28.Young And The Hopeless 【正義と実力が同居するとは限らない】
28話目です。
女性が殺されるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
2箇所ある街の出入り口は、一二三の手勢によって封鎖されており、検査を受ければ入ることができるが、街から出ることは許していない。
封鎖は歩兵部隊である一番隊が担当し、工兵隊である二番隊が菱形格子状に伸縮可能な鉄格子を設置して、出入口を狭くする手伝いをしていた。
斥候隊である三番隊は兵士たちの詰所と代表の館から書類などの情報を回収したり、街の住人に紛れて情報収集を行っている。
「封鎖は問題ありません。何組かの旅人は引返しましたが、この街の住人や商人などは街へ入っております。特に怪しい者はおりませんでしたが、偽装して侵入した者がいないとも限りません」
一番隊の隊員からの報告を聞いた一二三は、そのまま交代で封鎖と検閲を続けるように指示を出し、数名の隊員と共に街中へと進んで行く。途中から、案内役としてアリッサも合流していた。
「どうして、入ることはできても出られないようにしたの?」
一二三の真横から、アリッサが質問してきた。
「物資の流入は極力止めたくない。この状況が広まれば民衆は多少の不便は我慢できるだろう。だが、食料や燃料が入ってこないとなると別だ。生きていけるかどうかの不安が溜まれば、いずれ民衆は暴徒になる。差し当たって生活に影響を与えないように、街へ入る予定だった物資は入れておきたい」
為政者の変更が一通り終わるまでの一時的な措置だから、出られない方は問題無いはずだと一二三は説明した。
「それに、他の街へアロセールの状況が伝わるのは遅いに越したことはない」
話しながらも、人が集まる中心街を足早に歩き、数箇所に張り出された広報を確認していた。一二三がアロセールの役人たちに指示した、オーソングランデへの恭順を住民たちに知らせるための物だ。
商店エリアの中央、大きな広場になっている場所では、字が読めない民衆のために口頭での発表がなされている。
職員が交代であたっているようで、今は応接室で一二三に命乞いをしていたあの女性職員が話していた。一段高い場所に立ち、感情を殺して淡々と説明している彼女の周辺には、街の住人たちが集まっていた。
「この街アロセールは、本日を持ってオーソングランデの一部となりました。一時的に街からの退去が制限されていますが、数日中には解除されます」
「この街は都市国家じゃなくなったのか?!」
「街の兵士たちはどこへ行ったんだ……?」
「なぜ戦争も無いのに代表は寝返ったんだ! これは裏切りだぞ!」
「これからどうなるのかな……」
不安や憤りを職員にぶつける人々は、未だ状況が掴めずにいるようだが、悪口や苦情を諌めたり弾圧したりすることはしないように一二三は指示していた。文句を言っても何もされず、特に生活に影響が出ないことがわかれば、為政者の切り替えも多少は楽になるだろうと思ったのだ。
集まって色々と話をしてる住民たちの横を一二三が通過する。
見慣れない装備の兵を連れて颯爽と歩く姿に、住民たちは彼がオーソングランデからの侵略者だと判断したものの、特に弾圧も暴行もされず、単に公共施設を出入りしているだけなので、遠巻きに観察するだけだった。
ここまでは、概ね狙い通りだと、一二三は判断した。
「あとは、残った戦力をどうするかだな」
「戦力? 兵士たちはもう居ないはずだけど……」
「他にもいるだろうが。そこに案内させるためにアリッサを呼んだんだ」
「どこ?」
「冒険者ギルドだ」
アロセールの冒険者ギルドは、商店エリアの外れにある。
ギルドは一種の独立機関ではあるものの、戦力となる人員が集まる性質上、国との連携はある程度保たれており、魔物の異常発生などで街が窮地に陥った際などは、協力する約束となっている。
戦争となると、兵士でもない冒険者たちを動員することは無いが、依頼として参戦する事を求められるので、冒険者たちの多くが活動拠点とする街への愛着を持っている。もちろん、完全な個人主義者で、国や街がどうなろうと気にしないタイプも多いのだが。
「ここの責任者に会いに来た」
カウンターにいたギルド職員の男に、一二三はオーソングランデ王都で作ったギルド登録証を見せて言った。
「オーソングランデで登録された、一二三さんですか……え?」
登録証を見た職員は、目の前の若者がこの街を落とした人物だと気づいたらしい。
「その……何の御用でしょうか?」
