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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第七章 釣り餌は元気な方がいい
53/184

53.This Is The New Shit 【戦場は遠い】

53話目です。

よろしくお願いいたします。

 フォカロルの領主館でフィリニオンが目にしたのは、必死に机にしがみついて勉強をしている老若男女の姿だった。

 領主館の中でも特に広いパーティー用のホールに、大量の椅子と机が運び込まれている。そこでヴィシーからオーソングランデへ転属した街の代表や文官候補、さらには改めて募集したトオノ領として雇う予定の職員たちが、渡されたテキストの内容を懸命に理解しようと奮闘し、時々手を挙げて担当の職員に質問をしていた。

「うわ……」

 騎士隊や王城勤めの文官は、試験などではなく紹介や縁故採用ばかりなので、こういった光景を初めて目にするフィリニオンには、違和感しかなかった。

 その隣では、案内役の文官としてブロクラが付き添っている。カイムが多忙で手が離せないため、彼女が代理で世話係となったのだ。

「わたしたちが最初に一二三様に購入された時に、勉強しておくようにと言われた内容と、本領地における運営方針について勉強してもらっています。身分や出自は関係なく採用いたしますので、ここで勉強したことを理解したと採用試験で示す事ができれば、合格となります」

「身分が関係ない、ということは……」

「ええ、孤児やスラム出身でも、希望者には文字から教えますので、そこで能力を示すことができれば採用されます。学に自信が無ければ、軍に入るという手段もあります。第一、わたしたち文官の筆頭が奴隷なのですよ?」

 ブロクラは目を細めて笑う。

「そういえば……」

 フィリニオンは、彼女たちが王城で勉強させられていたことは知っていたし、一二三の奴隷であることも把握している。だが、街の状況や財政状況を見るに、他領の貴族出身の文官よりもよほど優秀なのではと評価している。

「わたしたちの仕事は、効率よく領地を運営し、領主が自由に過ごせるような環境を整えることだと理解しております。それを、フィリニオン様にもご理解いただきたいと思うのですが」

「ええ、私もトオノ伯爵の事は多少なりわかっているつもりですので」

「それは良かった。では、こちらへ」

「えっ?」

 勉強開場の一角、他より少しだけ立派な机が用意された場所へ、ブロクラはフィリニオンを誘う。

「では、まずはこの書類の内容を覚えてください。本領地の基本的な経営方針と税制についてまとめた書類と、現在までの収支報告書です」

「えっ?」

「こちらの羊皮紙は自由にお使いください。足りなければ、あちらに積まれた分から取っていただいて構いません。インクの補充もそこでできます。書けば覚えるという一二三様の方針ですので、どんどん筆写して覚えてください」

「えっ?」

 あれよあれよと言う間に座らされ、目の前にどんどんと積まれていく書類に、何を言っていいかわからないフィリニオンに、ブロクラは優しく微笑む。

「一二三様より、他の文官程度のことができないならお帰りいただくように指示を受けておりますので、頑張ってください。途中で放棄される際は、会場に交代で誰かがおりますので、お声をかけてくださいね」

 呆然とするフィリニオンを置いて、ブロクラは自分は他の仕事に行くと言って、さっさと出ていってしまった。

「……クリノラ」

「はい、お嬢様」

 状況について行けなくなっていたのはクリノラも同じだったようで、声をかけられてハッとした顔をする。

「お茶をいれて頂戴」

「わかりました。お湯をいただいてきますので、その……」

「やるしかないわよ。ここで帰ったらいい笑いものだわ」

 覚悟を決めて書類に向かうフィリニオンに、クリノラは頭を下げた。


☺☻☺


 第二騎士隊長スティフェルスは、一人軍議場に残り、現状の整理を行っていた。

 先ほど第一騎士隊長リベザルが乱入してきたあと、軍議は一時中断となり、現状はホーラントの動きを注視して対応するという当たり障りのないものとなった。

「だが、このままホーラントが動かなければ……」

 どうやら、第一騎士隊の持ってきた情報によると、ヴィシー方面の戦争はほぼ沈静化し、一二三の活躍と第三騎士隊の助力により、オーソングランデの圧勝という形でかなり有利な終戦協定が結ばれるだろうと見られている。

 そうなれば、ヴィシーに協力するという名分で戦っているホーラントは軍を引き上げるだろうし、当然の如く第二騎士隊も引き上げなければならなくなるだろう。

 結果として、何の戦果も無いままに。

「このままでは、あの男と王女だけが結果を残す形になる。王子が支持を集めるなど難しくなるだろう。貴族も日和見な連中はすでに王女派へと鞍替えを始めていてもおかしくはない……」

