51.Black Or White 【女騎士への辞令】
51話目です。
よろしくお願いいたします。
女性騎士フィリニオンは馬に乗って街道を進みながら、不満げに口を尖らせていた。
「なんだってわたしがフォカロルなんて僻地に行かなきゃならないのよ」
服や食料を乗せた小さな馬車が、その後ろをついてきている。馬車の中では、野営の際に見張りをしていた、ビロン伯爵の使者が眠っている。馭者をしているのは、フィリニオンの侍女として実家から来てもらっているクリノラだ。
「フォカロルはもう国の端っこではありませんよ、お嬢様」
18歳のフィリニオンよりもいくつか若いクリノラの無邪気なツッコミに、フィリニオンはため息をついた。
「わかってるわよ。でもおかしいでしょ、騎士隊の隊員が領主の手伝いに派遣されるなんて。しかも、これ本当はサブナクの役目なのよ?」
緑色の柔らかな髪を風に揺らしながら、フィリニオンは愚痴をやめない。
「ですが、騎士なんて危険なお仕事よりも、街で領地の運営をしていただく方が、私としても安心です。もう戦争も終わるのだと、街では噂になっていますよ。何でも、今向かっているフォカロルの領主様のご活躍のおかげとか」
戦闘に巻き込まれる可能性が高い職場からフィリニオンが離れたのが嬉しいのか、クリノラは異動の話を聞いてからずっと上機嫌だ。
「……知らないって幸せよね」
第三騎士隊所属のフィリニオンは、当然のことながら一二三という人物について知っている。王女の継承宣言の際にもサブナクと同じく民衆に紛れており、本人の顔も見ている。
「ちょっと顔つきが幼いけど、整ってはいるのよね。でも中身がね……」
遠目に見た一二三の顔を思いだし、次いで報告書で読んだ彼の履歴を思いだした。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「なんでもない。フォカロルまであとどれくらいかしら」
「既にトオノ領には入っています。明日には着きますよ」
「……うん?」
会話を交わしながら、街道の先を見ているフィリニオンの視界に、土煙を上げて近づいてくる何かが見えた。
「クリノラ、馬車を街道の外へ! 何かわからないけどすごい勢いで近づいてくる!」
「は、はいっ!」
クリノラが手綱を操ると、馬車は直ぐに街道の外へと移動する。段差で馬車が跳ね、ビロンの使者も飛び起きた。
「何かあったのですか?!」
クリノラが状況を説明している間に、フィリニオンも街道を出る。
「なんなのよ、まったく……」
念のため剣を抜き、馬を降りて馬車の脇へと待機したフィリニオンは、手のひらにじわりと浮かんだ汗を服で拭った。
剣は正直、自信がない。女性騎士に憧れて、一時期熱心に練習はしていたものの、領地の運営の楽しさに目覚めてからはさっぱりだった。経営に口出ししすぎて父親から騎士隊へ入れられてからは、多少は鍛え直したが、騎士隊の中では最低ラインの腕だった。
「野盗や魔物の類じゃありませんように……」
だが、願いは二重に裏切られる。
間も無く見えてきた土煙の正体は、大型の猪型の魔物だった。森やそれに近い位置でよく見られるタイプの魔物だが、サイズは3メートル近くあり、魔物退治を得意とする冒険者でも、人数がいないと厳しい大きさだ。
そしてその大型の魔物を追う者たちがいる。
何かの台車のような物に乗った三人組は、二人が何かのレバーを操作し、一人が弓矢のような台車に固定された何かを構えている。全員、どこかの兵士のように揃いのシンプルな鎧を着ている。
「うおおおお!」
「ばか! 速すぎだって!」
「怖い怖い怖い!」
口々に叫びながら魔物を追い立てていた彼らが発射した槍のようなものが、鈍い音を立てて魔物の尻に突き刺さった。
雄叫びをあげて走る勢いのまま転がった魔物に、猛スピードのまま台車が突っ込み、三人は散り散りに吹っ飛ばされて、魔物を飛び越えて転がった。
「うわ……」
これは無事では済まないだろうと、クリノラを馬車の側に残し、フィリニオンとビロンの使者は恐る恐る近づいて行く。
魔物は、転がった拍子に首を折ったらしく、完全に絶命していた。
他の魔物がいないかと安全を確認したあと、倒れている三人の様子を見ると、全員がフラフラと立ち上がっている。
「だ、大丈夫……なの?」
怖々と一人に尋ねると、兵士らしき男は恥ずかしそうに頭をかいて頭を下げた。
「あ、驚かせてすみません」
「い、いや……無事ならいいんだけど」
残った二人も立ち上がって、粉々になった台車を見て「怒られる~」と頭を抱えている。
「わたしはオーソングランデ第三騎士隊所属のフィリニオンです。どこかの兵士かしら。ずいぶん頑丈なのね。不思議な乗り物に乗っていたし」
「これはこれは、騎士様でしたか! この程度で怪我はしませんよ、我らは受身という技を身に付け、そしてそれが必須となるような厳しい訓練を日々受けておりますので」
(受身?)
