27.This Is War 【寝こみを襲う(刃物付き)】
27話目です。
お楽しみいただければ幸いです。
フォカロルで物資の補充を兼ねて一夜を過ごす一二三たち遠征軍から、深夜のうちに20人程度のグループが密かに街を出て行く。
アリッサが率いる三番隊だ。
一部を国境への移動中における警戒任務の為に残し、先行する。
「で、夜のうちにぼんやりしている国境の連中を殺すわけだ」
何故か、軍を率いるはずの一二三が三番隊の先頭を走っている。
「普通は、お互いの数が揃ってから始まるものだと思うんだけど……」
一二三の真後ろをついてくるのはアリッサだ。さらに三列に並んで21人の三番隊隊員が続く。彼らを含め遠征軍の全員が、一二三の指示で三人組で行動するようにしている。
「普通とか言う考えを捨てろ。別に約束をした組手じゃないんだ。戦争は何をやってでも勝った方が正義で、負けた方は全てを失う事を忘れるな」
「ご、ごめん……」
音を押さえる為、全員が徒歩である。
一二三はこの世界で特注で作らせた草履のような物を履いており、他の全員は靴底に綿を仕込んで足音を押さえる工夫をしたブーツを履いている。
それでも、隊員たちの足音はそれなりに聞こえるが、一二三からはほとんど聞こえない。
「全員、聞け」
休憩を挟みながら歩き、明け方近くにはもう五分も走れば国境という所までたどり着いた。全員が肩で息をしているが、一二三だけは軽く呼吸を整えたあとは平然としている。
「これから、夜が明けるまでにヴィシー側の戦力を消す。敵に感づかれるより早く、確実に仕留める事。全員ナイフを抜け」
号令にためらいなく腰のナイフを抜く隊員たち。逆手に持ったナイフは特注品で、この世界では珍しい片刃になっている。もちろん、アリッサも同じものを抜いている。
「教えたとおりだ。相手の視界を読め。狙うのは喉だけだ。音を立てるな。声を上げさせるな」
指を立てながら話す一二三に、全員が無言で頷く。
「作戦は出発前に説明した通り、変更はない。行け」
隊員たちは明かりもつけないまま、三人ずつ順番に国境方面へと消えて行く。
「行くぞ」
全員を見届けた後、一二三はアリッサを連れて国境へ向かう。
他の隊員と違い、堂々と正面から。
国境の砦、その中を潜る通路のオーソングランデ側には二人の兵士が立っているのが、ゆらゆらと揺れる松明に照らされて見えた。戦争があるかもしれないという話がここまで届いているらしく、仕切りにヴィシー側を気にしながら、やや緊張しているようだ。
特に動きが無いあたり、先に行かせた隊員たちは、無事気づかれる事なく国境を越えたようだ。
「ご苦労」
そこに、不意に声をかけられたものだから同様するのも仕方がない。
彼らの目の前に明かりも持たずに現れたのは、アリッサを連れた一二三だ。
「こんな夜中に……?」
「まあ、事情があるからな」
言いながら、一二三は通行許可証を取り出して見せた。子爵扱いである事が明記された新しい書類だ。
「これは……! 失礼いたしました!」
背筋を伸ばして謝罪する兵に、一二三は軽く手を振って応える。
「気にしなくてい。所で、こちらは二人だけのようだが、あちらさんもそうかな?」
一二三が指を差して示したのは、砦の通路の向こう、ヴィシーの方だ。
「は? はい、夜間は両国ともに二人ずつが慣習となっていると聞いております」
基本的に夜間は閉鎖となっているので、人数は最小限にしてるらしい。
「そうか。アリッサ、二人共俺がやるぞ」
「わかった」
一二三たちの会話に訝しむ兵達を尻目に、どんどんとヴィシー側へ近づく。
いつの間にか、一二三の腰には刀が提げられていた。
「ん? こんな夜中に誰だ?」
と、ヴィシー側の兵が振り向いた時には、その首は胴から離れている。
「誰かと問われれば、今の俺は侵略者だな」
刀を振り抜く前に見つけていたもう一人も、何かしらの反応を見せる前に殺された。
背後の通路では、先ほど話した兵が驚愕の表情で見ていた。
振り返り、刀を納めながら一二三は笑った。
「今から戦争を開始する。国境を越えようとする奴全員に伝えろ。巻き込まれて死んでも知らんとな」
一二三がのんびりと国境を侵犯している間に、ヴィシー側の兵舎では一人ずつ静かに殺されていた。
建物周りを巡回していた三人の兵は真っ先に喉を裂かれて打ち捨てられ、残りの兵たちは眠りから覚めることなく死んだ。
夜が明けて、国境へと遠征軍本体が到着する頃には全て片付いており、国境の砦に背中を預けて一二三が待っていた。他の隊員たちは、豪胆にもヴィシー側の砦で仮眠を取っている。初めて夜襲を経験した彼らは一様に興奮しており、今後の作戦行動への影響を考えて、今は寝ていろと一二三が命じたのだ。
