Extra Episode
本作の完結後も、たくさんの方にお読みいただいております。
本当に、ありがとうございます!
当エピソードを追加掲載した理由は、後書きにてご説明させていただきます。
一二三が封印され、イメラリアによる治政が本格的に始まって以降、オーソングランデ王城内は素朴で質素な調度品が増えていった。
それは女王であるイメラリアの部屋も同様で、王位を息子のカールへ譲ってからは、城の奥にある小さな部屋に寝起きしていた。
政務から解放された後、日々魔法の研究を楽しんでいた彼女も、六十代の半ばになると、その小柄な身体を病に蝕まれ、寝台の上で長い時間を過ごしていた。
「プーセさんは、変わらず美しい姿のままで、羨ましいですね」
「そんな。いくつになっても少女のように可愛らしいイメラリア様の方が素敵ですよ」
ベッドの上で状態を起こしているイメラリアは、プーセに微笑みかけながらも、苦しげに息を吐いていた。
もともと痩せていた身体は骨が浮き上がる程に衰え、薄くシンプルな服を一枚纏った姿は、今にも壊れそうな弱々しさだった。
年齢の割には皺の少ない顔ではあるが、頬の肉は落ちていて、老いと疲れは確かに彼女を死へと近付けている。
「プーセさん、わたくしはもうすぐ死ぬでしょう。エルフの貴女ならわかるでしょう。わたくしの身体からはすっかり魔力が失われてしまいました」
「イメラリア様……」
「長い時間、貴女を城に縛り付けてしまって申し訳ありませんでした……」
「謝っていただく必要はありません。わたしが自分で選んでそうした事ですから」
「ありがとう……うぅ……げほっ、げほっ……」
礼を言ったイメラリアは、激しく咽た。
プーセは、そっと痩せた身体を支えて寝かせると、治癒魔法を使う。病には効果が無いが、多少は気分が楽になる、とイメラリアから聞いていたからだ。
「はぁ……少し、楽になりました」
大きく息を吸い込みながら、イメラリアは笑った。
「わたくしは、きっとこの国の歴代の王族の中で、一番濃密で様々な体験をしたのでしょう。死後の世界で、お父様やお母様、そして弟には色々と話をしなければなりませんね。そして、謝らなくては……」
天蓋を見上げながら、イメラリアは小さな声で言った。
「謝る……ですか?」
「ええ。お父様たちが殺されてしまった事は、冷たいようですけれど、自業自得の部分もあります。けれど……」
恥ずかしそうに、少女のような笑みを浮かべたイメラリアは、プーセを見て頬を赤らめた。
「わたくしは、その父母の仇に恋をしてしまいました。そして、彼の子供を授かったのです……。後悔はしておりませんが、死後のわたくしは、きっとお父様たちに責められるでしょうね。言い訳はできませんから、ただただ、謝るだけです」
細い手が、何かを探すように宙を泳ぎ、ようやくプーセ手に触れた。
力なく握られた手を、プーセは両手でしっかりと包み込んだ。
「暖かい……プーセさん。今までありがとう。そして、こんな事をお願いできる立場でもないけれど、カールをお願いしますね」
「もちろんです。わたしにできる事は、何でも……」
「でも、プーセさんも自分の幸せを見つけてくださいね。わたくしは、想い人と暮らす事は叶わなかったけれど、彼との子供を育てる事が出来て、本当に幸せだったのですから……」
プーセは、彼女を気遣いながらも笑っているイメラリアの顔に、確かな死相を見てとった。唇が震え、涙があふれる。
「お願いがあります……貴女に伝えた一二三様を解放する方法……もし、それを使う事があれば、一二三様と貴女が顔を合わせる事があれば……」
イメラリアの青い瞳が、プーセを見ていた。
「若い頃のわたくしは、素直に、自分の気持ちを認められなかった……。でも、今でも、本当に、心の底から、一二三様の事を……」
次第にか細くなる声を聞き逃さぬよう、プーセは立ち上がり、イメラリアの口元に耳を寄せた。
「愛して、いる、と……」
「イメラリア様……」
命の鼓動が消えた事を知り、プーセは冷たくなった手を握ったまま静かに泣いていた。
激しい変化の時代を生きてきた女王の、その最後の言葉。誰もが興味を持って尋ねたが、プーセは女同士の約束である、とその内容を誰にも語る事は無かった。
それは王族に生まれたが為に、一人の男を異世界から呼び出してしまったが為に、多くの死を踏み越えて生きる事となった少女の、誰にも明かせない、恋の告白だったのだから。
お読みいただきましてありがとうございました。
当エピソードを掲載した理由は三つあります。
まず、本作の続編として『よみがえる殺戮者』という作品をスタートさせましたので、本作をブックマークしていただいている方にお伝えする機会として更新いたしました。
第二に、本作の書籍2巻が今月22日発売ですので、その記念でもあります。
そして一番の理由として、イメラリアは笑顔で亡くなったという事を伝えたかったためです。このシーンについては続編に掲載する予定が無く、また続編の時代背景がある程度掲載できましたので、ここで発表する事に致しました。
後書きが長くなりましたが、ここまで長いお話にお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。