30.From The Inside 【去る者追わず】
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国境の体制作りは終わったが、新たな砦はオーソングランデ側にしかまだ兵が居ない。
ここまで、急速に侵攻した上、人の出入りをかなり厳しく制限したため、ヴィシー側が全くと言っていいほど対応できていなかったのだ。
今、新たな砦を通って、数人がオーソングランデからヴィシーへと出て行こうとしている。それを見ていた一二三にとって、その人数の少なさは意外なほどだった。
交通機関も発達しておらず、生まれついた稼業を継いで仕事をするという生き方がほとんどというこの世界では、暮らしている街や村から移動しようという考え自体が一般的ではないらしい。
家を継げない次男以下が職を求めて街へ出てきたり、ごく一部の裕福な人々が旅をするくらいだろう。戦争等で村や街が無くなれば別だろうが、今回はローヌの街が全滅していた以外は、一般の人々にはほとんど手を出していない。
「正直な話、街の人々も皆殺しにするのかと思ってたんだけどね」
カーシャは、輜重隊が用意した昼食を摂りながら一二三にそう言った。
「民衆は敵じゃない。殺戮に必要なのは多くの敵なんだぞ。こんな数十人とか精々百人ちょっとの兵を相手にしても面白くないし効率も悪い。民衆の働きで兵を強化して、まずはヴィシーの連中に危機感を与えることだ。そうすれば、兵をまとめて本気でかかってくるだろう」
「……そうなったら、負けちゃうんじゃないの?」
アリッサも一緒にいる。オリガとパジョーだけは、割り振られた仕事からまだ戻っていなかった。もっとも、オリガは昨日からカーシャを意図的に避けている。
「そうだな、負けるかもな」
「え……?」
あっさりと認めた一二三に、カーシャは食事の手が止まる。
「ここにいる兵は奇襲と潜入を一夜漬けで覚えさせただけだ。正規の軍隊とまともにカチあったら、数で負けていたら押し切られるだろうな」
「それじゃ、どうするのさ」
「まともにぶつからなければいい。こちらがコントロールできる状況を作り、殺したい分だけをしっかり分裂させて撃破できるようにする。別に相手が全軍集結するまで待ってる必要はないし、集まったとしてもまた散っていくようにすればいい」
それでも、俺より気の回るやつが向こうに居たなら、こっちが負けて終わりだけどな、と言ってから、一二三は残りの肉を口の中に次々と放り込んでいく。
「負けるかもって考えたらダメだって、兵士になる時に訓練で言われたけど……」
アリッサのつぶやきに、一二三はむっとして答えた。
「馬鹿言え。殺そうとするのに殺されないと思う方が問題だ」
「何人がかりでも問題にならないくらい強いくせに」
「百人くらいなら問題はないだろうな。だが俺も人間だ。休息は必要だし、何時間もずっと戦い続けることはできん。疲れて一撃でも避け損なったらそこで死ぬ。どれだけ強くても、これは変わらない真実だ」
だから、殺す事は生きることと同じ充実感があるんだと、一二三は言った。
カーシャは、一二三の言葉が何となく頭に残った。こんな化け物じみた強さがあっても、死ぬことを考えているのかと。
食後にアリッサを連れて国境付近の状況を確認している一二三が、不意に国境を出ようとしている三人組の男に声をかけた。
「おう、ちょっといいか?」
「こ、これは子爵様」
先頭を歩いていた筋肉質な体つきの男が、代表して一二三に応えた。
「ヴィシーの中央からの工作員だな?」
「いえ、私たちはただの商人でございまして……」
仕切りに汗を拭っている商人の手首を掴んだ一二三は、無理やり開かせた掌を指差して笑う。
「普通の商人はこんな手はしてないぞ。すぐバレる嘘はやめろ」
愛想笑いをしていた男は、直ぐに真顔に戻ると、改めて頭を下げた。
「さすがは遠征軍の将というべきでしょうか。感服いたしました。私は確かにヴィシー中央委員会から派遣された工作員でございます」
彼はオーソングランデ遠征軍に制圧されたアナラゼルという街に降り、制圧時にはたまたま代表館から離れていたために捕縛されなかったという。しばらくは旅の商人として振る舞い、他の商人に紛れて中央へ戻ろうとしたという。
「私の命運もどうやらここまでのようです。この二人は私の従者ですが、現地で雇った何も知らない者共です。どうか、彼らだけはお慈悲を……」
「どいつもこいつも、俺を殺人狂みたいに言いやがる。呼び止めたのは殺すためじゃない。中央に行くのに持って行って貰いたいものがあるだけだ」