一二三の姿が見えると、オリガが馬車を降りて駆け寄ってきた。
「ご主人様! 遠征軍本隊は特に問題ありません!」
「わかった。では国境の向こう側、ヴィシーの兵舎を拠点として作戦行動の準備だ。昼を食ったら出るぞ」
「かしこまりました」
オリガは急いで隊員たちの元へ戻り、カーシャと共に指示を出して国境を越えていった。
「さて……俺も一眠りするか」
隊員たちだけではなく、一二三も内心興奮を覚えていた。だが、兵達と違うのは、さっきの殺人ではなく、これからの戦いに対してという部分だ。
思う様暴れるための準備はできている。簡単だが計画も立てた。相手が思い通りに動かなくても、それはそれで面白いと思うので、なるべく計画はシンプルにと考えている。
そんな事を考えていると、パジョーが近づいてくる。
「戦況を教えてもらえないかしら」
「国境に居たヴィシーの兵が何十人か死んだ。こっちは被害なし」
筆記具を手に尋ねてくる彼女に、一二三はさらりと答える。
「眠っている所を襲ったと聞いたのだけれど……」
「その為に夜襲を選んだんだ。当たり前だろう」
当然のことだと言い捨てた一二三に、パジョーはそれ以上何も言えなかった。おそらく、これから先、この戦争は自分の理解を越えた事がまだまだ起こるのだろう。いちいち反応していては疲れるだけだと、疲れるだけならまだしも、一つ間違えば自分は簡単に“処分”されてしまうだろう。
「……わかったわ。私も少し休ませてもらうわね」
国境近くの街、アロセールの最後の日は、一人の若い男が、街の代表の館を訪れた事から始まった。
「この街の今の代表はいるか?」
突然やってきて、いきなり代表を出せと言い出した男に、対応に出た女性の職員は怒りを覚えた。ただでさえ、オーソングランデから届いた恭順を迫る書類への対応のため、対策の検討と防衛の準備に大わらわなのだ。
「お約束はございますか?」
どうせ約束もなしに何か売りつけにでも来たのだろうと決めつけた職員は、不機嫌も顕に言う。
「約束か。数日前に手紙を送ったんだがな」
「お手紙、ですか?」
この世界、魔物や交通網の事情もあり、手紙を送るのはそれなりに裕福な人物だけだ。実は目の前の若い男はキチンとアポを取った客で、対応を誤ったかと不安になった職員だが、実際はそれどころではなかった。
「ああ、俺たちと仲間になるか、戦うかを手紙で送っておいたんだ。その返事を聞きに来た」
懐から取り出して見せた書類は、間違いなくオーソングランデで正式に発行された通行許可証で、目の前の男は子爵だという。
「しょ、少々お待ちくださいぃ!」
予想外にも程がある来客に、職員は上ずった声で叫びながら、代表の執務室へと駆け込んだ。
その報告を聞いた代表以下の職員たちは、全員が大慌てで出迎えの準備をした。どんな返答をするにしても、共も連れずに単身やってきた貴族に対して、敵意は無かろうと判断し、まずは丁寧な対応をしなければならないと代表が指示したのだ。
その間に、一二三が以前の代表オティスを誘拐した際に、情報を聞き出して首を絞めて気絶させられた線の細い職員が、一二三を遠目に確認して本人だと確認した。顔を見た瞬間に、一二三の視線が職員を向いて笑顔が向けられた事で、職員は震えが止まらなくなって医務室へと連れて行かれる羽目になったが。
とにもかくにも応接室へと一二三を招き入れ、対面へと座ったのは、オティスが居なくなってから直ぐに代表に就任したキュルソンという男だった。40代半ばという年齢であり、一つの商会を一代で大手の仲間入りをさせた叩き上げの商人でもある。
キュルソンの後ろには、最初に一二三の対応をした女性職員が立っている。どうやら、彼の秘書のような立場らしい。
「一二三様のお噂はかねがね……」
「回りくどい挨拶は要らない。まずは返事をもらおう。話はそれからだ」
まずは下手に出て挨拶から入ろうとした所を遮られ、キュルソンは鼻白らんだ。ヴィシーに貴族はいないが、オーソングランデを始めとした他国の貴族との商談は何度もこなしてきたが、こういう相手は居なかった。
一二三の若さから、キュルソンは結果を急ぐ経験の少ない貴族だと判断した。
「申し訳ありませんが、オーソングランデより届きました文書に関しては、まだ内容の精査中でございまして、返答はお待ちいただきたいのですが」
当たり障りの無い所で言葉を濁しておいて、一旦は帰らせようと返事をしたキュルソンを、一二三は鼻で笑った。
「フッ、ここの行政機関はずいぶんのんびりしているんだな。代表を連れ去られて、抵抗して滅ぼされるか併合されるかを問われているというのに、数日かけても対応が決まっていないとは」
