31.This Love 【今は未だ受けられない気持ち】
31話目。少しだけ内政回です。
一二三さんはそういう知識はあんまり無いので、
大したことはできません。
王都より略式の叙爵が一二三の元へ届けられた。こんな簡単で良いのかと使者に聞くと、戦時中の様式であり、正式なものだと言う。戦地からわざわざ戻ってくる必要は無いだろうという配慮からの規定ではあるものの、実際にこの方法で陞爵したのは一二三が初めてらしい。
「まあ、今はパジョーが城へ向かっているから、同道させたくはないんだろうしな」
パジョーの思惑を何となくは想像できている一二三だが、これといって対応するつもりも無かった。オーソングランデそのものを敵だとは思っていないが、味方だとも考えていないので、どういう道を選んでも気にならない。
形はどうあれ、正式にフォカロルを中心とした子爵領の領主となった一二三は、フォカロルの旧領主館が今からの家となる。住むところにさほど頓着しないので、新たに雇い入れた侍女たちに清掃だけさせて、全ての部屋をそのまま利用する事にした。
部屋も使用人が使うような狭い一部屋で充分だと一二三は言ったが、領主がそれでは使用人が萎縮してしまうとサブナクに説得され、ハーゲンティが使っていた部屋を利用することになった。
ちなみに、オリガとアリッサも同じく領主館に部屋を貰って住むことになっていた。
二人には本来身内が使う部屋を与えられ、アリッサは急に豪華な部屋に住む事になり、しかも侍女たちが世話をしてくる環境になったことに戸惑っていた。
オリガはフォカロルに戻って来る頃から一二三に寄り添って秘書のような立場になっており、部屋も一二三の部屋の隣りを希望し、精力的に仕事をこなしていた。
遠征軍も一部は王都へ戻ったが、大部分の80人以上が残留した。
編成を戦時中のものから変更し、4グループに分けて領内の警備、フォカロルの治安維持、各種訓練、休息をローテーションで行うシンプルな形に変え、領内から新兵を募集することにした。
アリッサを軍のまとめ役、オリガを文官のまとめ役として雇用し、一二三の体制は一先ず形だけはできた格好だ。ちなみに、アリッサだけではまとめ役として不安だったので、文官奴隷から元王都文官のミュカレという女性を一人、補佐としてつけた。
ここまでの決定はフォカロルまでの移動中に決定、通知され、フォカロル到着後にすぐ実行された。
そして今、一二三の目の前では、机に座って懸命に四人の奴隷達がペーパーテストを受けていた。用意された課題をこなした結果を見るためだ。先にミュカレがアリッサ補佐として役割を確保したので、残り四人だけの試験となった。
自分の将来がかかっているだけに、全員必死だ。
「よし、時間だな。全員筆を置け」
ガリガリと書き込まれる音が止み、誰ともなく息を吐く音がする。
たった四人分だと、一二三はさっさと用紙を集めてぱっぱと採点していく。
「よし、まあいいだろう。全員を俺の直属の文官として扱う」
回答を確認したテストを、デスクの上にポイッと置いてから、全員を見回して一二三は言った。
「良かった……」
一人の女性がつぶやいて、他の全員も安堵の表情を浮かべている。
「それじゃ、このままこの街の体制について説明する。大した規模の街じゃないから、簡単な組織しか作らないからな。お前たちとミュカレの5人を、オリガをトップとしたこの街の行政の中心とする。ミュカレは知っての通り軍へ出向とし、場合によっては行政との橋渡し役になってもらう。徴税及び予算編成と執行はカイムとブロクラ。戸籍の作成と管理はパリュ。商工業関連の行政指導はドゥエルガルだ。職員はどんどん雇っていくから、適当に振り分けてお前たちの部下にするからな」
「あの……戸籍とはなんでしょうか?」
奴隷達の中で一番若い女性、パリュが手を挙げた。
「ああ、そう言えば説明してなかったな」
一二三は、サブナクからこの世界の大まかな税制は聞いていた。農民からは村ごとに毎年収穫の半分程を徴収。商人は毎年一定額を扱う商品や商売の規模に応じて徴収。その他の一般人からは、毎年職員が街を回って人頭税を回収している。
漏れが多そうだと一二三は言ったが、計算ができる人間が少ないので、この程度が限界なのだとサブナクから言われていた。
「どこに誰が住んでいるかを調べて取りまとめた情報の事だ。確か番地とかの概念も無いようだから、まずはお前の下に一番多く人員を回すから、後で説明する内容に従って街の全ての家と土地に番号を付けて、そこに誰が住んでいてなんの仕事をしているかを調べろ。そしてそれをカイム達に渡せ。それが徴税のための基本情報となる」
出生や死亡も届出をさせ、行政サービスもその情報に基づいて行うと説明した。
パリュはわかったようなわからないような顔をしていたが、後で説明があると聞いて頷いた。
「おれは商工業の指導をという事でしたが、何をやらせればいいんで?」
次に質問したのはドゥエルガルで、髭面の中年男だ。
