41.Nobody’s Listening 【彼女の代わりに矢を受けて】
41話目です。
戦闘の舞台はフォカロルへ。
フォカロルでの戦闘は、昼前にヴィシー軍が大きく広がった陣形でゆっくり近づいてきたところから始まった。
軍の中央では馬に乗ったブエルが、固く閉ざされたフォカロルの門を睨みつけている。
フォカロルの門は巨大で重厚な鉄製である。一二三の指示により、フルプラスが作成したものだ。
街を囲む塀も、ヴィシー方面を重点的に強化し、高さも従来の2メートル程の高さから3メートル近い位置まで上げられていた。
「用意せよ」
視線を外すことなく、ブエルは命じた。
部下の間を命令が伝わっていき、歩兵たちが次々とブエルの前に出て整列した。
この世界、街攻めの基本は大人数で当たって門を破壊するか強引に開け、門に入りきれない人員は塀を乗り越えるという極々単純な戦法だった。かなりの人数が逃走したとはいえ、敵に援軍が来るまでは充分な戦力差があると判断したブエルは、奇をてらわずに歩兵をひと当てして、高い塀は越えられずと門を強引に突破して防衛を崩し、そのまま雪崩込む策を選んだ。
「とつげ……」
ブエルが声を命令を終える前に、フルプラス特製の金属門がゆっくりと開き始った。
「ふん、数の不利を知って降伏を選んだか」
しかし、門から顔を見せたのは、降伏の使者ではなく、多くのヴィシー兵を殺してきた投槍器を3回り程大きくした巨大な何かだった。
門はその巨大投槍器が槍を突き出せる程度の幅を開くと止まった。それには丸太と呼んで差し支えない程の太い槍が装填済みだ。
ゴンという低い音を立てて射出された槍は、直線ではなく放射線を描いてヴィシー兵に迫り、刺さるというより潰すかたちで数人の命を奪った。
「な、な……」
見たこともない巨大な武器の登場に、ブエルは命令も忘れ、自分のすぐそばで赤い血にまみれて転がる丸太を見ていた。
その隙に投槍器が街の中へ引き込まれ、門は再び閉ざされる。
「なんなのあれ……」
空飛ぶ鈍器な兵器を見て、ブエル同様にカーシャも絶句していた。
その横では、一二三とプルフラスが結果を確認している。
「やっぱり重すぎるんじゃないか?」
「いくらなんでも限度があったか」
打ち出すというより無理くりに押し出されて、ろくな速度も出せずにやっとの事で敵に届いた丸太を見て、二人はのんきに話していた。
今のはいわゆる試作品で、とにかく大きくしたら威力も出るんじゃないかというドワーフたちの提案に、「じゃあ作ってみれば?」と一二三が許可を出した結果だった。
「失敗作だな。後で空いてる倉庫にでも入れとけ」
「仕方ないな。時間をみて改良するとしよう」
ブエルが驚異を感じているとは知らず、一二三もプルフラスも失敗と判断した。
ノリノリで作成に関わったドワーフたちは、何がいけなかったのか、計算が間違っていたのかと口々に見解を話しながら、ロープを結んだ巨大な投槍器と共に前線から下がっていく。
入れ替わるように、アリッサが一二三の方へ走ってきた。
「一二三さん、言われたとおりに住民たちは一時避難させたけど、あそこで良かったの?」
「いいんだよ。それより、ドワーフが希望した遊びは終わったから、後は任せる」
「了解! 一二三さんも気をつけてね!」
アリッサは走り回りながら兵達に次の指示を出していく。
閉ざされた門には鉄のカンヌキが三本も掛けられた。かなり破城槌でも使われない限りは破られないだろう。
高さがある塀は内側に足場が組まれ、上段下段の狭間から投げ槍器で狙撃できるようになっている。投槍器1台につき二人があたり、30分ごとに交代して休息を取るようにと指導している。
およそ50名ずつが二交替で間断なく槍を浴びせ続ける体制ができた。
仕上げは、一二三が行う。
「ようこそフォカロルへ!」
門の上によじ登った一二三は、パンパンと手を叩いて注目を集めた。
「遠方から来てくれたお前らに、歓迎の用意をしている。こう見えて結構頑張って作ったんだ。たっぷり味わっていってくれ」
「門を開けて出てこい! 正々堂々と勝負をしろ!」
一二三の言葉に怒りがぶり返したブエルは、喉が潰れんばかりの声で返答するが、ブエルの話が続いている途中で、一二三はさっさと引っ込んでしまった。
門の向こうでわめき散らすブエルの声に、ヴィシー軍の兵たちは同様に怒りに燃えるか、ブエルの様子に怯えているかどちらかだが、門の内側では、誰も敵将の言葉に耳を傾けない。
今までの戦場とこれから起きる事を知っているトオノ領軍の面々は、さっさと逃げればいいのに、一二三の挑発に乗ってここまでやってきたのは失敗だったと、他人事のように思っていた。剣や棍棒ではなく、配給された武装で遠距離からの攻撃と奇襲をくり返し、完勝が当然となった領軍では、戦争すわなち一方的な蹂躙にほかならない。
