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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第三章 英雄は血を欲す
23/184

23.Runaway 【殺害・扇動】

23話目です。

相変わらず、人が死にますのでご注意ください。

では、お楽しみいただければ幸いです。

「行くぞ!」

 街の出口が近づいてきたところで、鋭く声をかけた一二三は、刀を手にして馬を駆けさせた。

「ちょっと!」

 馭者をしていたカーシャが、慌てて馬車の速度を上げるが、到底追いつける速度ではない。

 みるみるうちに引き離され、暗闇の先まで消えた一二三は、門の前に居る三人の兵士の一人の首を、すれ違いざまに斬り飛ばした。

 勢いを殺しながら振り向いた一二三は、再度馬を走らせ、馬上からの刀のひと振りでさらに一人を殺す。

 たった一人残された兵が、ようやく剣を抜いたあたりで、馬車が到着した。

「アリッサ、降りてこい」

 馬を降り、刀を向けて兵を牽制しながら、目を向けずに呼びかける。

 すぐにアリッサは馬車から飛び降りてきた。回復薬で無理やり復帰させた直後だが、動きは問題ないようだ。

「これを貸す」

 近づいてきたアリッサに、一二三は持っていた刀を渡した。

「えっ……」

 兵が斬りつけて来るが、危なげなく前蹴りで押し返して転がした。

「これでこいつを殺せ」

「そ、それは……」

 アリッサは刀を受け取りはしたものの、殺せという言葉には躊躇した。知っている顔なのかもしれない。

 さらに兵が飛びかかってくるが、剣を持つ手首の内側に寸鉄を叩き込んで剣を落とさせ、首筋を掴んで引き倒す。直ぐに起き上がろうとするが、一二三が肘をしっかりと踏みつけているので、人間の構造上、身体を起こせない。

「これから先、お前は多くの相手を殺すことになる。昨日話した相手を今日殺す事もあるだろう。まずはこいつを殺せ。お前を殺そうとした相手を殺して、ここからの離別を果たせ」

 淀みなく語られた一二三の言葉に、息を飲んだアリッサだったが、そう時間もかからずに刀を構えた。

「それでいい。今朝まではお前の同僚でも、お前を裏切って殺そうとした時点で敵だ。殺さなければ、殺される」

 陳腐なセリフだが、実体験を持つアリッサには効果的だった。

 顔を上げた彼女の目には、もう迷いがない。

「この剣、借りるね」

 未だにあがき続ける兵に、アリッサは刀を突き刺した。

 研ぎ澄まされた切っ先は、首の後ろからするりと入り込み、その命を容易く断ち切る。

「……やっちゃった」

「よくやった。次は国境だ」

 アリッサの手からそっと刀を抜き取り、死んだ兵士の剣を渡した一二三は背を向けて馬へと近づく。

「一二三さん、僕、これでよかったの?」

「……良いも悪いもない。俺がそうすべきだと言って、お前がそう決めた。それだけだ」

 よく判らないという顔をして、アリッサは剣を片手にトボトボと馬車へ戻る。

 第一段階はうまくいったと、一二三は思った。

 アリッサがヴィシーの人間を初めて殺した時、どう反応するかでこれからを決めようと思っていた。これで心が壊れるようなら、適当な所に預けてしまおうと。しかし、想像以上にアリッサのヴィシー兵に対する敵対心は強かったらしい。内心に葛藤はあるだろうが、先に襲ってきたのはあっちだと、自己正当化で心のバランスをとるだろう。殺した相手から奪った剣を手放さなかったのは、まだ戦うことを放棄していない証明だ。

 最終的には自分に牙を剥く可能性もあるだろうが、それはそれで楽しいだろうと笑いながら馬上へと戻った一二三は、無人の門を抜けて街を後にした。


 国境。オーソングランデ側もヴィシー側も、何とか数日は持たせる程度の兵の割り当てができていた。今後、増員が来たらそのままここへ残るものと、本来の隊へ戻る者とに分かれるだろう。

 その国境、オーソングランデ側には兵士の他に一人の騎士が居た。パジョーだ。彼女は異常事態の捜査の為に、数日はここに逗まるつもりでいる。

 今は、最初にここで死んでいた犯罪者の死体と一二三に殺されたゴデスラスの死体を検めて、報告書を書き上げたところだ。

「やはりヴィシーはホーラントと組んでいるのではなくて、単に利用されているのかしら。こちらと同様に国境周辺の人員を篭絡して、あの魔法具の実験をしている? でもなぜ、二国を同時に敵に回すような真似を……」

