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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第五章 戦いの次には戦いがある
44/184

44.Points Of Authority 【手出し不可・不能・不要】

44話目です。

一日お休みさせていただきました。

今回は大人しい回です。

 アリッサの追撃によって、ヴィシー軍はさらに数を減らしながらもローヌを抜けて敗走していった。

 数日かけた攻撃とローヌでの国境警備の再開手配、アロセールの住民への説明及び片付けで、アリッサは疲れ果てた顔をしてフォカロルへと帰ってきた。

「……寝る」

「ええ、お疲れ様。おやすみなさい」

 報告を受けたオリガは、フラフラと領主館内の自室へ戻るアリッサを笑顔で見送った。

 オリガ自身は、一時避難をさせていた住民たちを自宅へ戻したり、フォカロルに残留していた兵たちを指揮して街の片付けなどを行っていた。怪我は魔法薬ですっかり治っており、これまで以上に精力的に活動している。

 そして今は、自分と一二三の分の旅支度をしている。

 ミダスとの打ち合わせ……内容的には一二三からの一方的な指示でしかなかったが、そこでパジョー他、一二三に殺された第三騎士隊の騎士たちは、記録としてはヴィシーとの戦闘で戦死したという事にされた。

 イメラリアの指示で貴族が狙われたという事実が広まれば王族への大きなダメージとなるので、ミダスは想像よりも穏便に事が収まりそうだと喜んだ。パジョーには悪いが、これ以上王女への影響がでなければそれに越したことはないと思わざるを得ない。

 だが、その話の後で一二三が言った言葉で緊張がぶり返す。

「一度王城へ行く。イメラリアと話をしないとな」

「は、話を……?」

「これでもオーソングランデ貴族だからな。戦勝の報告と凱旋は必要だろ」

 こうして、兵は連れて行かずに一二三とオリガのみで、第三騎士隊の生き残りと共に王都へ向かう事となった。領兵は防衛の為に全員領に残していく。

「俺たちだけだから、別に旅の途中で襲ってきても構わんぞ?」

「お戯れを……」

 いたずらっぽく笑う一二三に、ミダスは絞り出すような声で辛うじて返事ができた。


 ホーラントの政治中枢は、首都ルーダンにある。

 ルーダン城と呼ばれるこの王城には、ホーラントを治める老王スプランゲル・ゲング・ホーラントがおり、50年の長きに渡り王座についていた。

 しかし、実質的な政治手腕を振るっているのは、彼の直系の孫であるヴェルドレだった。

 老齢の王は、自分の子ではなくヴェルドレへ王位を譲ることを明言しており、ヴィシーを利用した魔法具の実験も、ヴェルドレが適度な実績を作るためにと進められているものだった。

 王の力が非常に強く、貴族も少ないホーラントでは王族の命令は絶対であり、一般の兵を含む市民の立場はかなり弱い。だが、王の指示で資金を集中している魔法具の開発・発展は目覚しいものがあり、それら魔法具によってもたらされる豊かさが、民衆からの批判を抑えていた。

「状況はどうなっておる」

「順調ですよ」

 かすれた声で王が問うと、ヴェルドレは直立のまま答えた。

「攻撃性を向上させる魔法具“ガンガ”も、感情を押さえる魔法具“エルリク”もほぼ完成しております」

「だが、欠点もあろう」

「ガンガを取り付けると、暴走して言う事を効かなくなりますし、エルリクの影響を受けると、行動がやや緩慢になりますし、判断力も大きく低下します。ですが、運用の方法でどうとでもなりますし、兵達にのみ使用し、指揮官で判断を下して道具として兵に指示を出すようにすれば問題にはなりますまい」

 自信があるのか胸を張って答えるヴェルドレに、スプランゲル王は頷いた。

「よい。そのままお前の成果とするが良い。研究員たちにも褒美を与え、お前の度量を示すのだぞ」

「心得ております」

 王は、さらに他国との情勢についてもヴェルドレの意見を聞くことにした。

「……なにやら、ヴィシーやオーソングランデが騒々しいようだが……」

「オーソングランデの若い貴族が、王女の信を得て無作法に暴れているようですな。ヴィシーとの国境を含む領地を与えられ、ヴィシーの領をいくばくか削り取ったと聞いています。今も、戦闘を継続中かと」

「我が国とオーソングランデの国境でも、動きがあるようだが」

「表向きヴィシー側に協力する事になりましたから、我が国も兵を国境へと進めておりますので、それに対応する為の兵を差し向けてきたようです。接触まではしないでしょう」

 ここで本格的に戦争になれば、オーソングランデは二正面作戦となる。ヴィシーとの戦争が継続中であるうちは、オーソングランデ側から仕掛けてくることは無いというのが、王と孫の共通する見解だった。ヴィシーとの戦争が終われば、ホーラントも兵を展開する理由も無くなる。

