50.Selfish 【分裂と鉢合わせ】
50話目です。
よろしくお願いいたします。
ビロンが放った使者は、馬を使ってはいたものの一般人の格好をしていた。貴重な調味料の包みを背負い、何かあれば商人だというようにと命じられている。
騎士や兵士、貴族などに会ったとして、相手が王子派か王女派かわからない状態では迂闊に援護を求めることはできない。兵や騎士を見かけても無視し、とにかくフォカロルの一二三に直訴するようにと言い含められていた。
「王都へ来た目的は?」
「フォカロルまで香辛料を売りに行くので、その途中です」
今の王都では出入りが制限はされないまでも検問が設置されており、国境と同様の確認がなされていた。担当するのは第三騎士隊の騎士たちであり、他の騎士隊の動向を警戒しての事だった。
「へえ、それは注文があっての事かい?」
質問をしていた女性騎士の後ろから、サブナクが首を突っ込んできた。
踏み込んだ質問をされ、使者は一瞬息を飲んだが、ビロンに指示されていた内容を思い出す。
「ええ、フォカロル領主のトオノ様より、王都の商会を通じて注文がありまして……」
「嘘だね」
「えっ?」
「一二三さんはそこまで食事にこだわってないし、王都に来た時に武器屋と奴隷屋と宿屋以外は屋台くらいしか利用してないんだ。香辛料なんて発注したりしてないよ。はい拘束」
サブナクに言われ、周りの兵たちが使者を手早く拘束して縛り上げる。
「な、なぜ……」
「多分、ぼくたち第三騎士隊ほど一二三さんに詳しい人はいな……オリガさんを除いたら、いないよ」
残念でした、と笑うサブナクに、使者はこのまま拘束されて時間を食うよりも、第三騎士隊だという相手に賭けてみることにした。主であるビロンの目的を考えれば、罰を受けたとしてもそれが今できる最善の策だと思えたのだ。
「じ、実は……」
「うん?」
使者は自分の懐にある一二三宛の書状をサブナクに見てもらうよう伝え、ミュンスターの戦況を説明した。
書状にあるビロンのサインを確認したサブナクは、使者の拘束を解き、すぐに王城へと着いてくるように言った。
フォカロルは今、武官や兵士は暇で、文官は目が回るような忙しさの只中にあった。これといった戦闘も無く、魔物は冒険者たちで充分に対処できている。一二三に殺されて多少冒険者の数が減ったアロセールも、フォカロルから何人かの冒険者が移動して、数としては問題無いらしい。
結果として、領軍の兵たちは交代で訓練を行いながら、一二三に指導された集団戦についてアレコレと討論したり、ドワーフのプルフラスと協力して、一二三が考案していた武器のテストを行ったりしている。
文官は新領地からの文官候補への教育準備や新たな領民の戸籍調査、数が増えた職員や兵士の世話など、誰ひとり余裕がある者はいない。
鉄面皮カイムも、表情はそのままで歩く速さは通常の2倍になっている。余計に声をかけにくくなったので、代わりに担当がかぶるブロクラに職員からの報告が集中し、こちらもパンク寸前になっている。
軍が暇ならと応援に呼ばれていたミュカレも、忙しく働いている。そこへ、領軍と共に街の外で訓練をしていたはずのアリッサが走ってきた。
「ミュカレさん!」
「アリッサさま、相変わらず可愛らしいですが、どうされました?」
極上の笑顔で迎えるミュカレに、通りかかったカイムも近づいてきた。
「貴女はもう少し欲を隠す努力をしなさい。軍務長官どの、何か緊急事態ですか?」
「あ、うん。ヴィシーの中央委員会? とかいうところから来たって人がいて、1階の待合室に待ってもらってるんだけど……」
ヴィシーの体制に詳しくないアリッサは、中央委員会と言われてもよくわからなかったらしい。門の前で整列しているところに声をかけられ、どうしていいか分からずに連れてきたという。
「国境からは連絡がありませんでしたが……わかりました。後は私とミュカレで対応いたしますので、お任せください」
「ちょっ……」
「うん、よろしくね」
巻き込まれたミュカレは、走り去るアリッサに虚しく手を伸ばした。
「ああ、仕事が一段落したら影から観察しようと思ってたのに……」
「そんな暇があるなら、仕事をしてください。私は館に近い宿を用意しますから、貴女は領主不在の説明をして、滞在されるなら宿へ案内し、帰られるなら要件を伺っておいてください」
さっさと行ってしまったカイムの背中に、あんたと違って潤いが必要なのよとつぶやいて、ミュカレが一階へ向かおうとしたところで、一人の兵士がやってきた。
「ミュカレさん、国境から連絡があり、ヴィシーからの使者がこちらに向かっていると……」
「さっき聞いたわよ。中央委員会から来て、一階で待ってもらってるから」
