55.By Myself 【空っぽの町と復讐の終わり】
55話目です。
よろしくお願いいたします。
「なんだとぉおおおお!」
スティフェルスの眼前、どんどん近づくミュンスターの入口は、大門が開け放たれて街の中もよく見える。
そしてそこには、人がいない。門の外も、中も、街の通りにもどこにも。
それに最初に気づいたのは、先頭にいたスティフェルスだった。
続いて、周囲にいた騎士たちも街の異常に気付く。
「た、隊長!」
「どういたしましょう!?」
背後からは猛烈な勢いでホーラント兵が追い立ててくる。土煙を上げ、武器を手に迫ってくる真顔の集団が、スティフェルスにはより一層恐ろしく見えてきた。
スティフェルスは考える。
このまま街へ踏み込むのは悪手だ。街が荒れればその時点で自分の失点は覆し難いものとなる。ここから追い返したとしても、被害は無視できるものではないだろう。
となれば……。
「兵は全員、街にたどり着き次第、予定通り左右に別れて敵を挟撃する! 騎士隊は街の門を閉じ、挟撃作戦の間、門を使って敵を足止めする!」
「り、了解しました!」
話している間に、街の門はすぐ目の前だ。
兵を指揮する役目を追った騎士が左右へと別れ、それに兵たちがついて行く。
いくらかのホーラント兵がそれに釣られてついていくが、大多数はまっすぐミュンスターへと迫る。
「閉めろ! 早く!」
怒鳴りつけるスティフェルス。
騎士隊は転げ落ちるように馬を降り、必死に門を閉め、閂をかける。
数瞬の後、分厚い木製の門を叩く音が響き、更に向こうから、挟撃する兵たちの声と、武器が叩きつけられる音が響く。
一枚の扉の向こうにある狂騒を聞きながら、スティフェルスは馬を降りた。
(街を放棄するとは、ビロンは何を考えている!)
策が成らず、怒りに震えるスティフェルスが見る先は、王都側の出入り口方面。
霞んで見える道の先にも、街の住人は見当たらない。
「絶対に殺してやるぞ! ホーラントの連中をすり潰した次は、貴様の番だ!」
☺☻☺
ミュンスター、王都方面出口近く。避難する住民たちの最後尾にビロン伯爵は居た。
サブナクは、危険なので集団の中央付近にいるか、最初に脱出をするようにとビロンを説得しようとしたが、これだけは譲らず、妻と子供だけを先に行かせ、ビロン自身はサブナクたち第三騎士隊と共に殿を務める。
「久しぶりに鎧を着ると、違和感があるね」
馬に乗るのも久しぶりだし、とビロン自身はのんきな様子だが。
一人の兵が馬上のサブナクに駆け寄り、何かを報告する。
「……伝令がきました。義兄さん、ミュンスターに敵軍が来たようです」
「ああ、敵軍ね。まとめてそう呼べば楽だね」
命を奪い合う音が遠くから聞こえるような気がして、ビロンは空を見上げて思案する。
「これから王都方面へ向かう路上で、うまくトオノ伯爵と合流できれば、楽なんだけどね」
街の住民たちは先にある街に疎開し、戦闘が終わり次第戻す事になっている。国境に近い街だからと、ビロンは日頃から逃げ出す準備を徹底させるようにとしていたが、まさか本当にこの策を使う日が来るとは思っていなかった。
住民にはかなり負担をかけたが、命を失うよりは良いだろうと割り切るしかない。
「確かに、一二三さんが到着すれば、こっちの勝ちは確定でしょう」
ちゃんと味方になってくれれば……と、サブナクは心の中で付け足した。
「サブナク、誰か近づいてくる!」
一人の同僚騎士が、声を上げながら馬を降りて剣を抜いた。
「義兄さん、下がってください。敵か味方かわかりません」
サブナクも馬を降り、剣を抜く。
(剣術はあまり得意じゃないんだけど、仕方ない)
ため息を隠しながら、注意深く構えたサブナクが見たのは、槍を掴み、歩いてくる第一騎士隊リベザル。そして彼に率いられた第一騎士隊の隊員たちと、王子アイペロスの姿だった。さらに見慣れない男が一人、王子の横にいるのが見えた。
「リベザル隊長に……アイペロス王子?!」
第三騎士隊の誰かが驚きの声を上げた。
だが、サブナクは違和感を覚えていた。王子に侍従も専用の護衛もおらず、何やら様子がおかしい。そして、こんな雰囲気の人間をどこかで見た覚えがある。
数秒、記憶を辿り、一二三と出会ったフォカロルでの出来事を思い出した。
「全員、構えを解くな! こいつら、魔法具で操られている!」
「えっ?」
