180.Get The Party Started
180話目です。
よろしくお願いします。
一二三を睨みつけているマルファスは、身長こそ左程変わっていないが、身体つきは一回り大きくなり、爪は鋭く、分厚くなっていた。
「中々頑張って鍛えたみたいだな。よしよし、それだけ殺気を抱えてかかってくるなら、ちゃんと相手してやろう」
そう言いながらも、一二三は鎖鎌を収納したが、かと言って刀を抜こうとはしない。
無手となった両手をブラブラと下げて構えようともしない一二三に、マルファスは苛立ちの表情を見せる。
「うああ!」
「だから」
真正面から飛びかかってきたマルファスの頭を右手で叩いて軌道をずらした一二三は、隙だらけの脇腹を前蹴りで押し返した。
「掛け声やら雄叫びを否定する気は無いが、攻撃のタイミングを教える必要が無いなら黙ってやれ。声を出さないと攻撃もできないなら帰れ」
邪魔だ、と魔人族の兵の頭を掴み、地面へ叩きつけながら冷静に指摘する。そして、ため息と共に決断を述べる。
「お前はこれが限界だな。もう少し身体ができてきたらやりようもあるだろうが……相手との力量差を知ろうとしない猪武者は、あっという間に命を落とすのが末路、か。まあ、可哀想に、と思わなくも無いからな。有効に利用してやろう」
遮二無二爪を振り回してくるマルファスの動きを鼻歌でも歌いそうな程に軽やかに、余裕を持って回避する。
「アリッサ! ちょっと来い!」
ちゃんと聞こえたらしく、広場の出入り口から魔人族の間をすりぬけるようにして、アリッサが走って来た。
「なになに?」
「今から最後の授業をしてやる。ちゃんと見ていろ」
「えっ……うん!」
最後という言葉に引っかかったアリッサだったが、すぐに返事をする。無かったはずの交流。その時間を無駄にしたくない。
「ところでアリッサ」
「はい!」
「拙速は巧遅に勝るという言葉があってだな。簡単に言えば、素早く判断し、行動することは多少の粗があっても遅れるより良いという意味だ」
アリッサは黙ったまま、一二三に睨まれるままに立ち尽くしている。顔中に大量の汗を流しながら。
「策があるならまだしも、戦場に遅れる奴があるか。フォカロルに帰ったらカイムにでも正直に白状して、反省しろ」
「はいぃ……」
小さく肩をすくめているアリッサを見て、一二三は小さく笑う。
「じゃあ、始めるか」
改めて、マルファスに向き直る。
その後ろに、オリガが背中を合わせるように滑り込んできた。
「私は邪魔が入らないようにします」
「そうか。任せた」
「アリッサ、しっかり見ておきなさい。貴女がこの場で見聞きしたことは、必ずフォカロルの兵士たちに、そしてこの世界の戦う者たちに伝えるのですよ」
「うん! ありがとう!」
アリッサのの元気な返事に、オリガはにっこりと頷いた。その姿はするりと移動し、複数の風の刃を撒き散らしながら、周囲にいる魔人族の兵を鉄扇で切り刻む。
「というわけだ。教材としてしっかり使ってやる。……死に物狂いでかかってこい。すぐ終わっては勉強にならん」
話の間、適当にあしらわれていたマルファスは、相当頭に血が上っているらしいことが、荒い呼吸と唸り声で伝わってくる。
爪を前に出すように構え、今までと同じ攻撃を繰り返そうとしているらしいマルファスを見て、一二三は少し落胆した。
「獣人族はどいつもこいつも……そういう意味では、レニがいたのは僥倖か」
獣人族にとっても、一二三にとっても。
☺☻☺
イメラリアは、自分のやろうとしている事の結果を自らの目で確認する事を決めている。
グレーの肌に大粒の汗を浮かせて様子を見ているウェパルと違い、イメラリアは全ての感情を押し殺したような瞳で、冷静に広場を見下ろしていた。
ミダスが魔人族の攻撃に倒れ、後送されていく様子も、無言のままで見ていた。
「ミダスさん……」
イメラリアの後ろで、同じように様子を見ていたサブナクが声を漏らした。
彼女がその声に振り向くと、ウェパル同様に冷や汗を流しながら、戦況を見ているのがわかる。その様子がどこか可笑しくて、戦闘開始から初めて、イメラリアは口に手を添えてそっと笑った。
女王の笑みに気付いたサブナクが、顔を歪めた。何と表現して良いかわからないが、困惑が多分に含まれていることは間違いないようにイメラリアには見える。
「陛下……?」
「ああ、笑ってしまってごめんなさい。サブナクさん、貴方はわたくしの護衛なのですから、眼下ばかりに気を取られていてはいけませんよ」
「これは、失礼いたしました」
汗を拭い、サブナクは姿勢を正した。それでも、視線は広場から離せずにいる。
