3.Can’t Repeat 【罪と立場】
いつの間にかポイントが! ありがとうございます。
なんとか書けたので、3話目を投稿します。
お城で大暴れ編(仮)は、このお話で終了です。
少しの沈黙のあと、謁見の間は混乱の極みに陥った。
「なんだあの剣は! なぜ武器を持ったまま入室させた!」
「王の御前であるぞ!」
「近衛は何をしている! さっさと取り押さえろ!」
文官は後ずさり、待機していた騎士たちが素早く前に出る。
城内での基本装備なのだろう。召喚されたあの部屋にいた騎士たちと同様、全員が短槍を構えている。
「お待ちください!」
一二三をかばうように、イメラリアは小柄な身体を精一杯開いて叫んだ。
「勇者様も、どうかわたくしの話を聞いてください」
「……言ってみろ」
「ありがとうございます……」
自分の言葉が無視されなかったことに、イメラリアは少しだけ安堵した。だが、これからが問題なのだと、改めて気を引き締める。
「待て、イメラリアよ」
王の声に、イメラリアは自分の父の姿を仰ぎ見た。
ゆったりと玉座に収まってはいるが、表情には苛立ちが見える。
「まず、わしと話させろ。勇者よ、わしはウィリバルケン・ゴーデンハイム・オーソングランデだ。この国、オーソングランデの王である」
一二三は、目線をイメラリアから動かさない。
「ゆ、勇者様?」
「お前の話を聞くと言った。早く言え」
自分を完全に無視した言い草に、王は玉座のアームレストを殴りつけた。
「わしを無視するとは! 勇者とは言え許さんぞ! 近衛ども、こやつを取り押さえろ! 多少傷をつけてもかまわん!」
王の命令で左右と背後から四人が突きかかるが、ひと呼吸で全員が斬り伏せられた。
派手さは無いが、刀のひと振りひと振りが、無駄なく人を殺す。
その流麗さと残酷さに、謁見の間の誰もが息を飲んだ。
「勇者様」
「なんだ?」
「お名前を、お聞かせください」
「……ヒフミだ」
少しだけ考えて、一二三は名前のみを答えた。遠野の苗字は、あるいはもう捨ててしまってもいいかもしれない、と考えたのだ。神を殺し、世界を越えて、人を殺した。
もとより家族に未練はないが、自分は一人でやってきたのだという事を、あえて自らに言い聞かせたかったのかもしれない。
名を聞いて、イメラリアはまっすぐと一二三の目を見つめて言った。
「ヒフミ様、わたくしたちの勝手な都合で、この世界へお呼びしたこと。心より、お詫び申し上げます。大変、申し訳ありません」
深々と頭を下げたイメラリアに、周囲の人々はざわめいた。
一人の無礼な若者に、王族が頭を下げているのだ。異例を通り越して、身分が固定されて上下関係がはっきりとしているこの世界では、異常なことだった。
「この度の事、全ての罪はわたくしにあります。ヒフミ様のお怒りを鎮めるために、わたくしにできることならば何でもさせていただきます。……もし、わたくしの命をお望みであれば、この場で斬り捨てていただいても構いません」
イメラリアの青い瞳。その視線は、一二三から離れない。覚悟を示すように、じっと彼の言葉を待っているようだった。
だが、声を上げたのは王だ。
「馬鹿な! 何故そのような事になるのだ! この者は勇者ではないのか? イメラリア、説明しろ!」
王は怒りで声がうわずっている。
「何故王女たるお前が頭を下げねばならんのだ? 儀式に参列した騎士たちはどうした? いったい何がどうなっておる!」
「……ご説明しましょう」
イメラリアの口から、その場の者たちを驚愕させる事実が語られる。
国を救うべく呼び出した男に、既に騎士が何人も殺されている。
そして驚くべき事に、王の『罪』を糾弾、いや、罰を与えようと言うのだ。絶対君主たる王へ向かって、そのような事は許されるものではない。
少なくとも、この世界の人々の感覚では。
「ヒフミと言ったな。今ならまだ間に合う。わしに跪き、この王国へ尽くすことを誓うのだ。お前の能力ならば、高い地位も得られるであろう。この場での無礼も罪も、今ならば見逃さぬこともない」
人が殺されているのに、とんでもない発言であったが、文官たちの反応から、王の権力というのはそれほどのものなのだという事が伺える。
ありえない好条件だが、危険を感じた事による焦りと、大きな力が目の前にある事に欲が出たのだろう。王は自信たっぷりに、壇上から一二三を見下ろした。
ただ、目の前の異常な男に、それは悪手だった。
「くだらん」
吐き捨てた一二三は、さらに言葉を続けた。
