20.Like Toy Soldiers 【不穏な町】
20話目、ヴィシー編スタートです。
お楽しみいただければ幸いです。
パジョーたちオーソングランデ側の騎士たちと唯一のヴィシー兵アリッサが沈黙してしまっているのを完全に無視して、一二三はオリガたちに声をかけた。
「それじゃ、さっさと行こうか」
言いながら、自分の馬を回収に向かう一二三を、慌ててアリッサが止めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! このまま放置していくの?」
「あ? 俺には関係無い話だしな。襲ってきたから殺した。それだけだ」
言い捨てて、さっさと馬の回収に向かう。
「ああいう人なんです。気にしない方がいいですよ。……貴女はヴィシー側の方ですね。私はオーソングランデの騎士パジョーと言います。貴女は?」
「あ、僕はアリッサです。その、特に肩書きの無い兵士です……」
相手との格の違いに、アリッサは思わず萎縮して声が小さくなる。
パジョーはクスリと上品に笑って、右手を差し出した。
「今は、貴女が生き残れた事を喜びましょう」
握手をして、アリッサは少し落ち着いた気がした。
(なんだか、大人の女の人って感じだなぁ……)
「では、これからの話ですが。我が国としては早急に体制を整え、これまで通りの出入国管理を行います。我が国の犯罪者も関わっておりますので、犯人と我が国の兵たちの死体は、こちらで回収させていただきます」
「あ、は、はい」
流れるように続けられたパジョーの言葉に、アリッサはつい了承してしまった。
本来ならば、ヴィシーの方にも被害が出ている以上、捜査の為にヴィシー側も犯人の死体は重要な資料となるはずだ。しかも、実は少しだけヴィシー側に入った場所が主な犯行現場になっているので、厳密にいえばヴィシー国内の事件である。
アリッサは、この事だけでも確実に叱責なりペナルティなりは免れない。
(かわいそうに……)
一二三を待つ間、二人の会話を聞いていたオリガは、アリッサに憐憫の目を向けたが、アリッサ自身は気づいていないようだ。
対して、パジョーは上手くごまかして捜査資料を独占する事ができたと、内心ほくそ笑んでいた。
(完全にヴィシー内に入ってから事件にならなくて良かったわ。向こうで暴れてから、元騎士だとバレたら大問題になるところだった)
とにかく、発生しかけた問題が想定以上にややこしくならずに済んだ事に、パジョーは安堵していた。
「それで、アリッサさんは……ヴィシー側は応援を呼ばれなくても良いのですか?」
「そうだった! あ、でも……ここのヴィシー側に誰もいなくなるわけにはいきませんよね」
商人や旅人がここを通過するには、両国の担当者のサイン等と許可の印が必要になる。もしどちらか一方でも抜けた通行許可証を持っていると、密入国と見なされる。
もちろん国防の面もあり、どちらか一方でもこの場を空にするのは問題となる。
ヴィシー側は全滅しており、連絡手段もない。どうするかとアリッサが悩んでいる所に、一二三が馬に乗って戻ってきた。
「パジョー、出国の手続きをしてくれ」
一二三が書類を渡しながら言うと、パジョーは書類を受け取ってオーソングランデ側の受付に、印を押しに向かった。その間に、連れてきた兵に死体の回収を支持する。
「ね、ねぇ」
パジョーを待つ一二三に、アリッサがためらいなく声をかける。
「なんだ?」
「ちょっと、お願いがあるんだけど……」
アリッサは、ヴィシーに入って街道沿いに最初に行き当たる街の兵士詰所に、伝言をお願いしたいと一二三に頼み込んだ。
「今のこの状況を伝えて、僕が応援を依頼したって伝えてくれるだけでいいんだけど」
一二三はしばらく考えてから、了承した。
「ただ、ヴィシーの街の配置について教えてもらうぞ」
「いいよ! ありがとう!」
適当に大きな街を渡り歩いて見物したいと、適当に一二三がでっち上げた理由を完全に信じ込んだアリッサは、街道沿いの首都までの街を楽しそうに説明する。
「では、馬車で10日もあれば、首都まで辿り着けるのですね」
オリガの質問に、アリッサは笑顔で答える。
「そうだよ。ここから首都まで行って、ホーラントの国境まで、大きなカーブを描いて街道が通ってるんだ」
「へぇ、ホーラント産の魔道具は、その道を通ってくるんだね」
カーシャが感心していると、一二三が疑問を口にする。
「ん? オーソングランデとホーラントも国境を接してるだろう。わざわざ遠回りするのか?」
この質問には、戻ってきたパジョーが解説をした。
元々、ホーラントが一人の天才魔法使いにより独立した国家として成立した際に、オーソングランデの国土をかなり侵食したという。そこで幾度かの戦闘があり、現在では多少の交流はあるものの、ほとんど直接の行き来は無いという。
「アリッサさん、これをお願いします」
「あ、わかりました!」
