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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
幕は下り、人は生きている
182/184

182.Outro

最終回です。

30分程開けてエピローグを公開します。

詳しくはあとがきにて。

 睨み合い。という言葉は、互いに微笑んでいる今の状況には今一つ適さない。一二三はオリガの強さを認めているし、先ほど左腕に傷を入れられたことに対して、負の感情は少しも無い。それどころか、喜んでいた。

「大したもんだ」

 血が流れる手首を一瞥し、一二三が笑う。風の刃は全て防いだが、最初の傷からの出血は増えていた。

「……魔法薬を、使われないのですか?」

「あと二本しかない。それに、お前を相手にそんな悠長に構えていられないからな」

「あ……こ、光栄です」

 オリガは多少誇張した表現だと思っていたが、一二三としては割と真剣な評価だった。

 不可視の刃を操り、小柄な体躯で素早く動きながら相手を牽制し、なおかつ近接でも鉄扇を使って斬撃と打撃の両方を行える。

 組技・投げ技をほとんど教えていないのだが、できないとも限らない。少なくとも、魔人族兵を数百人相手にするよりも、オリガ一人を相手にする方が面倒だ、と一二三は考えている。

「良く鍛えている。これは……楽しめそうだ」

「ええ、たっぷりと味わってください!」

 オリガの声が終わる前に、一二三は背後に向かって左手を振るった。力なく揺れる黒い手が、大きく回り込んで飛来してきた風魔法を打ち消す。

 同時に真正面から歩くよりも早く、走るよりも遅い速度で距離を詰めたオリガは、奇襲が失敗した事にも動揺を見せることなく、鉄扇を一二三の膝へと向かって袈裟懸けに振り抜いた。

 軽く足を引いて避けた一二三は、その足で鉄扇を踏みつけにかかる。

 だが、オリガは無理やり蹴りを出して一二三の足を逸らした。

 地面を踏みつける形になった一二三は、状態を起こすと同時に、右手にぶら下げた刀をひょい、と掬い上げるように突き出した。

 防御のために開かれた鉄扇の上を刃が滑り、火花が飛ぶ。

 互いに相手の武器を押し込むようにして、距離を取った。

 一二三は薄く開いた口から長く息を吐いた。

 オリガは少しだけ肩を上下させ、深呼吸を二度行い、心臓を落ち着ける。


 今度は、一二三の方から動き出す。

 刀は下げたまま、先ほどのオリガと同じように、まっすぐ突き進む。だが、その勢いは段違いだ。

 暴風すらも凌駕する、圧倒的な力が押し寄せるプレッシャーに、オリガは思わず足が後ろへ向かって出るところだった。

 だが、ここで逃げに転ずることは許されない。情けない姿を見せて、愛想をつかされたら……もし、それが原因で共に眠る事を拒否されたら?

 恐ろしいにも程がある未来予想図を脳裏から掻き消し、オリガは前に出た。しかも、風魔法で自らの背中を押して。

 二人とも、声を出すことなく激突する。

 打ち合うのは再び刀と鉄扇。

 削れた鉄扇の破片が飛び、何故か全て一二三の方へと流れ飛ぶ。一つの欠片が、一二三の頬を裂いた。

「風魔法、か。器用なもんだ」

「一二三様にご教授頂いた賜物です」

「嬉しい事を言ってくれる」

 片手で刀を押えつけてくる一二三に対し、オリガは両手で鉄扇を支えながら、魔法で牽制を行う。

 手数としては勝っているオリガは、再び魔法で一二三の気を逸らそうとしたが、先に一二三が動いた。

「きゃっ?」

 不意に膝から力が抜けたように視線が落ちていく中、足払いを受けた事に気づいて、オリガは素早く身体を丸めて刀が届く範囲から離れつつ、歯噛みした。相手の注意を逸らす事に集中して、自らの足元が疎かになっていた。

 このままでは、終われない。

 容赦なく踏込み、突きを入れてくる一二三に向かって魔法で作った水を飛ばし、その間にさらに距離を取る。

 オリガは長く一二三と訓練していく中で、彼の間合いを自然と憶えていた。四歩以上の距離を取って対峙すれば、攻撃が来る前にオリガの魔法で対処できる。

 しっかりと構え直し、鉄扇を開く。

 口内を焼きそうな程の熱い息を吐き、しっかりと一二三を見据えた。

 目の前に立つ夫は、右手に刀を下げ、左手から血を流し、それでも悠然とした態度で、妻を見ていた。その表情には疲れや戸惑いは見えない。ただまっすぐに相手を見据えている。いや、一二三から学んだオリガは知っている。一二三は相手だけでなく、周囲の後継や空気の流れも同時に見て、感じている。