「大将は殺すなよ」
「大丈夫、しっかりみんなに伝えたから」
「では、号令は任せる」
「わかった! 全員、攻撃開始!」
アリッサの号令により、次々と槍が射出される。
降り注ぐ槍は、ヴィシーの兵たちを貫き、死体を量産していく。
目の前の仲間と合わせて即死するもの。
腹に槍を生やして悶絶するもの。
命令通りに狙われずに生かされているブエルは、慌てて突撃の号令をかけるが、駆け出そうとしたものから狙い打たれる。
さらに恐怖で背を向ける者も多くが槍の餌食となった。
仲間の死体に隠れる者もいるが、ドワーフが改良を重ねた槍の勢いは強く、骨に当たらなければ一人分の身体は悠々と貫通してくる。
それでも人数差で無理矢理押してくるヴィシー軍は、ゆっくりとだが距離を詰めてくる。
「圧せ圧せ! 門に取り付けばこちらの勝ちだ!」
ブエルは自分が狙われないことを疑問に思わないのか、とにかく声を張り上げて剣を振り回している。
次々と射られ、倒れる仲間を踏み越えながら前に出てくるヴィシー兵は、とにかく一刻も早く門へ取り付き、この地獄の空間から逃れようともがいている。
街道中に死体や重傷者が転がり、前に出る歩兵たちを、弓を持つ兵は矢によって援護を行う。ブエルが指示をしないため、矢は散発的で、しかも高い塀に阻まれてあまり効果をなしていないが。
戦闘開始二時間ほどがたち、一方的な損耗を強いられているヴィシー兵は数を減らしていたが、それでも傷だらけで門へたどり着き、味方の仇を討つべく手に持った剣や棍棒を振るって門を打ち据えていた。
ゴォンゴォンという音が、多重にテンポをずらして鳴り響くのに、一二三は顔をしかめた。
「うるっさ……クッション材でも貼っておけば良かったか?」
隣でカーシャは耳を塞いで立っている。戦闘中は一二三の護衛として隣にいるのだが、仕事も無く手持ち無沙汰だった。一二三から周知されていた作戦通りに、このまま一方的に消耗すれば、ヴィシー軍はいずれ撤退するだろう。
そうすれば、自分がパジョーから託された伝達の魔法具を利用する事態にもならない。散々迷って覚悟を決めていたつもりだが、作戦そのものが実行されなければその方が良いのではないかともカーシャは思っていた。
「一二三様」
領主館で留守役の兵たちを指揮していたオリガが来た。
「そろそろ王城から援軍が到着するようです。斥候の話では第三騎士隊が援軍を指揮しているようです」
「そうか」
「斥候? 王城方面にも斥候を出してたのかい?」
オリガの言葉に、カーシャはつい声を上げてしまった。
「ああ、援軍の来るタイミング次第ではこちらの動きも変わるからな。……何か、あっちに斥候がいるのに不都合でもあるのか?」
「い、いや、味方の方ならそこまでしなくてもいい……いや、気にしないでよ」
しどろもどろになるカーシャを一瞥して、一二三は門の近くへ向かう。
「門に取り付いた奴らを殺してくる」
足場をよじ登って、再び門の上に登る。
オリガは危険だからと止めようとしたが、ここで敵が万一門を突破したら終わると言われ、では自分も手伝う、と一二三の後に続いて門の上へと登っていった。
カーシャも続こうとしたが、本来人が登るようにはできてないから、狭くて三人は無理だと一二三に待機を命じられた。
一二三が門の上から見下ろすと、10名ほどのヴィシー兵が、小揺るぎもしない門を必死になって武器で殴っている。
「うるさいよ」
一二三は闇魔法の収納から薙刀を取り出し、的確にヴィシー兵たちの頚動脈を撫でていく。
吹き上がる血で、門は赤く塗られていく。
オリガも負けじと訓練してきた風魔法でヴィシー兵の腕や足を切り落とし、次々と男たちを死の淵へと誘う。
オリガは、戦場の高揚感と一二三と久しぶりに肩を並べて戦っているという事に興奮し、ヴィシー軍からの矢が降る場所で嬉々として魔法を放つ。
散々に繰り返した詠唱は既に限界まで短縮しており、次々と連発する風の刃が敵の命を刈り取っていく。
初めての本格的な防衛戦、隣にいる一二三へのアピールの意味もあって、眼下に群がるヴィシー兵たちを殺すのに夢中で、ふと顔をあげた時、確実に自分に当たるコースをたどる矢が見えたのに、オリガは何も反応できなかった。
一瞬、時間が引き伸ばされたように感じたその時、彼女の身体に覆いかぶさる影が視界に割り込む。
ドンという音がしたとき、オリガは人体に矢が当たる音は意外とくぐもっているのだな、と思考が明後日の方へと向いていた。
