5.True Colors 【監視付きの食事風景】
5話目です。
一二三君は別に無感情な人間ではありません。
ちょっと人より殺しが好きなだけです。
カーシャおすすめの店は、商店通りから一本それた道にある『踊るクルード亭』という店だった。昼は定食屋、夜は飲み屋になるらしい。
一二三はメニューが読めないので、適当な肉料理とサラダ(通じた)を注文。
10分ほど待って、やってきたのはよくわからない生野菜の盛り合わせと、ラムチョップのような形の肉をトマト風のソースで煮込んだものだった。
「なかなか美味いな。いい店を知ってるじゃないか」
もりもり口に詰め込みながら、頷く一二三の向かいには、オリガとカーシャガ並んで座っていた。二人ともシチューのようなものとパンを食べている。
「でしょ? ここって少し引っ込んだ所にあるからあんまり混まないけど、肉も野菜も良いのを使うんだよ……ってそうじゃなくて!」
「食事中に騒ぐなよ。行儀が悪いぞ」
前の世界と同様にフォークやナイフ、スプーンで食べる形式だったし、食べ物もいまいち正体不明ながら十分美味しい。食事が合わないとこれから先が大変だったと、一二三は内心ホッとしていた。
奴隷は同席しないとか食事のランクは最低のものが普通とかいう話も出たが、横で粗末な雑穀を床に座って食べられる方が居心地が悪いと、二人の奴隷も椅子に座らせて好きなメニューを選ばせた。
個人の気分と慣習なら、迷わず自分の基準を採用する。
「ぐ……。と、とにかくさっきの事、説明しなさいよ」
「何のことだ?」
周囲を見回してこちらの話を聞いている者がいないことを確認してから、カーシャは言う。
「王族に追われているって話よ。一体何をやったのよ……」
「ああ、騎士と王を斬り殺した。ついさっきな」
もとより、一二三は自分の出自も城での出来事も、隠すつもりも誤魔化すつもりも無い。
自分の基準に従ってやった事であるし、その為に発生する面倒も危険も、自分の選択の結果として受け止めるのは当然だと思っている。まして、これからは何にも縛られず自由に振舞おうと決めた以上、全ては自分で背負う気でいる。
(まあ、自分の力で切り拓けない壁にぶちあたったなら、それまでの人生ということだな)
と、割と自然に人生の行先を受け止めていた。
というわけで、まるで何でもないことのように城での惨劇を説明され、オリガとカーシャはすっかり食欲を無くしてしまった。
伝えるべきは伝えたと、食事を再開した一二三を、奴隷達は半信半疑で見ていた。
「少しよろしいですか?」
オリガが、おずおずと質問を口にした。
「疑うわけではありませんが、先ほどのお話が本当ならば、騎士や兵士が追ってきていると思うのですが……」
「それ以前に、よく城から出てこられたね」
食後の紅茶を飲みながら、一二三はすっと目線を少し離れたテーブルへ向けた。一二三たちのあとから店に入ってきた二人組の男が、向かい合って何かを話しながら食事をしている。
「城からは、王女が俺を追い出したからな。あいつはどの騎士でも俺に敵わない事がわかっているから、単純に追いかけて捕まえるとか殺すとか、そういう方法は選ばないだろう。監視はついてるけどな」
一二三は自然な仕草で立ち上がると、先ほど見た二人組のテーブルに近づいて、気さくに声をかけた。
「やあやあ、お疲れ様」
「な、なんだお前……」
男たちは驚いた様子だったが、大分腰が引けている。
空いた席にさっと座ると、一二三はにこにこと話しかける。
「さっきも城であったな。監視業務なんかもやるんだな」
一二三の言葉に、男たちは息を飲んだ。
「俺は顔を覚えるのは苦手なんだが、人の身体を覚えるのは得意なんだ」
誤解されそうなセリフを言いながら、人差し指でテーブルを叩く。
一二三が看破した通り、二人はあの現場に居合わせた騎士だった。運良く生き残った二人は、一般人に変装をして一二三の行動を監視していたのだ。
命令は監視と報告のみ。何があっても手を出すなと言われている。もちろん、手を出せるはずもなかったのだが、目標の方から接触されるとは考えてもいなかった二人は、どうしていいか分からず、ただただ冷や汗を流すのみだった。
「まあ、城勤めの奴にこんな諜報任務は無理だよな。そういうのはその筋のプロに任せないと。王族とはいえ、オウジョサマはまだまだこういう所は甘いな」
実はこれは大きな勘違いで、二人が所属する第三騎士隊は城内から一般の市民生活区域までの拾い範囲で活動する諜報寄りの集団で、だからこそ城内の事件でも手を出す事なく生き残ったのだった。
二人共経験豊かな諜報員であったし、城では顔をほとんど隠す甲をつけていた自分たちが、まさか体つきから見破られるとは思っていなかった。
「緊張する必要はないぞ。俺は俺に敵対しないなら、別に気にはしないし、下手なりに頑張ってやっているんだ。これで王女は懸命にやっているのがわかるしな」
目の前で話しているのは同僚の敵ではあるのだが、攻撃の意思が無いと聞いて、つい安心してしまうのは仕方がないことかもしれない。
「俺だって極悪人やシリアルキラーじゃないんだ。誰彼構わず殺したりしないから、安心しろ」
(お前が極悪人じゃないなら、世の中に悪人はいねぇよ!)
