46.We Will Rock You 【狩りは囲い込みが肝心】
46話目です。
今回はお城が舞台のお話ですが、人が死にますのでご注意ください。
ミダスとサブナクは、イメラリアからの命令で王城内の警備として武装したまま歩いていた。
すでに夜の帳が降りた城内は、最低限の魔法の明かりだけが灯され、長い廊下の先は暗闇へ向かってどこまでも伸びているかのように見える。
「ミダス先輩と警備なんて、ぼくが騎士隊に入る時の研修以来ですね。
まともに鎧を着るのが久しぶりで、なにか違和感があるのか、時々鎧の留め具を調整しながらサブナクは努めて明るく言った。
「少し静かにしないか。いつ戦闘になるかわからん」
「でも、城の中に賊なんて入ってこないでしょう? 出入りは第一騎士隊が固めてますし、城周りも第三騎士隊が何人か巡回していますよ?」
ミダスは城の中が安全だと思い込んでいるサブナクにため息をついた。
「今日何が起きたか、お前も知っているだろう」
「イメラリア様が王位を継承される意思を示されたことですか?」
「で、この城を警備しているのは通常は第一騎士隊なのに、なぜ俺たちまで動員されたと思う? ……これが答えだ」
進む先に人影を見つけたミダスが立ち止まり、剣を抜く。
目の前には、第一騎士隊の隊員が三名、槍を持って立っていた。
「これより先は立ち入り禁止だ」
第一騎士隊の一人が言う。
ミダスはこの男に見覚えがあった。騎士隊の中でも優秀で、間も無く副隊長に昇進すると噂されているのを聞いたことがある、フレデリックという奴だ。剣の腕で言えば第三騎士隊の中でも中の下レベルのミダスではどうにも分が悪い。
だが、はいそうですかと引き返すことはできない。
「この先のイメラリア様のお部屋に呼ばれている。通してもらおう」
「ふっ、第三騎士隊ならそれらしくこそこそと隠れて通ってみたらどうだ? そうすれば、私たちは堂々とお前らを殺して手柄にできるんだがな」
フレデリックに鼻で笑われても、ミダスは冷静に相手を見ている。
「何が狙いだ……。いや、狙いはわかる。だが、こんなに早く動くとはな」
「この国で最も権力を持つお方がそう望まれたのだ。誰にも止めることはできん。そして王城を守る我々は、王国の安定のために寄与すると信じてここにいるのだ」
「それが年若い少女の命を奪う行為でも?」
「一人の命を守るために、国を危機にさらすわけにはいかん」
ミダスの質問に、フレデリックは当たり前の話だと答えた。
「少女の命って……ミダスさん!?」
「どうやら、女王陛下はイメラリア様の排除に動いたらしい。第一騎士隊は陛下の味方をするそうだ」
「そういうことだ。お前の顔は知らんが、若い方はサブナクとかいう奴だな? 優秀だと聞いているから、今ならこちらに味方すれば、第一騎士隊へ引き上げてやるぞ」
引き上げるという言葉に、サブナクはムッとした。
本来、第一とか第二とかいう呼び名は、騎士隊が編成された順番に過ぎない。だが、割合高級貴族の出身者が多く、華やかな城内警備が基本の第一騎士隊は、他の騎士隊を下に見ている者が多かった。
フレデリックも、その例に漏れないのだろう。
挑発には乗らない、とサブナクは自制する。
「馬鹿なことを。今のイメラリア様の側に立つ人の事を考えたら、自殺行為だとわかるだろう」
「馬鹿は貴様ら第三騎士隊の連中だ。あのような下郎をのさばらせ、あげく伯爵だと! どこの馬の骨とも知れぬ者を調子づかせたのは、他の何者でもない、あの王女だろうが」
槍の石突を床に打ち付け、怒りを露わにしたフレデリックの顔は、醜く歪んでいる。
「俺がいれば、あのような男は直ぐに始末できた! 領地へ戻っている間に王城内は一二三という男に対する恐怖に震えている。こんな無様があるか! 今日の所は女王陛下のお考えで一二三が居ない間の作戦だが、本来なら正面からあいつを八つ裂きにしてやるところだ!」
「ふふっ」
激昂するフレデリックを見て、サブナクは思わず吹き出してしまった。
「何がおかしい!」
「いや……そういう風に一二三さんを過小評価していると、ロクなことにならないと思ってね」
そういえば、パジョー先輩ももう少しだけ慎重であれば死なずに済んだ、と彼女の顔を思い出し、サブナクの笑いは苦笑に変わった。
「なんっ……」
フレデリックの怒声は、首筋に吸い込まれるように突き刺さった手裏剣で止められた。
そのあまりの勢いに、血を吹き出すフレデリックはのけぞって倒れる。
「うわっ!?」