そのまま門の上から落下したときに、痛みで我に返った。
「痛い……矢は? 誰が、あ、あぁ……」
あのタイミングで飛来する矢から自分を庇える位置に誰がいたかなど、冷静であれば考える必要も無かっただろうが、その姿を目にして落ち着いては居られなかった。
「ひ、一二三様!」
肩に矢を受けて、さらに落下からもオリガをかばった一二三は、荒い息を吐きながら汗をびっしょりとかいて地面に倒れていた。
その場でそれを目撃した者全員が驚いている。
もちろん、カーシャも例外ではない。
「一二三さん!」
「カーシャさん、ここは僕に任せて、一二三さんを館へ連れて行って治療して! オリガさんも落ちたんだから、一緒に館へ!」
狼狽える二人の女性に、最年少のアリッサが声をかけ、兵たちにも冷静に射撃を続けるように命令を出していく。
「そ、そうだな、急いで治療しないと……」
あるいは今がパジョーへ連絡する機会かとも思ったが、矢が一本刺さったくらいなら、一二三の持つ高級な回復薬で治るだろうことは、アリッサを治療した時の事を考えれば当然だった。
カーシャは兵を二人ほど呼んで一二三を近くの家から外した戸板に乗せて運ぶように指示を出し、自分はオリガに肩を貸す。オリガに目に見える大怪我は無いが、足首を酷く捻っており、まともに立つこともできないようだった。
トップ二人を見送った前線は、一時混乱に陥りかけたが、アリッサが似合わない激を飛ばして支えた。
「ほら、しっかり狙って撃って!」
「りょ、了解しました!」
背中を叩かれた領兵は、焦りを押さえて次の敵を狙う。
交代で休息していた兵は、アリッサの気丈さに舌を巻いた。
「長官は、冷静ですね」
「だって、一二三さんのあれ、演技だもん」
オリガさんは違うけど、とアリッサは言う。
「……は?」
「一二三さんがね、機会を見て自分が怪我をする振りか、実際に適当な傷を負って館に引っ込むからって……あ!」
とんでもないネタばらしをしたところで、アリッサは慌てだした。
「わ、忘れてた! 一二三さんが怪我したら、敵の大将を狙うようにって言われてたんだ! あいつを狙って、早く殺して! 当たったらしばらく射撃停止!」
「わ、わかりました!」
戦闘中ずっと狙われなかったブエルは、馬上で指揮をしながらその姿を堂々とさらしていた。そこへ数本の槍がほぼ同時に突き刺さり、ブエルは自分に何が起きたかもわからないまま息絶えた。
総大将がぐらりと崩れて馬から落ちたのを見たヴィシー兵たちは、自分たちを死地へと追いやる声が聞こえなくなったのと同時に、槍の雨が収まったのに気がついた。
そして、指揮官が居ない兵士たちが選んだのは、攻撃ではなく退却だった。
門の前に群がっていた兵たちも、背後の味方が逃げ出したのを見て、一目散に門から離れていく。
「それじゃ、開門して半分は僕と一緒に敵兵を追い立てて国境まで行くよ! 残りは門の前の片付け!」
アリッサの指揮により、あっさりと戦闘が終了した事に頭がついていかなかった領兵たちだが、アロセールの住民たちが街へ戻る前に押し返さないといけないとアリッサに言われて、タイトなスケジュールだと文句を言いながら動き始めた。
ヴィシー側の住民は、館の前の広場へ一時的に移動させていたため、ヴィシーを追い返したことは住民の誰にも伝わっていない。
そこへ怪我をした領主が担ぎ込まれて来たので、館の周辺は騒然とし、畳み掛けるように齎された援軍到着の知らせで、大きな歓声が上がった。
予想外の歓迎ムードに面食らったパジョーたちだが、街へ踏み込む直前、携帯していた魔法具が音を立てて砕けたのに気づき、顔がこわばる。カーシャからの一二三の危機の知らせだ。
街へ入り、領民が口々に領主が怪我をしたことを伝えてくることと合わせて、パジョーは一二三が大怪我をしていると判断し、館へ向かう部隊として三分の二を自分が率いて、残りをミダスの指揮とする。
「ヴィシーの方は、お願いします」
「……わかった」
民衆をかき分け、ヴィシー側の門へと馬を走らせるミダスを見送り、パジョーは騎士隊に向かって、馬を降りて剣を抜くように言い、兵には民衆が入らないように館を囲めと命じた。
上手くいきすぎている状況に不安はあるが、怖気づいている間に機を逃してはいけないと自分に言い聞かせ、仲間と共に一二三がいるはずの領主館へと踏み込んだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回まで引っ張ることも考えましたが、
アリッサにネタばらしを先にしてもらいました。
多くの方が予測されていましたし。
というわけで、次回もよろしくお願いいたします。