「驚くべき阿呆だな。自分の娘が必死にお前をかばっているのがわからんのか? およそ権力者ほど救いがたいものはないと思っていたが、これは極めつけだな。許しを乞うべき立場は誰だ? 俺じゃないぞ、娘を使って自分の国、自分の栄達のために一人の人間の未来を奪おうとしたお前だ」
「ひ、ヒフミ様……」
イメラリアが想定していた、もっとも恐ろしい事態へと進みつつある。
だが、もう遅かった。
刀を構え直した一二三に、さらに数人の騎士が踊りかかったが、傷一つ付けることもできずに殺された。
すでにこの場に戦える者は片手ほどの数もいない。
文官は壁まで下がり、中には目の前の凶行に腰を抜かして座り込んでいる者もいる。王子や王妃と思われる二人も、青ざめて事態を見ていることしかできないようだ。
「で、ではどうするというのだ? どうしろというのだ? 今更お前を元の世界へ戻すことはできん。復活させることができたのは、召喚の儀式のみで、送還のやり方は失われてしまっている」
王の言葉に、一二三はイメラリアを見る。うつむく仕草で、帰すことができないのが事実だと示したイメラリアが、すがるような目を向けてくる。
「全てはわたくしが悪いのです。ですから……」
「親が素直に謝罪をするなら、まあ金銭で納得しよう。もちろん、お前たちの希望は聞かない。部下になるなど以ての外だ」
「お金ですか……」
王女は自分の財産は持っていない。自分の財布で何かを買うということがまずないからだ。
「もちろん、支払うのはこの国だ」
「な、何故……」
「犯人は王だろう。王の責任は国の責任だ。そうだな……」
一二三は、本心ではそこまで金が欲しいわけでもなかった。この世界で生きていくのに、当座の資金が欲しいと思った程度だ。ただ、王の態度はいただけなかったし、この後の反応を見たいと思って金額を指定した。
「この国の金庫から3割をもらおう。ああ、もちろん公式に謝罪をしてもらうぞ。国民に王が何をしでかして、結果として何を失ったかをしっかりと周知してもらおう」
「それは……」
イメラリアにはわかってしまう。この条件を父は飲めない。
膨大な金額になる金銭はもちろん問題だが、王の失態を公表するという事は、父の性格からも、王族の威厳からも絶対にできない事だ。退位の理由として十分な理由になるからだ。
「ふぅ……お前は馬鹿か。そんな理由が飲めるわけなかろうが。交渉をしたいならもう少し現実を見て物事を語らぬか」
王は一二三の話を聞いて鼻で笑った。
この期に及んで、まだ自分が優位であると示す事を諦めていない。
「では数年は食うに困らぬ程度の金をくれてやろう。多少は腕が立つようだが、狂犬は要らぬ。金をやるからすぐに城から出て行くが良い」
威厳を示すように、まるで余裕があるかのように語る王に、家臣たちは多少は落ち着きが取り戻せたように見えた。王は不可侵かつ誰よりも上位であるという共通認識を確かめるように、お互いの顔を見合わせる。
「最期まで、なんにもわからないか。哀れな奴だな」
ため息混じりに呟いた一二三の言葉を、何人が聞き取れただろうか?
イメラリアには聞こえたが、その意味を理解する前に、次の光景が目に飛び込んできた。
「死ね」
足音を殺した見たこともない歩法で、一二三は一気に王へ迫る。
草を刈るような音を立てて、王の首は断ち切られた。
「ひぃっ……」
となりに座る王妃の膝の上に首が転げ落ち、王妃は恐怖に意識を失ってしまった。
王子も驚愕に同様に気絶してしまう。
「な、なんてこと……」
「言っただろう。子の責任は親が取る。今回の場合は親が首謀者だったからな。しかも示談の条件を出したのに、まだ自分の責任に気づいていなかったからな。死んで当然だ」
懐紙で刃を拭い、納しながら一二三が言う。その表情には悪意の欠片もない。
「残念だったな。お前が思うよりもずっと、お前の父親は馬鹿だった」
「わ、わたくしが責任を……」
うわごとのようにつぶやくイメラリアに、一二三は言葉を続ける。
「お前は反省した。それに父親の言う事に従ってやったことだろう? 後は勝手に賠償金をもらっていくからな。それで手打ちだ」
もはや家臣たちには言葉もない。
恐怖と混乱で、誰ひとり動くことができなくなっていた。
ただ一人、その中でも年若い青年騎士が、泣き崩れた王女を見て我に返ったらしい。
「こ、このまま帰れると思うな!」
彼だけは何か特別な立場だったのだろうか。一人だけ槍ではなく剣を抜き、一二三へと迫る。
「遅い」
刀を抜く必要もないと判断した一二三は、入身と呼ばれる動きで騎士の横を通り過ぎながら、相手の顎をすくい上げ、そのまま石造りの床に叩きつけた。
新たな血が、床に広がる。
謁見の間は、中央の通路だけはカーペットが敷かれていたが、若い騎士は運が悪かった。