「フレデリック!」
両脇に居た同僚は、素早く彼の身体を支えたが、既に息絶えているのがわかった。
「これは……」
一二三かと思って振り向いたミダスとサブナクの目に映ったのは、怒りのあまり白い顔が無表情になっているオリガだった。
「……騒がしいから見に来てみれば、汚い口で一二三様の事を悪し様に……!」
オリガが自分たちなど目もくれず、第一騎士隊の生き残りたちを見ているのに気づき、まずいと判断したミダスは、サブナクを引っ張って廊下の脇へと逃げた。
「貴様! 何者だ!」
一人の騎士が槍を突き出してオリガに迫るが、彼女は右手を前に突き出したまま動かない。
何をしようとしているのかわからず、立ち止まって槍を構え直した瞬間、オリガの風魔法で兵の首が落ちた。
「貴方たちのような下衆どもに名乗る名前はありません」
聞こえていなくてもいいとばかりに小さな声でつぶやき、視線は生き残った騎士を見ている。
「なんだかあの子、以前よりだんだん怖い感じになってきてないですか?」
「しっ! 黙ってろ!」
サブナクの言葉は聞こえたのか無視されたのか、オリガは視線を外さない。
「く、来るな!」
正体不明の攻撃と、初めて見る杖を使わない魔法を見せられ、残った一人は槍を構えながらもジリジリと下がっていく。
それでも足を止めないオリガは、懐から30センチ弱の棒を取り出したかと思うと、片手で優雅に開いた。
それは鉄製の扇だったが、この世界の者は見たことがない。
この場にいる誰もが、正体不明の金属細工に戸惑っているのを気にも留めず、オリガは鉄扇をうっとりと撫でた。
「また変なモノを出しやがって……」
この言葉がいけなかった。
「変……? 私が一二三様からいただいたこの鉄扇を、変とは……」
翠の瞳を暗く光らせ、オリガはつかつかと騎士へ歩みよると、扇を左から右へと払った。
「ぅべっ……?」
オリガの動きに反応できず、頬の肉をごっそりと持って行かれた騎士は、目を白黒させていた。
「この武器への侮辱は一二三様への侮辱。死んで詫びなさい」
バシッと音を立てて折りたたんだ鉄扇を、顔を押さえてもがく騎士の喉へと突き刺した。
ぶわっと口から血を吐いた騎士が倒れ、ピクリとも動かなくなると、オリガは一二三を真似て懐から取り出した紙で鉄扇を拭い、大切に仕舞った。
その視線が少しだけ柔らかくなってミダスたちに向く。
「ミダスさん、サブナクさん、貴方がたは今の武器をどう思われますか?」
「つ、使いやすそうで、良い武器だと思う」
「そ、そうだね、何だか優雅でよく似合うと思うよ」
慌てて必死に褒め言葉を並べた二人に、オリガはにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。お礼に先ほどの失礼な言葉は、忘れることにしますね」
(聞かれてた!)
愛想笑いが凍りついたサブナクを無視して、ミダスはオリガに頭を下げた。
「助けていただいて礼を言う。あのままでは私たちに勝ち目はなかった」
「礼には及びません。私はただ、一二三様の指示でミダスさんたちを探しに来ただけですから」
「ぼくたちを?」
「ええ、“これから夜明けまで、城から誰ひとりとして外に出すな”との事です。私もそのお手伝いをいたします」
「いったい何が……」
「檻の中で狩りを行うだけですよ」
イメラリアの寝室に踏み込んだのは、第一騎士隊の中でも精鋭10名だった。
ドアの前に待機していた侍女を腕づくで退かせ、槍を握ってそっとドアを開た騎士たちは、寝室とは思えないほど広々とした部屋の中央にある天蓋付きのベッドを睨んだ。
今そこに眠っている少女を殺害するのが、彼らの任務だ。国のためだと自分に言い聞かせながら、ジリジリとベッドへ近づく。
「覚悟!」
少女が死ぬ瞬間を見たくない一心で、薄いカーテンの外から、掛け布団の膨らみに次々と槍が突き込まれる。
肉を貫いた感触が、騎士隊に罪悪感を植え付けるが、これは正義の任務だと、心を押さえつけた。
「残念だったな」
カーテンの向こうから突き出された刀が、一人の騎士の首をかすめて頚動脈を絶った。
降りしきる血の雨の中、カーテンから刀を揺らしながら出てきたのは一二三だ。
左手には、槍で穴だらけにされた女の死体が掴まれており、たじろいだ騎士たちの目の前に放り捨てられたそれが、女王の死体だと分かったとき、騎士たちは事態が飲み込めずに狼狽える他ない。
ただし、騎士の中でただ一人だけは違った。
「全員、構えろ! 狼狽えるな、敵の目の前だぞ!」
