47.Not Meant For Me 【夜の城内に悲鳴が響く】
47話目です。
よろしくお願いいたします。
10人の騎士を斬殺し、満足げに刀を鞘に納めている一二三の背後。ベッドの影から恐る恐る顔を出したのは、イメラリアだった。
見られているのに気づいているはずなのに、どうでもいいとばかりに一二三はイメラリアを見ようともしない。
視線をずらすと、部屋の隅には先ほど一二三に蹴り飛ばされた母である王妃の死体があった。
恨めしそうな表情のまま息絶えている母を見て、イメラリアは悲しんでいいのか安堵していいのか混乱していた。
血で装飾された自分の寝室を見て、どうしてこうなったのかと思い返してみる。
一二三と共に民衆の目の前で王位継承の意思を示す形となってしまったイメラリアは、その日は早々に仕事を切り上げて寝室へと戻っていた。
「どうしてこんなことに……」
薄い赤の夜着に着替え、ベッドへ腰掛けたイメラリアは長いため息をついた。
酷く疲れた気持ちで、肩が重たく感じる。
「一体、あの方は何を考えいるのでしょう」
イメラリアには、一二三の考えがまだ理解できない。
王になりたいというわけでも無いようで、騎士隊からの話では領地の運営もある程度の方針だけを出して文官たちに任せてしまっているらしい。しかも、税も整理され全体的には軽減され、領兵たちも民衆と親しくするようになり、概ね民衆からの評判は良いらしい。
武器などの開発には資金を多く使っているが、特に贅沢をするわけでもなく、暇さえあればブラブラと街を見て回ったり、剣の修行をしていたりという行動を、多くの者に目撃されている。
“民衆に優しく公平であり、民を守る為の努力を欠かさない領主”
というのが、一二三に対する評価の大勢を占めているらしい。
イメラリアが見て聞いてきた評価とは全く違う内容に、同一人物の評価だとは俄かに信じられないほどだ。
「王族や貴族が嫌いなのでしょうか?」
とも思ったが、報告ではスラムの住人も相当数殺しているとあった。単純に、身分や役職は関係なく、邪魔かどうかでしか判断していないようだと結論付けた。
頭を抱えて考える。
民衆を支持を得た狂人ほど扱いづらいものはない。下手に排除しようとすると、こちらが悪者にされてしまうのだ。
思い悩むイメラリアの耳に、ノックが聞こえる。
「どうしたのかしら?」
寝室の前で待機していた侍女が、おずおずと入ってくる。
「それが……トオノ伯爵がお越しなのですが……」
困惑している侍女に、イメラリアは本日何度目かのため息をついた。
「夜間、未婚の女性の部屋に訪ねてくるとは……。構いません、通してください」
「ですが……」
侍女は男性が王女の寝室へ入る事の、風聞や危険を気にしているのだろうが、イメラリアにとってはもう一二三の非常識さを気にしていられない。
「構いませんから。無理やり入ってこなかっただけまだ良かったというものです」
「随分な言い草だな」
侍女を押しのけるように、一二三が入ってきた。
その方に、何か大きな荷物を担いでいる。
「不躾に対して、せめてもの抵抗というものです。それで、それはなんでしょう?」
「その前に」
イメラリアの言葉を遮って、一二三は侍女に向き直った。
「第三騎士隊に連絡してここに来るように伝えてくれ。そうだな……ミダスあたりに声をかけて、警備のために武装して来いってな」
突然命令されて目を白黒させている侍女に、イメラリアは言うとおりにするようにと命じた。
侍女が一礼して出ていったところで、一二三は抱えていた荷物をベッドの上に放り投げると、細長い荷物はベッドの上で激しく動いた。
「……!」
「お、起きたな」
「これ……生き物なのですか?」
思わずベッドから飛び退いたイメラリアは、つい一二三の影に隠れた。
「そう怯えてやるなよ。お前の母親なんだろう?」
被せていた布を剥ぎ取ると、髪を振り乱した王妃が、後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされた状態で一二三を睨みつけていた。
「お、お母様!?」
一二三が猿轡をはずしてやると、堰を切ったように叫びだす。
「わたくしにこのような真似をして、無事で済むと思っているのですか!」
「ひ、一二三様、なぜこのようなことを……」
イメラリアが一二三の腕を掴んだのを、王妃はどう思ったのか口撃の対象を娘へと向けた。
