18.New Divide 【処理は公務員に押し付ける】
18話目です。
国についての説明を入れています。
最低限にしましたけど、読みにくいですかね?
お楽しみ頂けましたら幸いです。
担いでいたハーゲンティを床に転がして席についた一二三は、引きつった顔の店員に紅茶を頼んだ。
「は、ハーゲンティ子爵……」
サブナクは、話題の人物が無造作に転がされている現実に絶句する。
「殺したのかい?」
「いや、気絶させただけだ」
「そうですか」
対して、まるで日常の風景のように話す一二三たちに、サブナクは震えを隠せない。
敵対しているとはいえ、短時間で貴族を拉致してくる一二三と、それを不思議と思わない二人の女性。この時点で、王女からの指示とは無関係にサブナクは三人を完全に“敵対してはいけない相手”だと認識した。
「で、話はまとまったか?」
「そんな事より、一体どうやってハーゲンティ子爵を?!」
「ああ、二階の窓から入って、一人魔法使いが居たけど殺して、持ってきた」
サブナクは、その答えにそろそろついて行けなくなってきた。
狼狽えるサブナクの姿は無視して、一二三は別行動中の事を説明する。
「……その、短剣を使って魔法を使った男は、ホーラント出身だと思います」
「パジョーもそんな事を言っていたな」
「ホーラントの魔法使いは、杖ではなく特殊な加工をした短剣を媒体に魔法を使うと聞いたことがあります」
気がつけば、この国と周辺国についても習っていなかった事を思い出した一二三。
(今日の夜にでもオリガたちに教えてもらおう、いや、せっかく騎士がいるんだからこっちに聞いてもいいか)
貴族が縛られて横たわる横で、のんきに考え事をする男と狼狽する男。ハーゲンティを見て、どうするか話し合う二人の女性。
何が起きているかわからないが、近づかないに越したことはないと、店員も極力距離をとって、目線を向けないようにしていた。
「で、話は戻るけど、ハーゲンティをどうするんだ。殺すか? サブナクに引き渡すか?」
何か甘いものが食べたい、と店員に頼んで持ってきてもらった桃のような果物を食べながら、一二三は改めて聞いた。
(……かわいい)
手が汚れないように少しずつ皮を剥きながらモクモクと果物を食べる一二三を見て、オリガは密かに思った。
カーシャの方は、普段の食事と違う大人しい食べ方に、違和感しか覚えなかった。
「それなんだけどね……」
「私たちの仇は、やはり商人のベイレヴラです。そこへ近づく情報が得られるのであれば、この男をわざわざ殺す事も無いのではないかと」
もちろん、ご主人様の許しがあればですが、とオリガは言う。
「ふぅん」
「そういうわけで、ハーゲンティの身柄は僕に任せてもらえないだろうか」
再び頭を下げて頼み込むサブナクに、一二三はオリガたちの目に迷いがないことを確認してから、了承した。
「あ、ありがたい!」
「そのかわり、ちょっと手配して貰いたいことがある。まあ、俺の働きに対する報酬みたいなもんだと思ってもらっていい」
果物を食べ終わった一二三は、サブナクに席に戻るように促して、指を三本立てた。
「ひとつは、今残りの兵士どもが街の門へと殺到して状況を確認しているところだろうから、これを皆殺しにする。その後処理を頼む。ふたつ目は、領主館の2階に死体を転がしたままの、えっと……」
「ご主人様、ホーラントの魔法使いの件ですか?」
「そう、ホーラントの魔法使いを殺してそのままにしているから、そいつを調べてくれ。以前侯爵邸でも見た奴だから、パジョーも会ったことがある」
一二三の要求を取り出した羊皮紙にメモしていくサブナクは、書きながらストラスという名前を報告書で見たことがあるのを思い出した。パジョーが腕に怪我を負いながらも侯爵の密貿易の証拠を掴んだ件は、第三騎士隊ではしっかりと周知されている。
(あの事件には、彼が関わっていたのか、道理で。観察活動メインのパジョー先輩にしては、妙に勇ましい顛末だと思ったんだ……)
サブナクの脳裏に、一二三に振り回されながら侯爵邸へ突撃する先輩騎士の姿がありありと浮かんだ。一歩間違えば子爵邸で再現されるところだったと、胸をなでおろす。
「それで、三つ目はなんですか?」
「騎士隊が把握しているこの国と周辺国の情勢を教えてくれ。ヴィシーに行く前に、やはりある程度は把握しておく必要はありそうだ」
「……それは、どこまでを?」
「全部だ。気楽な旅のつもりだったし、国々を直接見ながら覚えて行こうと思ったが、ここまで複雑に巻き込まれたらそうも言っていられないようだ」
ため息をつきながら首を振る一二三を見て、サブナクは諦めて全て飲む事にした。