「ミダスさんが怪我をされたようですね」
「そのようです」
「心配ですね……とわたくしが言うのも、変な話でしょうけれど」
「そのようなことは……陛下の御心遣いには、ミダスさんも嬉しいでしょう」
「原因は、わたくしにありますが。それでも?」
「それは……」
サブナクは口ごもった。
認めるべきか否か、彼には判断できなかったのだろう。
「意地悪な事を聞きました」
再び視界を広場へと向けた時、一二三は獣人と思しき少年をあしらいながら、いつの間にか中央近くへ来ていたアリッサに向かって何かを語っている。
「獣人族がなぜ……?」
「あの子はね、一二三と戦いたくて魔人族に加わったのよ」
ウェパルが、獣人の子を見つめながら口を開いた。
「それで、この戦場に?」
「私は呼んでないわよ。流石にまだ若すぎるし、訓練も途中だったし」
バシムなり他の魔人族兵なりに唆されて、予定外の転移組の中に紛れてここへ現れたのだろう、とウェパルは考えられる状況を語った。
「あの男に家族どころか集落ごと壊滅させられたらしいわよ。裏は取ってないけど、私は信じた。……あの子だけは、助けてあげたいんだけど……」
口に出したウェパルにも、それが不可能な事はわかっていた。すでに彼は一二三の前に立ち、明確に敵意を持って攻撃した。
「無理でしょうね……せめて一矢報いることができれば、と願うしかないのね」
「いえ、良いタイミングです」
イメラリアも獣人族と一二三の動きをしばらく見ていたが、どうやらアリッサに向けて何かを伝えようとしているのか、アリッサを呼び出し、横で立たせたのが見えた。一二三は、彼女の目の前に立ち、改めて獣人を迎え撃つつもりらしい。
「一二三様の動きが止まりました。……良いタイミングです」
「ちょっと待ってよ! それじゃ、あの子が巻き込まれるじゃない!」
「自業自得です」
「何もこのタイミングじゃなくても……」
「これを見逃して、他に機会がある保証はありません」
イメラリアは、プーセに向かって顔を向けるだけでは無く、その近くへと歩み寄った。
「今、結界を発動したらどうなりますか?」
「……た、タイミング次第ですが、一二三さんだけか、マルファス君も巻き込まれるか……」
「マルファス?」
「あの獣人族の子よ。貴女も彼を知っているのね?」
ウェパルもプーセの前に立つ。多少背の高いウェパルが見下ろすようになるが、プーセは荒野で出会った時と同様に、見つめ返した。
「ええ。知っています。一二三さんとの因縁は知りませんでしたけれど……」
プーセは意見を求めるようにイメラリアへと視線を戻した。
目を閉じて考えていたイメラリアだったが、意を決したのか、しっかりと目を開き、青い瞳がプーセを捉えた。
「“やらされた事もやってしまった事も、結局はやった奴が結果を受け止めるしかない”……ですか」
イメラリアは、一二三が王城を後にするときに語った言葉を復唱した。言葉にすると、改めて自らの心をチクチクと刺してくる。結局はイメラリアの選択がこの状況を生んでいるのが、自覚できるからだ。
「今の状況は、彼の行動が全て自分に跳ね返ってきただけの事。こういう状況になったのも、彼の選択の結果です。……構いません。プーセさん、始めてください」
「貴女ねぇ!」
冷たい意見を言い放ったイメラリアに、ウェパルが詰め寄ろうとするも、間に入り込んだサブナクに阻まれた。
「ここでわたくしたちを止めるつもりですか? ここまで状況は進みました」
イメラリアが右腕を広げ、広場を指した。
「わたくしやプーセさんを止めたとして、その後どうするのですか? 人間と本格的に戦いを始めますか? その先にある、一二三様との戦いを覚悟されていますか?」
「く……」
「些細な犠牲だと切り捨てましょう。プーセさんも、良いですね?」
「わ、わかりました……」
プーセは渋々了承を示した。内心では、可能な限りマルファスを逃がす事を決めているが、正直に言えば今から障壁を張ったとして、一二三との隔離が間に合うかどうかがわからなかった。
とにかく始めるしかない、とプーセは杖を握りしめ、障壁を実体化させるための詠唱を始める。一二三を中心に二、三人が入れる程度の大きさに止め、エリアの大きさよりも障壁の頑強さへ魔力を振り分ける。
杖を通した魔力が流れ、不可視の力が一二三の周囲へと到達した瞬間、プーセはオリガと目が合った。
☺☻☺
「……お。もう始めるか」
爪や牙を使う獣人族への対応について、実戦の動きを見せながらアリッサへ説明していた一二三は、足元に不穏な力の流れを感じた。
「はぁ、はぁ……」
練習相手として、大した傷は受けないもの振り回され続けたマルファスは、もはや体力の限界だった。
