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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第一章 王都の一二三
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4.More Than Words 【二人の元冒険者】

殺人鬼、街に放たれ一日目。

いくつかの設定は、割とテンプレです。

 街に出た一二三はどこへともなくゆるゆると歩いていく。

 城を出て、貴族たちのものと思われる大きな屋敷が立ち並ぶエリアを抜けると、2階や3階建ての家が並び、商店や屋台が集まる商店区画にたどり着いた。


 何かの肉や魚を焼いて売っている屋台からは良い匂いがする。

 野菜を大量に積み上げた店では、いかにも庶民らしい人たちが楽しそうに井戸端会議に花を咲かせている。

 レストランは道端までテーブルが出ていて、老人たちがパイプを加えて何やら語り合っていた。

 老若男女、たくさんの人々が行き来し、何かの客引きの声があちこちで響き、喧騒をさらに一層騒がしくしていた。

 服装は様々だが、あまり綺麗とは言えない。服飾産業はあまり発展していないのかもしれないと、一二三は思った。

 ちなみに、一二三の格好は古武道の濃紺の道着に袴、足にはスニーカーというスタイルだ。他には見ない格好なので、何人かがチラチラと見てくるが、日本にいる時から道着で出歩く癖があったので、特に気にならない。

(王が無能でも、街の奴らはたくましく活きているというやつか。王が誰であろうと、自分の人生を謳歌しているようだな)


 闇魔法収納から銀貨を取り出し、適当な屋台で串焼きをいくつか買ってみた。銅貨5枚の串焼きを買うのに銀貨を出したら嫌がられたが、釣りはいらないと言うと、頼んだ量の倍を差し出された。

食べながら歩いていると、ふと見慣れない雰囲気の店を見かけた。

何かの商品を並べるわけでもなく、これといって呼び込みをしているわけでもない。暖簾のように黒い布を垂らした入口に、いかつい男が腕組をして立っていた。

 看板はあるが……一二三には読めない。


 気になったので、声をかけてみることにした。

「なぁ」

「あぁ……なんだ?」

 急に話しかけられて、男は眉をひそめて応じた。

「ここは何かの店なのか?」

「看板に書いてあるだろう。ここは奴隷屋だ。お前みたいな奴には関係ない店だ」

「関係ない? 紹介でもいるのか?」

「……そんなもんはいらんが、ウチの奴隷は安くても金貨50枚からだ。お前みたいな若造に払える金額じゃないだろう」

 話は終わったと、男はまた視線を通りに向けた。


(奴隷か……)

 一二三は、歩きながら考えていた今後の事について、再び考えを向ける。

(まずはこの世界を回ってみようと思ったが……)

 さっきの会話の中でも、文字が読めない、金銭の価値がわからない、商取引のルールを知らないなど、必要な知識がまるで足りていない事が露呈してしまった。屋台で買い物はしたものの、釣りをもらっていないので、銀貨と銅貨の交換比率もわからない。

 奴隷がいれば、そういう知識も得られるし、この世界で自由にやっていくのに何かと便利かもしれない。金はたっぷりある。城の金庫の半分の量をもらったのだ。多少高い奴隷を買っても、足りないということはないだろう。

 裏切ったりするならば、始末すればいい。


「金貨というのはこれか?」

 闇魔法収納から金貨と思われるコインを1枚出して、男に放り投げた。

「あ? ……ああ、だが一枚や二枚じゃ……」

「手を出せ」

 男の手首を掴んで手のひらを無理やり上に向けさせる。見た目からは想像できない一二三の腕力に驚く男の手の上に、さらに収納から金貨を30枚ほどぶちまけた。

 半分以上がこぼれて散らばるが、一二三は気にも留めない。

「うおっ!?」

「これは親切に教えてくれた礼だ。商品を見せてもらいたいんだが、いいな?」

 呆然としていた男は、慌てて金貨を拾い集めてから、態度を180度変えて一二三を店内へ促した。

「こ、こちらでお待ちください! だ、旦那様~!」

 応接へ一二三を座らせた男は、店の奥に走って引っ込んで行ってしまった。どうやら、応対は別の人物が来るらしい。


 ほとんど待たさせることなく、地味ながら質の良さそうな服を着た男がやってきた。

「お待たせして申し訳ありません。この店を経営させていただいております、商人のウーラルと申します。門番風情のミドの奴に、大変な大盤振る舞いをしていただいたとか……」

 笑顔ではあるが、その視線は初めて見る一二三を値踏みしているのが明らかだ。

「あれくらいは大したことじゃない。それよりも、ここで奴隷が買えると聞いたんだが」

「これは太っ腹で。当店は確かに奴隷を商っております。お客様は、奴隷を購入されるのは初めてでしょうか? よろしければ、奴隷についてご説明をさせていただければと思うのですが」