とてもとてもツッコミたい気持ちを抑えて、二人の騎士はテーブルに視線を落としたまま、まるで叱られている子供のように萎縮していた。
「ただな、他の連中はいただけないな。俺が見たことがない奴らだが、お前たちと違って殺意を向けて俺を見てやがる」
「ま、待ってくれ、他の奴らだって? 今の監視者は私たちだけのはずだが……」
すっかり自分たちが王女の手の者だと言ってしまっている。この国の諜報のレベルがうかがい知れる。
「別口なんだろう。城を出てすぐに追ってきたお前たちと違って、連中がついて来たのは奴隷屋を出たあたりからだからな」
最初から気づかれていた事に愕然とするが、それよりも目の前にいる絶対接触不可な男に、要らぬ刺激ををしようとしている者がいる事が大問題だった。城内での事は箝口令によってほとんど外に漏れていないが、街中であの事件が再現されようものなら……想像するのも恐ろしい。
しかもそれが、城の関係者であれば、さらに問題だ。報復が残った王族に向かえば、いよいよこの国の存続が危うくなってくる。
「ゴードン、すぐに状況を隊長に伝えて応援を呼べ」
「り、了解しました! 失礼します!」
無意識だろう、指示を受けた少し若い方の男が、一二三に頭を下げて走り去った。残った男の表情は苦々しい。わざわざ挨拶するなど、本来なら調査対象に対する態度ではない。
「まあ、頑張ってくれ。俺は俺のやりたいようにやるから」
元の席に戻っていく一二三の言葉は、男にはもはや脅し文句にしか聞こえなかった。
元の席についた一二三は、ぬるくなった紅茶をぐっと飲み干した。
「……聞こえてたんだけど」
カーシャがジト目で聞いて来るのを、一二三は笑顔で受け止めた。
「ああ、そうか。これから楽しくなりそうだな」
「楽しく?」
「俺に武器を向けてくる奴がいるってことは、また人が殺せるってことだ。ああ、楽しみだな。早く騒ぎが起きないものか」
語る一二三は心底わくわくしているのが誰の目にも明らかで、言っている内容が聞こえなければ、ピクニック前夜の子供のような表情だ。
「ご主人様は、戦える奴隷から私たちを選ばれました。私たちは、ご主人様の身を守る為に買われたのですか?」
オリガの質問に、一二三は首を振る。
「俺が指定したのは、自分の身を守る程度に戦える奴だったぞ。大体、俺の獲物を他の誰かに殺させるなんてもったいない真似をするわけないだろう」
一二三のポリシーは、自分を攻撃する者や、目の前で重犯罪を犯した者など、自分の基準で殺していい奴を殺すという点にある。殺すこと自体に忌避感は無いが、理性的に振舞う事をやめるつもりはない。あくまでも自分基準だが。
「じゃあ、アタシたちは何で買われたんだい? 旅をするとは聞いたけど、ご主人の強さなら、一人でも問題なかったんじゃない?」
「俺は違う世界から呼ばれて来たと言ったろう? つまりこの世界の事を何も知らないんだ。金貨も銀貨もあるが、どの位の価値があるのかわからないし、この国の他にどんな国があるのか、それどころかこの街の外の景色すらまだ見てもいない」
だから、と一二三は続ける。
「誰かこの世界の事を教えてくれる相手が欲しかった。俺はこの世界に何も分からず放り出されたからな。できるなら、俺を裏切らない奴がな。奴隷を選んだのは、都合がよかったからだ」
「どうして、私たちを?」
一二三は、にやりと笑う。
「お前たちはあの中で一番強そうだった。二人でいれば、お互いをフォローして戦えるようだったからな。悲しいかな、俺は追われる身だから、戦う機会は多いだろう。その中で、チームワークをもって動けるなら、生き残る可能性はぐっと高くなる」
戦いの予感に、一二三は気分を高揚させ、二人の奴隷は緊張を禁じ得ない。
「戦う必要があるのは分かりました。ただ、私たちは今、何の武器も持っていません。ご主人様にお願いができる立場ではないことは承知の上ですが……」
「わかっている。この後は装備を買いに行こう。いつまでも若い女の子が着ていていい服でもないしな」
「……ありがとうございます」
つい顔を赤らめるオリガに、カーシャは不安だった。いつの間にか、オリガは一二三という異質な存在に慣れてきている。
「それにしても」
