48.Night Of Fire 【城内の清掃は終わり、風通しも良好】
48話目です。
よろしくお願いいたします。
「文官教育……ですか」
フォカロルの領主館、文官奴隷たちの為の会議・研修室として用意されている部屋には、ヴィシーからオーソングランデへと所属を変えた街の代表たちが集められていた。
彼らの目の前では、文官奴隷のカイムがむっつりとした顔のまま、淡々と説明を続けている。隣にはブロクラが書記として座っていた。
「そうです。領主であるトオノ伯爵は、それぞれの街から数名ずつ選出し、我々が受けたものと同じ内容の教育をするように、と申されておりました。一通りの勉学と実務についてをお教えします。ああ、今集まっていただいている方々は町長として引き続き街ごとの取りまとめをお願いいたしますので、選出していただいた文官候補と共に、同様の教育を受けていただきます」
新たな権力者からの呼び出しに、命も危ういかと内心恐怖していた街の代表たちは、自分たちの立場がある程度守られるという説明に安堵していた。
だが、表情を変えずに続いたカイムの言葉は、そんな安心感を吹き飛ばした。
「ちなみに、成績が悪い方は問答無用で役を解きます。無役になった方に代わりの役職等は用意いたしませんから、予めご了承ください」
代表の中には、単なる相続で代表を受け継いだ者が相当数いる。もちろん、しっかりと役割をこなしていた者もいるが、地位にあぐらをかいていた者もいる。
心当たりがあるのだろう、数名は汗をびっしょりとかいて青ざめていた。
「1ヶ月の間、フォカロルへ滞在していただきます。期間中はフォカロルより職員と領兵を派遣して現地調査及び募兵、代表代理をいたしますのでご安心ください。宿泊施設はこちらで用意いたします。自分で宿を選定する方は予め申請してください。申請用紙は後ほどお配りします」
書き付けたメモを読みながら、カイムはすらすらと読み上げる。
「ここまでで、何かご質問は?」
「一度持ち帰って、検討したいのだが……」
おずおずと発言したのは、先ほど成績の話で青ざめていた者の一人だ。
彼の質問を受けて、カイムは無表情のままその男をまっすぐ見つめる。
(あ、これはまずい)
ブロクラはカイムのこの癖が出たのを見た事がある。
「あの……」
じっと見つめられた男が、居心地悪そうに言うと、カイムが口を開いた。
「検討とはどういうことでしょうか。私は今、私の主であり貴女の主でもある領主からの“命令”であり“方針”を伝えているのです。持ち帰って何を検討するのでしょうか。従うか拒否するかということですか。つまり、貴方と貴方の街はトオノ伯爵、ひいてはオーソングランデに対してまだ完全な恭順を選んではいないということですね」
「ち、ちが……」
「この事は、一二三様へしっかりとお伝えいたします。私にはあの方がどのような形で貴方がたの忠誠心を確認されるかはわかりませんが……街の規模が半分になるくらいは覚悟の上での言葉だと私は認識しました」
くどくどと一本調子で語られる内容に、見られている男だけでなく、周囲の代表たちもすっかり怯えている。
「わ、私が勘違いしておりました! どうか、平にご容赦を!」
「勘違いですか。その程度の状況認識能力しかないというのは、しっかり記録させていただきます。もちろん総合評価としてはマイナスの要因として扱います。そして今後も、貴方には一定の注意を払って対応いたしますので、今後何をなさるにしても、全て私どもには伝わるものとご理解ください」
床にこすりつけんばかりに頭を下げる男に、カイムはつらつらと宣言し、ブロクラをチラリと見た。記録をつけろという意味だ。
「みなさんも、よくよく考えて言葉を使うように。私どもは寛容かつ誠実に対応させていただく所存ではありますが、決して敵対を許すわけではありませんし、領地の運営を邪魔する事を許容するものではありません。そして、貴方がたが選んだ新たな領主は、忠実なる部下には非常に寛容ですが、敵対者は絶対に許しません。たった一言のために命を失ったとしても、不思議では無いということは、肝に銘じておいてください」
他に質問がある方は? というカイムに、誰ひとり口を開くことはなかった。
