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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第五章 戦いの次には戦いがある
42/184

42.LIAR 【演技派俳優(本当に刺さってる)】

42話目です。

よろしくお願いいたします。

 館に担ぎ込まれた一二三を見て、文官奴隷の一人カイムは、一瞬だけ眉を動かした。

「カイムさん! 一二三様がお怪我を!」

 取り乱したオリガに対し、いつもの鉄面皮を保ったまま、カイムは首を振った。

「落ち着いてください、オリガ様。……あまり多くの者に状況が知られるのは好ましくありません。領主様と共に執務室へお入りください。治療道具をお持ちします」

 言うや否や、カイムは背筋を伸ばしたまま奥の部屋へと消えていった。

「ああ、一二三様……私のせいで……」

「オリガ、しっかりして!」

 この数分ですっかり憔悴してしまったオリガを励まし、兵と二人でなんとか一二三を彼の執務室にあるソファへ寝かせる。一二三を運んだ兵は、カーシャにここは任せるように言われて前線へと戻っていった。

 肩の矢に触れないようにそっとうつ伏せに寝かされた一二三に、オリガは床に座り込んで一二三へ縋り付いている。

「申し訳ありません、私が調子に乗ってしまったばかりに……」

 さめざめと泣いているオリガは、不安と悲しみの裏から、一二三が自分を庇ってくれた嬉しさがこみ上げてくることで、自分が嫌になってまた泣いた。

「オリガ……」

 カイムを待つ間、カーシャはオリガが心配ながら、一二三の様子からも目が離せない。そわそわと歩きながら、腰の魔法具にポーチの上から触れる。

「……オリガ、これを……」

 苦しそうに一二三が目を開け、闇魔法の収納から取り出したのは、瀕死のアリッサを全快させたあの魔法薬の瓶だった。

 やはりそれがあるかとカーシャは思い、つい苦い顔をしたが、一二三もオリガも気づいた様子はなかった。オリガに至っては、薬の存在に狂喜して、痛む自分の足など忘れたように笑顔を見せた。

「すぐに、すぐに瓶を開けますから!」

 小さな木製の栓を抜くのももどかしく、落ち着けと自分に言い聞かせながら、ようやく栓を抜いた瓶を、オリガは恐る恐る傾けて一二三の肩の傷に少しだけかけて、矢を握った。

「矢を抜きます」

 余計な傷をつけないよう、慎重に矢を抜いていく、かなり深く刺さっていたらしく、ズルズルと引き抜いた矢は、先端を15センチ以上も血で濡らしていた。

 矢を放り捨てて、急いで魔法薬を傷口に振りかける。

「どうして……どうして!?」

 もう瓶の中身のほとんどをかけているのに、一二三の肩の傷が塞がる様子は見られない。

「カーシャ! 魔法薬をかけても傷が治らないの!」

「ウソ……」

 矢が抜けたぶん出血が増えた一二三は、既に意識が朦朧としている。オリガはうかつに触れることもできず、絶望した顔でへたりこんでしまった。

 彼女の手から落ちた瓶が、床を転がった。

 ノックもなく、文官奴隷のドゥエルガルが部屋に入って来て、包帯を握ってノシノシと一二三に近づいてきた。

 一二三の前でしゃがんだところで、横に落ちている矢を見る。

「こんなに深く刺さってたのか……こりゃ危ねぇかもな……」

 誰かに聞かせるつもりもないつぶやきだったのかもしれないが、オリガの耳に入ってしまった。

「危ないとはなんですか! 魔法薬が効かないのです、もっと他の薬を……」

「お、落ち着いてくれよ。魔法薬が効かない奴は稀にいるって聞いたことがある。何か特別な体質だったりすると、効果が薄くなったり逆効果だったりする場合もあるってな」

 噛み付くような勢いのオリガに、ドゥエルガルが思い出したように説明する。

「特別な、体質……」

 そういえば、一二三は召喚された“別世界からきた者”だったと、カーシャは思い出した。以前に彼が怪我をした所は見たことはなく、魔法薬どころか普通の傷薬すら使った所を見たことがない。

(それなら……)

 とにかく止血だけでもするように言うと、カーシャは魂が抜けたようになっているオリガを支えて、治療の邪魔になるからと隣にあるオリガの執務室へと連れて行った。


 カーシャたちが出て行って、ひと呼吸おいてから一二三が呟いた。

「ドゥエルガル、お前意外と演技うまいな」

「領主様の方こそよっぽどだぜ。矢付きで帰ってきたと聞いた時は、本気で心配したぜ」

 むくりと起き上がった一二三は、懐から懐炉の魔法具を取り出して床に放った。汗は冷や汗ではなく、単に暑いからで、想像以上に熱を持ってきた魔法具で、汗で済まずに火傷しそうだった。

