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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第四章 戦争に必要なものは、お金です
34/184

34.Highway Star 【数に暴力】

34話目です。

今回は8割が戦闘シーンになりました。

よろしくお願いします。

 泰然と立つ一二三は、道着に袴の姿で迫り来るヴィシーの兵士たちを待ち構えていた。

 脇道を封鎖したと言っても、街のメインの通りであるここは、道幅8メートルは楽にあり、たった一人が相手なら回り込むのも苦ではない。

 それでも一二三は、道の中央に立っている。

 視線は前方を見据えながらも誰かに注視する事なく、目の前の光景をただそのままに瞳に映している。

 幸せだと、一二三は感じていた。

 敵がこんなにも沢山いる。沢山殺す相手がいる。こんな光景、こんな幸福は、きっと日本にいたら一生経験することは無かっただろう。

 湧き上がる歓喜に、一二三は笑顔のまま振り上げた刀をひと振り、稲妻のような速さと木の葉のような軽さで斬りおろした。

「……え?」

 一番槍だと意気込んで飛びかかった兵士は、一瞬何が起きたかわからなかったが、その数瞬あとには血の海に沈むことになった。額から顔の前半分を断ち割られていたのだ。

 それからは、風切り音と悲鳴のくり返しだった。

 一人に対してほんの数センチずつ振るわれる切っ先は、的確に命を奪う。

 喉を割く。

 目を貫く。

 脇・腿など鎧が無いところから動脈を断つ。

 骨や鎧に刀が当たる音は一切しない。

 作業のようでありながら芸術のように、あらゆる角度で肉体を傷つけていく。

「回り込め! 包囲して攻撃しろ!」

 隊長からの苛立った声に、兵たちはまるで今気づいたかのように、一二三の両脇を抜けて背後から殺到する。

 それでも、一二三を傷つけること能わず。

 剣は空を切り、メイスが虚しく地を叩く。

「なんで避けられるんだ!」

「畜生、当たれよぉ!」

「あぁ、死にたくないぃ……」

「ち、血が止まらねぇ……」

 遮二無二斬りかかってくる者、死体となった者、間もなく死体になるものが、一二三を中心に道いっぱいに広がる。

 赤く染まった一帯は、見方によっては綺麗かもしれない。


「おい、矢を射掛けろ」

「は?」

「あの化物に向かって矢を撃てと言っている!」

 突然の指示がうまく飲み込めず副官が聞き返すと、隊長は激昂して怒鳴りつけた。

「しかし、今撃てば確実に味方に被害が出ます」

「構わん。あれをどうにかしないと損害は増えるばかりだ!」

「……わかりました」

 苛立つ隊長に短く返答した副官は、心の中で謝罪しながら近くの弓矢を持った兵士たちに指示を出した。

 放たれた矢がまばらなのは、彼らの心情ゆえだったかもしれない。

 その結果を見ることもなく、隊長はさらに残った兵たちへ命令を下す。

 周囲の脇道を塞いでいる構造物を破壊して、建物を迂回して敵後方からの攻撃をさらに厚くしようという狙いだ。

 早速100名ほどが構造物の撤去に取り掛かった。

「いくら強くてもこれだけの人数を全ては相手できまい」

 矢をさらに撃つように命じ、勝利を確信した隊長は鼻を鳴らす。


 最初に降りかかった矢の雨は、一二三の目にはっきりと見えていた。

「数が少ないな。それじゃ当たらん」

 一歩だけ移動した一二三の両脇をかすめるように矢が過ぎて、それで終わりだった。

 周囲では数人のヴィシー兵が矢を受けて悶絶している。

 動けそうな奴には止めをさし、致命傷を受けたと見える奴は放っておく。

 肩に矢を受けて転倒した男の首を斬って殺したとき、隊長らしい馬上の男の周辺で、ヴィシー兵たちが脇道の封鎖を解こうとし始めるのが一二三に見えた。

「ようやく始めたか」

 それからしばらく、相変わらず数に物を言わせて押し寄せるヴィシー兵を次々に沈め、数箇所の封鎖を破り、敵兵が100名ほど脇道へ入ったのを確認したところで、一二三はニヤリと笑った。