「お持ちする物、ですか。中央の……委員会にお渡しすればよろしいので?」
一二三が取り出したものが書簡であるのを見てとった工作員は、すぐにそれがヴィシーの政府に対してのものであると気づいた。
「ああ、ここまでの状況を踏まえた上で、この書類への返答を……そうだな、二十日以内にここへ届けるように伝えてくれ」
中央まで馬車を使って7日程度らしいので、多少は考える時間を作った形だ。
「……かしこまりました。いずれにせよ中央へ報告せねばならぬ身ですので、問題ありません。」
「名は?」
「ヴィヌと申します」
「ではヴィヌ。重要な書類だから、間違っても魔物に食われたりしないようにな」
「承知いたしました。確かにお預かりします」
恭しく書類を受け取ったヴィヌは、丁寧な礼をしてから、再びヴィシー側へと向かっていった。
「一二三さん、あの書類は?」
黙って後ろで見ていたアリッサだが、内容には興味があるようだ。
「……そうだな。まあ別にいいか」
しばらく考えた一二三だが、ここで知られても影響は無いと判断した。
「オリガとカーシャがベイレヴラという男を探している事は知っているな? そいつは中央委員会の工作員らしいからな。ヴィシー中を探し回るよりも、中央側から突き出すようにと伝える手紙だ」
イメラリアの署名入りのな、と一二三は笑った。これでベイレヴラを今回の戦争の発端となった事件の犯人として突き出すなら別にそれでいいし、断るなら“やはり国ぐるみの犯行だった”と、ヴィシーへの攻撃・圧力を強めるだけだ。
「ベイレヴラを人身御供にオーソングランデとの講和を求めるか、実力で俺たちを跳ね除けるかの選択だな」
「それで、これからどうするの?」
返答は二十日以内という条件をつけているので、返答があるまで時間はある。一二三はその間に、自分の領地をしっかり見て回ることにした。
「そろそろオーソングランデから増援が来る。占領地はそいつらに任せて、俺はゆっくり子爵領を見てみるか」
「僕も?」
「好きにしろ」
翌日には、国境まで援軍が到着し、警備を強化しつつ順次ローヌの街を軍事的な基地へと作り替えていく作業が始まった。
遠征軍はここで一旦お役御免となり、そのまま一二三が担当する子爵領の領軍となることが決まっている。
引き継ぎを終えた一二三は、遠征軍全員を集め、子爵領の中心であるフォカロルまで移動する事を告げた。
「わたしは報告があるから、そのまま王都へ戻ります」
パジョーがそう申告するのに、一二三はそうだろうなと了承する。
それに続いて、カーシャがおずおずと進み出た。
「あの……良かったらアタシも王都に戻りたいんだけど……」
オリガはそれに何も言わないが、冷たい視線でカーシャを見ている。
「軍を抜けるということか? 復讐はもういいのか?」
一二三の問いに、ぐぐっと喉を鳴らして、カーシャは応えた。
「一二三さんやイメラリア様のおかげで、元の自由な身に戻れたし、実行犯だった兵は自分で殺したからね……というかアタシはね、もう充分に復讐に足る人数は殺したと思うんだ。正直、もう疲れちゃったから、気楽な冒険者に戻りたいのさ」
「お前がそう思うなら別にいい。フォカロルまで隊を連れて帰ったら、あとは好きにするといい」
そう言った一二三は、ふとオリガに視線を向けた。今までならオリガも同じ意見を言って、一緒に帰ると言うのかと考えたが、オリガは何も言わない。
「その、いいの? ずっと一緒にいたんでしょ?」
アリッサが突然の離脱宣言にオロオロしていた。
「別にそんな長い期間でも無かったからな。俺があいつらを買って利用して、それからは利害が一致したからついてきただけだろう」
自分で道を選んで行くのだから、特に気にすることもないという一二三の意見に、声を上げたのはオリガだった。
「私は、一二三様についていきます! この先どれほどの苦難があろうとも、一二三様に拾っていただいた命ですから。最期までお供いたします」
「……好きにすればいい」
「ええ、好きにやらせていただきます!」
カーシャ離反の反動かは分からないが、オリガの一二三への傾倒はより深刻になっていると、パジョーは見ていた。
(ひょっとすると、彼女の存在は危険かもしれないわね)
一二三への不利な情報を嗅ぎ分ける、彼にとっての第二の目となる可能性もある。あるいは、先にオリガの方に手を打たないといけないかもしれない。
そう考えるパジョーは、ふと一二三の視線が自分を向いているのに気づいた。
「……何か?」
「そうやって色々考えるのはいいが、深みにはまるなよ。考えすぎる奴ほど間抜けな失敗をする」
「な、なるほど。肝に銘じておくわね」