「本当なら、もっとスマートに子爵を捕縛して、秘密裏に事を進めたかったんだけど……。仕方ないですね、応援を呼びますので数日はこの街に居ていただけますか?」
「ああ、その間に情報を教えてくれたらいい……あっ!」
「どうしたんだい、ご主人?」
「子爵邸の使用人に、ホールに集まっておくように言ってそのまんまだった……」
珍しく焦っている一二三に、オリガはクスリと笑ってサブナクに向き直った。
「サブナクさん、ご主人様の代わりに屋敷に行っていただけますか?」
「え、僕が?」
「そうだね、ご主人が行くと怖がられるだろうから、その方がいいかもね」
オリガの提案にカーシャも同意する。
自分の扱いが不満な一二三は、敵じゃないメイドには優しくしたと主張するが、誰も信じてくれなかった。
「わかった、僕が行こう。いずれにせよ街をまとめる必要もあるからね」
「すまない」
立ち上がるサブナクに、さらりと頭を下げる一二三。
「い、いや、これも仕事ですから!」
「では、サブナクが屋敷に行っている間に、他の兵士たちを始末しておくか」
結局、血なまぐさい話題から離れられなかったな、とサブナクは思った。
サブナクと別れた一二三たちが再び町の入口へ戻ると、5人の兵士たちが死体を片付けているところだった。
まだ距離がある所で立ち止まった一二三は、作業をしている連中を観察してみた。
「どう思う?」
「私とカーシャ二人であれば、充分余裕をもって殺せるでしょう」
(……いちおう、捕縛するか殺すかを聞こうと思ったんだけどな)
こんな殺伐とした感じの子だったかな? と自分の事は棚に上げて心配になってきた一二三だった。
「じゃあ、二人に任せる」
「お任せを」
「よっし!」
気合を入れて兵士たちへ向かって駆け出す二人を見送って、一二三は奴隷への接し方について少し反省した。
「少しは、潤いのあるイベントも必要かな」
殺人を重ねたことで、逆に心の余裕ができた一二三は、この街で滞在中はゆっくり過ごそうと思った。
穏やかな瞳に映るのは、少女二人が生み出す惨劇の舞台だった。
それから数日、サブナクは緊急依頼を出して冒険者に町の警備や出入りの監視を依頼したり、死体と血液が散乱する町と屋敷の掃除を指揮したり、臨時の領主代行として街のあれこれの決裁をしたりと、息つく暇もなく働き詰めだった。
そのうえ、執務に利用している子爵邸にば毎日一二三が来ては、サブナクにあれこれと質問をしてくるので、さらに時間が無くなっていく。
一二三に着いてくるオリガとカーシャが屋敷の庭で訓練をしているので、そのまま雇用されている使用人たちは気が気ではない様子だ。
「来るなとは言いませんが、彼女たちが敷地内で訓練するのを遠慮させてもらえませんか……」
「勝手についてくるんだよ。気になるなら直接言えばいい」
「勝手にって……貴方の奴隷ですよね?」
「別に奴隷だからって一から十まで指示通りに動くわけじゃなし、何もかも言うとおりにしか動かないならこっちが疲れるわ。それに、最近は戦うことばかりだったから、街で羽を伸ばすように俺も言ったんだけどな」
ついて来ると行って聞かないから、好きにやらせてるだけだと一二三は言う。
人を簡単に殺す癖に、妙なところで優しい人だと、サブナクな毎日顔を合わせているうちに一二三に対して怖さより可笑しみを感じていた。こんなに歪んでいてこんなにわがままで、こんなに自由に振る舞う人を見たことがない。
「奴隷に慕われているんですね」
「そういうのとは、ちょっと違うと思うけどな。さあ、続きを教えてくれ」
地図を開きながら言う一二三の表情は、知識欲に突き動かされる少年のようで、サブナクは思わず笑みをこぼした。
王国オーソングランデは、その名の通りオーソングランデ王族が納める国で、典型的な貴族階級による封建制度によって統治されている。各地は規模は様々ながら子爵以上の貴族によって納められ、税制も最低限王国へ納める分以外は領主が自由に設定でき、それぞれ領軍など独自の兵力を有しているが、財力・兵力共に王族が圧倒的で、内乱は現在のところは特にないようだ。
国土の北側のみが海に面し、東西と南を他国の国境と接している。
東は商人の国ヴィシー。小規模な都市国家がそれぞれの代表による合議制を取る国家集合体となっている。商人の国と呼ばれるのは、国自体が魔道具や金属製品を他国に売りさばいて、その利益が国家予算のかなりの部分を占めることと、商業・産業が振興される都市国家が多いことから来ている。ちなみに、南側の山地は良質な金属が発掘できるうえ、多くのドワーフが住むため、ドワーフとの交流によって多くの商品を生み出せている事が大きな強みだ。