「イメラリア! まさか貴方がこのような手を使うとは思いませんでした! 男を誑かして母を拘束させるなど……やはり王座を狙うというのは本心の現れだったのですね!」
「お母様……」
鬼気迫る表情で自分を睨みつけて来る母親に、イメラリアは言葉もない。
「そういう事だ。どうもこいつはイメラリアよりなんとか王子の方に王を継いで欲しいみたいだな」
他人事のように言う一二三に、再び王妃が噛み付いた。
「黙りなさい! 王を弑した大罪人、王の正式な叙爵もなく貴族を僭称する痴れ者が!」
「そうなのか?」
「……法では、王族であれば貴族の地位を与えることは問題ありません。慣習として、王のみがそうしてきましたが……」
「つまり、的はずれな非難をされたわけだ」
王殺しは的外れじゃないだろうとイメラリアは思ったが、一二三の中では単なる“仕返し”なので、それも罪だとは思っていないらしい。
一二三の話では、今回の王位継承問題で王子派閥に動きがあるだろうと思って城内に潜伏していたところ、王妃が第一騎士隊にイメラリアの殺害を命じるのを見たという。そこで、騎士隊の面々が退室したところで、王妃を拘束したらしい。
その話を信じられず、イメラリアは王妃を見るが、王妃は否定しなかった。
「アイペロスこそが王位を継ぐに相応しいのです。イメラリア、この国を危機に陥れる者を城へ招き寄せたうえ、この国そのものを狙うあなたの企みは許すことができません!」
イメラリアは目の前が真っ暗になったように感じた。
自分は必死でこの国の平和を守るために、王が失われた国がバラバラにならないように、必死で考え、行動をしてきたはずなのに。
母が倒れてから、まだ若く頼りない弟のためにと、うまくいかないながらもなんとかここまでやってきたのに。
「で、どうする?」
一二三の質問に、イメラリアは我に返った。
「どう、とは……?」
「今のところ、こいつは俺の敵というよりお前の敵になった感じだからな。横取りして文句を言われても困るから、一応持ってきたんだよ」
自分の気遣いに胸をはる一二三に、怒りよりも呆れる。
「敵だなんて……」
「こいつはお前を殺そうとしている。それを敵と言わずに何という」
「それは……」
ぐいっと顔を近づけられて、イメラリアは言葉が続かない。
「このまま生かしておいても、城内でお前と王子派で内乱になるだろうな。表も裏も対立が続く。その影響を受けるのは侍女や下男で、つまり民衆だ」
一二三の都合で言えば、国を動かす人物は少ないほうがコントロールも楽だという一言に尽きるのだが、あえて言わずにおいた。
「こいつが生きていれば、なんとか王子の後ろ盾になって、俺の邪魔をするだろう。こいつがいなければ、王子も大人しくしているかもな。そうすれば、お前の望む安定した政治体制ができるだろうな」
下唇を噛み締め、血が滲む程考えたイメラリアは、逃避しそうになる思考をまとめて、声を絞り出した。
「わたくしには、できません……」
当然だという顔をした王妃だったが、続く言葉には顔を青ざめた。
「ですから、一二三様にお任せしたいのですが……」
「は、母を見捨てるのですか!」
先に命を狙ったのはどっちだとイメラリアは思った。苦渋の決断だったが、今の言葉で自分を納得させる事ができた。
「では、遠慮なく」
ベッドに横たわる王妃の細い首に、一二三は刀を抜いて峰打ちで叩きつけた。
首の骨が折れ、王妃は目を見開いて絶命した。
「本当に、これでよかったのでしょうか……」
「それを決めるのは、まだ早いだろうな」
一二三はイメラリアの腰を抱え上げ、ベッドの向こう側へと転がした。
「きゃっ」
王妃の死体に布団をかけ、天蓋のカーテンを閉じる。
「しばらく隠れてろ。数人がこっちへ向かって来ている。多分、第一騎士隊の連中がお前を殺しに来たんだろう」
ミダスたちは間に合わなかったか、と一二三は呟いた。
「そんな……」
本来なら自分を守るはずの騎士隊が、自分を殺そうとしているという事に、まだイメラリアの心は納得できていなかった。
「とりあえずは守ってやるから、自分の周りがどう変わっていくか、これからどうすればいいか必死で考えろ。パジョーをけしかけたこと、策は拙かったがそうしようという意志は良かった」
急に褒められて、イメラリアは怪訝な表情を浮かべた。
「あのくらいの気概でなければ、これから始まる戦乱で生き残ることはできないぞ。いつか俺に復讐をするんだろう? であれば、こんなところで躓くな。俺に刃が届くまで、必死に生き抜いてみせろ」
