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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第三章 英雄は血を欲す
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21.Shining Star 【救助とレクチャー】

21話目です。

アリッサ救出へ。

「夜間の戦闘は、とにかく相手に見つからない事が重要だ」

 屋根の上から、兵士たちが撤収していくのを見守った一二三は、行動開始前にオリガとカーシャに向かって言った。

 心もとない月明かりにを背にした一二三の表情は、オリガ達からは見えない。

「自分に光が当たらない位置を意識しろ。気配を消せ。そして音を立てずに殺せ。刃物が金属に当たらないように、相手に叫ぶ余裕を与えないように。死体が音を立てて倒れないように」

 歩いている人間を自分の方へ引き込むときの動きや、刃物の使い方を説明しながら、一二三は腰に刀を差した。

「口を塞ぐときはしっかり手のひらを使うこと。指や腕は噛み付かれる。鼻も塞ぐようにしろよ。人は鼻からでも悲鳴をあげられる」

 突然息ができなくなる、それだけでも充分混乱させられると一二三は言った。

「それじゃ、行くぞ」

「あの……どうやって降りるのですか?」

 ここは二階建ての建物の屋根の上。オリガは暗い路面を覗き込んで怯えていた。

「これくらいの高さ、飛び降りられないか?」

「……この高さはちょっと……」

「アタシも、無理かなぁ……」

「仕方ない。受け止めてやるから順番に降りてこい」

 返事も聞かず、一二三は闇の中にひらりと降りていった。

「降りてこいって……」

「……よし。カーシャ、私が先に行くわね」

 恐る恐る下を覗き込み、一二三の位置を確認したオリガは、ぐっと息を止めて屋根の先へと飛び出した。

 見送ったカーシャの耳に、下から小さな悲鳴が聞こえたが、無事に受け止めてもらえたようだ。

「オリガは軽いからいいんだろけど」

 カーシャは、自分が着ている物を見た。金属製の鎧と二本の剣、自分の体重は大したこと無いと信じているが、装備を入れると結構な重量なはずだ。

 それでも、このまま屋根の上に置いていかれるのは嫌だ。時間がないのもわかる。他国の兵とはいえ、あの小柄な女の子が今も拷問を受けているかもしれない。遅くなれば、殺されるかもしれない。

 そう思うと、この程度で怯んでいるわけにもいかないと、カーシャは覚悟を決めた。

「ご主人、信じてるよ」

 とうとうカーシャも、逃げ腰気味ながらも飛び降りた。


 落ちてきたカーシャを、上手く横抱きに受け止めた一二三は、勢いを殺して隣に立たせた。

「怪我はないな?」

「う、うん……ありがとう、ご主人」

 怖かったせいか抱きとめられたせいなのか、カーシャは自分の鼓動が早くなるのを感じたが、余計なことは考えないようにしようと、素早く装備を確認した。

 その間にも、一二三から素早く指示が出る。

「ここから先は声を出すな。まだ余裕があるが、少し行けば追いつくだろう。足音は立てないように気をつけろ。剣は抜いておけ」

 さらに、カーシャは一二三が収納から取り出した布を腰に巻いて、鎧の金属音を抑えるように言われた。

「あの、ご主人様、私は……」

「オリガは念のため手裏剣をいつでも投げられるように。道中に敵がいれば俺が手本として殺すが、アリッサを救出する時にはしっかり働いてもらうからな」

「わかりました」

「はぐれないように俺の肩にカーシャが、カーシャの肩にオリガが手を乗せて走る。……いくぞ」

 カーシャは、手のひらから伝わる一二三の体温が暖かい事に、何故か違和感を感じていた。そんな風に受け止めてしまうことを、申し訳ないと思ってもいるが、扱いの良さに対する感謝よりも、人を殺す事に対する技術と態度への恐怖の方が、まだ強い。

 月明かりも届かない、建物の影を選んで進み、ほんの数分。一二三は不意に立ち止まり、後ろの二人に振り向いた。

 目の前にある朽ちかけた廃屋を差し、小さな声でつぶやく。

「この建物にいるようだな。中に5人、建物周りを二人が回っているな」

 一二三は、ここで手本を見せるから見ているように言うと、オリガ達から少しだけ離れて、暗闇に溶け込むように気配を消した。

 すぐそこにいるはずなのに、オリガもカーシャにも、一二三が闇の中に消えていなくなってしまったように見えた。

 建物の影から、二人組の男がやってくる。廃墟の外側を回る見張りだ。

 特に会話もなく歩いてくる二人が一二三の前を通り過ぎた瞬間、一人目の顔面に手を当てて、音もなく自分がいる闇の中に引き寄せた。

 驚きと息苦しさに身体を硬直させたが、直後には鎌で喉を裂かれて絶命した。

「ん?」

 そこで隣の男がいない事にもう一人が気づいたが、振り向いた瞬間にはもう、刀の切っ先が喉に突き刺さっている。自分がどうなったか知ることもないまま、男は死んだ。

「よし、こっちへ来い」

 一二三の声が二人を呼ぶ。

 音を立てないようにそっと声の方へ近づくと、廃墟の壁に耳を当てて、中の様子を伺う一二三の姿がうっすらと見えてくる。

「この建物、中は部屋に分かれていない倉庫のような状態だな。アリッサは向こう側の壁だ。柱にでも縛り付けられているのか、壁に押さえつけられているのかわからんが、まだ息はあるようだ」