構えを緩めない騎士の一喝で、他の騎士たちも目の色を変えて槍を構え直した。
「へぇ……」
心底嬉しそうな顔をして、一二三はベッドから降りてきた。女王の死体を蹴り飛ばして脇にどける。
「トオノ伯爵、邪魔をしないでいただきたい。イメラリア様はいずこへ?」
「そんなことはどうでもいい。お前の名前は?」
「第一騎士隊副隊長のデウムスと申します。トオノ伯爵、どうか王女の行方を教えていただきたい」
「お前たちの主は、そこで死んでいるが?」
まだやるのか、と聞く一二三に、デウムスは歯を食いしばった。
「我々はアイペロス王子を王とするよう命ぜられています。まだ終わったわけではありません。……邪魔をなさるなら、死んでいただきます」
「なら、やろうか」
両手で掴んだ刀を、左足を前に半身に構えた自分の背後に隠すように立つ。
一件無防備に見える姿だが、デウムスは槍を突く隙を見つけられない。視界に入らない刀が、どのように出てくるかも見えない。
(これほどとは……)
デウムスは、報告書でしか一二三の強さを知らない。だが、今初めて実感した。
ジリジリと間合いを図るデウムスに対し、一二三はゆったりと構えている。
緊張に耐えられなかったのは、他の騎士だった。
「う、うおぉお!」
猛然と突きを放つ騎士に対し、一二三は斜めにすくい上げるような一閃で槍を切り落とし、更に袈裟懸けに斬りおろして騎士の足を根元から断ち切った。
「うぎゃぁあああああ!」
片足で転げまわる騎士は、間も無く血を失って絶命した。
「なんだ今のは……」
誰かがつぶやく。
デウムスには辛うじて剣線が見えたが、他の者には何が起きたか把握できていない。一二三は一歩も動いておらず、腰の返しのみでひと呼吸のうちに二度の斬撃を見せた。
「さあさあさあさあ、まだまだお前らの方が数は多いぞ」
左足を前にして再び同じ構えに戻った一二三は、おどけた調子で言う。
「お前たちは手を出すな。……私がやる」
デウムスはむしろ邪魔になると判断し、他の騎士たちを後ろに下がらせた。
逆に一歩だけ踏み出し、腰を落として槍を構える。
「あなたは危険だ。刺し違えてもここで終わっていただく」
「いいね。試してみるといい」
「ぬぅっ!」
先に動いたのはデウムス。
先ほどの一二三の刀に負けず劣らずの速度で、穂先を一二三の顔面へと叩き込む。
一二三は左足を引いて半身を入れ替え、ギリギリ届かない位置までさがり、そのまま刀を切り上げる。
「一度見た技を!」
素早く槍を引いて穂先で刀を叩き落とし、その勢いで再び突いた。
刀を引き寄せながら槍の穂先を横から摺りあげて外へと逸らす。
一瞬の攻防のあと、デウムスは距離を取った。
「いい腕だ。槍の使い方をよく知っている。だが、行儀が良すぎるな」
デウムスは答えない。
一二三は姿勢を変え、刀を正面に正眼の構えをとる。
「まだ殺さないといけない奴もいる。眠いからそろそろ終わりにするぞ」
一二三の言葉が終わる前に、デウムスの槍が一二三の心臓を目掛けてはしった。
避ける動きを見せない一二三に、デウムスは勝ちを確信する。
(とった!)
だが、真正面を向いていたはずの一二三の身体は、いつの間にか横を向いており、槍先は左の脇と腕の間を虚しく抜けていく。
そして左手を離し、脇で槍先を押さえた一二三の右手一本で握られた刀が、真っ直ぐにデウムスへと向かった。
「ほ、穂先を抱え込むとは……非常識な……」
鎧の隙間から腹を貫かれ、口の端から血をにじませながらも、デウムスは痛みよりも驚愕が顔に出ていた。
「どうせ押すか引くかしなけりゃ切れんのだ。しっかり挟めば問題無い」
「なんて奴……」
デウムスが崩れ落ち、一二三が血振りをすると、残った騎士たちはどうして良いか分からず、とにかく目の前の敵を倒すべきだと、遮二無二襲いかかってきた。
「遅い」
残った八人の騎士たちも、しっかりと鎧を着込んでいたものの、最小限の動きで順番に喉を断ち割られ、次々に自らが作った血だまりに倒れた。
全ての騎士を死体に変え、納刀した一二三は血の匂いを吸い込んで、笑った。
「楽しかった」
手応えがある奴も探せばいるじゃないかと、少しだけこの世界が好きになった一二三だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
ごく限定的な範囲ですが、明確に敵見方が別れました。
本当にかわいそうなのは夜勤の侍女たちかもしれません。
次回もよろしくお願いいたします。