始めて聞く単語に、フィリニオンが警戒する。もしかすると他国の者かもしれない。
そう思っている間に、他の二人の兵たちも集まり、フィリニオンたちに頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。この先で野営準備を行っていたのですが、食料にするのに魔物を追っておりまして」
「それはいいのだけれど、あなたたちの所属は?」
お恥ずかしいと照れ笑いをする大の男三人は、他に見る兵士のような武骨さが無く、どうにも軽い感じがする。
「ああ、失礼いたしました! 我らはトオノ領の領軍に所属する領兵です」
(これが……)
寡兵で大軍を打ち破ったというイメージとかけ離れた、お調子者と言って差し支えない様子の兵達に、フィリニオンはひどく不安になった。
「この先、馬でしばらく行った所に我らの陣があります。領主の一二三様へ報告するのに戻りますので、よろしければご一緒にいかがですか。領主一二三様が、イノシシナベとかいうのを作るそうですので、ご迷惑をおかけしたお詫びに……」
「一二三様がおられるのですか!?」
話を遮って身を乗り出したのは、ビロンの使者だ。
思ったより早い出会いになりそうだと、フィリニオンは気持ちを引き締めた。
ヴィシーの大都市の一つ、ピュルサンの代表であるミノソンからの書簡には、一二三が中央委員会からの使者に語った内容以外に、重要な事が書かれていた。
「ベイレヴラは、ヴィシーを出奔したらしい。で、ミノソンが調べた範囲では、また商人の振りをしてオーソングランデを抜けて、おそらくホーラントへ向かっただろうということだ」
一二三の説明に、オリガはしばらく間を置いて、口を開いた。
「信用、できるのでしょうか?」
「さぁな」
一二三が放った書簡を拾い上げ、オリガはじっくりと目を通した。
「しばらくヴィシーはピュルサンの独立関係でゴタゴタするだろう。そこに攻めていくのも良いが、ミノソンがそれで楽ができると考えているのが透けて見える。それが気に入らん」
「楽……なのでしょうか?」
「本来なら“ピュルサン対ヴィシーの残り”になるのが、かなりの部分がオーソングランデとの戦いに向くとなると、その分敵が減るだろ」
「なるほど」
しばらくヴィシーは放っておく、と一二三は言った。
「もう少しごちゃごちゃしてから入り込んだ方が、楽しくなりそうだからな」
「では?」
紅茶を入れなおし、一二三の前に置きながら、オリガは期待の目を向けた。
「ホーラントに行く。魔法具の件も気になるからな。裏でこそこそやって準備してるようだから、多少は手応えがあるだろう」
「一二三様……」
オリガの中では、一二三がオリガの復讐のためにわざわざホーラントへ向かうという図式になっていた。しかも、また二人で旅ができるというのではと期待する。
「アリッサと……せっかくだから、遠征ついでに軍もいくらか連れて行くか。色々作っておいた道具も試したいし」
二人きりではないことにがっかりしているオリガを無視して、一二三は早速プルフラスに用意させるために出ていった。
「それにしても……」
一人、部屋に残されたオリガは、デスクの上の書面を見た。
「ベイレヴラ……覚悟しなさい。私が必ず殺す」
静かな室内に、決意の言葉が響いた。
こうして、30人の領兵を連れて、一二三たちは再び王都方面へと向かって出発した。
リベザルがミュンスターに到着したとき、まだミュンスターは健在ではあったが、街の中は出歩く人々は見当たらず、厳戒態勢というべき状況にあった。
「これはどういうことだ? 第二騎士隊は何をしている?」
予測ではホーラントとはほとんど戦闘になることはなく、睨み合いで終ると見られていたはずで、街の住人に影響が出るほどの戦闘が起きているのは完全にリベザルの予想外だった。
「おや、第二の次は第一ですか。まるでここが王城のようですな」
館でリベザルを迎えたビロンは、つまらなそうに言った。
「この街の状況はどういう事かね?」
ソファにどっかりと座り、リベザルは出された紅茶で喉を潤す。
