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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第七章 釣り餌は元気な方がいい
52/184

52.Uptown Girl 【町は変わっていく】

52話目です。

よろしくお願いいたします。

「ふーん」

 鍋の中にたっぷりと投入された猪型の魔物の肉をかき回しながら、一二三は気のない返事を返した。

 領兵の案内で一二三と会うことができたとき、フィリニオンは冷静に一二三を観察し、ビロンの使者は平伏する勢いでミュンスターの状況を説明し、助力を乞うた。

 その返事が、先の一言である。

「一二三様、この野菜はどうしますか?」

「ああ、気にせずどんどん放り込め。鍋なんだから難しく考えなくていいだろ」

「おいしそ~」

 緊迫した空気を纏う使者をよそに、グラグラと煮えたぎる鍋の中では、叩き折った魔物の骨から出た出汁と脂の濃厚な香りが漂い、アリッサはよだれを垂らして鍋を凝視している。

 周囲では、輜重隊を中心にいくつかのグループが一二三を真似て鍋を囲んでいた。

 全員が緩みきった顔で鍋を眺めている。

「あの……」

「ああ、取り敢えずお前らも食ってけ。話はそれからな」

 たっぷり盛り付けられたお椀を渡され、流されるままに腰をおろして食べ始める使者の横で、フィリニオンはその粗野な煮込み料理を見つめていた。

「これ美味しいですね、お嬢様」

 いつの間にか近くに座っていたクリノラが、ニコッとフィリニオンに笑う。

 野外訓練の時も持参した食料だけを食べていたフィリニオンにとって、魔物の肉だと思うと気持ちが悪いが、美味しそうな匂いであることは否定できない。

 ちらりと一二三を見ると、オリガたちと共に美味しそうに食べている。ここで拒否するのは失礼であるし、怒らせるのは怖い。

 意を決して口にすると、濃厚な味が空腹に染み渡る。

「あ、美味しい……」

「当然です。一二三様手ずからお作りになられたのですから」

「こんなの、素材がまともなら何とでもなる」

 あっという間に3杯ほど平らげてから、一二三は満足げに草むらに仰向けになった。

「で、ホーラントの方の街が危ないから、俺の軍勢に助けて欲しい、と」

 ちゃんと話が通じていた事に、使者は慌てて頷いた。

「軍勢というより、ビロン伯爵はトオノ伯爵ご本人にお願いしたいとの事です。こちら、書状になります」

「私が」

 オリガが受け取り一二三に手渡すと、乱暴に開いてざっと目を通した一二三は、飛び上がるように身体を起こした。

「ホーラント方面の領主は、ビロン伯爵といったな」

「は、はい!」

「この国にも面白いやつがいるな」

 ビロンからの書状には、定型文じみた援軍要請の文書に続いて、一二三への私信として一行だけサラリと書かれていた。

“敵は沢山おりますので、トオノ伯には残らず平らげていただきたい”