反対側の西側は、特に国境というものはなく、荒野や山地が広がる広大な土地に、多くの獣人が村を作って生活している。農耕の習慣が無く、主に狩りで生活をしているとされているが、人間が興味を持たず、単に忌避すべき種族としているため、詳しくはわかっていない。一二三は彼ら獣人族は“人間と敵対している”と聞いたし、彼ら“亜人と戦うため”に王女は一二三を召喚したのだが、サブナクの話を聞く限りでは、土地が欲しくてオーソングランデが一方的に攻め入っては、多種族のゲリラ戦に一方的に消耗し、最終的には疲弊して撤退するという事を繰り返しているようだ。
「意味のない事をやっているな」
「獣人族の土地を挟んで向こう側に、騎士の国と呼ばれる国があって、そことの土地の取り合いでもあるんです。あとは、荒野はともかく山地からは鉱石が取れる可能性がありますから、ヴィシーから一方的に買わされる状況から脱するには、あの土地が必要だと王は考えていたようです」
今となっては過去の話で、跡を継いだ王子はまだ若く判断力も無いし、代わりに国を取り仕切っている王女は、もはや外征には興味がないらしいと、騎士たちは思っている。
「南は?」
「魔法国ホーラントです」
ホーラントは一人の天才魔法使いが、弟子たちを集めて研究・修行をするために作った町から発展した国で、ヴィシーで製作されている魔法具の大半は、ホーラントで考案されたといわれている。中でも、武器として使える短剣を魔法杖としても使えるようにと改造された魔法剣は、ある程度の魔法使いには知られているが、製作法はヴィシーにも伝えられていないという。
ホーラントの西側にあり、少しだけオーソングランデと接している国がエルフの国だ。
「エルフ! やっぱりいるのか!」
「……ええ、いる事はいますが、まず会うことはないでしょう」
エルフの国は国土の大半が森林地帯となっていると言われ、エルフ自身はどこの国とも交流を持たず、肥沃で広大な森の奥にひっそりと暮らしている。森に侵入するよそ者は容赦なく攻撃されるうえ、オーソングランデもホーラントも幾度かは森の一部を奪おうと仕掛けたことがあるが、人族は森での戦闘に慣れておらず、木々の陰から不意に飛来する矢や、人族が使えない魔法に散々にやり込められて、これといった収穫も無く撤退している。
「とりあえずは、我が国の周辺国と状況はこういう感じという事で」
「助かった。ありがとうな」
「いえ、それより、明日もここへ来ていただけますか?」
立ち上がった一二三が理由を聞くと、サブナクは疲れた笑みを見せた。
「ようやく王都から応援が来ます。その中に、パジョー先輩がいるそうです。ストラスという男について、直接情報交換をされてはいかがかと思いまして」
「そうだな……そうしよう」
「ゴデスラスが脱走したわ」
かなり急いで馬を走らせたらしいパジョーは、旧子爵邸で一二三を見つけると、息を切らせながら、あいさつもそこそこに状況を伝えた。
パジョーの説明によると、騎士団詰所の牢で処分を待っていたゴデスラスが、牢の見張りに残っていた同僚一人を殺害して姿を消したという。
「見張りに立っていた騎士は、首をねじ切られていたわ。鉄格子も曲げられていたし、人間の力じゃ不可能よ。凶悪な魔物に襲われて、ゴデスラスは食べられたと考える方が自然なくらいね」
しかし、パジョーの席が荒らされ、一二三に関する報告書が盗まれていることが判明し、ゴデスラス単独か、何者かの手引きによるものと騎士団は判断したという。
「ゴデスラスは誰かの手で解き放たれたと、私たちは見ているわ」
息を整え、報告を済ませたパジョーは、すっと背筋を伸ばして、一二三に深々と頭を下げた。
「今回は完全に私たちの失態です。貴方がせっかく私たちに自分たちの不始末を片付ける機会をくださったというのに、それを無にしただけでなく、貴方の情報まで奪われてしまった。この責任は、私にあります」
申し訳ありません、と頭を下げたまま微動だにしないパジョーを見て、一二三は笑った。
「謝ることはない。情報は隠そうとしてもいずれどこかから漏れるもんだ。それに、鉄格子をひん曲げる程の力を持った奴がいるかもしれないんだろう?」
顔を上げたパジョーの目に、侯爵邸で見た事がある冷たい笑みが見え、背筋が凍える。
「楽しみだなぁ。腕っ節に自信がある奴ほど、技を試すのに丁度いい相手はいないからな」
愉悦に歪む一二三の顔を見たその場の全員が、しばらくの間、口を開くことができなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
これで10万文字超えました。
これからも頑張っていきます。よろしくお願いいたします。