 ならば、とオリガは風を操り始めた。腕に固定した魔法杖代わりのナイフに魔力を流し、現象へと変える。

「……うん?」

 周囲の空気が変わったことに、一二三が敏感に気付いたらしい。

 少しだけ腰を低くして、油断なく動けるように構えている。

 一二三が、オリガに注視している。彼女の動きからは動きが読めていないからだ。視線が絡み合う状況を、オリガはもっと長く楽しみたかったが、急がねばならない。

「色々とお話させていただきました」

「そうだな。まあ当たり前と言えばそうだが、何よりお前は俺を求めた。そして俺はお前に強くなる事を求めた」

「訓練もお仕事も、夜の時間も。離れている間のお話も色々と聞かせてくださいました。そんな何にも代えがたい時を過ごす中で、一二三様は一つだけ失敗なさいました」

 そして、オリガは大きく息を吸い込む。

 口を開き、前に向かって大きく喉を震わせた。

 瞬間、一二三は攻撃の正体に気付き、刀を捨てて耳を塞いだ。だが、左手に力が入らず、左耳は完全に塞げない。

 一二三の耳を、風魔法で増幅され、音と言うより衝撃へと変化した声が一二三を襲う。多少の指向性はあるものの、周囲の魔物たちや騎士たちは昏倒し、当事者であるオリガですら、鼓膜が破れて両耳から血を流していた。

 だが、攻撃はそれだけでは無い。

「……くっ!」

 左耳から血を流し、多少ふらつきを見せているもののしっかり立っている一二三に向かい、オリガは猛然と駆け出す。

 刀を拾いあげ、振り上げる姿が見えた。

 それでもオリガは止まらない。鉄扇を構え、速度を落とさずに、いや、さらに踏み込みを強くする。

 音も聞こえない、静寂が支配した戦場の中で、右手に掴んだ鉄扇が奔る。

 狙うは左手。

 一二三は万全ではない。斬られる可能性は高いが、いつもの速度よりは遅いはずだ。

 臆するな、と自分に言い聞かせ、できうる限りの速さを持って、一二三の左手首へと、横なぎに鉄扇を振るう。


 ふと、オリガの視界の端にヴィーネが見えた。

 長い兎耳から血を流しているあたり、衝撃波を受けたらしい。それでも、やや覚束ない足取りで、懸命に、涙を流して走ってくる。

「止めて!」

 と、叫んでいるようだが、オリガには聞こえない。おそらく、一二三にも聞こえていないだろう。

 ヴィーネはそのまま、跳躍して一二三に向かってしがみつこうとする。

 同時に、オリガの鉄扇が一二三の左手首を切断した。

 そして、一二三の刀がオリガの肩口から背中へと突き抜けた。

「うおっ、と」

 そのまま、勢い付いてしがみついて来た二人の女性に巻き込まれる形で、一二三は転倒する。

 周囲に、分厚い魔法障壁が発生するまで、ほんの数秒だった。


☺☻☺


「……なぜ、殺さなかったのですか?」

 オリガは、一二三の胸板に耳を寄せる形でくっついたまま、尋ねる。

 だが、答えは返ってこない。それどころか、自分の耳も聞こえない。

 苦笑したオリガが身体を起こすと、同時に一二三が刀を引き抜いた。痛い、というより熱いという感触が身体の芯まで震わせる。

 オリガが顔を赤らめながら、胸を押さるように座り込んでいると、同じように身体を起こした一二三。その腰のあたりにしがみついたまま、ヴィーネが目を回して気を失っていた。

 オリガには聞こえなかったが、一二三が何かを呟き、魔法薬の瓶を二つ取り出したかと思うと、開封してヴィーネの口へ突っ込んだ。

 半分程減ったところで一二三が瓶を引き抜くと、ヴィーネはむせて鼻や口から液体を撒き散らしながら転がり、障壁に激突した。

 その間に、残った魔法薬を一二三が飲み干す。顔や腕の傷はふさがったようだが、左手首から先は再生しなかった。だが、一二三はそれを気にした素振りも見せない。

 そして、残った一本をオリガへと差し出した。

「わ、たしは……」

 耳が聞こえ無いせいでうまく話せないようだが、どうやら敗北した自分には、一二三と共にいる資格が無いというような事を、オリガは心身の痛みに顔を歪めながらポツポツ話している。

