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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第三章 英雄は血を欲す
25/184

25.Take A Look Around 【与えられた領地・初仕事は戦争準備】

25話目です。

よろしくお願いいたします。

 ヴィシー中央委員会は、ヴィシーを代表する5つの大都市から選出された委員によって運営されており、ヴィシー国内では通称“中央”と略される。

 基本的に都市毎の自治を認めている体制上、そこで決められる事は大まかな指針程度であることがほとんどだが、こと軍事・防衛に関しては一定の強制権を持つことで、ともすれば分解しかねない都市集合国家たるヴィシーをまとめている。

 中央から各都市へは表向きには連絡員が派遣され、裏では工作員が出入りをする形で、表面的にも内部的にも、中央からの監視の目はある体制が完成している。そのため、自発的にヴィシーを離脱しようとする都市国家はこの50年以上存在しなかったのだが……。

「一体どういう事だ! 何が起きているというのだ!」

 中央委員会の会議場、質素ながら重厚な造りの室内で、でっぷりと太った男が声を荒げた。

「騒いでも始まらん。まずは情報を集めるべきだ」

「ですが、アロセールの代表は行方不明。派遣した調査員によると、兵のほとんどが殺されているそうです。情報がまとまるには時間がかかるでしょう」

「もたもたしている間に、オーソングランデの連中が何か仕掛けてくるかもしれませんわ」

「それは無かろう。戦争をする理由も無ければ、流通から見てもその準備をしているようには思えぬ」

 中央の委員たちはそれぞれに意見を交わしているが、“どうやらアロセールで多くの兵が殺されたらしい”程度しかわからない現状では、誰も決定的な事は言えなかった。

 本来なら、すぐにでもオーソングランデへ抗議なりするべきなのだろうが、限りなく怪しいと言っても、何ら証拠のあるものではない。

「失礼します!」

 一向にまとまりがつかない会議場へ、一通の書類を持った兵が駆け込んできた。

「なんだ? 今は会議中だぞ?」

「それが……オーソングランデより我が国へ抗議の書面が届きました」

「抗議だと!?」

 机を殴りつけるようにして立ち上がった男は、太い腹を揺らして兵に近づき、書面をひったくった。

「……こ、これは……」

 絶句している男から、女性の委員が書類を受け取ると、全員で書面を覗き込む。

「どれ……」

 オーソングランデからの書面には、ヴィシー中央委員会がホーラントから得た魔法具によって人心を惑わし、都市国家へその強権を持って指示を出し、無実の少女を殺害しようとし、さらにはオーソングランデ領内までその魔法具を利用した侵略行動を行った事への抗議と、その証拠となる書類と証言者を確保している旨が書かれていた。

 さらには、オーソングランデは今回のヴィシーの横暴を全てのヴィシーに属する都市国家へ喧伝し、一定の期間内にヴィシー中央委員会を支持するか、独立国家として都市連合から離脱もしくはオーソングランデへ帰属するかを問うものとし、ヴィシー側へ味方するのであれば、中央委員会もろとも正義の名の下に鉄槌を下すと書かれている。

「これは抗議どころか、宣戦布告じゃないか!」

「一体どうして……」

「呆けている場合じゃなかろう。すぐに各都市へ連絡を送り、オーソングランデからのふざけた書面に回答しないように通達するべきじゃ」

「た、確かに……君! すぐに各都市にいる全ての連絡員に通達を送り給え!」

「はっ! 了解いたしました!」

 書類を持ってきた兵は、直ぐに会議場を飛び出していった。

「これはヴィシー最大の危機だ。万一、離反を考える都市が出てきたら……」

「それは無いと思いますわ。私たちの都市の規模ならいざ知らず、他の都市は単独では国家としては成立しませんもの」

「それはそうか……兵力を考えても、ホーラント側や獣人族エリアに割く人員を考えれば、我が国にそれほど影響を与えるような真似はできんだろう」

 会議場に束の間の安堵が訪れたが、未だにオーソングランデへの対応は決まっていない。

 侃々諤々とはいえまとまらない会議は、ひとまず都市国家との連携の確認をするという、なんとも消極的な対応をすることで閉会となった。

 あるいはここで、オーソングランデに対して積極的に防衛する対応を取れば違う未来もあったかもしれないが、彼らは自分たちの国の結束は揺るがないという勝手な常識から離れる事は結局できなかった。


 一二三の登城から二日。一二三たちはまだ城内に留まっていた。

「連合国というか都市国家の集合体というのは、権利が分散して各地の安定的な統治がしやすいというのはある。うまく連携が取れれば特化した産業を育てて相互に経済発展ができる。だが、最終的に守らなければならない“国”という体制が都市ごとでしかない以上、何か不利益があれば簡単に離反するものさ」