 第二騎士隊は、隊長のスティフェルスを始めほぼ全員が国境近くの名もない農村にて待機していた。

 怪我人は後送し、ミュンスターで治療を受けている。ビロン伯爵の動きを見張る人員を数名、付き添いとして送っていた。

 数件の家を借りて騎士たちの宿舎として利用し、兵士たちは村の外で野営をしている。

 ホーラントからの攻撃は収まっており、少数の見張りを国境へ残して様子を見ている状況だ。

 第一騎士隊が村へやってきた時、丁度第二騎士隊が集まって軍議を行っているところだった。

 馬の足音に慌てて様子を見に行った第二騎士隊の隊員が、リベザルを伴って軍議の場に戻ってきた。

「スティフェルス。久しいな」

「敵襲かと思ったぞ。驚かせるな」

 第一と第二の騎士隊は仲が悪いというほどではない。勤務場所がまるで違うので、顔を合わせること自体が少ないためだ。隊長や副隊長どうしが城で顔を合わせる程度である。

「で、王城にこもっているはずの第一騎士隊が、こんな国の端まで何の用だ?」

 芳しくない戦況への苛立ちを隠せないまま、スティフェルスはリベザルを睨んだ。

「共闘を申し入れに来た。個別で動いている場合ではない」

「共闘? 援軍ではなくて共闘とはどういうことだ」

 リベザルが説明したイメラリアの継承宣言と一二三による王城内での蛮行に、第二騎士隊の面々は驚いた。

「まさか、そんな事になっていたとは……。この事、王子へは?」

「お伝えはしていない。今王城へ戻ってみろ、下手をすれば王子まで害される結果になりかねん」

「まさか……」

 信じられないと首を振るスティフェルスに、リベザルは決して冗談や誇張ではないと言った。

「お前も知っているだろう。あの男は今でこそ何かの間違いで貴族になってはいるが、元はどこの誰ともしれない召喚者で、王を弑した反逆者だぞ。明らかに敵対した形になった王子に遠慮するとは思えん」

 そこで王子を要して第一・第二騎士隊で連帯して王女派を抑えるのだと、リベザルは説明するが、スティフェルスの反応は芳しくない。

「リベザル、ひとつ聞くが」

「なんだ」

「騎士と兵は何人連れてきた?」

「……騎士が30。兵はいない」

 リベザルの答えに、スティフェルスは鼻で笑った。

「戦力とも言えない程度の人数であとから来て、共闘とは笑わせる。先に王子を擁して戦果を上げるために動いたのはおれたちの方だ」

 後ろで聞いている第二騎士隊の隊員たちは、後からついてきた王子に文句を言っていたくせに、と目で言っていたが。

「ちっ……」

「わかったか。ここは第二騎士隊の戦場だ。城の守人は城へ帰れ」

 スティフェルスにすげなく断られたリベザルは、今夜だけは村に留まり、明日は一度ミュンスターへ戻る事にした。

 部下たちをいくつかの家に宿泊させ、自分は村長の家の離れを一夜の寝床としたリベザルが家へ入ろうとすると、見張りに立つ騎士の横に転がされているベイレヴラがまた声をかけてくる。

「リベザル様。自分の実力を過信した第二騎士隊では、閣下の説得も聞く耳を持ちませんでしたでしょう」

「うるさい、黙れ」

「新たな魔法具を開発したホーラントに、第二騎士隊と遠征軍では勝ち目はありません。国境はいずれ突破されるでしょう。ですから、その前に同様の魔法具を用意して、第二騎士隊の代わりにホーラントを撃退すれば……」

 構わず話し続けるベイレヴラの言葉に、リベザルは無視できなくなった。

「新しい魔法具というのは、それほどの効果があるのか?」

 ようやく向けられた興味に、ベイレヴラはいやらしい笑みを浮かべた。

「ホーラントの兵は、ほとんどが一般の民衆からの徴兵です。それが騎士や兵を圧倒しているのです」

 この意味がわかりますね? というベイレヴラに、リベザルは話を続けろと促した。


「よく来たね。歓迎するよ」

「お久しぶりです、義兄さん」

 サブナクが500の兵を率いて援軍としてミュンスターへ到着すると、ビロン伯爵は笑顔で出迎えた。

「まさか君が来てくれるとはね」

「一二三さんでなくて残念ですが」

「いやいや、領軍だけだと持ちこたえるのも精一杯だろうからね。実に助かるよ」

 それに、妙な連中ばかりが街に来てうんざりしてたから、気持ち的にも助かると言われ、サブナクは苦笑するしかなかった。

「まったく、敵はホーラントだか自分の国の騎士隊だかわからなくなってきたよ」

「しかし、ホーラントと戦闘になるとは思いませんでしたよ」

「私もさ。まあ、先に手を出したのが第二騎士隊の方だったとしても驚かないけれどね」

 ビロンに促され、サブナクはソファへ座る。

 暖かな紅茶が運ばれ、ビロンも向かいに腰を下ろした。

「それで、状況はどうですか?」

「良くないね。国境からの情報では、一応今のところは拮抗しているようではあるけれど……君から聞いていた魔法具と同じものが使われているのだろう。大怪我をしても顔色一つ変えずに向かってくる敵兵を相手に、肉体的にも精神的にも、こちらの兵は加速度的に疲労していっている。国境を突破されるのも、時間の問題だろうね」

 そうなれば、あっという間にミュンスターまで敵は押し寄せてくるだろうとビロンは予測している。

「もちろん、第一騎士隊と第二騎士隊が力を合わせて事に当たれば、勝てる見込みも多少はあるけれどね。難しいだろう。もっと言えば、第一騎士隊の連中などは、私や君を排除する方向に動く可能性だってある」