「オーソングランデ側は一定量の戦果をあげています。大凡おおよそヴィシー側が譲歩して終わるでしょうが、多少は抵抗するでしょう。ヴィシーの兵は、質はともかく数は用意できるでしょうから」

 その報告にしばらく黙考した後、王はゆっくりと噛み締めるように伝えた。

「では……オーソングランデの国境へ出している兵を引き上げられる程度に状況が落ち着いた時に、わしはこの地位を退くとしよう」

「それは……」

「お前が次代の王となり、この国を治めるがよい。ただし、国境の兵を使って魔法具“ガンガ”と“エルリク”の効果を証明してみせよ。それを王としてのお前の最初の成果としよう」

「はっ。直ちに動きます」

「うむ、吉報を待っている」

 ヴィシーの軍勢が一二三率いる寡兵のフォカロル領軍相手に撃退されたという情報がホーラントへ伝わるには、まだまだ日数が必要だった。


 オーソングランデのホーラント側国境に最も近いのは、ミュンスターという街だ。

 フォカロルと同程度の規模であるこの街は、周囲の複数の農村を含めて、ビロンという伯爵が治めている。

 ビロンは王子にも王女にもさほど近しくしておらず、領地が反対側ということも有り、フォカロルを中心としたヴィシー側の情勢についてはさほど詳しくなかった。今回の第二騎士隊からの駐留要請も、王子の署名もあって渋々受け入れたようなもので、騎士隊とのやりとりも、最初に第二騎士隊長のスティフェルスが訪ねてきた時に挨拶をかわしたのみで、“あとは勝手にしろ”というスタンスだった。

「何だってこっちにまで騎士隊が来るんだ」

 不満を隠せないビロンは、ソファにぐったりと腰掛けて、傍らに立つ執事に愚痴をこぼした。

 彼は30歳とまだ若い当主だった。父親が5年前に病死し、王都で官僚として働いていたところを呼び戻されて伯爵を継いだ。

 今回の状況も、情報は少ないながらもヴィシーとホーラントのつながりは理解しており、ホーラントを刺激しても意味がないこともわかっていた。もちろん、万一の事を考えて、通常よりも多くの兵を国境付近で巡回させて、緊急の出兵がある可能性も周知していた。

 とにかく、外へ出した兵が多くなり、街中の治安維持に穴があきつつあるので、顔も知らない一二三という新興貴族には、勝っても負けても、さっさと事態を収めて欲しいとだけ願っていた。

 それだけに、やたらと気負いこんでやってきた第二騎士隊に対して、ビロンは強く警戒していた。

 妙なことをしてホーラントとの戦端が開かれれば、負ける気は無いが、ミュンスターの街も無事ではすまないだろうし、自分の領兵も消耗するだろう。

 しかも、第二騎士隊がミュンスターと国境の中間で簡易的な砦を作り、そこへアイペロス王子が激励に訪れるという話まで出ている。元々、王女の人気の影響から存在感が薄かったアイペロス王子の露骨な実績稼ぎに、ビロンはため息しか出ない。

「女王の入れ知恵だろうが、これで戦争になれば評価を落とすのがわからないのか?」

 それとも、何か必勝の作や道具でもあるのだろうか。とも思ったが、そんなものがあるなら、あの尊大で自信家のスティフェルスが黙っているはずがない。

「一二三とかいう新興子爵が、早い段階でヴィシーを叩きのめしてくれれば……」

 中立を保ってはいたが、王子と第二騎士隊の動きに巻き込まれて、イメラリア王女を推す側につこうとビロンは考えるようになっていた。


 ミダスたち第三騎士隊とともに王城へと入った一二三は、登城してすぐに謁見の間へと通された。何やら報奨を与えるということらしい。ミダスが早馬で伝えておいた状況に、必死で取り繕うような浮ついた空気が部屋を支配していた。

(慰謝料のつもりだろう。宰相あたりの案かな)

まあどうでもいいかと思いながら、形だけは跪いた一二三。

その姿に、膝が震えるのを押さえて、イメラリアは立ったまま謁見の間で慰労の言葉をかけた。

 声が震えそうだったが、他の貴族たちの目もあるので、必死でお腹に力をいれる。

「この度の戦果は非常に素晴らしいものでした。寡兵による大軍の撃破は、この国で後後まで語り継がれることでしょう。第三騎士隊から犠牲がでたのは非常に残念ですが……」

 悔しさで目の奥が熱くなるのを感じるが、顔に微笑みを貼り付けて続ける。

「……この度の功績の褒美として、ヒフミ・トオノを伯爵とし、現在の領地に加えて此度の戦果である新領地を与えるものとします。意義のあるものはおりませんね?」

 謁見の間、両脇に並んだ貴族たちは黙ったままだった。

 積極的に賛成はしていないようだが、これほどの戦功をあげた者へ褒美を出さないわけにはいかない。それに、他国と一二三の領地に挟まれた土地など、誰も欲しいとは思わなかったということもある。