 城内に用意された部屋で、朝からステーキをモリモリ食べながら一二三は言う。

 ヴィシーへの書面の仕掛け人はもちろん彼だ。

 同席しているのは、王女イメラリア、アリッサ。そして奴隷から解放されたオリガとカーシャだ。

 オリガたちは、奴隷から解放されても一二三の元を離れなかった。まだ復讐を果たしていないということで、一二三に専属で雇われた冒険者としてついて行くということになったのだ。オリガの強い希望とカーシャがそれに同調したことに対し、一二三は軽く「じゃあ雇うから。とりあえずはベイレヴラを捕まえるか殺すまでな」と軽く請け負った。

 アリッサは、子爵待遇となった一二三の従者として雇われる事になった。とにもかくにもこの国での身分を得た事で、少しホッとしていた。陞爵の儀式が終われば、オリガたちと共に領地へ向かう事になっている。

「しかし、一応の説明は受けましたけれど、本当にこれでよろしかったのでしょうか……」

 イメラリアは一二三と対照的に、不安を顔に浮かべ、湧かない食欲に手が止まっている。

 一二三が城へ戻って来たあの日、イメラリアは彼からの提案でヴィシーへの書面を作成し、鳥と早馬、そしてヴィシー駐在大使を通して中央委員会へ届けさせた。おそらく、今日明日頃にはヴィシー中央へ届いているだろう。この世界の伝達レベルでは最速だ。

 あの時一二三は、なるべく早く、ヴィシーの中央が動き出す前に、集めた書類を根拠にした抗議と場合によっては“都市毎に”状況を見て制裁を下すという書類を送るように言ったのだ。

「それで、しばらくは都市ごとにお互いの動きを監視し合って動くに動けなくなる。いつの間にか隣の都市が敵になっていましたなんて、笑えないからな。それに、書類を見る限りだと、中央とやらも大した兵力は持っていないな。およそその規模による経済力と裏から手を回す工作員連中の影響で国としてまとめているような状態だ。先にこちらがヴィシーを糾弾すれば、中央連中は国の取りまとめに必死にならざるを得んだろうよ」

 一二三の言葉に、イメラリアは反論できなかった。宰相と相談して、急ぎその手配はしたのだが、時間が経つと疑問が湧いてくる。あの時は急がなければという焦りがあったが、一段落してみると、これは宣戦布告に等しいものがあると思えてくる。

「少なくとも、強固な政治体制でも無ければ、誰か一人の支持が中心になるわけでもない合議制が中央委員会の形である以上は、どんなに早くても二週間くらいは動けないだろう」

 言いながら立ち上がった一二三に、オリガたちが追従しようとするが、軽く手で制した。

「どちらへ?」

「ちょいと城下へお買い物さ」

 顔を隠すために用意させたフード付きマント手に取り、一二三は軽やかな足取りで部屋を後にした。

「あの……」

 一二三が退出した後、アリッサが口を開いた。全員の視線が集まる。

「一二三さんって、ヴィシーを潰すみたいな過激な事を言われてましたけど、何だか書類を送ったりして相手を押さえるとか、穏便な流れだよね?」

「アリッサさん、貴族の従者となれば言葉遣いも直さないといけませんね」

「あぅ……」

 イメラリアにピシャリと指摘され、アリッサは萎縮してしまった。

「それはさておき、一二三様の行動についてですが、全く穏便ではありませんわ」

「どういう事でしょう?」

「おそらく一二三様は都市国家を分断して攻略していくおつもりです。その為に、今は動けないヴィシー側から、ホーラント側に兵力を集中して国境を固めるように一二三様から提案がございました。自分の方は領軍として100人だけ兵力を分けて欲しいと要請も受けております」

 どうやら、イメラリアと一二三の間で話し合いがあったらしい。

「アタシが言うのもなんだけど、よく王女様はヴィシーとの対立を認めましたね」

「……ヴィシーを潰さないと、この国の方が潰れます。一二三様が国内で暴れて崩壊するか、ヴィシーからの流通が完全に止まって枯死するか……」

 実際は選択肢なんて無かったのだと、イメラリアはため息をついた。


「おう、誰かと思ったら子爵様じゃねぇか」

 一二三が足を運んだのは、ドワーフのトルンが経営する武具店だった。

「なんで知ってるんだよ」

「ビラが撒かれてたぞ。客が持ってきたのを見た」

 トルンが突き出した羊皮紙には、ヴィシーから女性を救った英雄一二三は、ヴィシーからオーソングランデを守るために新たな国境の領主として子爵に叙される事になったと書かれている。