第一騎士隊の隊長であるリベザルは、城内にある自らの執務室にてイメラリア殺害に向かったデウムスを待っていた。傍らにはデウムスと並ぶ副隊長のラングルが控えている。
「遅いな……」
同じ城内の一室へ向かって小娘一人を殺害するだけだ。多少の抵抗や逡巡があったとしても、とっくに終わっているはずの時間が経っている。
さらに気になるのは、侍従を向かわせた部屋に王妃の姿が見えず、今も探させているが見つかっていないことだ。
「何か問題でも起きているのでしょうか?」
しばしの思考。隣には第一騎士隊の騎士が十名程詰めているが、半分は確認に行かせてもいいだろう。
「かもしれん。何人か連れて見てきてくれ」
ラングルが返事をしようとしたところで、ノックの音がする。
「来たか」
しかし、待っていてもドアは開かない。
「どうしたのでしょう?」
ラングルがドアへ近づき、ノブへ手をかけた瞬間、木製のドアを貫いた刃が、ラングルの首を貫いた。
刃を引き抜かれ、ビュッと音か声か判別できないものが聞こえて、ラングルはドアにすがりつくようにして倒れた。
そしてラングルの死体ごと、ドアを蹴り破って入ってきたのは一二三だった。
「貴様か……!」
リベザルは一二三の顔を知っている。王を殺害したあの時、謁見の間に居合わせていたのだ。
「起きている気配が固まってるから来てみたが、ここは何の部屋だ?」
一二三は部屋を見回して、のんきに質問してきた。
「第一騎士隊隊長であるこの私の部屋だ。貴様がなぜここにいる」
槍を持ち、一二三へと向けて油断なく構える。
「大掃除だ。雑音が多いと物事がうまく進まなくなる」
「そう簡単にいくと思うな!」
リベザルが吠えると、物陰から飛び出してきた二人の魔法使いが、同じタイミングで火の玉を飛ばしてきた。
「おお、火のやつは初めて見た!」
嬉しそうに言いながら、一二三は前に進んで火の玉をやり過ごした。
そこへ、リベザルの槍が突き出される。
「ぬぅ!」
「いい突きだ」
槍先は一二三の肩をかすめて道着を裂いたが、体までは届いていない。
対して、横凪に振るわれた刀も、リベザルが素早く引いたことで空を切る。
更に槍を突いてくるのを無視して、一二三は跳躍して一人の魔法使いを斬り倒した。
「室内で火を使うなよ。非常識だろ」
肩口からバッサリと斬られた魔法使いは、即死している。
「くそっ!」
もう一人の魔法使いが、再び飛ばしてきた火球を、振り向きざまに一刀両断する。
「お、試しにやってみたがやっぱり斬れるのか」
もうこれ刀とはちょっと言えなくないかと思いながら、怯える魔法使いの心臓を貫く。
横に倒した刃が骨を避けて突き刺さる瞬間、絶好のタイミングで横合いから槍が迫る。
「おおっと」
突き刺す手応えを名残惜しく感じながら、一二三は刀から手を離して転がった。
さらに二度三度と床を転がる一二三を、リベザルの槍が襲う。
素早く膝立ちになった一二三は、槍を掴んで逆に石突でリベザルの腹を突いた。
「ぐふぅ!」
槍を手放してリベザルが倒れこむ。
咳き込みながらも素早く起き上がると、目の前では一二三が自分の槍を振り回している。
「いい槍だ。バランスがよくて重さも丁度いい」
自らの槍を突きつけられ、リベザルは後ずさる。
「無手の相手を殺すか」
「何を言ってるんだお前は」
一二三が呆れた声を出したところで、数名の騎士が部屋へなだれ込んできた。
「今の音は!」
「ご無事ですか隊長!」
騎士たちは、副隊長たちの死体と、槍を持った一二三を見て一瞬呆気にとられたものの、素早く構えて一二三に対峙したあたりは流石と言える。
「貴様、ここで何をしている!」
一二三は答えず、槍を回して石突でリベザルの顎を強かに叩いて転がしてから、先頭に立っていた騎士の目、喉、両足と鎧のない部分を四ヶ所、瞬きの間に突いた。
全身から血を吹き出して死んだ騎士も、周りの騎士も何が起きたか分かっていないうちに、さらにその横に居た騎士も穂先で喉を刎ね切られた。
「何を突っ立ってるんだ。槍の使い方を教えてやるから、さっさとかかってこい」
いきり立って力いっぱい突いてくる騎士たちの槍を、穂先どうしを合わせて器用に逸らしながら、ひとり、またひとりと血を吹き出して倒れていく。
「槍技は突くだけじゃないぞお!」
