を突き殺し、二人分の死体を作る。

「何をするか!」

 ようやく体制が整ったスティフェルスが、剣を抜いて大喝するが、一二三を威圧することはできない。

「準備運動が不十分だから、ちゃんと生きてる奴を斬っておこうと思ってな」

「……狂人め」

「おう、そう思うならそのつもりで必死に戦えよ。狂人に言葉は通じないからな」

 スティフェルスの前に立つ騎士は、文字通り盾となって、一二三の斬撃を胸に受けて鎧ごと心臓を断ち割られて死んだ。

 どうと倒れる騎士を飛び越え、一二三の刀が唐竹割りに打ち下ろしてくる。

 転がるように横に飛んだスティフェルスは、起きざまに剣を横に振って距離を取ろうとするが、その前に一二三が懐へ入り込んだ。

「よっ」

 鎧の襟に柄を引っ掛けて引き倒す。

 無様に転がされたスティフェルスは、土にまみれながら横へ転がった。

 その間に別の騎士が斬りかかってくる。一二三は左手で相手の顎を掴み、親指でぐっと押して下の前歯を折った。

 痛みとショックで一瞬動きが止まった騎士は、喉を貫かれて死んだ。

 その間に、スティフェルスは起き上がって構え直している。

「部下の命を使って稼いだ時間だぞ? もっと有効に使えよ」

「貴様……」

 切かかろうと隙を伺うスティフェルスの目の前に悠然と立つ一二三は、右手にもった刀は、構えもせずにだらりと提げ、左手は軽く前に出した奇妙な構えを取っている。

 周りを取り囲む騎士たちも、攻撃のタイミングがつかめずにいる。

 視線が、一二三の左手に集中していた。

 指先はゆらゆらと揺れ、水中に漂う水草のように、決して早くはないが、予想できない動きを繰り返す。

「ええい!」

 一人の騎士が堪えきれずに打ちかかると、一二三の左手がムチのように動いてその顔を打った。

 悶絶する騎士の目には指が入ったらしく涙を流し、鼻の骨が折られている。

「い、いひゃ……」

 痛みを訴える前に、痛みと涙で見えていない目をさくりと突き刺されて死ぬ。

「さあさあ、渾身の一撃を打ってこい。ひょっとしたら当たるかも知れんぞ?」

 それでも、今目の前で見た仲間の死に様に、誰もが動けずにいた。

「ああそうか。これが怖いのかな? ならこうしようか」

 鞘も掴まずに器用に右手だけで納刀すると、一二三は両手をブラブラさせて無手をアピールする。

 その挑発に、最初に耐え切れなくなったのはスティフェルスだった。

「がああああ!」

 力を込めた袈裟懸けの一撃は、他の騎士たちも驚く速度ではあったが、一二三にとってはそこまででもない。

 振り下ろされる腕の下に入り込み、両肘の下から拳を当てる。

 鈍い音がして、剣を落としたスティフェルスは、両肘から先をブラブラと揺らしながら膝をついた。

「あああ……」

 激痛と絶望に歪む顔面を一二三が掴む。そのまま頚椎を捻り折られ、スティフェルスは死んだ。

「言い忘れてたけどな。俺の本来の戦闘スタイルは無手なんだよ」

 スティフェルスの死に、生き残った騎士たちは剣を捨てた。

「こ、降伏する」

 一人が進み出てきたのに対し、一二三は無言で刀を抜いた。

「ま、待ってくれ! 俺たちはもう抵抗する意志は無い!」

「それがダメだと言ってるんだ」

 一閃して首を飛ばし、一二三は苛立たしげに残った騎士を見た。

「剣を取れ。俺の前で武器を持って構えたんだ。俺かお前らか、どちらかが死ぬまで終わると思うな」

 第二騎士隊は残り5名。

 青ざめながらも剣を取った彼らは、数秒で全滅した。


☺☻☺


「……なんて奴だ」

 ホーラントの兵に紛れて街へ侵入し、脇道から一二三の戦闘を監察していた魔法使いは、自国の騎士たちを容赦なく斬り殺すという凶行に驚愕していた。

 それに騎士たちを圧倒する戦闘力は、確かに同僚が怯えるのも仕方がないというレベルだった。

「あの男は、危険だ」

 ホーラントの兵をぶつける事を考えたが、おそらく全く歯が立たないだろう。正面から切り刻まれている間に、後ろから追ってくるオーソングランデ兵に数を減らされるのがオチだ。