一瞬判断が遅れた騎士の一人を、リベザルの槍が貫いた。
「ぐえっ……」
「このやろう!」
途端に乱戦となる。
互いの騎士隊はほぼ同数であり、他の第三騎士隊員やビロンの領兵が応援に駆けつけるまで持ち堪えれば良いと思っていたサブナクたちだが、想定外の苦戦を強いられた。
「こいつら、片腕が無くなっても攻撃してきやがる!」
「報告書にあった通りだ、落ち着いて致命傷を与えろ!」
「く、来るなぁ!」
魔法具の影響で若干動きが鈍っている第一騎士隊だが、戦闘に慣れていない第三騎士隊にとっては強敵であることには変わりがない。
「そしてぼくの相手は貴方ですか……」
剣を構えるサブナクの前に立つのは、槍を突き出したリベザルだ。
その目は視点が定まっていない狂人のそれだが、威圧感は尋常ではない。
(これは、ここで死ぬのかな……)
不意に悲観的な考えが浮かぶも、風を切る音で我に帰る。
「おっとと、あぶなっ!」
次々と繰り出される槍は、以前に見た技量よりも多少劣っては見えたが、サブナクにとってはかわすのがやっとの速度だった。
膂力も尋常ではなく、突きを剣の腹で止めても、たたらを踏むほど押し込まれる。
あっという間に肩で息をし始めたサブナクに対し、リベザルは平然と構えている。
「これをあっさり撃退したのか、やっぱり一二三さんは化物……うわっ!」
突然背中を押されたサブナクは、リベザルに向かって二歩、三歩と前に出る。
目の前にリベザルが迫り、慌てて横に転がったサブナクのすぐ横を、槍の一撃が通りすぎた。
「あぶっあぶっ……」
這々の体でリベザルから距離をとったサブナクに、不満げな声がかけられた。
「誰が化物だ。それと、槍相手にやたらと距離を取ろうとするな。前に出ろ、前に」
サブナクが声の主を見ると、見覚えのある黒髪黒目で目つきの鋭い青年が、相変わらずの奇妙な服を着て、腰に刀を差して立っていた。
手に持った鎖鎌の分銅をくるくると回しながら、ずいっと一二三が前に出る。
「ひ、一二三さん? いくらなんでも、早すぎ……」
「こいつは俺の獲物だ。チンタラやってて取り逃したら……ありゃ?」
リベザルの様子に、一二三は眉をひそめて見回してから、ため息をついた。
「こいつも正気じゃないのか。つまらん状態になったなぁ」
首を振る一二三に、構わずリベザルの槍が迫る。
「あ、危ない!」
サブナクが叫ぶまでもなく、一二三は体を横に向けて半身の形で避ける。槍の引き際に斬りつけようとしてくる刃も、鎖を使って体に触れさせない。
更に突き込んでくるリベザルの腹を前蹴りで押し込んで距離を取った一二三は、再び分銅を振り回し、相手の顔面に分銅を打ち付けた。
鼻ごと顔面の中心を叩き潰されながらも、リベザルは槍を繰り出す事をやめない。
片目は眼窩から飛び出し、目と鼻と口から夥しい血を流す。
それでも、リベザルは止まらない。
「虚しいなぁ。戦う理由を持たない奴の攻撃なんぞ、機械が振り回す棒きれとなんら変わりない」
言葉の通りに、危なげなく穂先を避ける一二三は、その間にも左手に握る鎌でザクザクとリベザルの腕を傷つける。
「一二三さん、こいつらは痛覚が無いうえ、恐怖などの感情がないんです。傷をつけても……あれ?」
次第に動きが緩慢になるリベザルに、サブナクは首をかしげた。
「生き物ってのは、一定以上の血が流れると身体の自由が効かなくなるんだよ。痛みとか恐怖とかは関係ない」
そのくらい知ってるだろう、と一二三が話す間に腕も上げられなくなったリベザルは、ついに膝を付いた。
鎖鎌を収納し、素早く腰の刀を抜いた一二三は、リベザルの鎧の前面を叩き斬った。
「見ぃつけた」
むき出しになった魔法具を、一二三は左手で鷲掴みにして、無理やり引き剥がした。
身体に埋まっていた管が引き伸ばされ、ブチブチと音を立てて千切れる。
痙攣するリベザルは、管が全て切れてしまったところで、大の字になって仰向けに倒れた。
「う……」
「正気に戻ったか」
意識を取り戻したリベザルは、動かない自分の身体に困惑する。
「き、貴様は……! か、身体が動かん……一体どうなって……」
「知らん。わかっているのは、お前が今から死ぬという事実だけだ」
「なんだと……」
むき出しの胸部に刀を突きたてた一二三は、右手に伝わる心臓を貫いた感触に口の端を引き上げた。
「うむ。殺すなら、人形ではなく、ヒトが良い」