「大まかな業種ごとに組合を作らせる。そこを通じて各職人や店を取りまとめ、産業の状況や行政からの指示をする。職に溢れた奴も、そこを通じて人手が足りていない所へ送り込むようにすれば、効率的だろう」
「なるほど」
ドゥエルガルはあっさり納得したらしい。
「それと、数人のドワーフの奴隷も間もなくフォカロルへ到着する。いくらか作らせるものもあるから、中で売り物になるものは国から組合を通じて市場に流すから、それについても任せる」
「わかりやした」
さらに、徴税方法や税率など、戦争中から考えていた内容を全員に説明し、戸籍情報がまとまり次第、税制変更を行うことを告げた。
確認にはそれぞれ領主館内に私室と執務室を与えられ、専属の侍女もつく。まるで貴族のような待遇に戸惑う一同だったが、
「それだけキツい仕事だという意味だよ」
という一言に、怯える者とやる気を出すものと様々だった。
その日には街へ到着したドワーフ達に、街の工事と道具の作成を、図面を見せながら説明して任せたり、街の警備について詰所ではなくもっと少人数が詰める交番のような建物を新設することを指示したりと、一二三は精力的に街中を回っていた。
自分の足で街を歩き回る新しい領主に、初めは戸惑っていた街の住人たちも、顔を覚えて次第に挨拶をしてくるようになった。
正直面倒だと思っていた一二三だが、戦争のための金と物資を生みだしてくれる相手だと思うと、自然に手をあげて応じる位の事はするようになった。
「何か、少し雰囲気がお優しくなられましたね」
一二三のために紅茶を入れながら、オリガは微笑んだ。
気がつけば、仕事があるとき以外はオリガが横にいるなと、一二三は思った。
「そうか? まあ、領主になってから突っかかってくる奴もいないし、ヴィシーも動きがないしな。このままずっと平和ならイライラするだろうが、どうせもうすぐ大きな戦いになる。その準備だと思えば楽しくもなる」
しかし、数日の平和に飽きてきたのも事実だった。慣れない政治指導に時間を費やしているうちに、戦いの臭いが自分から消えて行くのを感じる。十数年、殺せずに悶々としていた地球にいた頃の気持ちが、また湧き上がってくる予感がする。
「その……アリッサから聞きました」
オリガの声で、思考に沈んでいた意識が戻った。
「何を?」
「一二三様が、ヴィシー中央委員会へベイレヴラを差し出すようにと記された書面をお送りになられたことです。ありがとうございます」
アリッサはオリガによく相談をしているらしいので、そこで聞いたのだろう。隠すつもりも無かったが。
「まだ何の結果も出ていないし、素直にヴィシーが動く保証はない。礼を言われるような事じゃない」
「結果ではなく、そうして頂いた事が嬉しいのです。それで、その……」
顔を真っ赤にして、オリガはもじもじと何かを伝えようとするが、中々言葉にできない。
こうして見ると、年相応な女の子だが、最近は何故かスレてしまってるよな、と自分のせいだとは微塵も考えていない一二三だった。
「そこから先の事は、まだ言わない方がいい」
「えっ?」
「俺だって男だ。お前の気持ちは嬉しい」
一二三はオリガを応接のソファへ促して、自分も正面に座った。
「でもな、奴隷だったお前を奴隷として俺は買った。復讐も満足に果たせていない。まあ、カーシャはあれで良かったらしいけどな。復讐のために俺の近くにいるからとは言わないが、何かの刷り込みのように俺が良く見えている部分はないか?」
「そ、そんな事はありません!」
オリガは、自分の気持ちが否定されたと感じて、涙が溢れた。
「落ち着け。俺もまだこの世界では落ち着いてそういう関係を持つ相手を欲しいと思えないというのもある。俺の都合だ。すまない」
頭を下げている一二三の姿を見て、オリガはすっと気持ちが落ち着いていった。
「そ、そんな、一二三様、私に頭を下げるなど、おやめください!」
「お前の事は嫌いじゃない。だが、それ以上今は考えられる状況じゃないんだ。そうだな……ヴィシーとの件が落ち着いたら、ゆっくり話す時間を作る。その時にオリガの気持ちが変わっていなければだけどな」
一二三は冗談めかした話し方だったが、オリガは真剣に受け止めた。
「分かりました。私の気持ちは変わりませんが、一二三様の傍にいるに相応しい女だと証明してみせます。ですから、私を見ていていただけますか?」
「……わかった」
一二三の返答に取り敢えず満足したのか、オリガは笑顔を取り戻して、仕事に戻ると言って一礼して退室した。
残された一二三は、刀を取り出して刀身を確認する。刃こぼれしないことは分かっていても、これは日課になっていた。
(恋人、結婚か。あっちでは考えなかった事だが、貴族になったからには、本で読んだような感じで、どこぞのお嬢さんが擦り寄ってきたりするんだろうか。よく聞く話だが、オリガでも誰が相手でも、結婚したら俺の性格は丸くなっていくのだろうか。人を殺すことをやめることができるだろうか?)