「ふぅん。羊皮紙だって安くもないだろうに」

「そうでもしないとヤジ馬どもが解散しなかったんだろうよ。それより、何か買いに来た……というより、また何か妙なもん作らせようってのか?」

「妙なものとは失礼な。立派な戦の道具だよ」

 言いながら、一二三は闇魔法収納から数枚の紙を取り出した。王城にあった上質な紙だ。

「もったいねぇことしやがる」

 そうは言いながらも、トルンの目は好奇心に輝きながら、広げられた紙の上に向けられている。

「何だこりゃ?」

「寸法はそこに書いてある通りで、発注数はこれな」

 紙に書かれたのはいくつかの道具の設計図と、武器の構造図面だった。

「こんなものをこんなに揃えてどうするんだ?」

「どうするか見たいなら、一緒にフォカロルへ来いよ。この世界で初めての戦い方を見せてやるよ」

「ふん、考えておこう。まず数が多いな。構造も複雑だ。二週間はかかるぞ」

「10日で揃えてくれ」

「……知り合いを呼んで手伝わせよう」


 さらに一二三は、ウーラルの奴隷店へ向かう。

 相変わらず門番として立っていたミドは、一二三の顔を見るなり慌てて店の奥へ飛び込んでいった。

 ほとんど待たせる事なく、ウーラルが店から出てくる。

「これはこれは一二三様。ご活躍のお話は伺っております。私どもの店を覚えていてくださって、本当にありがとうございます。ささ、どうぞお入りください」

 ウーラルの先導で以前も入った応接へ座った一二三は、文字がかけて計算ができる奴を老若男女区別なく見せて欲しいと言った。

「難しいかもしれんが、なるべく頭がいい奴がいいな」

「はっはっは! 確かに、賢い者は奴隷にはあまりいませんからな。おっと、これはオリガやカーシャには秘密でお願いいたしますね。では、さっそくご用意いたしまししょう」

 五分ほど待たされ、用意ができたというウーラルについていくと、5人の男女が並べられている部屋へ着いた。

 やはり全員簡素な筒胴衣で、薄汚れた姿でボンヤリと立っている。

「これらは全員、ある程度の計算と文字の読み書きができます」

 横領をした元官僚や、帳簿付けとして働いていた宿が潰れて無職になって、最終的に奴隷に落ちた者など、様々だった。

 それら一人一人と会話を交わし、足し算引き算はできるが掛け算割り算はできない者がほとんどだったが、これもこの世界の基準だと諦める事にした。

「全員買おう。金は出すから身体を綺麗にして新しい服を着せて、明日にでも王城まで連れてきてくれ」

「かしこまりました。ところで、何故教養のある奴隷をお求めに?」

 この程度で教養があると言っていいのか、一二三には疑問だったが、そこには触れずにおいた。

「思い切り戦うには、準備が大事ということだ。それより、手先が器用なドワーフの奴隷とかはいるのか?」

 一二三の質問に、ウーラル恭しく頭を下げた。

「もちろんでございます」


 意気揚々と王城へ戻って来た一二三は、オリガ達を集めて今後の説明をすると切り出した。

「十日後には王都を出てフォカロルへ向かう。本当なら、領内の他の村とかもまわるのが慣習らしいが、戦争前だから省略する」

 戦争前という言葉に、アリッサたちはぐっと肩に力が入った。

「それまでに準備をするが、まずは部隊編成だ。部隊は4つに分ける。100人を30・30・30・10に分ける。最後のは輜重隊な」

「シチョウタイ、ですか?」

「そこからか……」

 どうやらこの世界では自分の食料や資材は自分で運び、隊ごとに別れて調理するのが普通らしく、輜重兵とか輜重隊という言葉は存在しないらしい。

「まあ、説明は今度するから、取りあえずは資材や食料を運び、調理をする専門の部隊があるとだけ覚えておくといい。残りの30ずつが一部隊で、それぞれ役割分担をするからな。で、それぞれの一番隊隊長がカーシャ、二番隊隊長がオリガ、三番隊隊長がアリッサな」

「た、隊長なんて無理だよ!?」

 慌てて立ち上がったアリッサに軽くチョップをくれてやり、動揺している残り二人も目線で押さえる。

「どうせ今までの戦い方は役に立たないからな。誰が隊長になっても一緒だ」

「私たちに務まるでしょうか……」

「気にしなくていい。どうせ最初のうちは相手はまともに戦える状況じゃない」

「どういう事?」

 新しい紙を出して、何やら書き付け始めた一二三に、カーシャの疑問が投げかけられると、一二三は字を書く手を止めることなく言った。

「俺の予想が正しければ、最初は一般市民を巻き込んだ包囲殲滅戦になる」

「市民を……」

 続きが言えないオリガの言葉を最後に、室内は一二三の持つ羽ペンの音だけで満たされた。

お読みいただきましてありがとうございます。

あんまり大きな動きの無い回でしたが、キチンと書いておきたいと思いました。

楽しいことは準備の時が一番幸せという事で。

次回もよろしくお願いいたします。

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