「ああ、恥ずかしながら何も知らない田舎者でね。こちらからお願いしたいところだ」

「では……」

 ウーラルの説明は要点をしっかり押さえて簡潔でわかりやすかった。


 ・奴隷は犯罪奴隷や借金奴隷、家族や村の為に売られた換金奴隷などがいる。

 ・犯罪奴隷はほぼ全員が国の奴隷となり、鉱山等で強制労働を強いられ、一般に出回ることは無い。

 ・一般に売りに出ているのは借金奴隷か換金奴隷で、この店にもこの2種しかいない。

 ・誘拐されて奴隷にされた者もいるが、誘拐はもちろん、そういった出自の奴隷を取り扱うだけで極刑に処されるので、まずまともな商人なら取り扱うことはない。

 ・奴隷は特殊な魔法による刺青でその行動を制限され、持ち主に反抗することはできなくなっている。

 ・奴隷は一切の権利が認められないが、理由なく殺すことは犯罪である。


「理由なくということは、理由があればいいのか?」

「その通りです。刺青による制限で主人やその家族に直接危害を加えることはできませんが、主人の物を盗んだり、主人の友人に害を及ぼした等の理由があれば、罪には問われません」

「正当な理由があると証明する必要は?」

「主人の証言があれば十分です」

 なんとも穴だらけの法もあったものだと、一二三はため息をついた。

 だが、都合が良い事ではある。


 しばし目を閉じて考えていた一二三は、ウーラルに注文をつけた。

「今からいう条件に見合う奴隷はいるか? 金額は気にしなくていい」

 ウーラルは質の悪そうな羊皮紙を懐から取り出し、応接のテーブルにあった羽ペンにインクをつけて、次の言葉を待つ。

「充分な体力があり、旅に耐えられること。文字の読み書きができること。自分の身を守る程度には戦えること」

 ささっと走り書きをしたウーラルが、ふと目線を上げてきた。

「男性か女性か、どちらがよろしいでしょうか?」

「どちらでも良い。問題は能力だ」

「かしこまりました。では準備をさせていただきますので、少々お待ちください」


 ややあって、応接室へ戻ってきたウーラルに促され、さらに店の奥へと進む。

「こちらが、ご希望に会う商品でございます。どうぞご自由にお選びください」

「話しかけても?」

「もちろん構いません」

 連れて行かれた部屋は広く、10人ほどの男女が手枷をつけられた状態で並ばされていた。シンプルな貫頭衣は茶色く汚れ、その表情は暗く、おどおどと一二三を見ている。どんな相手に買われるかで、彼らの運命が決まってしまうのだ。

 奴隷の目に、自分はどう映るのか一二三は想像してみた。

 とても金を稼いでいるような年には見えないだろう。商人か貴族のボンボンにでも見えるか……と思ったが、自分の格好を振り返ると、そうは見えないだろうと苦笑する。


 ふと、並んだ奴隷達の中で、端に隣り合って立つ二人の女が一二三の目にとまった。

 一人は小柄で、一二三の首くらいまでの背丈。薄い青の髪に、翠色の瞳をしている。

 もう一人は一二三と同じくらいの身長で、よく鍛えられた身体をしていた。こちらは茶色の髪に赤みがかった瞳をしている。

(街でも見かけたが、こういう髪や目の色を見ると、文字通り隔世の感というか……。二人共整った顔をしているな。本当なら、娼館の経営者が買取りそうな見た目だが)

「お前とお前、名は?」

「……オリガ」

 小柄な方が、消え入りそうな声で答えた。茶髪は答えない。

 生意気に睨んでくる茶髪は無視して、オリガに話しかける。

「ではオリガ、お前は何ができる?」

「……風と水の魔法が使える。それに……」

 少しの逡巡を見せたあと、ぐっと息を飲んでから続きを話した。

「夜の相手もできます……」

「オリガ!」

 オリガのつぶやきに、茶髪が声を荒げる。

 ウーラルがムチを手に近づいてきたが、一二三は片手を上げて制した。

「カーシャ、私たちは彼に買ってもらうべきだと思う。どこかの変態貴族に買われるなんて、嫌……」

「そんな事! こいつだってどんな奴かわからないじゃないか!」


 茶髪はカーシャという名前らしい。

 自分はそんな変な性癖があるように見えるだろうかと、ちょっとヘコむ。18歳の一二三は人並みに性欲もあるし、女性が嫌いというわけでもない。

 ただ今は、幾人もの命を奪った満足感が性欲を抑えているが……。

 それが異常だと気づかない一二三は、さりげなくカーシャの両手に視線を走らせる。

「カーシャと言ったか。お前は両手で剣を使うんだな。それも両手剣じゃなくて片手剣二刀持ちか」

「な、なんで……」

「手の平と親指、人差し指を見たら大体わかる。筋肉のつき方と今の動きで大体の実力もわかる」

 突然の指摘にカーシャだけでなく、オリガやウーラルも絶句している。それが当たっていると知っているのだ。

「た、確かにこのカーシャは剣をつかえます。私は実際には見ておりませんが、冒険者としてある程度稼いでいたようですので、腕の方も確かでしょう。オリガはカーシャと二人で仕事をしていましたので、こちらの魔法の実力も中々のものです。二人共、仕事の失敗で多額の借金を抱えて奴隷堕ちしています」