「異論はないようですね。では、亡き父王に代わり、わたくしイメラリア・トリエ・オーソングランデの名において、ヒフミ・トオノをオーソングランデ王国伯爵といたします」

 まばらな拍手が聞こえてきて、一二三は無言のまま立ち上がり、ちらりとイメラリアに視線を向けてから謁見の間を出ていった。

 それを見送った貴族たちは、小声で無礼だと言いつつも、イメラリアから先に退室するよう促されて出ていった。

「イメラリア様」

他の貴族たちが退室していったのを見計らい、宰相が進み出た。

「なにか」

「その……よろしかったのでしょうか?」

「他にどうしろというのです。もはやこのままこの国の防衛戦力として扱うしかないでしょう。ミダスから何やら不穏な計画の話も聞きましたが、それでも一二三様がこの国の所属であることを利用するしかないでしょう。今、彼を排除するのは不可能です」

 王の玉座をチラリと見遣ってから、イメラリアは口を引き結んだ。

「わたくしを殺さずにおく理由を確認します。そしてこれから彼が何をしようとしているのかを直接聞かねばなりません。後ほど、わたくしの執務室へ来るように伝えてください」

「それは、危険なのでは……」

「どんな策でもどんな護衛が居ても、意味をなさないなら気にするだけ無駄です」

 信頼する部下を失った報を聞いて、しばらく動揺していたイメラリアだったが、少しだけ落ち着いていた。自分に課された責務は、立ち止まって泣いている事を許さない。

「アイペロスはどうしたのです?」

「オーラントへ戦場視察をすると言って、今朝旅立たれました」

「勝手な事を……」

 次期王としてどっしり構えていれば良いのに、とイメラリアは思った。アイペロス王子が自分に実績が無いことを母である女王に相談した事を、イメラリアは知らないし、王を継ぐのに実績が必要だという考えも無かった。

 とにかく、アイペロスが戴冠をするために事態を落ち着かせることだけが、今のイメラリアの目標だったのだ。


 控えの間として用意された部屋に一二三が戻ると、侍従として待っていたオリガが立ち上がって迎えた。

 そこには、第三騎士隊のサブナクもいる。一二三に呼ばれた彼は、困惑の表情を浮かべていた。

「早かったな、サブナク。とりあえず座れよ」

「ぼくに何かご用ですか……?」

 パジョーの最期について、サブナクはミダスの報告を聞いていた。その時は生き残りに対して害意は無いと聞いていたが、それでも裏切り者の同僚である以上、殺されるかもしれないという恐怖は払拭できない。

「そう身構えなくていい。今さっき、アロセールからローヌまでの旧ヴィシー領も俺のものになった。肩書きも伯爵だとさ」

 オリガが用意した紅茶を飲む。

「おめでとうございます。一二三様を害そうとした慰謝料としては少ない気もしますが」

 オリガの褒め言葉に、ああうんと適当な返事をする。真剣に聞くと止まらないからだ。

「ぼくからも、おめでとうございます。これで名実ともにオーソングランデの大貴族の一員ですね」

「肩書きはどうでもいいが、これで活動資金を稼ぐ目処が立った。だが人手が足りん」

「人手、ですか?」

 サブナクは、もはや遠い昔の記憶かのように朧げにしか思い出せない、フォカロル臨時領主という事務処理地獄を思い出して、背筋に汗をかいた。

「俺の代理を任せられる奴が必要なんだよ。しばらく領地を留守にするから」

 サブナクの鼓膜に、ドキドキと心音が身体の内側から聞こえてくる。

「ある程度は文官奴隷がやるから、決済と顔役だな。準備もあるし、10日くらいのうちにフォカロルへ来てくれたらいい」

 すでにサブナクが呼ばれることは確定していたらしい。

 パジョーの件やミダスや自分を含め、騎士隊を見逃してくれた事を考えると、とてもじゃないが断る事ができなかった。

「……わかりました……」

 今回は職員もいるから以前のような地獄にはならないだろうと自分に言い聞かせ、サブナクは準備をすると言って出ていった。

「さて、後はイメラリアだな」

 一二三が呟いたところで、城の侍女がイメラリアからの呼び出しだと伝えに来た。

「オリガ、第三騎士隊に手伝わせて民衆を城の前に集めてくれ。例のバルコニーが見える位置にな。そうだな、“王女から民衆へ決意表明がある”とでも言ってくれ」

「決意表明ということは……」

「ついでだから、城の中もスッキリしてやろうと思ってな」

 一二三の言葉に、オリガはニッコリと笑って応じた。

お読みいただきましてありがとうございます。

今後繁忙期に入るので、時々お休みさせていただきます。

今後も、よろしくお願いいたします。

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