「このギルドが提携する国が変わるんだ。挨拶に来たんだよ」
「し、しかし……」
「ギルドが独自に俺と対立するという事なら、それでもいい。だが」
一二三が、連れてきた兵から受け取った包みをカウンターに置いた。話が聞こえたのか、ギルド内に居た冒険者たちは、状況を注視している。
その視線が荷物に集中したのを見計らって、一二三が包みを解いて中身が露わになる。
「ひぃっ……!」
職員の目の前に置かれたのは、この街の代表だったキュルソンの首だった。
苦悶の表情は何かを呪っているかのように見え、職員は声も出せないほどの恐怖で固まった。
「敵どうしになるというなら、どちらかがこうなるまでやりあう事になるが?」
「しょ、少々お待ちください!」
眼前に首を置かれて泡を吹いている職員に変わって、別の女性職員が慌てて一二三に声をかけて奥へ走っていった。
「おい、あれ……」
「街にあった張り紙、あれ本当だったのか」
「じゃあ、この街もオーソングランデになるのか?」
「戦争があったなんて聞いてないぞ!」
冒険者たちがざわめき始めたが、一二三を始め隊員たちは反応どころか目線も向けない。
実は、ギルドに入る前に、何があっても自分からは手を出さないようにと一二三から言いつけられている。冒険者たちを慮っての事ではなく、殺すなら一二三がやるからだ。
責任者を待っている間に、一二三はふと何かに気づいて、隊員たちに外に出て待っているように命じた。
「僕も?」
「ああ、狭いからな」
「狭いから?」
首をかしげながら、アリッサも指示通りギルドから出ていった。
そんなやり取りをしている間に、カウンターの奥から一人の老翁が進み出てきた。
「貴方がオーソングランデから来たという……むぅ」
カウンター上の首を見て、老翁は唸った。
「行政から連絡は来ておったが……本当にこうなっておったとは……」
「新しくアロセールを預かる一二三だ」
唸る老人に気遣うことなく、マイペースに声をかける一二三に顔をしかめたが、首を振って老翁は答えた。
「わしはレシという。このギルド支部の長じゃ」
レシと名乗った白いヒゲを蓄えた老翁は、魔法使いなのだろう、グレーのローブを着ており、手にした杖はシンプルながら握りは宝石がはめ込まれている。
「それで、この街のギルドとしては俺たちをどう迎えるつもり……どうやら、別の客が来たようだな」
「ぼくはこのギルドに所属する冒険者だ! 通してもらおう!」
ギルドの外から、若い男の声が聞こえる。
けたたましい音を立てて開かれたドアから、金属鎧を身につけた、長身の美男子が二人の美女を連れて入ってきた。ローブを来た女性は赤い髪に身長よりも長い杖を抱えている。もう一人の女性は長弓を背負った緑の髪のスレンダーな美人だ。
「レシさん! この状況は一体どういうことですか?!」
美男子は一二三を無視してレシに詰め寄ってくる。
「魔物狩りに出ている間に、街がオーソングランデの兵だらけじゃない。どういう事?」
ローブ姿の女性が美男子に続いてレシに言う。弓を持った女性は黙って見ていたが、カウンターの上の物に気づいて、顔を引きつらせた。
その様子に気づいた美男子がカウンターの首に気づいた。
「こ、これは! おのれオーソングランデめ! みんな、このまま敵にいいようにやられていいのか?! ぼくたちが帰ってきたからには、反撃をするんだ! あいつらをこの街から追い出そう!」
(なんか一人で熱くなってるな)
何やら演説を始めた美男子を冷ややかに見てから、一二三はギルド長のレシに話しかけた。
「あの熱血バカは?」
「このギルドでトップの冒険者、ケリコフじゃ。実力はあるんじゃが、少々冷静さにかける所があってのう」
「で、あいつはああ言っているが、あれがここのギルドの意思という事でいいのか?」
一二三がまっすぐ見据えるのに、レシは首を振った。
「いや、ワシを始め職員一同は一二三様へ従いますじゃ。冒険者はそれぞれがどうするか決めるじゃろう。できれば、寛大な処置をお願いしたいのじゃが……」
「無理だな」
即答され、レシは目を閉じて祈るようにうなだれた。
ケリコフの演説で、数名の冒険者は反撃に参加するつもりのようだ。彼ら同調者から一二三の事を聞いたらしいケリコフは、今度は一二三に詰め寄ってくる。
「キミがオーソングランデの代表という事だが……卑怯な方法で街を襲い、代表を殺害した事は許しがたい罪だ。直ぐにこの国から兵を引き、罪を償え」
真剣な顔で一二三に迫るケリコフを見て、一二三はレシの方を向いて訪ねた。
「こいつは本気で言ってるのか?」
レシはため息をついてケリコフをたしなめた。