「あれ? 中央委員会の一人であるミノソンという人物の個人的な使者ということで、今街の入口で待機していただいているんですが……」
兵士の言葉に、ミュカレは頭を抱えた。
「ヴィシーの内輪揉めをこっちに持ち込まないでよ……。取り敢えず、今は領主が不在だと伝えて、待つつもりなら門に近い宿に逗留してもらって」
「わかりました」
これは、早く一二三に帰ってきてもらわないといけないとミュカレは思った。
「迎えでも出そうかしら」
とにかく、一二三の判断が下るまでは、使者たちが鉢合わせするのだけは阻止しなければと、他の文官たちとの会議をする事を決めた。
今までは亡き王や次期王たる王子に遠慮して使用を控えていた謁見の間を、イメラリアは先日の戴冠宣言から利用するようになった。宰相からの提言ではあるが、弟を守るために自分の基盤を固めると決めた手前、必要な措置だとは思う。
流石に玉座には座らず、立ったままでいるイメラリアの前には、サブナクとビロンの使者が跪いている。サブナクが前で、使者がやや下がった位置にいるのは、身分の違いによるものだった。
「では、第二騎士隊とビロン伯爵の領軍は危機的な状況にあるということですか」
直言を許された使者の報告に、イメラリアは顔をしかめた。ヴィシー側の戦争もまだ終わっていないところで、あまり聞きたくない報告だった。
「私が出発しました時点では、まだ街を直接攻撃されるほどではありませんでした。ですが、ビロン伯爵は第二騎士隊の損耗を見て、危機は近いと判断し、私を使者として援軍を請うことを選択いたしました」
「その要請が王城ではなく、一二三伯爵に対してというのはなぜでしょう?」
イメラリアの疑問に、使者は顔いっぱいに汗をかいて口ごもった。下手に答えれば自分はもとより、ビロン伯爵が王家を軽視したと取られる。領地が近いとか窮地の間柄だからという理由は使えない。
何も言えずにいる使者に、サブナクが助け舟を出した。
「イメラリア様、これはビロン伯爵が王城の混乱に巻き込まれるのを避けた結果かと」
それを言っていいのかと使者は思ったが、もう黙っているしかない。
「失礼ながら、我々騎士隊を含め、王城に関わる者は王女派と王子派に別れており、イメラリア様が宣言されましたその以前から、水面下では勢力争いはございました。その中で、ビロン伯爵は立ち位置を保留されていましたので、王城にいる者の誰に話をしても、どちらかの派閥に頼ることになります」
「それがどうして、一二三様へ話が行くことになるのですか?」
「おそらく、ビロン伯爵はイメラリア様にお味方する事を選ばれたのでしょう。ですが、ビロン伯にはまだ、先日のイメラリア様の宣言や第一騎士隊の脱出の話は伝わっていないはずです。ですから、派閥が絡み合う王城へ接触するのは避け、今の国内の最大戦力とも言えるうえ、外聞的には王女派の筆頭である一二三さんへ直接要請する事を選んだのでしょう」
「なるほど……。サブナクさんは、ビロン伯爵の事をよくご存知のようですね」
「姉の嫁ぎ先ですので。ビロン伯の事はある程度わかります」
そういえばと、イメラリアは随分前に顔を合わせたビロン伯爵の妻を思い出していた。当時まだサブナクは騎士になっておらず、幼い自分相手にもちゃんと話をしてくれた可愛らしい感じの女性だった。
「サブナクさん。すぐに兵を率いて……と思いましたが、一二三様の領地運営のお手伝いに行かなければならないのでしたね」
「ええ。そろそろ王都を出る予定です」
義兄の危機ですから、本当はぼくが引き受けたいのですが、とサブナクは頭をかいた。
パジョーから聞いていた評判もあったので、できればサブナクに成果を上げさせて第三騎士隊の中心に据えておきたいイメラリアは、考え込む。
「……そういえば、第三騎士隊には変わった経歴を持った女性がおられましたね」
ふと、一人の騎士の事を思い出したイメラリアだが、名前を覚えていなかった。
「フィリニオンのことでしょうか」
「ええ、お会いしたことはありませんが、若い頃から父親の手伝いで領地運営を手伝っていたとか。父親のアマゼロト子爵の希望もあって騎士をなさっておいでですが、本来は文官としての能力が優秀だとか。彼女に任せましょう」
「えっ?」
「一二三様の領地運営の手伝いは、彼女にお任せすると言ったのです。フィリニオンさんにはわたくしからお話しますから、サブナクさんは兵をまとめてすぐにでもミュンスターへ向かってください」
「し、しかし……」
困惑するサブナクに、イメラリアはピシャリと言った。
「構いません。フィリニオンさんには事情を書いた書状を渡しますし、領地の事より戦場がある情報の方に興味がありますでしょう。ビロン伯の使者の方」
「ははっ」