「……その犯人に言われるとは思いませんでしたがね……。あのな小僧、貴族だから多少は下手に出てやろうと思ったが、こっちはお前を犯罪者として捕まえてもいいんだぞ? 多少の無礼は目を瞑ってやるから、今は帰れ」
一二三の対応に、キュルソンは目つきも口調も変わった。
「若いから結果を急ぐのはわかるが、国と国のやりとりに首を突っ込むのは10年早い。第一、オーソングランデからの文書は常軌を逸した脅迫文だ。国政に首を突っ込んで、たまたま多少の戦果という犯罪をやったガキがいたから、トチ狂ってこんな文書を出したんだろう? 政治を馬鹿にするといずれ痛い目を見るぞ」
「なるほど、つまりこちらの要求を呑む事はできない、と」
「当然だ。だがオーソングランデの兵力でヴィシーに攻め込むなど考えるなよ? 兵力的にも資金力を考えても、まともにぶつかり合ってオーソングランデが勝てるわけがないだろう。この街だけでもそうだ。充分に防衛ができる用意はあるからな」
どうやら、キュルソンはオティスが無能なだけだと判断し、一二三の実力に対してはさほど評価をしていないようだった。
そう考えた一二三は、ため息をつきながら背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
「よくよく考えて見ろ。俺は何故一人でここに来たと思う? 自分の力を過信した馬鹿だと思ったか? 攻撃される事は無いと高を括った阿呆だと?」
「……何を言っている?」
「国同士のやり取りを甘く見ているのはどっちだと言っているんだ。どいつもこいつも、何故相手が真正面から分かりやすく攻めてくると考えるんだ」
語りながら、薄笑いを浮かべていた一二三の顔が、次第に怒りに強ばっていく。
「キュルソンと言ったな。ここで自分が殺される可能性は考えていないのか? 例えば、密かに入り込んだ俺の手の者が各所の兵士詰所を襲撃している可能性は? 戦いになる前にお前の手駒が無くなっているとしたら、どうする?」
「ま、まさか……しかし、まだ返答はしていない!」
キュルソンは顔中を汗で濡らし、そわそわと腰が浮いている。
「その文書自体が、お前ら為政者を縛り付ける策だとは、最期まで気付けなかったか。信用は大切だが、そこまで行くと立派なお花畑だな」
立ち上がり、ごく自然な仕草で刀を抜いて、突き出した。
「! ……!?」
切っ先はキュルソンの肺を貫いた。痛みと呼吸不全で血反吐をまき散らしながら七転八倒する様を見て、呆然としていた女性職員は、尻餅をついて、訳も分からずただ泣いていた。
「お前たちの代表は、もうすぐ死ぬが、お前はどうする?」
「こ、殺さないでください……。お願いします……まだ死にたくない……」
床に這いつくばって命乞いをする職員に、気勢が削がれた一二三は、納刀してキュルソンの方を見たが、いつの間にか、事切れていた。目を見開いて苦悶に満ちた表情のまま死んでいる。
「戦いを選ばないなら、すぐに街全体に宣伝しろ。この街は今日からオーソングランデに編入されたと」
そこまで言った所で、三番隊の隊員が数名、応接室へなだれ込んできた。
「子爵、ご無事ですか?」
「当たり前だ。お前たちの方はどうなった?」
「全ての兵士詰所は問題なく処理が完了いたしました!」
一二三が会談を行っている間に、アリッサから聞き出していた兵士詰所に、密かに街へ侵入した三番隊が分散してあたり、ほぼ同時に強襲したのだ。数人が抵抗された際に軽い怪我を負った程度で、兵は全員殺害している。
未だ立ち上がれない女性職員は、信じられない内容を聞いたという顔だ。
「聞いたな」
「は、はい!」
「兵は使えなくなった。この館の職員だけで住民に伝達しろ。すぐにだ。文句がある奴はここに来るように言え。殺すから」
躊躇していたものの早く行けと一二三に言われて、這うように部屋を出て行く職員を、報告した兵は敵国ながら可哀想にと見ていた。
「一番隊、二番隊はどうしている?」
「予定通り、街の全ての出入り口を封鎖しております」
「よし、状況を見に行く。2組はここに残って、妙な動きをする奴がいたら殺せ」
「了解しました!」
残りの隊員を引き連れて、一二三は意気揚々と館を出ていった。
こうして、この世界で初めて行われた一方的な侵略によって、アロセールは小規模な都市国家としての歴史を終え、単なる一地方の街へと変わった。
この事実は、周辺の都市だけでなく、中央まで瞬く間に伝わった。そこで初めてヴィシーは気づかされた事になる。
オーソングランデは本気でヴィシーと戦う気なのだと。
お読みいただきましてありがとうございます。
戦争らしい戦争ではありませんでしたが、いかがでしたでしょうか?
次回もよろしくお願いいたします。