血が減っているせいか、刀を抜いてもあまり血が出ないのを興味深く見ながら、懐紙で刀を拭い、鞘へと納める。
「ひ、一二三さん、さっきリベザル隊長は正気に戻っていたんじゃ……」
恐る恐る近づいてきたサブナクに、一二三はそうだな、と答えた。
「試しにやってみたら、意外としっかり意識が戻ったな。死ぬことを自覚されないと、こっちもつまらないからな。良い発見だった」
この上なく良い顔をする一二三に、サブナクとその後ろで一部始終を見ていたビロンは、しばらく声を出せなかった。
「さて、まだ獲物がいるな」
次の武器にと契り木を取り出し、ぐっと握りこんだ一二三は、気負いのない軽やかな足取りで、乱戦が続く第一対第二の騎士隊同士の戦場へと向かう。
それを見たサブナクは慌てて叫んだ。
「だ、第三騎士隊! 全員逃げろぉおお!」
☺☻☺
「や、やべぇ……」
戦いが始まったところで、少し距離を置いていたベイレヴラは、リベザルが殺害されるのを見て腰を抜かして驚いた。
魔法具の影響を受けて、恐怖を感じない殺人人形と化していたリベザルを軽くあしらっただけでなく、態々正気に戻してから殺したのだ。
異常としか思えない行動に、強さよりも一二三という人間の狂気に対して、ベイレヴラは恐怖した。
誰も見ていないのをいいことに、這うように戦場から離れようとしたところで、ふくらはぎに激痛が走った。
「いぎゃぁ!」
突然の痛みに転がりながら、涙目で足を見ると、見たこともないような十字型の金属が突き刺さっていた。
「な、なんだこりゃ」
あまりの痛みに触れることもできずにいるベイレブラに一人の少女が近づいてきた。
「一二三様にようやく追いついたと思ったら……この幸運、一二三様に感謝しなくては」
手裏剣を右手に、ゆっくりと歩いてくるのはオリガだ。
色白の顔は無表情ながら、緑の瞳は強い殺意を以てベイレヴラを睨み据えている。
「て、てめぇは……」
「あら、覚えていたようね」
光栄でもなんでもないけれど、とオリガは二つ目の手裏剣を放ち、無傷の方の足にも傷を付ける。
「ぐぅ……」
もはや痛みに声もあげられず、歯を食いしばるベイレヴラは、必死で手裏剣を引き抜き、切り裂いた服で傷を縛り上げた。それでも、血は止まらない。
「た、助けてくれねぇか……こんな足になっちまったら、もう野垂れ死ぬしかねぇけどよ。せめてもっと穏やかに死にてぇよ……」
みっともなく泣きべそをかいて見せるベイレヴラは、内心でホーラントの工作員からの助けを待っていた。
追撃が来ない事に、さらに時間を稼ごうと言葉を続ける。
「だから……」
「黙れ」
ベイレヴラが泣いて許しを乞う間に詠唱を済ませていたオリガは、風の刃で無慈悲に片腕を切り飛ばした。
「ぎゃぁああああああ!」
ひぃひぃと泣き喚きながら、肩の綺麗な切断面から血を撒き散らしてもんどり打つベイレヴラを見ても、オリガは少しも表情を崩さない。
「お前は、そうやって地べたを這いつくばって、必死に生きることを望みながら死んでいくのが相応しい。みっともなく、無様に、惨たらしく死になさい。そうして初めて、お前の行為を許す気になる可能性が出てくるかもしれないから」
もはや、まともに話もできず、傷ついた足をもぞもぞと動かして逃げようとするベイレヴラは、助けてとうわ言のように繰り返すが、オリガは聞かない。
「私たちが受けた屈辱は、お前にはわからないでしょう。わかって欲しくもありません。一二三様に拾われるという幸運が無ければ、今頃は……」
もがくベイレヴラに近づき、腹を踏みつけて動きを止める。
出血で意識が朦朧とし始めていたベイレヴラは、霞む視界に映るオリガが、手首に固定していた短剣を外し、右手に握り締めたのを見た。
「一二三様、感謝いたします。この手で復讐を果たすことができることを。そしてカーシャ、見ていなさい。私たちの仇が死にゆく様を」
ポツポツとまるで誰かと会話しているように呟いたオリガは、短剣を力いっぱいベイレヴラの胸に振り下ろした。
心臓を突き刺されたベイレヴラは、即死した。
引き抜いた短剣を抱えたオリガは、いつの間にか自分が泣いていた事に気づいた。
その涙のわけは自分にも判らないが、ひとつの復讐が終わり、自分の心が解放されていく感覚は、彼女の胸の中に確かにあった。
お読みいただきましてありがとうございます。
久しぶりに楽しくアクションが書けた気がします。
次回もよろしくお願いいたします。