 ウーラルが補足をしてくれた。

 オリガもサーシャも、その説明を苦々しい表情で聞いている。

(冒険者か……多分、多くのファンタジー小説で登場するような、採取や討伐を生業とする連中だろう。魔物が存在する世界という話だから、そういう職業もあるか)


「よし。ではお前たちに選ばせようか」

 言い放った一二三の表情は、イメラリア王女に向けた冷徹な笑みだった。

「俺はこれから旅をする予定だ。体力もいるし、戦いにもなるだろう。その変わり、俺を裏切らずについて来ることができるなら、楽しい人生を約束する」

「何を言ってるんだか。奴隷になったアタシたちに楽しい人生なんて……」

「私はついていきます」

 オリガは小さな声で、しかしはっきりと一二三を選んだ。翠の瞳はしっかりと一二三を見据えている。少しだけ怯えているのだろう。うっすらと涙で揺れているのが見えた。

(やれやれ、こっちに来てから女性に怯えられてばかりだな)

 自業自得を棚に上げ、「どうする?」とカーシャの方を見る。


 カーシャは動揺していた。

 この男は何を訳のわからないことを行っているのだろう?

 なぜオリガはこいつについて行く気なのだろう?

 目の前の男の顔を見る。

 笑顔ではあるが、見れば見るほど背筋が凍る。

 こいつは危ない奴だ。とびきり危険な事を何のためらいもなくやる奴だと、直感がガンガンと警鐘を鳴らす。言葉よりもより直接的に、一二三の瞳の奥にある何かが、カーシャの心の中に不安の闇を広げていく。

 だが……オリガの事を思うと、カーシャに選択肢は無かった。

「……わかった。どうなるかわからないけれど、アタシもオリガと一緒に連れて行って欲しい……」

 柏手を打って、一二三は背後のウーラルに向き直った。

「決まりだ!」


 一二三には全くもってどういう仕組みかはわからなかったが、オリガとカーシャの肩の後ろにある刺青に、一二三の血を触れさせて契約が完了した。

 金額は二人合わせて金貨600枚。

 即金で支払った事もウーラルやオリガたちを驚かせたが、珍しい闇魔法の使い手だという事も驚愕の対象だった。

「なんとも不思議な方ですね。お召し物からどこか遠い所からのご来訪だとは思いましたが……」

 初めは一二三を見定めようとしていたウーラルだが、今ではすっかり上客としてもてなしていた。応接室では良い香りの茶に添えて、焼き菓子まで用意されていた。

 ソファに座る一二三の後ろには、手枷を外されたオリガとカーシャが立っていた。着ているものは貫頭衣のままだが。

「良い商いをさせていただきました。また奴隷がご入用でしたら、ぜひ当店をご利用ください。ご希望にお答えできる商品を揃えておきますので」

「ああ、俺も良い買い物ができたよ」

 手をつけずにいた焼き菓子を白い布に包んで手渡され、一二三は奴隷二人を連れて店を出た。


 街の喧騒に迎えられ、太陽を見上げて時間は昼を少し過ぎたくらいかと一二三は思った。この世界でも、日の高さで朝昼夜と言うのなら。

「腹が減ったな」

 朝稽古中に飛ばされて、軽く屋台で食べたくらいだったので、ちゃんとした食事がしたかった。

「どこか適当な食事ができる店を知らないか?」

「それなら、少し行ったところにうまい店がある……あります」

 一二三の問いにカーシャが答えた。

「慣れないなら、無理に敬語で話す必要はないぞ」

 さっきとは違う、穏やかな笑みで一二三は言う。

 彼は傍若無人で自分勝手な基準で動く、はた迷惑な正確ではあるものの、自分の身内には優しい。敵になると人間扱いしなくなるが。

「じゃあ、そのオススメの店に行ってみるとしようか。ああ、それと……」

 続く一二三の言葉を、オリガもカーシャもすぐには理解できなかった。


「俺はこの国の王族に追われているから、一応そのつもりでな」

ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

本当は今回も人が死ぬ予定でしたが、基準ボリュームまで書いたところで入りませんでした。

次回は結構死にます。お楽しみに(?)

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