一人の突きを避けつつ懐に入り、石突を相手の足元に差込みながら肩を押して転ばせると、そのまま槍を回して首を刈る。
さらに次の相手の攻撃は、槍を回して絡め取り、武器を失って呆然とする相手を一突きで殺した。
血みどろの惨劇が繰り広げられる中、顎を叩かれたリベザルは、目の前で星がチカチカするのを顔を振って振り払いながら、よろよろと部屋の隅へと進んでいった。
そのまま壁の一部に手をかけると、人一人がやっと通れるような穴があき、リベザルはその中へと潜り込んだ。
気配でリベザルが逃げて行くのを感じながらも、更にどこからか増援がきた第一騎士隊の面々の槍衾を打ち払いながら、まあいいかと放っておいた。このまま第二騎士隊なり王子なりと合流して、今の状況を伝えてくれるならわざわざ呼び戻す手間が省ける。
逃げながらここにいない第一騎士隊の連中を糾合してくれれば、数が少ないが城という拠点を守る立場の第三騎士隊中心の王女派と、数は多いが拠点攻略から始めないといけない第一・第二騎士隊中心の王子派とに分かれることになる。
そうなれば、お互いに死力を尽くして戦ってくれるだろう。
「そんじゃ、そろそろ掃除を終わらせるか!」
返り血を浴びたまま、良い笑顔で気合を入れた一二三に、騎士たちは訳が分からず恐怖した。
この夜、第一騎士隊は三分の一の人員を失い、残った者の半数は投降して王女派へ恭順を誓い、残り半数はリベザルを追って王都を後にした。
「これじゃ、王子派も王女派も騎士だけで言えばほぼ同数じゃないか。城攻め側が多くないとバランスが悪いなぁ」
と翌日になって一二三が漏らした不満には、オリガ以外は賛同しなかった。
朝が来て、出仕してきた住み込みではない文官や貴族たちは、城内の物々しい雰囲気に首をかしげた。
誰ひとり例外なく騎士隊が何者であるか確認をしており、別の出入り口からは次々と担架に乗せられた何かが運び出されていた。
「何かあったのですか?」
通いで勤めている女性文官の一人が、検問をしている騎士に訪ねた。声をかけられた騎士は、濃いクマを作った目で、うつろに答えた。
「ちょっと、夜のあいだに殺し合いがあってね」
「ええっ?!」
「ああ、もう大丈夫だから。トオノ卿が全部終わらせたから」
ただ、うかつな事を言っちゃうと、文字通り首になるから気をつけろと騎士が言う。
不意に悲鳴があがり、そちらを見ると布をかぶせた担架から、人間の首が転がり落ちたところが見えた。
「首って……」
真っ青になった文官はどうにか相対する理由を考えようとしたが、混乱の事後処理で忙殺されて、血の臭いがあちこちに残る城内で残業をする羽目になるのだが。
「それで、イメラリア様はご無事なのですか?」
「もちろん、細剣の騎士様がついているから、傷一つないよ」
それは良かったと安心する文官を見ながら、騎士は心の中で“身体的にはね”と付け加えた。
一夜の惨劇を通じて、オーソングランデはイメラリア体制が出来上がり、貴族たちも主流派は王子派から王女派へと移り、多くの貴族が慌ててイメラリアにご機嫌伺いと称して恭順を誓うために訪れた。
うんざりする気持ちを押し殺して、力になりますと今更言いに来る貴族たちをあしらうイメラリア。その背後には、艶々と満足げに笑っている一二三の姿があった。
数名の貴族の面会が終わったところで、一二三はそろそろ城を出ると言った。
「一通りはお膳立てができたな。後は自分で頑張れ」
「……今度は、どちらへ?」
「ヴィシーに行ってくる。その後は……その時に決めるか。じゃあな」
一二三たちを見送ってから、椅子に深く背を預けて目を閉じる。
「ここからが、本番なのですね……」
宰相と相談しながら、近日中に戴冠式を行うことになっている。弟に報が伝わるのはその前後だろう。アイペロス王子が王都へ戻る前に、正式な後継者として、新たな女王としての基盤を作ってしまいたかった。
圧倒的な権力を持てば、逆にアイペロスを守ることもできるだろうとイメラリアは踏んでいる。その為に、泥沼の内戦状態は避けたかった。
「そのためには、わたくし自身がまず強くあらねば……」
死んでいった者たちを思い、謝罪は全てが終わってからだとイメラリアは自分に言い聞かせた。
お読みいただきましてありがとうございます。
城内大掃除編はおしまい。
また次回もよろしくお願いいたします。