29.There She goes 【死骸地に繰り出そう】
29話目です。
入れるかどうかすごく迷ったエピソードですが、
ギリギリまで迷って入れました。
お楽しみいただければと思います。
一二三はアロセールと同様に、オーソングランデ国境に近い複数の街とそれに付随する村を順番に支配していった。
基本的に一二三がアロセールで行った事を、兵たちにやらせているだけである。少人数で潜入して代表を捕縛もしくは殺害して、戦力があると思しき箇所をピンポイントで制圧していく。ギルドだけは一二三が担当し、ギルド長に恭順を迫った。
多くのヴィシー兵と冒険者が殺され、一二三側も抵抗されて数人の死者が出ていたが、損害の差は圧倒的だ。全ての侵略は多くの民衆が気づかないうちに行われ、気がついたら支配者の名義のみが変更されていった。
反抗する者以外は生かしたまま、行政機関としてはトップが一二三になったと広めさせるだけで、特に手はつけなかった。完成している行政体制を変更するには、時間が足りない。
中央からの工作員や連絡員は、見つけた分は軟禁しているが、一二三は特に対策は打たなかった。彼らには、時期が来れば中央に支配地域の状況を伝えてもらう役目がある。
そうこうしているうちに3つの都市国家と、その周辺にある10の村を支配下に置いた。
各都市では、反抗する者を一通り殺してからはで出入りを制限するための最低限の兵力のみを残しており、村に至っては三人だけにした。
「そろそろだな。パジョー、手はず通りここを占領して新たな国境を設定する。直ぐに国から警備のための兵を送るように手配してくれ」
アロセール代表の館から奪った地図の一ヶ所に指を置く。
一二三が指定したのはローヌという名の小規模な街だが、街道沿いにヴィシーの主だった都市へ向かうには必ず経由する位置にあり、ここで差し止めができればヴィシーの5分の1程を削り取る形となる。
「わかりました」
パジョーは目的の街を目前とするここまで随行して来ていた。
支配領土だけ見ても、戦果としてはオーソングランデの歴史上類を見ないもので、街や村をほぼ無傷で手に入れているので、税収もさほど減らさずに回収できると思われる。
ただ、そのやり方は騎士を始めとする貴族たちには到底受け入れられないものだろうとパジョーは見ている。これが一二三で無ければ、すぐにでも遠征軍のトップは差し替えられていただろう。
「では、俺はローヌに“話をつけに”行ってくる」
馬に跨り、他の隊員たちを残して一人街道の向こうへ消えて行く一二三を見送りながら、パジョーはオーソングランデのこれからを考えていた。
(イメラリア様は他国を侵略することはお考えでは無かったはず。であれば、ここで一度ヴィシーとの話し合いに持ち込んで、オーソングランデへの謝罪という形で収束させるべきなのだけれど……)
一二三はここで立ち止まる事を納得するだろうか?
誰かの意見を聞いて考えを変える事などあるのだろうか?
……果たして、ヴィシーだけが被害者で終わるのだろうか?
パジョーは遠征軍の隊員たちを見た。
彼らは一様に疲れを見せていた。今まで経験の無い、静かな侵略と一方的な殺害。遠征による肉体的な消耗もあるだろうが、抵抗できない相手を多く含む殺人の繰り返しは、確実に兵たちを消耗させていた。
夜襲・奇襲に選択と集中。効率だけで言えば、一般人に被害を出さずに制圧できる方法。だがそれは、人を殺すための作業だ。このやり方がオーソングランデに浸透したとして、自分たち騎士や兵士はどうなってしまうのだろうか。
止めなければ、オーソングランデは内側から崩壊するかもしれない。
オリガは内心は分からないが、一二三に対して正面から意見する事は無い。アリッサも同様で、わからないから従うというスタンスだ。
(もし、一二三さんを止める事を考えるなら……)
パジョーは、一番隊に制圧準備を指示しているカーシャを見た。この遠征中、一二三の従者の中で彼女だけは一二三のやり方に不安気な表情を見せたことが数回ある。
「ちょっと、いいかしら?」
手が空いたらしいカーシャに、パジョーがそっと声をかけた。
ローヌの街に近づきながら、一二三は眉をひそめていた。
風に乗って血の匂いが漂ってくる。街の出入り口も見えはじめているが、人の気配がほとんどしない。
「どういうことだ……?」
