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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第三章 英雄は血を欲す
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24.Welcome to the Black Parade 【作られた英雄と踊らされる王女】

24話目です。

今回はとても久しぶりに王女再登場です。

 一夜明けて、早朝のうちに一二三たちは国境を出発。フォカロルは通過するだけにして、最速で街道を王都へと向かっていた。

 馬車は収納し、3頭の馬に分乗して走る。オリガたちはまだ人を乗せて走れるほどの練度は無いので、アリッサは一二三の背中に張り付くようにして同じ馬に乗っている。

「ご主人様、これからどうされるおつもりですか?」

「パジョーに言った通り、イメラリアに会う。そこで話をまとめるから、詳しくはその時な。少し早くなったが、王都に着いたらお前たちを解放する話になるだろうから、そのつもりでな」

「でも、アタシたちはベイレヴラを捕まえないと無実を証明できないんじゃないのかい?」

 馬を併走させながら、カーシャは爽やかに晴れた日の街道を振り返る。

「ヴィシーで仕入れた書類の中に、ベイレヴラの名前があった。しかも、中央からの工作員としてな。後から護送されてくるアロセールの奴の証言も必要だろうが、取りあえずはそれで充分だろう」

 ヴィシーと結託した子爵の犯罪によって無実の罪を着せられ、奴隷に落とされた二人の女性冒険者。彼女たちは王女の密命を帯びた準騎士爵であり冒険者の一二三によって見出され、さらに身内から殺されるところだった少女を救って連れ帰ってきた。

 国内へ宣伝する内容は決まっていて、その事もイメラリアへ伝えるようにパジョーに依頼している。

「……いいのかなぁ……」

 一二三の説明を聞きながら、アリッサは自分が悲劇のヒロイン扱いになっている事に、戸惑いを覚えていた。


 間もなく王都へたどり着こうかという辺りで、街道上に数人の騎士が立っているのが見えてきた。

「おっ、久しぶりだな」

 騎士の一人は、ミダスだった。

 さっと馬を降りた一二三は、手をあげて声をかけた。

「お久しぶりです。一二三さん」

「……どうしたんだよ、そんなに畏まって」

「どうしたもこうしたもありません。一二三さんから齎された情報と、その……成果によって、王城内はパニック状態になりました。差し当たって、今回の件はイメラリア王女自ら国民へ発表し、その成果に対して報奨を与えられる事となりました」

 パジョーの連絡が届いてから、王城では結構な騒ぎになっていたらしい。

 一二三の目論見通り、王が不在かつ金銭的に余裕がない今の状況で、隣国をいたずらに刺激したくないというのが本心だろう。しかし、黙殺するには大きすぎる状況。一二三は王女のサイン入の許可証を持ってヴィシーを出入りしている事もあり、先に大々的に成果を発表し、ヴィシーの非を鳴らす事で押さえ込む方法を選んだらしい。

 ここまでは、ほとんどイメラリア王女主導で話がまとまったそうだ。暫定的に王となり、戴冠式を待つばかりの王子を、彼女は執政として実質の指導者として動いているそうだ。

「それに、一二三さんには陞爵のお話が出ております」

「騎士爵になるのか」

「いえ、それが……」

 元々冒険者ギルドで噂になっていた一二三が、今度はヴィシー相手に派手な功績を残したという事で、城下町はお祭り騒ぎになっているらしい。戦争になるかもという話はほとんど聞こえず、平和な世の中で英雄が現れたという事と、年若い女性の復讐劇と救出という内容が、一般市民の琴線に触れる結果となったらしい。

 そこで、一二三を処罰などしようものなら、ただでさえ王の急死で揺らいでいる王城の施政から人心が離れてしまうかもしれない。

「未定ではありますが、もっと上の爵位となりそうです。私たちは民衆から一二三さんを護衛しながら王城へお連れする為に迎えに出てきたのです。予想より、かなりお早いお着きでしたが」

 騎士爵より上となると、私より上位の貴族になられますし、英雄にタメ口で話しているところを見られたら、民衆から白い目で見られます、と苦笑するミダスに、一二三は了承を伝え、馬車を用意する事にした。