殺すこと殺される事よりも、自分が変質してしまうようで、それが怖かった。この世界へ来て、初めて怖いと思った。
まさか、最初の恐怖が女性関係だとは思わなかったと、一二三は自嘲した。
今の一二三に大切な物はない。国も街も、いつでも放り出す事ができるし、民衆を犠牲にする事も、状況次第では戸惑わずにやる。カーシャとの離別も、使える奴が減るとは思ったが心情的には何も思わなかった。パジョーやサブナクも、親しくはしても敵になれば問答無用で殺すつもりでいる。
(こんな奴の嫁になりたいと思う奴がいるかね……)
それとも、嫁ができればそれが大事な相手になるのだろうか。子供ができれば……。
「やめやめ。気が滅入るだけだな」
決まってもいないことに色々思い悩んでも仕方ないと、仕事の続きに没頭した。
どうやら、仕事が早いのはトルンだけではなくてドワーフ全般に言える事らしい。
一二三がウーラルから買い入れたドワーフの奴隷達は、フォカロル到着の初日から与えられた仕事を精力的にこなしていた。
領の専属制作班として、奴隷ドワーフのプルフラスをリーダーに、10人のドワーフがいくつかのグループに別れて作業に勤しんでいた。買い入れたドワーフは15人だが、残りは街の工事にあたっている。
作業場所は広々とした作業場跡を買い取って利用している。
訪れた一二三の姿をみて、プルフラスが駆け寄ってきた。
「おお、領主様か」
「作業は進んでいるようだな」
まだ作業開始から一日だというのに、すでにいくつかの作品が作業場の脇に並べられていた。
「いやいや、楽しい仕事を与えてもらったからな、頑張っておるよ。奴隷になっちまって、このまま鉱山で死ぬまで働くかと思っておったが、あれこれと見たこともない物を作れるとは、みんな領主様には感謝しておる。さあ、指示通りにできているか確認してくれ!」
プルフラスに誘導されて、作品を順番に確認していく。
一二三の指示によって作成されたのは、投石器と大型のボウガンのような武器で、矢の代わりにシンプルな木槍を射出するように作られている。短い期間で大量に作るなら、矢を作るよりもただ削って作るだけの槍が早いからだ。
さらに、普通自動車一台分程の大きさがあるトロッコだ。仕組みを説明するのは苦労したが、輸送手段を増やすことは産業の活性化に必須だと思って最優先で指示した。ハンドルを上下させて動かすシンプルな機構と、棒一本で制御できるブレーキが着いただけのものだ。
「武器はわかるが、この“とろっこ”とかいう台車はどうするんだ? 確かに重いものを載せても二人で簡単に動かせるが、図面通りに作ってみたら曲がる機能が無いんだが」
「専用のレールを引く。正確に言えば二本の棒を平行に敷いて、その上に載せる。棒がカーブすればそれに沿って曲がる」
「なるほど」
「動作試験は済んでるな? 職員を何人か応援にやるから、街中を一周するレールを二本敷設していってくれ」
街中の図面を渡した一二三は、道路部分に引かれたラインをなぞって見せた。
「二本いるのか?」
「逆回りがあれば便利だろう。安い移動手段として普及すれば、街中の流通や人の移動が活性化する」
「これはこれは、領民思いですな」
なるほどと大げさに頷くプルフラスに、一二三は爽やかに笑った。
「違うぞ、これからそのレールは街の外へ分岐する分も作ってもらう。国境方面にな」
「王都方面ではなく?」
「当たり前だ。これは戦争物資を素早く運ぶためのものだぞ? 人も物資も、手早く手配できるならそれだけ有利だろう」
朗らかに笑いながら物騒なことを話す若い領主に、プルフラスは息を飲んだ。
(これが噂の英雄“細剣の騎士”なのか?)
プルフラスには、英雄というよりはもっと恐ろしい何かに感じられた。
だが、自分の立場を思い直せば、ここで腕を見せる以外にはないと、一二三の指示を聞き逃すまいと気持ちを切り替えた。
この街が、いつか戦場になるだろうと予感しながら。
お読みいただきましてありがとうございます。
恋愛の書き方は難しいです。
次回もよろしくお願いいたします。