「ここからが本気の殺し合いだぞ? 気合入れてかかってこいよ!」

 一閃。

 周りを囲んでいた兵を5名まとめて斬殺した一二三の姿に、さすがのヴィシー兵も足が止まった。

 返り血を浴びた彼は、同じく血濡れの刀を数枚まとめた懐紙で拭うと、撒き散らした懐紙が降る中でゆっくりと納刀した。

「まずは、ちょいと掃除をしよう」

 一二三を中心に道と同じ幅まで一気に闇が地面を覆う。一二三の闇魔法による収納だ。

 突然、詠唱もなく発動した魔法に怯えるヴィシー兵たちだが、収納魔法は生き物は入れられない。

 闇の中央には一二三が立ったまま、周りに倒れていた多くの死体が消えた。

 まるで戦闘など無かったかのようにすっきりとしている。

「さて、今から俺はお前たちの大将首を取りに行く。頑張って止めて見せろよ?」

 いつの間にか、一二三の腰からは刀が消え、代わりに130cm程の金属棒が握られている。

「新調した得物を初めて実戦で使うんだ。楽に死ねなくても恨むなよ?」

 楽でも楽でなくても殺されたら恨むだろうと、こんな場面で思った者が数人いたかもしれないが、一二三が振るう棒で顔面や頭を潰され、先ほどと同様に次々と死んでいく。

 さっきと違うのは、一二三がヴィシー兵を殺しながらどんどんと進んで行っている事だ。

「そらそら、もっとしっかり壁を作れ。剣をしっかり支えろ……お?」

 矢の雨が再び一二三を襲う。

 素早く棒を持ち直した一二三が握りをひねると、分銅がついた鎖が棒の中からじゃラリと伸びてきた。

 味方もろとも襲う矢は、先ほどよりもずっと多い。

 鎖を振り回して矢を払い、グングンと隊長に向かって迫る一二三の耳に、少し離れた場所から悲鳴が聞こえた。


 封鎖に使われていた木材は、簡単に固定されただけのものだったので、数人で蹴り飛ばせば、すぐに跨げる程度の高さまで崩すことができた。

 数箇所に別れた兵たちは、次々に路地へ侵入していく。

 最初にそれに引っかかったのは、これが初めての戦争だった若者だった。

 駆け出そうとした足は、地面に立つことなく埋もれ、中に仕込まれた鋭利な鉄くずや木の杭でずたずたに裂かれた。

 悲鳴を上げることもできずに倒れた若者は、さらに全身に傷が付き、後続が上に倒れ込んできたことで体中を穴だらけにして死んだ。

 悲鳴を上げたのは、若者の上に折り重なった別の兵士だ。

 悪辣な罠は兵士が踏み込んだ全ての路地にあり、次々と傷ついて転げまわる男たちを増やしていった。

 しびれを切らして別の通りに踏み込んでも、さらに同様かもっと深い穴に落とし込まれていく。

 それだけならば十数名が死んだだけで済んだかもしれないが、一二三が罠を作らせたのは攻撃ではなく足止めのためだ。

 罠の内外で足が止まっている兵たちに、次々と飛来したのは木製の槍だった。

 山なりではなく直線で打ち出された槍は、的確に一人一人を貫いていく。

 一二三の領軍が、新開発の投槍器を使い、路地の奥、建物の影から顔を出しては射出し、射殺していく。

 まだ台数は多くないので、手の空いた者は弓矢でフォローしていく。

 狭い路地で動けないところを遠方から冷静に狙撃され、数箇所の路地でみるみるうちにヴィシー兵は数を減らしていく。

 あちこちから駆け寄ってくる伝令の言葉と、真正面から迫ってくる一二三の姿に、隊長は馬上で狼狽えるばかりだった。

 副官は上の判断を待たず、路地から兵を引かせ、正面の男に当たるように指示を出すが、各路地に向かってバラバラになりすぎた部隊は集結にいつまでかかるか予想もできない。

 そうこうしている間にも、棒と鎖を組み合わせた奇妙な武器を持った男が、次々と兵を殺害しながら距離を詰めてくる。

「このままでは……」

 副官は撤退するべきだと考え、隊長をチラリと見る。

 出世欲に駆られたこの男に、その判断ができるだろうか。敗走となれば栄達の道は閉ざされたも同然だろう。だが、このままでは死ぬ。命令違反となっても、ここで無理やりに引くべきではないか。副官は迷っていた。


 一二三が振り回している変わった武器は、契り木ちぎりきと呼ばれる日本の古流武術の一つで使われる杖の一種であった。本来は木製だが、一二三の叩きつける力に耐えられる木材が無かったため、鉄製に変更している。

 胸あたりまでの長さの杖を使うので、乳切り木とも書くこの武器は、棒の先に鎖をつけるか収納できるように仕込み、殴打の為の分銅などをつける、和製のチェインフレイルのような武器だ。