「まったく。変な所で手間のかかる奴だ」

 オリガの脇の下へと左腕を差し入れた一二三は、力任せに引き上げ、抱きしめるような形で顔を近づけると、片手で魔法薬の蓋を飛ばし、中身を口に含む。

「えっ……」

 突然の口づけに、オリガは一瞬だけ身体を強張らせたが、すぐに受け入れた。

 肩や背中の傷も塞がり、音も聞こえるようになると、二人の間に聞こえる水音が恥ずかしく感じたのか、オリガは口を離しかけた。が、思いとどまってそのまま一二三にしがみつく。

「ご、ご主人様、大丈夫ですか!?」

 どうやら復活したらしいヴィーネが一二三にしがみつくと、ようやく口づけが終わる。

 そして、一二三の拳がヴィーネの頭に落ちる。

「あ痛っ!?」

「折角の戦いを邪魔しやがって……ああ、始まったか」

「きゃあ! 何ですかこれ!?」

 再び抱きついてきたヴィーネに、ため息交じりで一二三が答える。

「封印だ。イメラリアめ、しっかり狙ってやがった」

 言葉とは裏腹に、一二三は笑っている。

 三人とも、ゆっくりと足元から石化が始まっている。


☺☻☺


 一二三を挟んでオリガとヴィーネが寄り添うようにして立っている。

 すでにその膝あたりまでは白く輝く石へと変化していた。

「だ、大丈夫なんでしょうか……」

 不安に怯えているヴィーネを、一二三は笑い飛ばし、オリガが不満を顔に出す。

「ヴィーネ、今さら怖気づいたか? オリガ、その顔で固まるつもりか?」

 二人の女性があれこれと話しているところへ、サブナクを伴ったイメラリアと、アリッサがやって来た。

「もういいのか?」

「ええ。すでに魔法は発動しています。誰にも止められません。……たとえ、わたくしを殺したとしても」

 一二三の目の前に立ち、挑発するように微笑むイメラリアに、一二三は右手を伸ばした。

 身体を強張らせているイメラリアの頭に、そっと一二三の手が乗る。

「まあ、お前にしては良くやった」

「……え?」

「人材がいなかったからな。魔人族を巻き込んだのは良い選択だった。お前らだけじゃ、ここまで時間を稼ぐのは無理だったはずだからな」

「なぜ……」

 イメラリアが突然の評価に驚いていると、横からアリッサが身を乗り出してきた。

「一二三さん! やっぱりもう一回お話したい!」

「時間がもうあまりないからな。何だ?」

「僕、しっかり領地を守るよ! 一二三さんが戻ってきたら、またあの館に戻れるようにしておくから!」

「ああ、任せた」

「それから、それから……」

「どうしてですか!」

 次の言葉を探しているアリッサの後ろから、イメラリアが悲鳴にも似た声を上げた。

「どうして、今この時になってそんな、そんな……」

「この世界が俺好みになるよう蒔いた種が芽吹いたような気がした。その中心にいたのがお前だった。そういう事だ。お前は良くやってくれた。情報を集め、下準備をして、必要な駒を揃えて、勝てる見込みを立てて行動に移した。この世界の誰もがやらなかった、できなかった事だ」

 厳しい評価をすれば、まだまだ落第点だが、と一二三は言う。

 すでに、腰のあたりまでが石化しているようだ。身体が上手く動かせない違和感に、一二三は眉を顰めた。

「お前は俺に対して復讐をする気持ちがあった。それがお前を成長させた。そしてこれから先、人間・獣人・エルフ・魔人が入り乱れるこの世界で、人間が生き延びるために必要な事は、お前やアリッサが学んだ」

 一二三が語る間、イメラリアは俯いて拳を振るわせている。

「いずれ俺は復活するだろう。何十年、何百年先になるかわからんし、その時にどんな世界になっているかわからん。だが、願わくば腑抜けで戦い方を知らない奴ばかりになっていないことを祈るばかりだ。……そうじゃなくちゃ、殺し甲斐も無い」