 何としても、“ヴィシー方面は一二三の活躍”で、“ホーラント方面は第二騎士隊の活躍”で事が収まったという状況に持って行きたい。だが、グズグズしていればホーラントが退くか、一二三がここへやってくるだろう。

「誰も彼もが、邪魔ばかりする」

 愚痴りながら酒を煽る。

 アルコールが喉を通った時、ふと閃いた。

「そうか……何も第二騎士隊ばかりが消耗する必要はない。それに、成果というなら防御より奪還の方がずっと評価は高いな……」

 これが冷静な心理状態であれば、他の策も考えついたかもしれない。他の誰かとの協議であれば、もっと穏便な方面に思考が行ったかもしれない。

 しかし、追い詰められた心理は極端な方向に舵をきった。

「誰かいるか! 副隊長を呼んでこい!」

 スティフェルスの頭の中には、民衆から感謝される自分の姿と、屍を晒すビロン伯爵の姿が浮かんでいた。


☺☻☺


「やあやあ、我こそはカモス子爵家の……」

「うるさい」

 名乗りを上げる鎧姿の若い貴族の台詞を、一二三は手を振って遮った。

「う、うるさい!?」

「邪魔するのか用があるのかはっきりしろ」

 今、一二三は軍を置いて先行している。ついてきているのはオリガのみで、アリッサに指揮を丸投げして後から追いかけてくるようにと命じている。

 早くホーラント国境へ行かないと戦争が終わってしまうからだ。

 急いでいる一二三は、街道上に30人程の兵を連れて待機していた男に、苛立ちを隠そうともしない。

「わ、わたしは第二騎士隊長と縁のある者だ。ホーラント方面は第二騎士隊の舞台である! 王女のお気に入りとはいえ、他者の手柄まで浅ましく横取りするものではない。見ればたった二人で向かっているようだ。まさか力づくで押し通ろうとは思わないだろうが……って、ちょ、ちょっと……!」

 長い口上に嫌気が差した一二三は、馬を走らせカモス子爵に肉迫せんとする。

 子爵の両脇にいた護衛の兵二人が慌てて進路を塞ぐが、一二三が抜いた刀によって一太刀で一気に殺害された。

「ひ、ひぃ、なんで……」

 涙を流しながら怯える子爵を睨んで、一二三は冷たく言い捨てた。

「邪魔だからだ」

「ぎゃあっ!」

 言い終わるより早く振り下ろされた刀は、カモス子爵の顔面を斜めに断ち割った。血と肉をこぼしながら馬から落下した死体は、両腕を可笑しな方向に曲げてピクリとも動かない。

「な、なんという……」

「ぐわっ!」

 何のためらいもなく子爵を殺した一二三に驚愕する兵士たちを、さらに凶悪な風の刃が襲う。

 オリガが右腕を向けた先で、さらに二人、三人と風に切られて倒れる。

「生き残りたければ走れ。走って逃げろ。俺に追いつかれたら死ぬ。簡単だろう?」

 そらスタートだ、と一二三が言うと、兵たちは武器を捨てて逃げ出した。

「オリガ、先を急ぐぞ」

「はい、わかりました」

 街道沿いに逃げていた数名を馬上から斬殺しながら、一二三は戦場を目指す。

(急がないと、俺のり分が減る!)