馬の速度を早めながら、一二三は刀をしっかりと腰に固定して、いつでも抜けるようにと軽く左手を鞘に添えておく。
グングンと近づいていくうちに、街の入口に異様な土壁がそびえ立っているのが見えた。
注意深く傍に行って確認すると、岩のように締固められた土の壁が、街の入口をしっかりと塞いでいる。人の気配がしないことを確認して、一二三は一太刀で壁を破壊した。
解放された門から、むわっとむせる様な血の匂いと腐臭がする。
「全滅しているな」
街の中を見て回るが、あちこちに腐敗した死体が転がり、生きているものは犬や猫すら見当たらない。商店や宿、一般の家屋に至るまで、血と死体のオブジェがある。
一二三が違和感を感じたのは、ほとんどの死体が死後数時間から一日程度と思われるのに対し、所々にある一部の死体だけは酷く腐乱している事だった。
「病気……ではなさそうだな」
まだ腐っていない死体をいくつか見てみたが、全て撲殺か首などに傷を負っての失血死のようだった。だが、それらの死体にも疑問がある。一二三は死体の指や爪が綺麗な事が不思議に思えた。明らかに“殺された”はずなのに、抵抗した様子も無く、死に顔も恐怖や痛みに歪んでいるどころか、全くの無表情だったのだ。
腐乱死体は死因がわからなかったが、喉を抑えたり胸部を引っ掻いた形のまま硬直しているものが多かったので、何かの原因んで呼吸ができなくなって息絶えたのだろう。
一二三は徐ろに刀を抜いて、腐乱死体の腹を裂いた。体内のガスは抜けており、グチャリと音を立てて内蔵が流れ出る。
「内蔵も酷く腐っているが、胃の中の物は腐っていないな」
腐乱死体も、死んだのは他の住人たちと同じくらいの時間で、何かの理由で早い段階で腐敗していったのだろうと一二三は推測したが、裂けた服からチラリと見えるものに気づいた。
「これは、あのゴリラみたいな奴が付けられてた魔法具だな」
とすると、またホーラントの奴かその指示を受けた者の仕業だろうか?
「……とりあえずは片付けないと街が使えないな」
これ以上は判断できないとため息をついて、一二三は再び遠征軍が待機している場所へと戻っていった。
最初に死屍累々の街を見た遠征軍は絶句し、ここまでやるかという目線が一二三に集中したが、「こんな短時間でこんなに殺せるか」というちょっとずれた文句を言われた。
病気の発生を避けるため、死体は焼却処分するように指示を出し、骨は適当に穴を掘って埋めてしまう事にした。
「一体これはどういう状況なのでしょうか?」
一二三について回っていたオリガが疑問を口にする。
「わからん。状況だけで言えば、腐った方の奴らは身体を強化する例の魔法具を付けていた。付けられたのかもしれんがな。他の連中は表情が抜けていたから、アロセールの兵士連中が使っていた魔法具と同じような物を使われたようだな。抵抗もしない程だから、もっと強烈なやつだろう」
そこまで話してから、一二三は身体強化の魔法具は何度か目にしたが、アロセールの兵が使ったという魔法具は見ていない事に気づいた。
少し離れてついてきたパジョーに振り返る。
「パジョー。アロセールの兵は何かの魔法具を中央からの指示で使っていたはずだが、どういう魔法具かはわかるか?」
「いえ、特に共通して身につけている魔法具は無かったと思うけど……」
「だが、アロセールで聞いた時には魔法具だと……ん?」
「どうかされましたか?」
「妙な臭いがする」
一二三が向かったのは、近くにあった共同の井戸だった。一二三に続いてオリガたちも覗き込んで臭いを確かめると、僅かに目にしみるような酸い臭いがする。
桶を放り込んで水を組み上げると、水の色におかしな所は無いが、間違いなく水から臭いが広がっている。
「……飲み込む事で効果がでる魔法具とかはあるのか?」
「見たことは無いけれど、話には聞いたことがあるわね。でも、それがどうかしたの?」
「例えば、魔法具で作った成分が体内に広がって効果が出るものだと仮定して、その成分を水に溶かして飲ませたとしたら?」
「同じ効果が出るかどうかわかりませんが……」
「だから、実験したんじゃないのか?」
オリガもパジョーも黙りこんでしまった。
街一つを壊滅させてまでやることなのか、その狂った思考に一二三に対するものとは違った戦慄を覚える。