 癖の強い武器で、扱いが難しいためあまりメジャーではないが、杖術に鎖の柔軟性が合わさり、使いこなすことができれば変幻自在の攻撃ができる。

 棒の先で喉を潰された兵が倒れた所をさらに胸を踏まれて心臓が止まり、分銅で殴られた兵は顎が砕けて涙を流して膝をついたところでさらに頭を叩き割られた。

 ある意味では刃物よりも残酷な死に様を晒していく兵を踏み越え、一二三はさらに速度を上げて兵が集まる中に飛び込んでいく。

 虐殺は、まだ終わらない。


「隊長、ここは引きましょう」

「たった一人に……たった一人に負けたと言えるか!」

 兵を叱咤し、あの男を何としても討ち取れと喚く隊長を見て、副官はため息をついた。

 そっと隊長から距離を取った彼は、周辺の者に声をかけ、密かにローヌの街を出て行く。興奮している隊長は気づいていないが、一二三には30名程が退くのを見ていた。

 そこに隙ができる。

 突然手薄になった隊長周辺に、兵達の脇を抜けた一二三が滑り込んだ。

「なにぃっ!?」

 この期に及んで剣も抜いていなかった隊長は、まるで反応できない。今になって、自分の周りが閑散としている事に気づいたが、後の祭りだ。

「死ね」

 たった一言を叩きつけ、一二三は馬上の隊長の首に鎖を巻きつけて引きずり下ろした。

 路上に叩きつけられ土まみれになり、必死で抵抗しようとした時には、一二三の指が隊長の目に突っ込まれていた。

 一二三が腕を振ると、隊長の首は可笑しな向きに捻り折られた。

 あっという間に隊長が殺され、兵たちはすっかり戦意を失って、誰ともなく後退りを始めている。

「お前たちの大将は、死んだ」

 物言わぬ隊長の死体を放り捨てる。

「逃げるなら今のうちだぞ? 必死で逃げ帰って、この街で起きたことを言いふらすと良い。信じてもらえたらいいけどな」

 ニタリと笑う一二三の顔を見て、ヴィシー兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 武器は投げ捨てられ、戦友の死体も怪我をして動けない仲間も見捨てて。

 一二三は残された怪我人をゆっくりと殺して周り、領兵達には死体の片付けと罠の埋め戻しをさせる。

 フォカロルでの募兵に応じ、新しく領兵として入った連中は嘔吐したりふらついている者もいるが、初期から一二三と共に戦ってきた者たちは平然と片付けに勤しんでいる。今回も領主様のおかげで楽ができたと笑っている者すらいるようだ。

 オリガとアリッサが、兵達に指示を出してから一二三に向かって駆け寄ってくる。

 自分の姿を見て、水でも浴びるかと苦笑した一二三は、すうっと深呼吸をして、契り木を闇魔法の収納へ放り込んだ。

 血の匂い立ち込める大通りは、もうすぐ日暮れを迎える。


 一二三たちの領軍百名あまりが、数百の敵兵を撃退したという噂は、三日ほど後には王都でも間に広まり、あちこちの酒場では“細剣の騎士”様がまたやってくれたと大騒ぎだ。

 そんな喧騒を横目に、ギルドで報酬を受け取ったカーシャは一人、夜の道を歩いていた。

 納得して離れたつもりだったし、冒険者としての活動を再開したばかりとはいってもお金には充分すぎるほど余裕もある。人を殺すのはもう嫌になっていたし、奴隷じゃなくなった自由を満喫するため、美味しいと評判の店に行ってみたり、新しい剣を買ってみたりしていた。

 それでも、ふとした時に隣にオリガがいない事が寂しくて仕方なくなる。

 一二三の事は自分でも不思議な程思い出すことが少ないけれど、オリガの事を思い出す時には、最後には一二三が復讐のために人を殺すことを命じた時の顔だけは目に浮かぶ。

 宿の部屋に戻り、一二三から譲ってもらった明かりの魔法具を点ける。

 柔らかな明かりに照らされた狭い一人部屋で、ベッドに倒れこむと、寂しい気持ちは大きくなってくる。

「恋する乙女じゃないんだから……」

 自分に言い聞かせても、気持ちは落ち着かない。

 ひょっとして、自分の選択は間違っていて、あのままオリガや一二三と共にいるべきだったのだろうか。それとも、無理にでもオリガを連れてくるべきだったのかもしれない。

 頭の中をグルグルと回る後悔によく似た何かを持て余しているところで、ドアを叩く音が聞こえる。

「……誰だい?」

 立てかけていた剣を引き寄せ、短く問う。

 帰ってきたのは、聞いたことのある女の声だった。

「パジョーよ。ちょっと話があるんだけど」

「? どうしてここが?」

 ホッとして知り合いを招き入れたカーシャの質問に、パジョーは上品に笑う。

「それくらい、わたしたちが調べればすぐにわかるわ。これでもこの街を守る騎士隊なんだから」

「それはそれは、大したもんだね。で、アタシに何か用かい?」

 椅子もない部屋なので、ベッドに隣り合って座った二人は、目線を合わせることもなく話す。

「王城より、貴女に依頼があります」

「お城から? 復帰したての冒険者に何をやらせるつもりだい?」

 ギルドに依頼を出した方が、ずっとマシ・・なのが来るとカーシャは笑ったが、パジョーの顔は薄い笑みを崩さない。

「これは、貴女にしかできない事だから」

 一拍おいて、ゆっくり噛み締めるようにパジョーは言う。

「一二三さんの監視をお願いしたいの」

 カーシャは何も言えず、ただパジョーを見るしかできない。微笑みがあったはずの表情は真顔になり、まっすぐとカーシャを見据える薄い金色の目には、冷たい輝きが揺らめいていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

いくつも感想をいただいたり、ブックマークが150を超えたりと、嬉しい日々です。

また次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 領軍もだんだん壊れてカーシャも拗れていって良(笑)
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