ポツリと、一二三が独り言をこぼす。
「俺は被害者なんだけどなぁ」
「問答無用で命で償わせる奴を、被害者扱いするわけないでしょ」
カーシャのツッコミに、離れて聞いていた騎士が思わず親指を立てた。
「うーむ……」
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
店を出て、うなる一二三にオリガが不思議そうに首をかしげた。
そのツヤのある瞳と白い肌に、まるで人形のような子だなと、一二三の思考がそれかけた。
「例の殺気を飛ばして来てる奴ら、気配からして人数が倍くらいに増えたぞ。多分10人くらいだな」
ずいぶんセッカチな奴らだと、嬉しそうに文句を言う。
「え、じゃあ……」
まだ丸腰のカーシャは、周囲を見回して不安に汗をにじませる。
「とりあえず、釣り上げるか。お前たちは俺がどういう殺し方をするのか、見学をしているといい。おーい!」
隠れて様子を伺っていた先ほどの騎士に手招きをした一二三は、仕方なくそばに来た騎士の肩を叩いた。諜報部隊のプライドはもうボロボロだ。
「攻撃は禁止されていても、武器は持っているだろう? 悪いけど俺が戦ってる間、こいつらの護衛を頼まれてくれないか?」
突然の依頼だが、一二三を狙う集団と騎士隊は関係無いとアピールする機会だと、騎士は了承した。
「名前は?」
「……ミダス」
「ではミダス、どこか袋小路になっている路地を知らないか?」
ミダスを先導に15分ほど歩くと、商店通りの喧騒とはうって変わって、静かな住宅街へと景色は移っていった。
この街の建物は石造りが基準で、商店通りとは違い道は狭くなり、建物は3階建てや4階建てが増えてくる。城下町は人口が多く、集合住宅が増えるのだろう。
自然と、通りは薄暗くなり、日中の人口も少ない。商業区と同様に、このあたりも石畳の地面になっているが、商業区よりも表面は荒い。
「こっちだ」
ミダスが促した通りを曲がると、10メートルほど先で建物の壁に突き当たる、行き止まりになっていた。
刹那、風切り音が聞こえた。
飛来した矢は、一二三の刀にあっけなく叩き落とされた。
夜間に使用することを前提にしたのか、矢は黒く塗られ、先端が濡れている。
「ようやくお出ましか」
ミダスたちを通りの奥に下がらせ、一二三は後ろから路地へ入ってきた者たちを見た。
人数は9人。全員が一見して一般市民に見える服を着ているが、その目は暗く濁っている。
通りの狭さもあり、先頭の二人だけが駆けてくる。
手には黒塗りのナイフを持ち、一言も発さず、目線だけでお互いの意思疎通を図っている。
(慣れているな。単なる金目当てのゴロツキではないようだ)
相手がプロだと察し、つい嬉しくなってしまうのは何故だろうかと、一二三は自問する。元の世界にいたときは、ここまで戦い自体には興味がなかったはずだが、自分でも何かの束縛が外れてしまった気分がしていた。
だが、悪い気分ではない。
あるいは、たまの試合やくだらない喧嘩以外、戦いとは無縁なあの世界では抑えられていた一二三の本性が、この世界でいよいよ現れてきたのかもしれない。
迫って来たナイフを握る手を、一二三が側面から手を添えて逸らす。まるで最初からそうする予定だったかのように、ナイフはもう一人の胸に突き立った。
驚いてナイフを離した男の腕を取り、関節を極めてうつぶせになった後頭部を踏みつけ、石畳で頭蓋骨を割る。
あっさりと二人が死んだが、次の刺客は臆することなく迫っている。
一二三は冷静に刀を抜いて正面に来た男の手首を切り、返す刀で喉笛を斬り裂いた。
血煙に沈む男を無視して、その後ろから近づいていた男の足の親指を思い切り踵で踏みつけ、よろけた所で胸に刀が突き刺さる。
横からナイフを振り上げて来た相手の胸に肩を押し当て、体勢を崩してたたらを踏んでいる隙に、こちらも心臓を刺し貫いた。
「残りは4人だな」
血濡れの刃をだらりと下げて、殺人鬼は嗤う。
「早く来い。殺してやるから」
読んでいただきまして、ありがとうございます。
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次回は戦闘シーン(殺人シーン?)の続きから。