「多分、国境の兵を魔法具で強化した奴を使って潰した奴と同一だろうな。あちこちで実験をしながら移動をしているんだろう」
あるいはそれがベイレヴラなのかもしれないと一二三は思ったが、確証は無い。
「井戸を使わないように全員に通達。近くの川の水を三番隊の誰かに確認に行かせろ。パジョーは状況を国に報告しろ。隊の誰かを使ってもかまわんから、馬を走らせて伝えろ」
領地に戻ったら全員が腑抜けになっていたなんて、笑えないと一二三は嘆息した。
3日ほどレーヌに留まっている間に、着々と国境砦としての配置を整えていく。
ヴィシー側の出入り口を多少作り変え、街の内側にだけ兵の待機所を作成。国境警備の経験がある兵が数人いたので、彼らを中心に担当を割り振る事にした。
さらに、二番隊が簡易の塹壕をヴィシー側にのみ作成し、馬で街に近づくには中央のもんへ続く道か、大きく迂回しなければならないようにしている。
「そろそろだな。アリッサ、三番隊から制圧済みの街や村に伝達。国境の変更を完了したので、街の出入りの制限を解除すること」
「りょうかい!」
「パジョーは国からの駐留軍の受け入れ準備だな。家は大量に余っているから、宿をいくつか接収して使うといい。文句を言う奴はいないだろう」
「了解」
「二番隊で街の中の調査を続けろ。もし生き残りがいるなら取り敢えず捕獲しておけ」
「わかりました」
「一番隊は?」
「今のうちに国境警備に慣れておけ」
まとめて指示を出してしまうと、一二三は疲れたから寝ると言って、適当な宿に向かって行ってしまった。
「とりあえず、これで一段落かねぇ?」
カーシャは背中を伸ばしながら呟いた。
「そうね。でも、まだ私たちの目的は果たせてないでしょう?」
ベイレヴラを処分して初めて、自分たちの復讐は果たせるのだと、もう何度も二人で話した事をオリガは繰り返した。
「それなんだけどさ……」
カーシャは視線を合わせる事なく、人差し指で頬をかきながら小さな声で言う。
「奴隷からは解放されたし、このままだとベイレヴラにたどり着くまでにどれくらい人を殺さないといけないか判らないし……。ほら、アタシたちもそろそろ本業に戻ってもいいかなって思うんだけど……」
言っている間に、オリガの目がどんどん険しくなっていく。
「ぼ、僕は隊に合流するから!」
空気が重くなるのに耐え切れず、アリッサは逃げ出した。
パジョーもそうしたいのは山々だったが“狙った状況”である以上は、最後まで見届ける必要があると、二人の会話を聞いていた。
「カーシャ、あなたは多少は適当な所があるけれど、不義理はしないと思っていたのだけれど」
「ひ、一二三さんだって自由にして良いって言ってたじゃないか! それに、アタシたちは冒険者だから、本来は魔物が相手であって人を殺すのはやっぱり……何か違うと思うんだ」
「なら、あなただけ王都へ戻りなさい。私は一二三様について行きます」
「あ……」
結局、オリガは背を向けて足早に離れていった。
引きとめようと伸ばされたカーシャの右手は、空を泳ぐ。
「ごめんなさい。嫌な役をやらせてしまって……」
「いいよ。こんな所で兵士たちを指揮するなんて、アタシたちの柄じゃないんだから、そのうちオリガもわかってくれるよ。一二三さんには感謝してるけど、だからってこんな事は長く続かないと思うし……正直、オリガの為にも、ずっと傍に居ていい相手じゃないと解ってもらわないとね」
「ええ、わたしにも理解できるわ」
もし、一二三にパジョーの狙いが知られたらどうなるだろうか。あまり他人の事を気にしない人だから、仲間の離反にも何も言わないかもしれない。だがそれが、一二三にとって裏切りや敵対行動ととられたら?
自分は国に帰る事なく死ぬかもしれないが、それでも多少なりとも一二三の陣営を弱体化させなくてはいけないとパジョーは覚悟をしている。彼は英雄になった。オーソングランデに勝利と利益をもたらした。でもこれ以上はいらないのだ。
(為政者の勝手な都合だけれど、恨むならわたしだけにしてね)
宿舎として割り振られた建物へ向かいながら、パジョーは今回の事を王女へ報告しない事を決めた。
お読みいただきましてありがとうございます。
物語の着地点は決まっていますが、途中のプロットを変更中です。
毎日の更新は続けたいのでなんとか頑張ります。
まだ物語は続きますので、よろしくお願いします。