「正直、私はもう少し一二三さんは密かに動かれると思っておりました。貴族となられた際も、自由な生き方を望まれていたかと思うのですが……」

「単に国とか貴族の都合で動かされるのは御免だな」

 馬車を繋ぎ終わり、自分の馬に飛び乗った一二三は、見上げてくるミダスに向かって笑う。

「この状況は、俺が狙って作ったからな」

「え?」

「とはいえ、俺自身がそこまで目立つ事になるとは思わなかったがな。じゃあ、久しぶりにイメラリアに会いに行くか」

 先に行こうとする一二三を、ミダスは慌てて追いかけた。


 王都は街への入口周辺から、多くの人が集まって英雄の帰りを待ちわびていた。

 民衆に受ける大きな出来事も長く起きなかった反動か、今日明日にも正義のために戦った英雄とそれを助けた奴隷の“美女たち”と、彼らに助けられた“可憐な少女”が王都へ到着するという噂は瞬く間に広まり、その姿を一目見ようという民衆が自然とヴィシー側の入口へ集まってきたのだ。

 王の病死が発表されたときは、これほどの騒ぎにならなかったのは、国葬ではあるがひっそりと葬儀が済まされた事もあるが、それだけ城の事が民衆にとっては他人事だったからかも知れない。

 屋台も多く出ているあたりに、民衆の逞しさが見えてくる。

「僕、ある意味ヴィシーからの裏切り者なのに、こんなに歓迎されていいのかな……」

 馬車に入っているアリッサは、次第に見えてきた王都の喧騒に不安で泣きそうになっていた。

「どうやら、今回は私やカーシャもご主人様のおまけ扱いではなさそうですね」

「もう、なるようにしかならないんだろうさ。ご主人の考えてる事はよくわからないけど、今更何にもできないよ」

 一二三とミダスの会話から、おそらく自分たちも城へ行かなければならないだろう事がわかり。三人は緊張していた。

 馭者席に座り、一二三のやり方に諦めたような事を言っているカーシャも、内心初めての王城行きで不安だった。

 そうこうしているうちに、一二三を迎えるために解放された門から、王都の民衆が一二三たちを見つけたらしく、大きな歓声が聞こえてきた。

「カーシャ、門の前で一度止まるぞ」

「わかった」

 一二三の指示に頷いたカーシャは、彼に合わせてゆっくりと速度を落として行く。

 門の正面に来た一二三は、馬を止め、民衆に向かって声を上げた。

「道を開けてくれ! 俺はこれよりイメラリア殿下へ罪を償いに行かねばならん!」

 英雄の凱旋と思って待ち構えていた民衆たちは、その言葉に困惑している。口々にどういうことだと疑問が浴びせられる。

「出迎えに来た騎士に聞いた。俺の事を好意的に受け止めてくれている事を、感謝している! ただ、俺は国境を越え、敵とは言え一人の少女を救うために人を殺してしまった。これは俺の職権を越えた行為だ。結果として、王女殿下の信頼を裏切ることになってしまった……。それを俺は王女殿下へ自らの罪を侘び、処罰を受けなければならない!」

 民衆のざわめきはより広がっていく。

「だが、彼女たちに罪はない! その事を王女殿下にお伝えしなければ! どうか俺が刑場の露と消えたとしても、この街の人々には、彼女たちを暖かく迎え入れて欲しい!」

 大げさな身振りで朗々と語る一二三の姿は、民衆にどう見えただろうか。彼は一応貴族であるが、その彼が市民どころか奴隷や他国の市民のために、自らが罰せられる事を覚悟の上で、その身柄を安堵するために王女と話をしに行くという。

 さらに、一二三に促され、馬車から身を乗り出したオリガとアリッサ。それに馭者席の女性も、彼が保護した対象だと伝えると、年噂通りの年若く整った顔立ちもあり、民衆の庇護欲は否応く上昇していく。