 アリッサの前に3人、右から回り込んだ場所の出入り口の内側に二人いるようだ。

 一二三は、二人に出入口の内側にいる二人を誘い出して素早く殺し、中に踏み込んで他の三人の注意を引くように支持する。

「俺は、別の場所から入る」

「別の場所? 他に入口があるのですか?」

 建物は随分草臥れた様子だが、木戸が朽ちて穴が空いた窓も、人が入るには小さい。

「心配しなくていい。中には明かりがあるだろうから、踏み込んだ瞬間に見え難くなるだろうから、気をつけろよ。突入のタイミングは任せる」

 一二三は再び気配を消して、その場を離れた。


 ドアの前に来たオリガとカーシャは、顔を見合わせて頷いた。

 小さな声で詠唱したオリガは、最小限に抑えた風の刃でドアのヒンジを壊した。

 すっかり老朽化していたヒンジは、いとも簡単に切断され、ドアはゆっくりと外側に向かって倒れた。

 室内の光が、四角く夜道を照らす。

「……ここも限界か」

 何の警戒もせずに顔を出した男の首に、カーシャが思い切り剣を振り下ろすと、兜をつけたままの頭が、コロコロと路上を転がっていった。

「敵か!」

 もう一人の見張りが剣を抜きながらそっと外の様子を伺うと、目の前にカーシャの姿を見つけ、驚きながらも距離を詰めてきた。

だが、ふくらはぎにオリガの手裏剣がめり込み、激痛で転んでしまい、そのままカーシャに斬り殺された。

 男たちの死体を飛び越え、オリガとカーシャが室内へ飛び込むと、そこには壁に手を釘で打ち付けられたアリッサと、その目の前で彼女に剣を突きつけた男が見えた。

 残り二人の男は、その二人の前で剣を構えている。兵長らしい男はいないようだ。

 アリッサは、痛みに耐えながらも見た事がある二人が飛び込んできた事に驚いた。

「君たちはあの時の貴族の従者さん!」

「従者じゃないんだけどね」

「助けに来ましたよ」

 そうは言うものの、室内を見回したオリガは内心焦っていた。一二三は別から侵入するとは言っていたが、他に入り込めそうな場所はなく、石造りの壁がぐるりと取り囲んでいる。

「殺せ」

「わかった」

 昼間の兵士と同様、感情の起伏が見られない会話をすると、剣を構えた二人がにじり寄ってくる。

 この距離の近さだと魔法を使う余裕はない。手裏剣での牽制を考えていたオリガに、カーシャが声をかけた。

「アタシが二人共押さえるから、その間に……」

「わかった」

 親友がやってくれるというなら、それを信じようと魔法杖を握りしめた。

 しかし、決意は悲鳴で中断される。

「きゃっ!」

「ぐわっ!」

 可愛らしい悲鳴はアリッサ。もう一つの悲鳴はアリッサに剣を突きつけていた男だ。

 突然アリッサの顔の横から突き出された刀が、目の前にいる男の胸に突き立ったのだ。

 刺された男も驚いたが、アリッサもびっくりしている。

 それを見ていたオリガとカーシャは、逆にホッとしていた。誰がやったか、直ぐにわかるから。

 突き出された刀が引き抜かれ、驚きの表情のまま死んだ男が倒れた。

さらに数回の擦過音がして、アリッサを拘束していた壁に亀裂が入り、あっという間に脆くも崩れ落ちた。釣られて倒れそうになるアリッサを、後ろから一二三が抱きとめた。

「よう、朝といい今といい、運が悪いなお前は」

「一二三さん!」

 もう力が入らないのか、ぐったりと手足を放り出したまま、涙目で一二三を見上げるアリッサは、痛みにこらえながら、腫らした顔でぎこちない笑みを見せた。

 一二三の無茶苦茶な侵入方法に、残された二人の男は呆然としている。

 それを見逃さず、カーシャは立て続けに背中を斬りつけて殺す。両方共、即死だった。


 死体はそのままにして、一二三たちは一度宿に戻り、馬を回収して路地で馬車とつなぐ。停車させたままにした馬車の中には、毛布を敷いてアリッサを寝かせている。

 両手に釘を打たれ、散々に打たれたのだろう、あちこちに痣を作っていた。疲労と怪我で、もうまともに歩くこともできず、痛みで眠ることもできない。ただ横になっているだけだ。

 馬車の天井、幌になっている部分をぼんやりと見つめながら、アリッサは助かった事よりもこれからの不安に泣きそうだった。

(もう、兵士には戻れないんだろうなぁ……。それよりも、また動けるようになるのかなぁ……手も足も、全然動かせる気がしないよ。痛いなぁ。助けてもらった時は嬉しかったけど、これから僕、どうなるんだろう?)