「見ろ」
イメラリアは、一二三に言われて怖々と目線を上げた。
そこにあるのは、ほんの少し前とはまるで違う、地獄のような光景だった。
数人の騎士の死体、壇上には気を失った母と弟。
そして……。
「これがお前の父親が選択した事の結果だ。全ては自分に従うものだと信じて疑わなかった愚か者と……」
一二三は、イメラリアを見る。
「少しは反省しようとしたお前の違いだ」
全くもって身勝手すぎる一二三の言い分だが、誰にも何も言えない。
形だけ言えば、一生を左右する被害を受けた者が、その首謀者に復讐しただけなのだ。王国の法では、誘拐犯を殺して逃れることは当然の権利だが一二三は知らない。
状況によって私的に犯罪者を誅する事はよくあるが、討たれたのが王であるなど、異常すぎる事態である。
座り込んでしまったイメラリアは、頭の中が整理できていない。目の前の光景をきちんと把握できているかも怪しいが、確かに視線は状況を見つめていた。
「さて」
さっと周りを見渡した一二三が、一人の男性の前に進む。
「な、何を……」
恰幅の良い、50歳くらいの男だ。
玉座の近くに立っているから、この場の者の中でも地位が高いのだろう。
「お前は?」
「……この国の宰相を勤めている、アドル・フィオル・ヴィンジャーだ」
震える膝を必死に抑えながら答える姿を、一二三は無表情に見据えた。
「怯えなくていい。俺に害を与えなければ何もしない。それより、この城の金庫へ案内してくれ。今すぐに」
疑問の表情を浮かべるアドルに、一二三は軽い調子で言い放った。
「賠償金をもらっていく」
城の金庫までアドルに先導させ、警備の兵もアドルが声をかけて中に入った。
多くの金貨・銀貨が箱に入って積み上げられた部屋に入ると、さっさと闇魔法で半分を収納してしまった。
三割の約束だったはずだと、アドルに抗議の視線を向けられたが、
「約束はあちらが断っただろうが。命は失ったが、そんなものに価値はないからな」
と、さらりと言い放った。
すっかり風通しが良くなった金庫を前に、もはや観念して、今後の国政について頭を抱えるアドルを置いて、出口と思しき方向へ歩いていた一二三の前に、先程まで謁見の間で泣いていたはずのイメラリアが現れた。
「ヒフミ様、お待ちください」
「何だ? 俺の用は終わったぞ」
「まずは、この度のお詫びを……」
深々と頭を下げるイメラリアに、不審な目を向ける。
ついさっき、自分の父親を殺した男が相手なのだ。論理のロジックはさておき、感情的にはとても許せるものではないだろう。
「わたくしは、この度の事で自分の浅はかさを知りました。もう引き返すことは叶いませんが、わたくしは、自分の行動の結果を考えることなく、言われるがままに生きていた事に、今更気がつきました。そして……」
顔を上げたイメラリアの表情は、表情を隠し、冷徹に事を進める為政者のそれになっていた。
「我が国オーソングランデは、貴方を許しません。わたくしは、これから母や弟を支えてこの国を強くしていきます。そしていつか、他力本願ではない自分たちの国の力で、貴方に復讐いたします」
「ふふっ」
耐え切れず、一二三が吹き出した。
「何なら、今からやりあってもいいぞ?」
「いえ、今の我が国の兵力では、貴方に歯が立ちませんでしょう。そのくらいの事は、わたくしにもわかります。わたくしは、わたくしの責任で貴方とことを構えるだけの人間になり、それから貴方に復讐をします」
「そうか。では、その時を楽しみにしておこう。……いい顔をするようになったな」
「ありがとうございます。では、一刻も早くここからご退去くださいませ。出口はあちらですわ」
示された方向へ、一二三が歩き出す。
背後から騎士が近づこうとするのを、イメラリアは手を挙げて制した。無駄な事だとわかっているのだ。
「……第三騎士隊で彼がこの国を出るまで監視しなさい。逐一わたくしへ報告を入れること。ただし、彼へ対する一切の攻撃、敵対行為は禁止します。国外に出てからは、その国にいる潜伏隊に引き継ぎをするのです」
「かしこまりました」
攻撃を静止された騎士は、イメラリアの指令を受けて離れていった。
「お父様、仇を打てない弱いわたくしをお許し下さい。いつか、いつの日か……」
城門を抜けて街へと消えていく一二三の背中を見ながら、枯れたと思っていた涙がまた、頬を伝うのを感じていた。
こうして、神を殺し、王を殺した男が、異世界へと解き放たれた。
2話目でも出ましたが、今後も割と具体的な『人の殺し方』が出てきます。
できるかどうかは別として、善人も悪人も真似しないでください。
次回もよろしくお願いいたします。