「貴方という人は!」

 イメラリアの平手が、一二三の頬を張る。

 一二三は、それを避けずに甘んじて受けた。非力な彼女の攻撃など、大した痛みではないが。

「そうだ。それでいい。いつか憎む相手が復活する、と肝に銘じておけ。そして子供に伝え、戦いの準備を怠るな……ん?」

 一二三の言葉に、再び震えていたイメラリア。だが、一二三を見上げたその顔は、笑っていた。

「一二三様の一番大きな欠点は、女性の気持ちを理解できないことですわ」

 そう言うと、イメラリアは一二三の首に腕を回し、顔を寄せた。

「憎しみだけでここまでする女がいるわけないでしょう」

 一二三の反論が出る前に、強引に口づけを交わす。

「んむ……はふぅ……」

「お前なぁ」

「僕も!」

 イメラリアが離れた瞬間、アリッサも飛びついて、乱暴に唇を重ねる。キスと言うよりは、ペットが飼い主の顔を舐めているような無邪気さで。

「ああもう、いい加減にしろ!」

「うぎゃつ!」

 頭突きでアリッサを引きはがした一二三は、再びイメラリアを見る。

「とにかく、俺たちをどう後世に伝えるかは勝手にすれば良い。アリッサも、お前が領主なんだから、好きにすれば良い」

「ええ。一二三様の悪口をたっぷり遺しておきますわ」

「僕は、ちゃんと領地を発展させる!」

 はいはい、と適当に答える一二三に、二人は不満を漏らしているが、一二三はもう聞いていない。

 すぐそばにいるオリガが、腰に手を回してくれと頼み、ヴィーネも同じことをねだったからだ。二人を両手に抱くようにすると、オリガが顔を寄せてきた。

「一二三様……いえ、あなた。何故私を殺さなかったのですか? あの時、もう少し左を突かれていれば、私は死んでいました。……あなたが、そのような失敗をするとは思えません」

 真剣な目で見上げてきたオリガに、一二三は首を振った。

「俺は、分別が付かない子供は殺さない。お前の腹の中にも、子供の気配を感じた。そういうことだ」

「え、何それ本当ですか? おめでとうございます、奥様!」

 顔を赤らめて一二三を見上げたまま固まっているオリガの代わりに、ヴィーネが一人、盛り上がっている。

「オリガ、そんな顔のままで石になるつもりか? 笑えよ。俺の妻には、それが一番似合っている」

「……はい。あなた」

 ゆっくりと、首から顎へと石化は進み、微笑みながら見つめ合った二人と、満面の笑顔で抱きついている一人は、完全に石像と化した。

 イメラリアが解読した文献の通りであれば、彼らの時間は既に停止している。何も考えることなく、次に意識が戻るのは、誰かが封印を解いたその時になるだろう。

「う……うあああ……」

 すがるように一二三の足元へと頽れたイメラリアは、顔を伏せて泣き出した。

 サブナクはそれを止めることもせず、ただ待っていた。いや、彼も涙を流している。悲しみかどうかはわからないが、少なくとも共に在った人物との別れだ。遠慮せず、言葉を交わしておけば良かった、と今さら後悔していた。

 そして、アリッサもまた、立ち尽くしたまま大声を上げて泣いている。

 その日、陽が落ちるまで広場では泣き声が止むことは無かった。


☺☻☺


 未曾有の災害とも、阿鼻叫喚の戦闘とも言われた王城前の乱闘は、多くの魔人族が死に、人間側にも死者を出した。挙句、最後まで残っていた兵も騎士も、まとめて気絶して終了するという結果となった。

 だが、これは王城の禁書庫に眠る記録にのみ記載された事実であり、民衆へと齎された情報は違う。

“細剣の勇者、魔人族との死闘を見事に制するも、呪いによって妻や従者と共に封印さる”

 広場の中央に新たな台座が設けられ、そこに一二三たちの像は安置された。台座へ嵌め込まれた石版には、『勇者の肖像』とだけ記され、詳しい事は何一つ書かれていない。全ては民衆の噂話によって紡がれるに任せる事になった。

 ただ、石版を外した部分に、イメラリアが彫らせた一文がある。


『イメラリアによって呼び出された殺戮者 ここに眠る 災厄を起こすことなかれ』

お読みいただきましてありがとうございました。

あとは30分程あけてエピローグを公開します。


新作『メカファン(機械ファンタジー)世界の遊び方』の

1話目を同時公開しております。

よろしければ、ご一読ください。


『呼び出された殺戮者』の続編につきましては、

活動報告をご確認ください。


それでは、エピローグにて改めてご挨拶をさせていただきます。

ではでは。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 舐めプしたせいで、結局「封印」されてしまったと。作者都合として、ラストをこうしたかったから主人公は意図的に「考えなし」にされたと。なるほど。
[良い点] 終わり方も一二三さんらしくて、エピローグも用意しててくれてとにかく泣いた
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