「第二騎士隊ではホーラントの兵を押さえきれていないようですな。どうやら妙な魔法具で強化されているとか」
「魔法具だと?!」
想像以上に窮地にあるホーラント国境の戦況に、リベザルは自分の計画が狂う事に歯噛みした。王子を旗印に戦力を糾合して王城に帰るはずが、肝心の戦力が削られている。
「それで、第二騎士隊はどこにいる?」
「国境近くの村に宿営していますよ。どうやら私がトオノ伯爵に援軍を要請したのが気に入らないようで」
ビロンは白い歯を見せて笑い、これは失礼、と役目済ましに言う。
「一二三に援軍を頼むというのか! なぜあの男なのだ!」
「強いからですよ。多くの敵を殺し、民衆を守り、領地を守る。同じ領主としてコツを伺いたいくらいです」
睨みつけるリベザルの視線を無視して、ビロンは焼き菓子を一つつまんだ。
「お一ついかがですか? 甘いものは心を落ち着けます。冷静になって判断する必要があるときは、必ず菓子を用意するようにしているのですよ」
仕事が詰まっていると菓子ばかり食べるので、子供みたいだと妻などには笑われてしまうのですがね、とビロンは笑い、もう一つ口に放り込んだ。
「不要だ! これで失礼させていただく!」
「ああ、待ってください。貴方がここへ来たということは、王城で何かあったのでは?」
ビロンの質問に一瞬硬直したが、リベザルは知らぬと言い捨て、荒々しくドアを開閉して出て行く。見送って、ビロンは大きく息を吐いて椅子に身体を預けた。
「やれやれ、さすがは第一騎士隊長どの、威圧感は大したものです」
ビロンの予測では、リベザルたち第一騎士隊は第二騎士隊と合流してホーラントとの戦いに向かうことになる。勝てれば王子を祭り上げて凱旋し、王位継承まで力づくで推し進めるつもりだろう。
負けた場合は、ここへ敵がやってくるだろう。
「最悪の事態も考えておくべきか……」
天井を見上げて策を考えながら、デスクの上の鈴を鳴らす。
すぐに執事が入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「会議場に領軍の隊長たち全員を呼んでくれ。それと、戦闘のための物資の用意も」
「……かしこまりました」
老執事は何も聞かず、ただ頭を垂れた。
「頼むよ。……それにしても、彼は無事にトオノ伯爵と接触できたかな? 早ければ、もうこちらに向かってきてくれているハズだけど。まあ、期待は期待として置いておいて、できることをしないとね」
これから忙しくなると、ビロンは立ち上がって会議場へ向かった。
憤慨するリベザルは、館の外で待つ第一騎士隊の所へ戻ってきた。
隊長の不機嫌な様子に、誰も声をかけない。
ただ一人を除いて。
「どうやら、ホーラントの魔法具でかなり被害が出ているようですな」
後ろ手に縛られたまま、ベイレヴラがいやらしく笑う。
リベザルに睨まれても、話すのをやめない。
「対応策はありますぜ。ワタシの人脈があれば同じものを用意できますから、それで兵隊を強化すれば……」
ベイレヴラを見て、しばらく考え込んでいたリベザルだが、今は無視して第二騎士隊との合流を優先させる事にした。
「今、第二騎士隊は国境近くの村にて布陣しているそうだ。多少手こずっているようだが、我々が救援に向かえば、すぐに押し返せるだろう!」
おう、と騎士たちから声があがり、列をなしてミュンスターの街を抜けていく。
縛られたまま歩かされているベイレヴラは、相変わらずヘラヘラと笑っている。
「まあ、必要な時に言ってくださいよ」
「そんなものに頼らずとも、我々騎士隊の実力を以てすれば、いくらでも勝機はある!」
そう言いつつも、何故かベイレヴラの身柄をビロン伯爵へと渡す気にはならなかった。
ビロン伯爵はすでに王女派につくと決めているような節がある。そこに敵国の情報を持った者を渡せば、あの一二三によって手柄は奪い去られてしまうかもしれない。
「とにかく、貴様の出番はない」
なんとしても、王子派の騎士隊だけで戦果を上げねば。
焦りが、リベザルを支配していた。
お読みいただきましてありがとうございます。
戦闘シーン少なくてすみません。
次回もよろしくお願いいたします。