「ビロン伯から任されたお役目に、フィリニオンとその侍従を同行させます。時間を取らせて、申し訳ありませんね」
にっこりと笑った笑顔に、使者はしばし見とれてしまい、慌てて頭を下げた。
「とんでもございません! 私のような一兵卒にまでお気遣いいただきまして、感謝の言葉もございません!」
(免疫無いと、イメラリア様の笑顔は効果あるなぁ)
そんな感想を持ちながら、肩の荷が降りたような、少しさみしいような、騎士としての活躍の場が与えられた喜びもあって、複雑な心境のサブナクだった。
「……で?」
フォカロルに戻ってきた一二三は、早速執務室へ入ってきたカイムとミュカレの説明を聞いてから、面倒くさそうに呟いた。
「おそらく、ヴィシー中央委員会が分裂し始めているのでしょう。情報では、ミノソンという人物は中央委員会でも古株で、代表を務める街もオーソングランデ側から最も遠いようです」
一二三は顎に手を当てて考えた。
どうすれば一番混乱し、戦いが激しくなるだろうか、混乱が大きくなるだろうか、と。
数秒考え、一二三は指示を出す。
「両方、使者もついてきたのも全員、部屋に集めてくれ。直接話をする」
「何をされるおつもりですか?」
「和やかにお話をしようってだけだよ」
カイムの質問に軽く答える一二三を見て、ミュカレは絶対に嘘だと思った。
人数が多く、会議室へ全員が入るとギュウギュウ詰めになる。
そこで、中央委員会の使者たちから、ミノソンの使者たちは睨みつけられて小さくなっている。
「まったく、ミノソン代表は何をお考えか」
「委員会をないがしろにしているとしか思えませんな」
ある程度の地位がある者が来ているのだろう。肥えた二人組がお互いに言い合っている後ろでは、武装した護衛が仁王立ちしている。
ちなみに、領主館に入るのに武装解除はされない。冒険者なども立ち寄るからというのが表向きの理由だが、実際は一二三が“暴れるならそれはそれで”という言葉によるもので、各階に一定量の警備兵が配置される事で職員たちを守っている。
急にドアが開いて、黙って入ってきた一二三が上座の席に座った。その後ろには、オリガが立つ。
「それで、お前らの希望はなんだ?」
いきなり本題を聞かれ、一瞬たじろいだ使者たちだが、委員会からの使者が汗を拭いて話し始めた。
「そ、それは今回の戦争について、和平の交渉をしたいと……」
「それはイメラリアに言え。俺は知らん」
「で、では一時停戦について」
「だから」
一二三は使者を睨みつけて、口をへの字に曲げた。
「そういう面倒な話し合いは王城の仕事なんだよ。いちいちこっちに持ってくるな。和平とか話し合いとかは俺は応じない。戦うなら受けるけどな。そっちは?」
不機嫌もいいところの一二三の視線が自分を向き、ミノソンの使者は肩を震わせた。
おずおずと書面を取り出し、オリガを通じて一二三へ渡す。
「この書面を私たちの代表より預かり、お届けに伺いました。よろしければ、ご返答をいただきたいのですが……」
書面に目を通した一二三は、ニタリと笑ってミノソンの使者を見た。
使者自身も書面の内容を知らされておらず、一二三の反応が理解不能だったが、とにかく機嫌が良くなったらしいことに安心した。
「面白い話が書いてある。この話は全面的に受け入れようじゃないか。内容は王城にも伝えるから、俺だけじゃなく国でも認めることになるだろうな」
「で、では……」
「ミノソンとやらには、この話が本当なら、協力は惜しまないと伝えろ」
「わ、わかりました!」
早速戻って伝えますと言って出て行く使者に、国境までトロッコを使って移動すると良いと伝えた一二三は、話は終わったと退室しようとした。
「ま、待ってください! いったいミノソンは何を……!」
椅子を倒す勢いで立ち上がった中央委員会からの使者たちも、一二三の豹変に内容がきになったらしい。
「ああ、ミノソンが代表の街の、えーっと……」
「ピュルサンです」
「そこ。ピュルサンと周辺の村はヴィシーを抜けて独立した国家になるから、俺に認めて欲しいとさ」
「な、なんと……」
これは裏切りだ、すぐに中央に知らせねば、いやまずはオーソングランデ王城へ向かうべきだとと言い合う使者たちに、一二三は冷たく言い放った。
「あのさ」
「な、なんでしょうか」
「ここは俺の家だ。戻るも進も自由だが、俺の用事は済んだから、さっさと出て行け」
「わかりました、直ぐに出ていきますので、どうか和平の交渉については……」
「知らんと言っただろう」
不機嫌に鼻を鳴らす。
「敵なら殺す。それだけだ」
今度は何を言われても立ち止まらずに出ていった一二三を見て、使者たちはすごすごと宿へと戻っていった。
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