 ある意味で、一二三も焦っていた。


☺☻☺


「こちらです」

 密かに村を離れ、国境のそばへとリベザルを連れてきたベイレヴラは、切り立った崖がある場所を差した。

「単に崖があるだけではないか。こんなところで……」

「まあ、見ててくださいよ」

 ベイレヴラが短い口笛を鳴らすと、崖の一部が動き、中から一人の魔法使いが出てきた。濃紺のローブは質が良いように見え、フードに隠れた顔は見えない。

「誰かと思えば、ベイレヴラか……」

 魔法使いの声が意外に若い事に、リベザルは思わず気が緩む。おそらくさほど高い地位ものではないのだろう。

「へい、先にお送りしました報告の通り、ヴィシーはもはや勝ち目が無いと思われますので、脱出してまいりました次第で……」

 ペコペコと頭を下げるベイレヴラ。

「で、その男が……」

「第一騎士隊長のリベザル様です」

「ホーラントの者か? 魔法具について話が……うっ?!」

 リベザルがベイレヴラを押しのけて前に出て、魔法使いに話しかけたが、言葉は最後まで続かなかった。

 ベイレヴラの手に握られた魔法具で、意識を刈り取られたのだ。

「ベイレヴラ、なぜ最初から気絶させていなかった」

「勘弁してくださいよ。鎧をきた大人を抱えてここまでなんてとてもとても。それに、村の中でこの人を抱えてたら間違いなくつかまりますよ」

 苦笑いでリベザルの腕を縛り上げたベイレヴラは、周りを見回した。

「ところで、他の方々はどうされましたので?」

「今は別件で全員出ている。それよりもお前をホーラントに受け入れるからには、次の指令にも従ってもらうぞ」

 魔法使いが投げ渡した命令書には、魔法具で傀儡にしたリベザルを使ってミュンスターに攻め入る為の計画が書かれている。

「もちろん、拾っていただいたからには、精一杯ホーラントに尽くしてみせますとも」

「……まあいい。裏切るなら切り捨てるまでだ。それより、こいつが起きる前に魔法具の取り付けを終わらせたい。鎧をはぎ取れ」

「へい」

 気絶したリベザルを仰向けに転がし、手際よく鎧を外していくベイレヴラを見ながら、魔法使いは懐から魔法具を取り出した。

 それは、一二三が殺した暴走者がつけていた魔法具によく似ていた。

「それが例の改良型ですか……」

「ああ、これを付ければ肉体が強化され、人の感情を失う人形になる。暴走する欠点も克服した。先に魔道具に血を塗っておけば、その血の持ち主の言うことは聞く」

「そりゃすごい」

「お前の血も塗っておけ。こいつを使えるのは俺とお前の二人だけだ」

 ナイフと魔道具を受け取り、ベイレヴラは困惑した。

「よろしいので?」

「お前とこいつでミュンスターへ戻って作戦を遂行しろ。俺は監視者だ」

「わかりました」

 結局、魔法具をつけられるまで、リベザルは目を覚ますことはなかった。


☺☻☺


「お前の名前で書面を撒け、今すぐに」

「突然やってきて何を言っているのですか」

 ミュンスターへの途上、王城へと立ち寄った一二三は、遠慮など一切せずにイメラリアの執務室を訪ねた。

 そして、入室して一言目から命令だった。

「フォカロルからここまでに4回、王子派の貴族やらその領の兵やらに襲撃を受けた。しかも弱い奴ばかりだ」

「その程度、一二三様にとっては大した障害になりませんでしょうに」

「ちまちま出てきて数だけはいるから面倒なんだよ。殺しても全然気分が良くならない」

「普通はそうでしょう。で、何の書面を作れとおっしゃるのです」

 まったく同情できない一二三の言い分に、イメラリアは諦めて話題を進めた。

「お前の戴冠が決まって、ホーラント側が落ち着いたら戴冠式を行うと広めろ。貴族に向けた書面を大量に作って、城へ来て恭順の意を示せと伝えるんだ」

「なぜそんなに急ぐのですか。それにそんな事をすれば、余計に一二三様の邪魔をする者が増えるのではありませんか?」

「既にお前についている貴族連中の署名を入れろ。俺の名前も使っていい。賛同しなければ領地を没収するとでも書いておけ。それでも反発するなら、どこの誰かわかった方が潰しやすい。それと、お前の弟は病気で表舞台から退くとでも入れておけばいい」

「……わかりました。それであの子が理解して退いてくれたら、あの子の命は……」

 言いたい放題言って出ていこうとする一二三に、イメラリアはすがるような目を向ける。

「お前の弟が、そこまで馬鹿じゃないことを祈っておけ」

 出ていった一二三と入れ違いに、紅茶を運んできた侍女が入ってくる。

「申し訳ありません、紅茶が間に合いませんでした」

 頭を下げる侍女に、自分の分だけでも入れて欲しいと伝え、戻るついでに頼みたいことがあると、イメラリアは疲れた笑顔を向けた。

「今から手紙を書きます。騎士の誰かに運んでもらうようにお願いしますから、呼んできてもらえますか」

「かしこまりました」

 精一杯の言葉を尽くして、弟への手紙を書こうとイメラリアは思っている。あの子も王族としての教育を受けたのだから、自分の立場が全く理解できないという事はないはずだと信じて。

お読みいただきましてありがとうございます。

ちょっと落ち着いた展開が続きましたが、

次もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] PCでは白黒の絵文字になっているが、スマホで読むと、文字の羅列の途中で色が付いた絵文字(恐らく機器の内部変換の違い)が出てきてめっちゃ気が散る。
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