 汗を拭った一二三は、魔法薬の瓶を収納から取り出して、乱暴に肩に浴びせた。

 あっさりと、傷がふさがる。

「便利なもんだなぁ」

 肩を動かし、違和感がないことを確認する。

「ったく、こんなの文官の仕事じゃねぇぞ。それにしても、オリガさんが開けた魔法薬が効かなかったのはなんでだ?」

「前に使った空き瓶の中に水を入れただけだ」

 すっかり騙されたオリガが可哀想だと、ドゥエルガルは肩をすくめた。

 彼は、カイムを通じて指示書を受け取っており、その内容に従って芝居をうったのだ。オリガを激高させたつぶやきも、もちろんわざと聞こえるように言わされた

「しかし、なんだってこんな面倒なことをやる必要が?」

「調子よく物事が上手く進んでいる最中は、人はよく考えずに突っ走るというのは本当かという実験」

「ふぅん……。偉い人が考えることはよくわかんねぇな」

 さほど興味がないようで、適当な返事をしながらドゥエルガルは床に落ちた瓶や矢を拾い集めた。


 オリガの執務室へ入るなり、カーシャはポーチの上から魔法具を叩き割った。同じ瞬間、パジョーが持つ魔法具も割れているはずで、間も無く第三騎士隊がこの館に踏み込んでくるだろう。

「カーシャ。やっぱり私、一二三様のそばに……」

「いや、治療の邪魔になるからさ、それより、足は大丈夫かい?」

 気遣いつつも、なんとか決着が着くまではオリガを留めておきたい一心で、しっかり肩を掴んで椅子に座らせた。

 いつかの別れから、ローブの下に感じる身体の感触は、少したくましくなった気がして、さほどの時間も離れていなかったのに、寂しさを覚えた。

「もうすぐ援軍も来るから、あの人が来たら一緒に王都へ戻ろうよ」

「……あの人?」

 何かを察したオリガの視線は、先ほどの不安に揺れる少女の顔から、敵を見る厳しいものに変わっていた。

「援軍が誰か知っているのね。なぜ私が知らない事をカーシャが知っているの?」

 刺すような視線に、カーシャは何も言い返せない。

 しばらく迷った挙句、全て話して無理にでも連れて行こうと決意したカーシャは、まっすぐオリガの目を見つめた。

「聞いて、オリガ。もうすぐ第三騎士隊がこの館に乗り込んでくる。それで、その……」

「……一二三様を狙うのね」

 また、黙るしかなくなる。

「最初から怪しかった。一二三様の事が怖くなって離れていったはずなのに、あっさりと戻ってきて。それにチラチラと一二三様を追う目線。あれカーシャが魔物の様子を伺う時の癖があるのよ。自分じゃ敵わないだろうから、何かを狙ってるとは思ったけれど……この部屋に入ったとき、何かしたでしょう。魔法が発動したような雰囲気がしたもの」

「一二三さんは危険だって、パジョーさんに言われたんだよ。そりゃ、拾ってもらった恩はあるけど、あれはお金を払って買ったわけだし! オリガは一二三さんと会ってからどんどんオカシクなるし! よく考えなよ、一二三さんは良くしてくれたけど、本当なら王族殺しの罪人なんだよ?!」

 焦りが、カーシャの声をどんどん大きくする。

 まくし立てるカーシャの様子を見ながら、ふらつきながらも立ち上がるオリガは、懐から手裏剣を取り出した。

「や、やめなよ……。また二人で仲良く魔物狩りをしようよ。こんなさ、人を殺してどうこうなんて世界、アタシたちの居場所じゃないよ……」

「剣を抜きなさい、カーシャ。いま、あなたは明確に私たちの敵になったのよ」


 館に踏み込んだパジョーたちを出迎えたのは、文官奴隷のカイムだった。

 20人を超える集団で突然入ってきた騎士たちに、一瞬騒動になりかけたところを、カイムはいつもの冷徹かつ響く声で「仕事をしなさい」と一声で鎮めた。

「お待ちしておりました」

 騎士隊の先頭にいたパジョーに、カイムは頭も下げずに言う。

「待っていたというのは……」

「もちろん、この街の領主たる一二三様が歓迎するという意味です。はるばる王城より軍を率いてこられることは、一二三様より伺っております。今は2階の執務室におります。不躾ではございますが、事は軍務にかかること。私ども文官や職員は近づくなかれと命ぜられておりますので、どうぞ上へお上がりください」