一二三たちの通行許可証を受け取ったアリッサが、充分に離れた所まで行ったのを見届けてから、パジョーは続ける。
「ですから、ホーラントの魔法使いが“合法的に”入国したとしたら、ヴィシーの正式な出国許可を得ている可能性もあります」
ヴィシーから誰かの手引きで出国し、受け入れ側のハーゲンティ子爵も正式な入国許可を出せば、オーソングランデで自由に行動できる。
だから、どのレベルまでかはわかりませんが、ヴィシー内部にも少なからずホーラントとつながる勢力がいるだろうと、パジョーは推測する。
「それが、ベイレヴラとその背後にいる誰かの可能性が高いわけだ」
色々とややこしくなってくる内容に、一二三はだんだん面倒になってきたが、一度受けた依頼を国も出もしないで断る程無責任でもない。
「それじゃ、とにかくヴィシーに入って、色々見てみようか」
戻ってきたアリッサから許可証を受け取った一二三は、オリガとカーシャに出発を告げた。
アリッサが言うには、街道沿いに進んで馬車で2時間程でアロセールという街に着くという。
馬車引いてゆっくり進むこと数時間、アリッサの説明通りに、塀に囲まれた街が見えてきた。国境に近い街であるせいか、オーソングランデ側のフォカロル同様、いざという時には防衛戦もできるようにと作られてるようだ。
「なんだか、見た目はウチの国の街と大差ないね」
一二三もカーシャと同じような感想だった。近い場所だからか、さほど文化的に違いは無いらしい。正直、オーソングランデでは大丈夫だった食べ物が、ヴィシーではどうかが心配だったが、フォカロルともそう離れていないので、多分問題ないだろうと思った。
街の入口で許可証を見せながら、ここの兵の責任者に用があると伝えると、詰所の場所を教えてくれた。
「ずいぶんザル警備だなぁ。というか、門番が妙に機械的な対応だったな」
「キカイテキ?」
「あんまり感情の起伏が見られなくて、決まった事を繰り返しているだけのようだって事だよ」
「ああ、でも真面目な兵士ってあんな感じじゃないの?」
「……カーシャはもうちょっと緊張感を持ったほうが良いと思うんだけれど」
気にしても仕方ないと、一二三は説明された詰所に入り、オーソングランデの準騎士爵だとコインを見せて伝えると、責任者が出てきた。
シンプルな鎧を着た中肉中背の特徴の無い男が奥から出てきて、一二三の目をまっすぐ見ながら、何の用かと聞いてきた。
その目は、どこか焦点が合っていない。
「アリッサという女兵士が所属しているだろう。そいつからの伝言だ」
詰所の兵士がアリッサ以外殺された事を説明し、応援要請を伝えるよう依頼されたと一二三が説明すると、男は「ご協力感謝する」と、全く感謝の気持ちが感じられない、抑揚の少ない平坦な声で言う。
「今日はここへ泊まるのか? 一応宿を聞いておこう」
「泊まるつもりだが、宿は決めていない」
「では、さらに街の奥へ通り沿いに行けば、部屋が綺麗な宿があるから、そこにするといい。他は貴族が泊まるには向かないだろう」
「そうか、ではそうしよう」
あからさまな誘導だと思いつつも、この男の様子が気になった一二三は、敢えてそれに従って見ることにした。
「では、我々は国境へ向かうので、これで失礼する」
男は、一二三におざなりな礼をしてから、部下を連れて出ていった。
「何だか、門の兵といいさっきの責任者といい、妙な反応ですね」
貴族であるご主人様に対して、ひどく無礼です。と、オリガは不満を口にした。
「ああいう状態になった奴を、以前どこかで見た事があるんだが……どこだったかなぁ」
「やっぱり、フォカロルの連中みたいに、ここの奴らも何か悪さをしてるのかね?」
そんな話をしながら馬を引いて歩いていると、宿に付いた。教わった単語にあった、宿の文字があったので、一二三にもわかった。
「ここか」
表に馬を繋ぎ、木製のドアを押し開いて入ると、小さなカウンターと食堂と思しき広い部屋が広がっていた。
「いらっしゃい。一泊一人部屋銀貨10枚、二人部屋は17枚。三人以上入れる部屋は無いよ。馬を連れてきたようだな。一頭銀貨3枚だ。裏の厩舎には俺が移してやる」
カウンターに居た無愛想な親爺が、顔を見るなり金額を言ってきた。
「俺が一人部屋、連れは二人部屋だ」
カウンターに銀貨を積み上げると、親爺はカウンターの下から二つの鍵を取り出した。
「こっちが一人部屋用、こっちが二人部屋用だ。客室は全部2階だ。日暮れ前に夕食を用意するから、この部屋に来い」
番号は鍵に書いてあると言うと、必要な事は伝えたとばかりに、親爺は黙ってしまった。
礼も言わずに鍵を受け取り、一二三たちは2階へ上がる。
「夕食前に少し寝ておけ。夜から動くことになるかもしれない」
「何かあるのですか?」
「真っ当に考えるなら、国境へ向かった連中が現地を確認してから、何人かは中央へ報告するために戻ってくる。時間的には夜になるだろう。動きがあるとしたら、最初のタイミングはそこだ」