気づいているともいないとも取れる言葉に、パジョーは鼓動が早くなるのを抑えられなかった。
「多分、本国はぼくを使い潰す気なんですよ……」
数日かけてフォカロルへ戻って来た一二三を迎えたのは、幽鬼のように目がギラギラとして痩せこけたサブナクだった。
遠征軍への援助やパジョーからの報告の中継、フォカロルの領主代行と援軍の世話と、およそ騎士の仕事とは思えない者も含めて、全てがサブナクの肩にのしかかって来ていた。
「とにかく、一二三さんが戻って来られて良かった。これでぼくは王都へ戻れます」
一二三へ引渡し予定の元ハーゲンティ子爵の館、その応接室でニコリと笑ったサブナクは、うっすら涙を浮かべていた。ハーゲンティ子爵の時の使用人や文官はほとんどが処分されるか逃げてしまっており、生活するだけでも大変だったようだ。
「俺の文官奴隷は?」
「何ですかその呼び方……彼らも既にこの街に到着しています。領主館に詰めて、一二三さんからの課題を黙々とこなしていますよ。ちらっと見せてもらいましたが、ぼくにも理解できない範囲が多かったですけど」
あんなに勉強させる必要があるのですかとサブナクは問うが、あれでも基礎中の基礎だと、一二三は何でもないことのように答えた。
「文官奴隷に引き継ぎの準備はできているなら、パジョーやカーシャと一緒に王都に行くといい。他にも何人か、兵の中から帰りたがっている奴がいるから、連れて帰ってくれ」
「わかりました。そうします」
話しながら、一二三はサブナクから渡された書類を読んでいた。財務状況は綺麗に整理されており、代理である以上は大きな手を加える事を控えたようだが、急な為政者の変更にも関わらず、出入りする商人たちの選別など、必要なポイントはきちんとまとめてあった。
「騎士よりこういう街の運営が向いてるんじゃないか?」
「やめてくださいよ。ぼくは騎士なんですから。それに、王都へ戻ったらしばらくはゆっくり休ませてもらいますよ。こんな長期間出向すること自体、異例なんですから」
通常は緊急的に代理領主を置くことはあるが、直ぐに引き継ぎされるのが通常で、一二三のように遠征に出てしまってしばらく戻ってこないという事はイレギュラーと言えた。
「それなんだけどな。報告は聞いていると思うが……ヴィシー国内で一つの街が壊滅していた件は知っているな?」
「ええ、何でもこれまでの事件と同様の魔法具が使われた可能性があるとか」
「その件の調査な、あれお前が担当になるらしいぞ」
「うぇ?」
「援軍を連れてきた兵隊長が言ってたが、そういう魔法具関係の調査は騎士の仕事らしいな」
ニヤニヤと笑いながら紅茶を飲む。久しぶりにちゃんと侍女が入れた紅茶を飲むと、一二三でも落ち着く気分がする。
すっかりこっちの世界に染まってきたと、カップを置いてゆっくり息を吐いた。
「ぱ、パジョー先輩がいるじゃないですか!」
バラ色の休暇が遠く離れていくのに、サブナクは焦っていたが、一二三は天井を見上げて視線を合わせることも無かった。
「パジョーな……。あいつはあいつで、何やら王女のための用事で忙しいみたいだぞ」
天井には飾りを彫り込んだ木材が使われており、ドラゴンやフェニックスのような姿も見える。この世界には、そういう生き物も実在するのかもしれない。
「イメラリア様のために、ですか?」
そういう話は聞いてないと首をひねるサブナクに、一二三は呵呵と笑って立ち上がる。
「ああ、大きな仕事になるだろうな。それじゃ、奴隷たちに久しぶりに顔を見せに行ってくる。これからあいつらも忙しくなるからな」
「え? ええ、わかりました」
部屋を出ようとした一二三は、ふと立ち止まった。
「そういえば、オーソングランデの兵はどれくらいいるんだ?」
「兵力ですか? 王都にいる王族直轄で1万程度、諸侯の軍が合わせて3万程度ですかね」
「ふぅん」
「ああ、今はホーラント側に3000ほどが駐留している状況ですね。どうしてそんな事を?」
余裕がありませんから、領軍にもっと欲しいと言われても、すぐには補充するのは難しいですよ、とサブナクは釘を刺した。だが、一二三の狙いはそこではなかった。
「増やす必要はないぞ。手足は多すぎても絡まりやすくなって面倒なだけだ。“敵を知り、己を知れば、百戦危うからず”というからな」
「何ですか、それ?」
「……そのうちわかるだろう」
サブナクを振り返ることもせず、そのまま一二三は部屋を出ていった。
お読みいただきましてありがとうございます。
だんだん不穏な空気になってきました。
また次回もよろしくお願いします。