「ケリコフよ。当ギルドとしてはオーソングランデ、というよりこの一二三様に従う事に決めたのじゃ。既に敗北しておるのじゃから、余計な騒ぎは起こさんでくれんか」
「何を馬鹿なことを!」
ケリコフはレシの言葉に激昂して叫んだ。
いちいちうるさい奴だと一二三はだんだん面倒になってきた。
「戦いの作法も弁えず、無法な行いをする彼らに屈するのですか! そんなこと、許されるはずが無いでしょう!」
「許すとか許さないとか、誰が決めるんだよ」
「もちろん、正義だ!」
一二三の質問に、ケリコフは自信満々に答えた。
「じゃあ、その正義は誰が決めるんだ?」
「正義の行いは誰が決めるとかじゃないだろう!」
「俺の正義とお前の正義は違うようだな。もう面倒くさくなってきた。この中で、爺さんの決定に従う者はそっちに寄れ。邪魔だから」
一二三が室内のカウンター側を指すと、半分ほどの冒険者がそこへ移動した。さっきからのケリコフの演説を冷めた目で見ていた者たちだ。
「お前たち、この街を思う気持ちはないのか?!」
「そういう一方的な押し付けが嫌なんじゃないか? というより、お前が嫌なんじゃないか?」
一二三のツッコミに、数人が思わず頷いている。
「ぐっ……。まあいい、正義を示せばぼくの言う事も伝わるはずだ! さあ、その腰に付けているのは剣だろう? さっさと抜いて……」
ケリコフが話終わるのを待たずに駆け出した一二三は、ケリコフの脇を通り抜けて、ローブの女に迫った。
「えっ?」
ケリコフの勝ちを疑わず、後ろで観戦する気だった女は、一二三に頭を掴まれ、勢いはそのままに石造りの壁に後頭部を強かに叩きつけられた。
ずるずると床に崩れ落ちた姿を見ると、頭部が潰れている。誰が見ても生きてはいない。
「ふ、フリアエ……」
死んだ女の名前を呟いたケリコフの前で、慌てて弓を手にしたもう一人の女も、抵抗する間もなく抜き打ちの一太刀で首を落とされた。
転がった首がケリコフの足に当たり、うつろな目がケリコフを見つめているのが見えた。
「き、貴様は……!」
怒りの言葉は最後まで続かない。
剣を握っていたはずの右手は手首から先がいつの間にか落とされている。
「うぇ……?」
血を流す手首を呆然と見ているケリコフの左目に刀が突き立った。
脳を壊されたケリコフは、物言わぬ死体となった。
一二三はそれには目もくれず、自分の刀をまじまじと見ている。
「ふむ……やはり普通の刀より大分頑丈だな。隙間を狙ったとは言え、金属鎧の部分を斬っても刃こぼれもしないか」
「あのケリコフが……」
抗戦側に立った冒険者たちは、すっかり萎縮してしまったが、一二三は許すつもりは無かった。このまま見逃しても余計な事をするだろうし、何より選択はすでに終わっているのだ。
刀の性能を確かめるように、残った冒険者たちも次々と斬り捨てていく。両腕を失って呻く者、腹を裂かれて血を吐く者、腰から両断された女や、何箇所も突きを入れられて血ダルマになった男もいる。
一人残らず殺した一二三は、死体に囲まれたまま懐紙で刃を拭うと、また刀を点検している。これほどの惨状を生み出した事に、何ら感情を動かしていない。
ギルド側で見ていた冒険者や職員の中には、気を失った者や吐いている者もいる。そして一人残らず、一二三という男に恐怖していた。
レシも例外ではなかった。
冒険者として長く活動していたレシだが、これだけ人を殺すことに特化した技を振るう相手は見たことがない。そして、これほど自然体で人を殺す者も。
「というわけで、不穏分子はいなくなった」
納刀した一二三がレシ達に振り返ったとき、その顔には笑みがあった。
「数日は街から出られないが、その後は普通に活動できるようにする予定だ」
「その、冒険者が報酬から支払う税などはどうなるんじゃ?」
「今まで通りでいい。単に為政者が変わっただけだからな。今まで通り街のために狩りに勤しんでくれ」
片付けはギルドでやってくれと言って、さっさと出て行く一二三の姿を見ながら、職員も冒険者も、ケリコフ達が死んだ理由がわからなくなっていた。
このまま一二三殿の支配が安定して住民に特に被害が無く、今まで通りの生活がもどれば、いよいよケリコフたちは街を守るために戦った勇者から、街の安定を乱した愚か者として扱われるようになるだろう。
「その事の方が残酷かもしれんのう……」
残った右目を見開いて死んでいるケリコフを見て、哀れに思う資格は自分には無いのだろうとレシは思った。
お読みいただきましてありがとうございます。
少しずつブクマやPVが増えて、ありがたい限りです。
また次回もよろしくお願いいたします。