 疲れた頭では考えがまとまりそうにないと、そろそろ休もうかと思っていたパジョーの耳に、遠くから叫び声が聞こえてきた。

 どうやら、国境の向こう側で誰かが戦っているらしい。

「まったく、休む暇もないとはこのことね」

 悪態をつきながら、鎧と剣を手早く装備したパジョーは、自室から飛び出していった。


 仄暗い松明の明かりは、最低限必要な場所だけ照らすようにできていた。

 基本的に夜間は国境を通すことはない。暗いと見落としが出る可能性があるし、判断力も鈍る。

 稀に来る、計算を間違えて夜に到着してしまった商人などは、少し離れて野営をして過ごし、朝になってから国境を通過する事とされている。

 今日は、そういう間抜けな商人はいなかったが、襲撃者はいた。

「いいか! ヴィシー側の兵は皆殺しにしろ! 一人として残すなよ!」

 馬を走らせながら、一二三は鎖鎌の分銅を振り回している。

「馬車のまま砦まで突っ込め! 直ぐに降りて周りの連中を殺せ!」

「わかりました!」

 砦に近づくと、大きな盾を構えた兵が街道に二人ならんで立ちふさがる。

「止まれ!」

「止まるか!」

 馬は見事な跳躍で二人の兵を飛び越え、一二三はがら空きになった兵の頭上から、二人まとめて首に鎖を巻きつけて引き倒した。

「はっはー!」

 10mほど引き摺ってから兵を放り捨てるが、二人共引き倒した時点で首の骨を折って死んでいる。

 兵が落とした盾を、馬車を引く馬たちはさっとかわして走っていが、馬車本体の車輪が乗り上げて激しく揺れた。

「きゃっ!」

 バランスを崩したオリガを、アリッサがとっさに抱きとめた。

「あ、ありがとう」

 お礼を言いながら、オリガは自分に触れているアリッサの手が震えている事に気づいた。

「あの……」

「大丈夫。ご主人様がいるし、私たちも結構強いんですよ?」

 だから大丈夫と、オリガは優しく笑いながら、自分の魔法杖をしっかりと掴んで馬車から飛び出すタイミングを図っていた。

 不意に、馬車の速度が落ちる。

「邪魔だぁ!」

 カーシャは正面の敵に対応するようだ。

 声を聞いたオリガは直ぐに飛び出し、アリッサはためらいながらも続く。

 馬車の後方から降りた二人は、左右に別れて敵に向かった。


 馬車が突っ込んで来るタイミングを見て一度砦から離れて馬を降りてきた一二三は、カーシャと対峙している兵の背後から近づき、その頭を掴んで、無造作に砦の壁に叩きつけた。

 それだけで兵は死んだ。

 さらに向かってきた敵を右手に持った刀の柄で殴り、昏倒したところを目を貫いて殺す。

「ぎっ!」

 葉を食いしばるような断末魔を上げ、痙攣したあと動かなくなる。

「ご主人……」

「アリッサのフォローに回れ」

 何か言いたげなカーシャは無視して、一二三は死体を増やしながら国境へ近づく。

「オーソングランデの兵よ! 聞け!」

 大音声(だいおんじょう)

 一二三のその声は、国境にはまだ距離があったパジョーにも聞こえた。

「この声は……」

「俺はオーソングランデ貴族の一二三という者だ! ここに居る兵士諸君なら知っているだろう! 我が国のハーゲンティ子爵は捕縛された! その理由を知っているか?!」

 一二三の声はよく通る。国境の向こう側で状況を確認していたオーソングランデ兵にしっかりと聞こえていた。

「ハーゲンティ子爵は、ヴィシーの傀儡であった! 俺はイメラリア王女より密命を帯びてヴィシーに潜入し、かの子爵がヴィシーに操られ、非道な魔法具によって操られた兵を、我が国へと迎え入れようと画策していた事を突き止めた! そしてさらには、その魔法具の秘密を知ったうら若き女性をも殺そうとするヴィシーの行いを知ったのだ!」

 語りながら、一二三はさらに二人を殺している。

 その腕前を見せつけられているオーソングランデ兵の中には、彼が王女の密命を受けていてもおかしくないと信じはじめる者もいる。

「危険ではあったが、俺は彼女を救い出す事に成功した! だが、その際に俺の事が知られてしまった! 何とか追っ手は倒したが、ここを通らぬわけにもいかん!」

 兵たちが視線を向けると、オリガとカーシャに助けられながら、懸命に戦う少女の姿があった。アリッサのことだ。

「オーソングランデ兵諸君! 国境はそこにあるが、それは乗り越えられない巨大な岩壁ではない! 俺たちは構わないが、彼女を助ける為に力を貸してくれ! 彼女を救うために、君たちの正義を見せて欲しい!」

 一二三の呼びかけに、兵たちはお互いの顔を見合わせながら迷っていた。


(……どういうつもり……?)