ギリギリと歯を食いしばり、イメラリアは一二三を見つめた。
「そう、それでいい。怒りでも何でも、意志ある者どうしがぶつかってこそ、殺し合いは意味があるんだ。楽しいんだ」
イメラリアに背を向けた一二三は、刀を抜いてうっとりと刃紋を見ていた。
数人分の足音が、部屋の前で止まる。
ミダスとサブナクがイメラリアの寝室へたどり着いたとき、ちょうど一二三が部屋を出てきたところだった。
多少なり手応えがある敵とやりあった一二三は、夜だというのに実に清々しい表情だった。
「遅い。獲物は全部俺がもらったぞ」
「イメラリア様は?」
「中にいる。死体が転がっているから、足元に気をつけろよ」
なんだその優しさはと思いながらミダスが部屋へ入ると、シンプルながら高級な調度品が設えられた寝室には、血みどろの死体がいくつも転がっていた。
その中には、王妃の無残な姿もある。
「状況はイメラリアに聞け。俺は行く」
「行くって、どこへ?」
「判別作業」
刀を担いで悠々と廊下を征く一二三を見送って、サブナクは呆れた顔で首を横に振った。
「こりゃ、今日で騎士隊は半分位に減るんじゃないですか? いや、第二が留守だから減るのは三分の一だけか」
「冗談を言っている場合か。イメラリア様を予備の寝室にご案内する。私たちはそのまま朝まで警備だ」
「……冗談で済むなら、いいんですけどね」
廊下の向こうから、誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「というわけで、これから一二三様が王城内の掃除をいたしますので、ゴミどもが逃げ出さないように警備をしていただきます」
突然詰所に来て、当直以外の帰ろうとしている者も無理やり引き止め、第三騎士隊の騎士たちを集めてオリガは説明という名の命令をしていた。
全員、目の前の少女がどういう立場なのかを知っていたので、不満に思いながらも逆らうのはまずいと、大人しく従っていた。
「その……私はもう帰る時間……」
「ダメです」
「ダメって……」
諦めろ、と同僚に慰められ、女性騎士は諦めて座った。
「今、城内では王子派と王女派に別れています。第一騎士隊は王子派のようです。一二三様のお話では、今夜にも第一騎士隊が王女の暗殺に動く可能性が高いそうです」
「なにっ!」
「馬鹿な、信じられん。仮にも王城を守護する立場だぞ」
困惑する騎士たちを、オリガは手を叩いて鎮める。
「いずれにせよ、一二三様がイメラリア様を王とすると決めた以上は、敵対するならば死ぬだけです。第三騎士隊には、第一騎士隊が守る城門の更に外側にて、城から逃げようとする者を拘束する役目が与えられました」
懐から取り出した鉄扇を開き、ゆらゆらと顔を扇ぎながらオリガは言う。
「し、しかし……」
「いくらトオノ卿のご指示とはいえ、騎士隊どうしが敵対するような真似は……」
もごもごと反論する言葉を、オリガは鉄扇を閉じる音で遮った。
「敵対するような、ではなく、すでに敵対しているのです。それとも、貴方は王子派なのですか? つまりは、一二三様の敵となると……」
見るからに鉄扇を握る手に力が入るのを見て、年かさの騎士が前に出た。
「待ってくれ! 我々はイメラリア様のご意志に従う。ミダスたちも、その為に呼ばれたのだろう?」
「その通りです。別に戦う必要はありません。一二三様が城内を掃除されている間、人の出入りが無ければそれでいいのです。あとは、明日の朝には片付けをお願いいたしますね」
にっこり笑ったオリガの笑顔は、可愛らしいがそれ以上に恐ろしいと騎士たちは思った。
「一二三様のおかげで、第三騎士隊は王城内でイメラリア様に最も近く、最も有力な戦力として扱われるようになるでしょう」
それに、とオリガは続ける。
「ここで協力的な態度でしっかりとお仕事に励んでいただければ、先日の第三騎士隊の行為について、一二三様は見逃してくださるそうですよ?」
私は、許したくはありませんがと、オリガの目は言っていた。
こうして、翌朝まで第三騎士隊は一睡もせずに王城を見張る羽目になった。
お読みいただきましてありがとうございました。
予定では王妃の死体を持ってくる予定でしたが、感想を見たのと、王妃の死に王女が納得する理由が欲しかったので変更しました。
次回もよろしくお願いいたします。