「あの子達が奴隷なのか……」

「ヴィシーの奴に騙されて奴隷になったらしいぞ!」

「あの騎士様、背は低いけどいい男ね」

「他の騎士とは違う雰囲気よね」

「あんな小さな子が殺されそうになったのか?」

「ヴィシーの奴ら、酷いことをしやがる」

 口々に虚実入り混じった話が広がるが、どれも一二三への賞賛とオリガたちへの憐憫ばかりだ。

 話が広がったところで、一二三は少しだけ馬を進め、王女の元へ行くので、どうか道を開けて欲しいと、美しい所作で礼をした。

 ざわめきは左右へ別れ、門から王城へ続く道ができる。

 その中を、一二三は神妙な面持ちで進んで行った。

 チラリと一二三が視線を向けると、馭者席で緊張で固まっているカーシャと、その後ろからついてくる、ミダスたちの苦り切った顔が見えた。

 ミダスたち騎士には、通りの民衆から“あの騎士を助けて欲しい”と次々に声をかけられている。肯定も否定もできないので、なるべく視線を合わせないようにしているようだが、その態度がまた周りの不安を煽り、声のボリュームを上げる結果となっていた。

(騎士連中も、こういう事には不慣れらしいな。で、王女サマはどうお考えかな?)

 一二三が目の前に迫る王城を見上げると、バルコニーに一人の少女の姿をが見えた。


 一二三達が王城への門をくぐると、鉄製の門は固く閉じられた。

 ここまでゆっくり進んできたので、民衆はしっかりとついてきてくれている。門の向こうから、多くの嘆願や王城への批判が飛んできている。

 一二三は馬を降り、他の三人も馬車を降りた。

「馬と馬車はお預かりします。まずは、王女殿下がお会いになられます」

「わかった」

 ミダスに馬を預け、一人の騎士の先導で城内を進む。

 中にいる騎士や使用人たちは、一二三がここを出る時と違い、興味深そうにこちらに目線を向けてきている。

 視線は、アリッサやオリガ、カーシャにも向いているようで、三人とも居心地悪そうについて来ていた。

「……こちらのお部屋にて、お待ちください」

 騎士が言うと、待機していたメイドがドアを開いてくれる。

 そこに踏み込む前に、一二三は言った。

「案内、ありがとうな。後は、部屋の中で隠れている三人は、邪魔だからどけてくれ」

 室内から感じる気配の数を告げると、メイドは何の事かわからない様子だが、騎士は明らかに動揺している。

パジョーやミダスなら、こういう事はしないはずだが、城内勤務の第一騎士隊には、まだ一二三の驚異は伝わっていないのかもしれない。

「な、なにを……」

「とぼけるなら、別にいいさ」

 さっさと部屋に入った一二三は、壺が飾られた台の後ろの壁と、反対側の壁に掛けられた絵画に刀を突き入れた。

 くぐもった声が聞こえたあと、床に血が流れる。

「天井の奴は逃げたみたいだな。お前、次は許さんからな」

 騎士は一二三に釘を刺され、容赦なく殺された二人の同僚が居た位置に目を向けると、慌てて帰っていった。

 メイドは何が起きたか分からず、呆然としている。

「紅茶をもらえるか? 人数分」

「か、かしこまりました!」

 メイドに声をかけ、一二三はどっかりとソファへ腰掛けた。とてもじゃないが、罪を償いに来た男の態度ではない。

「……全然許してないと思うんだけど」

「あいつは許したろう?」

 血を見ながらのカーシャのツッコミに、天井の奴も見逃してやったんだと答え、一二三は刀を収納に放り込んだ。

「お前らも座れよ。まだまだやる事はあるんだからな」

 紅茶はまだかなぁと、背もたれに沿って身体を伸ばしながらのんきな事を言っている目の前の男に、オリガたちはだんだん不安になってきたのだった。


「イメラリア王女がお見えです」

 紅茶を飲んでのんびりしていた一二三に、ノックをして入ってきたメイドが声をかけた。

 そのままメイドがドアの前から移動すると、イメラリアが入ってくる。ちらりと血の流れる2箇所を見つけて、眉をひそめる。

「ここに彼を案内した騎士を、後でわたくしのところへ来させなさい」

 王女の席に紅茶を置いたメイドに指示をして、しばらく誰も入れないようにと合わせて念をおした王女は、一二三の向かいに座った。

 その顔は、最後に別れた時と同じ、凛とした美しさだった。

「久しぶりだな。なかなかうまくやれていると聞いた」

「わたくしは、できれば会いたくありませんでしたが……ラグライン公爵やハーゲンティ子爵の件は、大変ご迷惑をお掛け致しました。それに、また城の者が余計な事をしたようで……」