近所の適当な食堂で今から昼を食べてから休んで、夕食後はオリガたちの部屋から通りの監視をすると決めた。
「アリッサは敵じゃないだろうあんなアホだと謀略には向かないし、仲間にもできないだろう。戻ってきた連中がどう動くかを見ておくべきだろうな」
本人が聞いたら怒りそうな事を躊躇なく口にして、一二三は一度自分の部屋に入って言った。
「また何か騒動になりそうだね」
カーシャがやれやれと首を振ると、オリガはニコリと笑う。
「でも、闇雲にベイレヴラを探すよりも、ちょっとでも足取りが掴めるなら良いと思うわ」
オリガに続いて部屋に入りながら、カーシャはそれもそうかと思った。
「……わかりやすい奴らだな」
宿の2階、薄く開いた木戸から通りの様子を伺っていた一二三は、小さく呟いた。光が漏れて注意をひかないよう、明かりはつけていないので、部屋は真っ暗だ。
陽が落ちてからしばらくは、人通りも途絶えて居た道を、鎧を着た数人の男たちが通り過ぎて行った。
その頃にはすっかり夜に目を慣らしていた一二三は、男たちの間に、後ろ手に縛り上げられ、ヨロヨロと歩く小柄な人影がはっきりと見えた。宿の正面を通った時には、それがアリッサだというのも確認した。
酷く殴られたのか、左頬を腫らして、口から流れた血は拭うこともできずに乾いている。
長い距離を歩かされたようで、時折足が止まりそうになるが、その度に後ろから蹴り上げられ、強制的に進まされている。
見えた状況を聞かされたオリガとカーシャは、二人共“ひどい”と呟いた。
「この前を通るという事は、昼に行った詰所とは別の場所に連れて行かれたようだな。さて、どうするか……」
「ご主人様はわかりやすいと言われましたが、なぜアリッサは捕まったのでしょうか? 自国の兵なのに……」
顔が見えないが、声と話し方でオリガだとわかる。
「あいつがあの現場を見た上で、生き残ったからじゃないか?」
「じゃあ、何で生かして連れてきたんだい? 目撃者を消すって言うなら、国境からここへ来るまでの間にいくらでも機会はあったんじゃない?」
「知られては困る事を知った奴を生かして置く理由は一つだ。その秘密を他に誰がどこまで知ったかを確認するためだな。拷問か、薬か……薬?」
一二三の脳裏に、昼にあったこの街の兵が思い出される。
「そうだ薬だ、思い出した! 確か精神安定系の薬物の中毒になると、あんな感じで感情が抜けたようになる例があったと思う。とすると、あの元騎士と同じような魔法具の影響を受けている可能性があるってことか……来たな」
憶測を言葉にして整理していた一二三だったが、不意に顔を上げた。
「どうかされましたか?」
「装備は着ているな? どうやら俺たちも捕まえておこうという腹らしい。宿に向かって10人程の気配が近づいて来ている」
「ここで戦うのかい? 明かりの魔法具を出さないと……」
「いや、一旦引いてやりすごす。先にアリッサを探して助けてやろう。気配からして、そう遠くには行っていないようだし」
「ええっ!?」
「カーシャ、なんでそんなに驚く?」
「いや、女の子を助けるとか、敵が来てるのに一旦引くとか、ご主人らしくないと思ってさ……」
本気で驚いているらしいカーシャに、一二三は自分の印象が本気で悪い事に心外だと言った。
「俺は殺人狂じゃないと前にも言っただろう。アリッサは兵士たちから何か聞いたかもしれないし、こちら側に引き込む事で、これからの調査に利用価値があるだろう。それに、10人程度じゃ準備運動にもならないし、お前たちに夜間戦闘のやり方はまだ教えてないからな。どうせ連中とはまたぶつかることになる。その時にしっかり殺せばいい」
結局殺すつもりなんだと、カーシャは逆に安心した。
どうやらオリガもホッとした様子で「さすがはご主人様です」などと言っている。
(こいつは本当は俺を馬鹿にしてないか?)
などと疑惑を抱きつつ、鎖鎌を取り出した一二三は木戸を静かに全開にする。
手早く鎌を投げ上げ、鎖を引いて木製の屋根にしっかり刺さった事を確認すると、そのままするすると鎖を登っていってしまった。
ゆらゆらと揺れる鎖を前に、カーシャたちが戸惑っていると、上から一二三の声がした。
「登れないなら引き上げてやるから、鎖を掴んでぶら下がれ。一人ずつな」
怯えながらもどうにかこうにか屋根にあがり終えてからさほど間を置かず、部屋のドアが開けられた。どうやら宿の主人が鍵を渡したらしい。
「……逃げたか」
昼間に会った責任者だという男の声がして、部屋の中をあちこち探し回る音がしてから、踏み込んできた連中は立ち去った。
夜の闇の中、再びアリッサが連れて行かれた方角へと去っていく兵士たちを見ながら、屋根の上に立つ一二三は、新たな獲物を見つけたと、静かに悦んでいた。
お読みいただきましてありがとうございます。
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今後も『呼び出された殺戮者』をよろしくお願いいたします。