 味方だと思っていた人たちに殺されかけて、他国の貴族と従者に助けられて、自分が今からどうなっていくのか、アリッサには想像もつかなかった。というより、このまま動けなくなってしまうなら……最悪の状況も覚悟しないといけないと思う。

「入るぞ」

 不意に声がかけられ、返事も待たずに馬車の中に乗り込んでくる人影が二人。一二三とオリガだ。

 カーシャは、酷く傷つけられたアリッサを見ているのが辛いからと、馬車の外で見張りをしている。

「一二三さん……」

「少しじっとして、動くなよ」

 アリッサの横に座り込んだ一二三は、彼女の身体のあちこちを、服の上からそっと触れていった。

 時々、触れられた場所が痛む。

その行為に、いやらしい感じはせず、真剣な表情の一二三に見とれてしまっている自分に気づいたアリッサが目線を外すと、そこにも自分と同じような顔で一二三を見つめるオリガの姿があった。

 ああ、この人はそうなんだと、アリッサが思っていると、一二三の手が離れた。

「肋骨が何本か折れてるな。あとは両手の怪我の他に、右腕と両足も骨にヒビが入ってる」

 ごくごく冷静に告げられる状況に、アリッサは諦めがついた。

「一二三さん、お願いですから、僕を殺してくれませんか……」

「なんでそんな話になるんだ?」

 首をかしげる一二三に、オリガがそっと触れながら告げた。

「これほどの怪我となると、高位の治癒魔法使いか、高級な回復薬をいくつも使わないといけません。いずれにしても、金貨が数十枚は必要でしょう」

「そうです。僕にそんなお金は払えません。こんな状態だともうどんな仕事もできませんから……弱って誰かに迷惑をかけたりするよりも、ひと思いに殺してください。一二三さんになら、僕……」

 声が聞こえているのだろう、外からカーシャの嗚咽が聞こえる。オリガも涙をこぼしていた。

 沈んだ空気が馬車の中を支配するが、それすらも一二三には関係ない。

「それなら、問題ないぞ」

「へ?」

「回復薬なら、王都を出る前に大量に買い込んできたからな。気にせず使える」

 収納から、ガラス製の瓶を次々に取り出して床に並べていく。

 一本買うのにベテランの冒険者でも躊躇するような高級回復薬が、まるで安物のように適当に置かれてく様は、その価値を知る者には気が遠くなりそうな光景だ。

「ご、ご主人様、どうしてそんなに」

「回復薬があるんだって?!」

 カーシャも馬車の中に飛び込んできた。

「カーシャ、少し静かにしろ。で、これは飲むものなのか? 傷にかけるものなのか? まだ試してないから、使い方も効き目もわからん」

「どちらでも大丈夫です、ご主人様。外の傷には振りかけて、内蔵や骨の傷には飲むと効果があります」

「そ、そんな高い薬使われても、僕にはお金が……」

「大丈夫よ、アリッサ。ご主人様はお金持ちだから」

 そのお金の出処については、アリッサの精神衛生上、言わずに置いたオリガだった。

 無理やり口に流し込まれ、手足に振りかけられ、毛布ごとびしょびしょになったアリッサは、すっかり傷も塞がった。

「こんな即効性があるのか。高いだけの事はあるな」

「あ、ありがとうございます……」

 文字通り、湯水のように回復薬を使われ、どうしていいかわからないアリッサは、とにかくお礼だけはなんとか言えた。

「アリッサ、早速で悪いが今からの事についてだ」

「あ、はい……」

 これだけの事をしてもらったのだ。アリッサもお礼の一言で済まされるとは思っていない。できることといえば、一二三の物になるくらいしかないのだが。

 それでもいいと、アリッサは一二三の言葉を待った。

「こいつらと一緒に、復讐したいと思うか?」

 問う一二三の隣に、笑顔のオリガがいる。

 これはある意味悪魔の囁きなのだろうと、カーシャは自分も既に引き返せない所にいるのだと、微笑む一二三たちを見ていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

反撃はまだ終わりません。

次回もよろしくお願いいたします。

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