 イメラリアの目は、血濡れの床を見ている。

「気にしなくていい。第三騎士隊にはよく動いてもらっているしな」

「それで、わたくしにお話があるとか?」

「まあ、俺の話よりもまず、言いたいことがあるんじゃないのか?」

 ふぅっとため息をついた王女は、一二三から視線を外して、アリッサの方を見た。

「貴女がアリッサですね。報告は受けています」

「は、はいっ! あの、僕は、その……どうなるの?」

 イメラリアは優しく微笑んで、アリッサにできるだけ優しい声をかけた。

「安心なさい。貴女は正式にこの国の民として遇します。希望があれば、城での仕事を用意しますよ?」

「えっと、その……僕は、まだ一二三さんにお礼ができていないから……」

「そうですか。いつでもわたくしの所へ来ていただいて構いませんからね」

「あ、ありがとう……」

 もう一度、にっこりとアリッサに笑顔を向けてから、イメラリアは一二三へ視線を戻した。

「いろいろと、うまくなさっておいでのようですね」

「ああ、何とかな」

「皮肉ですよ」

「わかってるよ」

 イメラリアは紅茶を一口含み、軽く口を湿らせて話を続けた。

「パジョーからの報告は読みました。彼女からの情報ですから、貴方がお持ちの書類の内容も確認してからの報告でしょう。城の外の様子も確認いたしましたし、もう打つ手は限定されているようですので、一二三様を英雄として評価し、ヴィシーとホーラントへは、この国へ滞在している大使を呼んで、遺憾の意を伝えましょう」

 さらに、とイメラリアは続ける。

「オリガさん、カーシャさん」

「はい」

 オリガが返事をし、カーシャは背筋を伸ばした。

「この国の腐敗した貴族のせいで、奴隷などという立場へ貶められた事、貴族を束ねる王族に連なる者として、深くお詫び申し上げます。公式の場ではあまり言えることではありませんが、失礼ながら、この場で言わせていただきました」

「王女様、私たちは奴隷に落ちたことは残念に思っておりますが、ご主人様に買われた事は不幸だとは思っておりません。この手でささやかな復讐を果たすこともできましたし……」

 カーシャは、オリガの言葉にうなづくだけだ。自分の話し方で王女に接していいかどうか判らないのだろう。本当なら、アリッサの言葉遣いもまずいのだが。

「そう言っていただければ、心が楽になります。特例として、城の魔法使いに奴隷紋の解除をさせる事にいたしました。この後すぐに行わせますから、どうかこれからは、自由に生きてください」

「望外のご配慮、本当にありがとうございます」

 オリガとカーシャは、深々と頭を下げた。

「そして、一二三様には子爵になっていただき、ハーゲンティ子爵の代わりにフォカロルの街と周辺の村を治めていただきたいと思うのですが」

「おや、俺は罰せられるためにここに来たんだがな」

「茶化さないでください。ここで一二三様を処罰すれば、わたくし達は民の信頼を失うでしょう。そこまでお考えの上での行動だと思っておりましたが?」

 一二三は、改めてイメラリアが王女として以上にしっかりと為政者として振舞っているものだと感心した。同時に、これを最大限利用しようとも思っている。

「悪かった。子爵の件、ありがたく受け取ろう。場所もいいな、希望通りだ」

「希望? また何かされるおつもりですか?」

 眉をしかめて一二三を見るイメラリアに、紅茶を飲み干して答える。

「ヴィシーを潰す。できるだけ凄惨に、二度と俺と対峙しようと考えられないくらいに」

 その場にいた全員が息を飲み、一二三の顔を見た。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もお楽しみいただけるように頑張ります。

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