荒い息をして、目だけはギラギラと光らせているが、もう腕を上げるのも辛い程に疲労している。
「そろそろだな。……アリッサ」
「うん」
「最後に良い事を教えてやろう」
力を振り絞り、牙をむいて迫るマルファスを横目で見ながら、一二三は拳を握った。
「生き物は、血を流さずとも死ぬ」
喉を狙って飛び上がったマルファスに対し、一二三は膝を折って潜り込むように相手の下へと滑り込む。
倒れ込むような勢いをそのまま拳へと乗せ、マルファスの心臓をめがけて激しく打ちつけた。
胸を激しくノックされたマルファスの体内に振動が駆け巡り、胸骨と肋骨は深刻なダメージを受けた。
そして、心臓は不意の衝撃でパニックを起こす。
「……う……」
意識したのか違うのか、マルファスは目を見開いて一言だけうめき声を漏らすと、力なく倒れた。
そして、二度と動かない。
「人体は頑丈で脆い。こいつも身体がもっと大きくなるか、筋肉がもっと発達していれば、この程度では死ななかったかもな」
命を奪った感覚をじっくりとその手に味わいながら、一二三はマルファスを見下ろした。
打撲跡はあっても、血は一滴も流れず、切られた傷も見当たらないその死体は、まるで眠っているようにも見える。
「アリッサ、行け」
シンプル過ぎる別れの言葉。
一二三の顔には笑顔も怒りも無い。まっすぐにアリッサを見つめている。
「一二三さん……やっぱり、一緒に……」
「駄目だ。お前には仕事を任せたはずだ」
「でも……うん。我が儘でした。ごめんなさい。あの、ありがとう。助けて貰って、色々教えてもらって……楽しかった! 一二三さんと出会えなかったら……」
「もしも、は必要ない」
焦って言葉を探すアリッサに、一二三は笑いかけた。
「お前が選んだ結果だ。薬をやったときに聞いただろう。好きに生きてきたはずだ。これから先もそうしろ。お前の人生だ。俺は知らん」
「あ……うん!」
最後にもう一度礼を言ったアリッサは、名残惜しそうに何度も振り向きながら、脇差で魔人族たちを切り刻みながら去って行った。
「やれやれ……。さて、後はあいつか」
見上げると、イメラリアがじっとこちらを見つめ、その隣でプーセが何やら必死な表情で杖にしがみついている。
彼女たちが何を狙っているのかを既に知っている一二三は、足元に広がる魔力を感じながらも、何も対策をしなかった。いや、黒々と染まっている左手を揺らしている。
周囲には相変わらず魔人族たちがひしめいている。
飛んできた火球を左手で掻き消した一二三は、すぐにオリガの姿を見つけた。
「良く持った方、か。本当なら、あれにも残ってもらった方が都合が良いんだがな」
息が上がり始めているなか、威力よりも範囲を広げる形で魔法による牽制を行い、近い位置にいる敵から鉄扇で斬殺していくオリガ。
彼女が一二三から得たヒントを元に開発した魔法は、結局その資料ばかりがフォカロルに保管されているだけで、伝授された者はいない。まだ若い彼女が、もし精力的にこの世界で魔法についての技術を広めて行けば、戦争の在り様がまた変化したかもしれない。
しかも、それは一二三がいた世界では有りえない方向への変化だ。ひょっとすると、充分に成熟した魔法技術は、一二三すらも簡単に屠り去るものになるかも知れない。
「後は、残った連中に期待するとしようか。だが、俺もそう簡単に閉じ込められるのは癪に障る。さあ、コレにお前たちはどう対策する?」
うっすらと見え始めた障壁。一二三もこれにはエルフの里で見た覚えがある。イメラリアの隣でウェパルが複雑な顔をしているのが見えて、思わず彼は笑ってしまった。
「随分と分厚くて狭苦しい形状だな」
左手でそっと触れると、ずぶずぶと障壁へと指先が埋まった。
「よっ……と」
そのまま左手を振ると、障壁はざっくりと削り取られた。
さらに、一二三は抜き打ちで腰の刀を抜き放ち、目の前の障壁に向かって逆袈裟から打ち下ろしの二連撃を繰り出した。
先に左手でつけられた穴と合わせて、障壁に大穴が空く。
状況がわかったのだろう。バルコニー上でプーセが慌てているのが見える。
「さあ、ただ閉じ込めようと簡単に考えてはいないだろう。この手と刀に対して、お前はどうする?」
一二三の言葉と視線は、まっすぐにイメラリアへと向かっていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
拙作『呼び出された殺戮者』ですが、もう数話で一旦終了となります。
くわしくは活動報告にてご説明させていただきますので、
よろしければチェックしてみてくださいませ。