 ならば、と懐から短剣を取り出し、詠唱を始める。

 どちらかといえば研究の方が得意で実践は苦手だが、落ち着いてゆっくり詠唱すれば威力のある風の刃が打てる。

(あの男はここで消しておく。そうしなければ、いつか必ずホーラントに害となる)

 そう思うと、詠唱が長く感じる。

 目を閉じて詠唱に集中し、ようやく終わった時には、目の前に一二三が立っていた。

「その短剣……」

「う、うわ!?」

「お前、ホーラントの魔法使いだな。ストラスとかいうのと同じ剣だし」

「ちぃっ! くらえ!」

 この至近距離なら、と放たれた不可視の刃は、正確に一二三の顔に向かって飛んでいく。

「……いつも思うんだが」

 首を振って風の刃をやり過ごした一二三は、顔色一つ変えずに話を続ける。

「タイミングや方向を教えるのはホーラントの魔法使いの決まりか何かか? せっかく便利な技なのに、実に勿体無い」

 一二三が短剣を持った方の手首を掴んだ瞬間、言いようの無い痛みが走り、魔法使いは膝をついた。

 一二三の人差し指の付け根の骨が、しっかりと手首のツボを押さえている。

「い、痛い……」

「質問がある」

「え?」

 顔を上げて疑問の声を上げた魔法使いに、容赦ないビンタが入る。

 フードが外れて、20代半ばといった痩せた顔が露わになる。

「質問するのは俺だ。あの腑抜けになる薬と凶暴化する魔法具について、知っている限りの事を言え」

「……それは……」

 一二三の踵が、思い切り魔法使いの足の小指を踏み抜く。

「……!」

 声も出せない程の痛みに、涙を浮かべる魔法使いに、表情を変えずに同じ質問をする。

「ま……魔法薬は、水でも酒でも、少量を混ぜたものを飲ませれば効果が出る。多少身体能力が上がるが感情と痛覚が無くなり、最初に指示を出した者の言う事を盲目的に聞くようになる。魔法具は、痛覚を無くして筋力を上げるが、凶暴化する欠点がある……」

「欠点は克服しただろう。さらに改良されたものがあるはずだ」

 一二三からさらに踏み込んだ事を聞かれ、魔法使いは苦虫を噛み潰した顔をする。

「魔法薬は、調整ができなかった……。今この街に侵入してきている連中も、俺の言うことは聞いても、簡単な指示しか聞かない。魔法具は、理性を押さえて登録した人物の傀儡にするところまで成功している……」

 さらに聞くと、アロセールの兵に使っていた時は、効果が薄かったのが、現在の人形のような人間を作るところまでは改良できたが、それが限界だったという。

 魔法使いの話を聞いた一二三は、何かを考えついたらしく。二ターっと笑って魔法使いを見た。

「いいことを思いついた。最後に教えろ。お前らの国の首都の名前と、そこまでの距離だ」

「な、なんでそんな事を……ぎゃあっ!」

 今度は股間を蹴り上げられ、丸くなって震える魔法使いに、一二三は容赦なく「吐け」と言った。

「首都はアドラメルク。ここからなら馬で3日程だ!」

 痛みに耐えながら、逆に怒りがこみ上げてきたのか、魔法使いは叫ぶように言った。

「わかった。じゃあな」

 うずくまったままの魔法使いの首を、刀をひと振りして落す。

「ああ、しまった」

 懐紙で刀を拭ったところで、一二三は失敗したと苦い顔をした。

「魔法具が魔物にも効くかどうか、確認しておくべきだったな」

 他の奴に聞くか、と一二三は思考を切り替えた。

 まだ戦場は残っている。

お読みいただきましてありがとうございます。

今後は、2・3日ごとの更新になります。

よろしくお願いいたします。

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