 丁寧に話してはいるものの、抑揚も敬意も無い言い方に、パジョーたちは何も言わずにカイムの隣を抜けていく。

 彼女たち騎士隊の全員が剣を抜いている事に、カイムも他の誰一人として言及しない。

「良かったのでしょうか?」

 カイムと共に経理関係に携わる文官奴隷のブロクラが、不安そうに言うのに、カイムはジロリと視線だけを向けた。

「良いも悪いも無いのです。ここはあの方の城です。理由など、それで充分です」

 わかったら仕事に戻るように言われ、ブロクラは彼が動揺する様子が見てみたいと思ったが、方法は見つかりそうになかった。

 騎士隊が上がっていた二階の方を見上げて、また兵士たちが片付けに駆り出されるのかと、哀れに思う。


 パジョーが執務室へ踏み込んだとき、一二三はソファの前に倒れていた。床には血が広がり、ピクリとも動かない。

「これは……」

 既に事切れたかと、恐る恐るパジョーが近づいた瞬間、猿のように飛び上がった一二三が、騎士の一人を踏みつけて乗り越え、ドアの前に立ちふさがる。

「よぉ、遅かったな」

「な、なんで……」

「ん~、役者が悪かったし、時期も悪かったな。それより、早く剣を構えろよ」

 そういう一二三は、無手のままで右足を前に出した半身になり、両手はゆらゆらと前に突き出している。

「素手でこの人数と戦うつもり? それより、大人しく捕まってもらえたら楽なんだけど?」

 パジョーが平静を装って語った言葉が終わった瞬間、一人の男性騎士が、一二三に首を掴まれて瞬く間に懐に引き込まれ、首を折られた。

「懐柔に来たわけじゃないだろう。話している暇があるなら、さっさと来い」

 騎士の死体を放り捨て、一二三は不機嫌そうに言う。

「誰が考えた茶番か知らんが、面倒な領主を引き受けてあれこれ苦労させられた挙句にこの扱いだ。腹が立つより可笑しみすら感じるわ」

「うぬぅ!」

 気合と共に剣をふる騎士は、手首を下から叩かれて剣をそらされ、襟を掴まれて倒された。起き上がる間も無く、拳が喉を潰す。

 突きを入れてきた騎士は、手の甲を掴まれて手首をひねり折られ、一二三の膝で肘を折られた。そのまま、奪われた自分の剣で首を半ばまで断ち割られる。

「斬れ味悪いな。ちゃんと研いでおけよ」

 血濡れの剣を放り捨て、水平に斬りつけてきた腕を取って、遠心力をそのままに壁に叩きつけた。顔を打ち付けた騎士は、血を壁に擦り付けながら崩れる。

 今度は三人同時に斬りかかってきたが、前に歩いて難なく剣線を避け、一人の膝を背後から蹴り、跪かせて首を捻じる。

 死体を一人に投げつけ、もう一人には駆け寄った勢いで腕を取って仰向けに押し倒し、顔面を踏み潰す。

 死体の下敷きになってもがいている者も、同様に喉を踏み潰して殺した。

 そうして次々と殺されていく同僚を見ながら、パジョーは焦りを感じながらも腰の袋から小さな鉄の粒を取り出した。一二三と初めて会った夜に、見張りを殺したつぶてだ。

 一二三が最後の一人の首を折りに掛かった瞬間、パジョーは力いっぱい礫を投げつけた。

「おっ」

 首を閉めていた相手を突き出し、その顔に礫が刺さる。

 突然の痛みに絶叫する騎士だが、すぐに一二三に背中を強く踏まれて心臓が止まった。

「中々いい腕だな。だが、投げる動作はもっとさりげなくしないとな。わかりやす過ぎる」

「ご教授ありがとう。ゴロツキどもはともかく、騎士隊までこんなに簡単にやられるとは思わなかったわ……」

 改めて剣を構えたパジョーに、一二三も刀を取り出し、抜いた。

「お前には色々と世話になったからな。時間をかけずに殺してやろう」

「そう簡単にいくかしら?」

「簡単に終わらなければ、それはそれで楽しいもんだ」

 朗らかに笑う一二三に、狂人め、とパジョーは奥歯を噛みしめた。

 一二三が軽く突きを入れると、パジョーは横から剣で払い、流れるように斬り込む。

 半歩引いて剣をかわし、また踏み込みながら脳天に打ち込む。

 あわてて後ろに飛び退くパジョーに、振り下ろしが突きに変化して切っ先が迫った。

「くっ」

 転がって避けたパジョーが顔を上げたとき、目の前には誰もいない。

「え?」

 自分の胸から突き出た刀が見える。

「避ける時も、相手から視線を切るな」

 ああ、自分はここで死ぬのだと思うと、パジョーは不思議と落ち着いた気分になった。

「イメ……ラリア……さ、ま……」

 ズルリと刀から離れ、倒れたパジョーの顔には、涙が一筋だけ流れていた。

 刀を懐紙でぬぐった一二三は、納刀して首を鳴らした。

「じっとしているのは結構骨だったな。さて、あっちの様子でも見に行くか」

 騎士たちの死体を踏み越え、一二三はオリガたちのいる部屋へと向かった。

お読みいただきましてありがとうございます。

パジョーさん、お疲れ様でした。

次回はカーシャとオリガの話が中心になる予定です。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
パジョー間違えたなぁ
首を閉めていた 絞め
[良い点] あぁ!パジョーがぁ…この人でなしぃ!(恍惚)
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