「そんな……いえ、そうかもしれません。ぼくも義兄さんも、王女派だと見られていますからね」

「そうだね。もし私が彼らの立場だったら、一度敵に国境を突破させて、この街で乱戦状態を演出してその混乱の中で私を殺害してから、敵兵を追い返すだろう。ホーラントも国境を犯しても国土を広げようという意志は無いだろうからね」

 ビロンの見立てでは、ホーラントの目的は魔法具の実験だという。であれば、一定の戦果が見られれば、さっさと退いてくれるだろうとビロンは言った。

「かと言って、領民たちが犠牲になることを許容するつもりはない。だから、多少の策を考えているから、サブナクには協力をお願いしたいんだ」

「ぼくにできることであれば。それで、策というのは?」

「それは、用意ができてからのお楽しみさ。さあ、君が来たのなら妻にも話をしておかなくては、もちろん、夕食は我が家で食べてくれるんだろう?」

 久しぶりに姉上に会うのだから、ゆっくりしていくといいと、ビロンは爽やかな笑顔を見せた。


 食事を終え、正式に王女からの通達を伝えたフィリニオンに対し、一二三はまた気の抜けた返事を返した。

「まあ、サブナクでなくても役に立つならいいさ。詳しいことはフォカロルにいるカイムあたりに聞いてくれ。俺はさっさとミュンスターへ向かうから」

 そんなことより、戦場が自分を待っていると言い、自らの兵すらも小さな軍務長官に任せて、一二三は馬にまたがって街道の先へと消えていった。

 もちろん、オリガも同様に追いかけていった。

 おいてけぼりをとなったビロンの使者は、残された一二三の領軍と共にミュンスターへ向かう事となった。

「ひと組を護衛に付けるよ。さっき試作の台車を壊した人たちは罰として今度の戦闘から外すから、あの人たちについていくといいよ」

 アリッサから指差され、サラリと罰を告げられた三人組は、肩を落としてうなだれている。

「あ、ありがとう。あの、彼らはどうして落ち込んでいるのかしら。戦場に行かずに済むなら、嬉しいんじゃないかしら」

「僕たちは一二三さんの軍だからね。戦いから外される方がイヤみたいだよ」

 どうやらアリッサもよくわかっていないようだが、日常の訓練が続く街での待機よりも、色々と新しい道具で戦える遠征部隊の方が人気は高かった。

 こうして、暗い表情の三人組に付き添われ、翌日には無事フォカロルの街へと到着した。

「まずは、領主館のカイムさんにお会いしましょう」

「わかりました」

 クリノラを連れ、馬と馬車を預けて街の中を歩く。

(結構賑わってるわね……)

 街の中心部は多くの商店が集まり、それぞれが大きな声で自分たちの商品を宣伝している。

 大小様々な店が並び、商品も豊富で種類が多い。

「まるで王都のような活気ですね、お嬢様」

「ええ、そうね」

 商品などよりも、フィリニオンには住民たちの笑顔が気になった。

 曰く、王殺しの重罪人。

 曰く、大量虐殺者。

 曰く、無慈悲な冷血漢。

 そんな男が治めている街にはとても見えないほど、住民たちは自分の生活を楽しんでいるように見える。

 実際に会って話をした印象も、どちらかというと恐ろしい人物というよりは無邪気な若い貴族のような印象だった。

「うん?」

 一つの大きな建物が目に入った。

 出入り口の看板には、『フォカロル商工・職人ギルドセンター』と書いてある。

 何かの公の施設のようだが、多くの商人らしき人物やドワーフが出入りし、時には荷物を抱えた若者なども入って行く。

 ギルドといえば、魔物退治を主に引き受ける冒険者ギルドのイメージしか無いフィリニオンにとっては、完全に謎の施設だった。

「一体、この街はどうなっているの……」

 どうやら色々と聞かないといけない事があるようだと、フィリニオンはカイムという人物を目指して、領主館へと進んで行った。

お読みいただきましてありがとうございます。

ギリギリまでかかりました。

日付変更が近いとサイトが重くなると感じるのは私だけ?

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