 間もなく砦へ着くという所で、パジョーは迷っていた。

 一二三に救援が必要などと、端から信じてはいない。それでは、何故一二三はオーソングランデ兵たちに“国境を越えさせようとしている”のだろう。それはたとえ国境を守る兵にとっても重罪だ。むしろ、一般人がそうするよりも重大な意味を持つ。

 だが、それが判らない一二三ではないはずだと、パジョーは考える。自分が砦へ着けば、そこでどうするかの判断をする事になるだろう。

 冷静に考えれば、騎士や兵士が国境を越えて相手国へ侵入するのはまずい。さらに、向こうの国で犯罪を犯したとされる者を助けるのだ。問題にならないはずがない。

 しかし、ここで助けに入らない選択をした場合、女性を助けなかった事と“自国の人間を助けなかった”事の二つの事実が残る。騎士であればまだしも、一般の兵からすれば国に対する信用を落とすことになりかねないし、この事実は一般市民に広がるだろう。

 原則を守って士気を落とすか、人命を優先したとするか……。

 パジョーが砦にたどり着き、一二三が指す少女がアリッサである事に驚き、さらに国境線の向こうに死体がいくつも倒れているのを見た瞬間、一二三の先ほどの言葉を思い出した。

『俺の事が知られたが、追っ手は倒した』

 これが本当なら、“犯罪者をかばってオーソングランデ方面へ逃走する途中でヴィシーの兵を殺した”という事だ。すでにオーソングランデによる干渉が成立してしまっている。

 相手方がどこまで知っているかはわからないが、すでに越境を控える意味が失われてしまっているのだ。

(こうなったら、何としてもアリッサを引き入れて、美談にでも仕立てあげる必要がある)

 オーソングランデに正義があり、ヴィシーの非を鳴らして有耶無耶にするしかないと、パジョーは判断した。

「全員、剣を抜いて彼らの応援に行きなさい!」

 自らも武器を手に、先陣を切って走り出すパジョーに、他の兵も続いた。責任者が判断したのだ。それで簡単に彼らの戒めは解かれた。

 圧倒的な人数となったオーソングランデ側の猛攻に、ヴィシー兵はあっという間に数を減らしていった。


 全てのヴィシー兵を殺し、国境を超えた一二三は、これ見よがしにパジョーへ礼を言った。

「勇気ある行動だった。感謝する」

「いや、気にしないでください。それより、詳しいお話を聞きたいので、こちらへ」

 パジョーの先導に、素直に従う一二三たち。

 一二三はもちろん無傷で、奴隷達とアリッサも、気にならない程度のカスリ傷で済んでいた。

 砦近くの兵舎に併設された広い会議室に入り、見張りの兵にしばらく誰も入れないように告げると、パジョーは一二三たちに座るように促す。

 一二三たちが座るのを確認してから自分も椅子に座り、大きなため息をついた。

「どうした、疲れているようだな」

「誰のせいだと……で、説明をしていただきたいのだけれど……」

「ほれ」

 一二三は、収納から取り出した書類を無造作にパジョーに放りやった。

 さっと目を通したパジョーが、目尻を押さえて俯く。

「ところどころ読めなかったが、ヴィシーの中央政府の連中は、ホーラントの魔法具を使って兵の強化をしているらしいな。この二国が協力してあたるとしたら、地理的にオーソングランデだと思うが?」

「これが本物なら、そうかもしれないわね……」

 絞り出すように声を出すパジョーに、一二三が追い討ちをかける。

「で、それを受け取ったアロセールの街の代表も捕まえた。ちゃんと生きてるぞ。馬車の中に転がしてある」

「誘拐じゃないの!」

 机を叩いて立ち上がったパジョーに、顔色一つ変えずに一二三は言った。

「わざわざ大声出して聞こえるように言っただろう? これは危うく殺されるところだった彼女を救うための正義の行いだ。これだけの証拠が合って、その書類の事を証言できる奴がこちらに居る。何を言われても先に動いたのはそっち(ヴィシー)だと言って撥ね付けられるだろう」

「それを判断するのは王族と高位の貴族たちで、現場じゃないわ」

「いやいや、お前はさっき現場で判断しただろう。もう状況は始まっている。手遅れだと」

 一二三の言葉に、パジョーは黙って彼の顔を見ているしか無かった。一二三と並んで座っているオリガ達も、自分たちの行動から大きな話に発展している事に気づかされ、黙って息を飲んだ。

「……とにかく、今日は兵舎に泊まってください。王都へ報告を入れておきます」

「あ、鳥とかの伝達手段があるんだったな。じゃあ、ついでに王都まで連絡をして、イメラリアに会う約束を取り付けてくれ。そうだな、『密命を果たすも少女を救うために法を破ってしまった男が、王女殿下へ謝罪に参上したいと言っている』と」

 パジョーは訝しげな顔で一二三の顔を見ている。何を考えているのかを読み取ろうとしているのかもしれないが、彼は薄笑いを浮かべたまま、視線を受け止めていた。

ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。

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パジョーさん 巻き込まれながら知らない間に上司に評価されそうだ
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