179.Big Time Sensuality
179話目です。
よろしくお願いします。
「どこかで見た顔ですね」
「ウゥウ……」
風魔法の刃で首に切れ目を入れた魔人族の側頭部を鉄扇で思い切り殴りつけ、その首を千切り飛ばしたオリガ。
ふと近くに、自らと同様に魔人族を相手に戦い、力まかせに無骨な剣を振り回し、手に掴んだ魔人族の頭を石畳へと叩きつけるバールゼフォンの姿を見つけた。
同時に、バールゼフォンもオリガを視認したらしく、互いの間に一定の緊張が走る。
「何かと思えば、広場のお飾りですか。こんなところで仲間割れをしていて良いのですか?」
槍を繰り出しててきた魔人族の攻撃を斜めに歩いて躱し、額が陥没する程、鉄扇の柄で殴る。昏倒した魔人族は、混乱の中で味方に踏まれていずれ絶命するだろう。
一二三と違い、オリガは殺すことを最上の目的とはしていない、殺すことを戸惑いはしないが、それは手段でしかない。手段は目的のために。今の目的は、一二三を封印できる状況を作り、なおかつその時点で一二三の一番近くにいること。
「貴方は、お飾りの割には戦えるようです。一二三様と私の記念すべき時に、余計な邪魔が入るのは看過できません。先に始末しておきましょう」
魔導具で魔物化した時点のバールゼフォンをオリガは見たことがあり、一度撃退しているのだが、彼女にとって些細な情報だったせいか、すっかりそのことは忘れているようだ。
「一二三様の狙い……魔人族が異形を引き連れて城を襲おうとした、いえ、襲ったという事実はできました。もう、貴方は不要です」
倒れた魔人族を蹴り飛ばし、別の魔人族兵の男にわざと踏ませる。味方を踏みつけ、驚きも合わせてバランスを崩して前のめりになった男は、オリガに襟首を掴まれて引き倒され、畳んだ鉄扇で鉄兜を付けた後頭部を殴られた。
石畳に広がる血を確認することもなく、オリガはバールゼフォンへ迫る。
「ウゥアアア!」
迫るオリガに向けて、近くにいた魔人兵を蹴りで押し付けたバールゼフォンは、魔人兵ごと貫くように剣を突き出した。
だが、手ごたえは一体分。
「ある程度は知能はありますか。限界はあるようですが」
こえはすぐ横から。剣を抜く時間は無いと判断したバールゼフォンは、剣を手放して薙ぐように裏拳を放つ。
だが、それは虚しく空を切るのみ。
「存在を感知させる“気配”。それは空気の流れ、匂い、音、命の圧力……」
今度は背後からの声。
苛立ちを叫び声に変えて、バールゼフォンは足元に落ちていた魔人族の剣を拾いざまに振るった。
だが、そこにもオリガの姿は無い。
「わずかなヒントだけを探ることができれば、明らかな誘いに惑わされることも無い……。やはり、凡人には難しいということでしょうね」
今度は自分の耳元から声が聞こえる。すぐに目玉を動かして敵を捉えようとするが、そこには誰もいない。
その時に気付く。視界の端に映る、背中に剣を生やしたまま立っている魔人族の男の姿に。男は死んでいる。それは間違いない。だが、何故立っている?
「一二三様なら、私がここから動いていないことなどすぐに見抜いたでしょう。……いえ、風魔法で送った声に惑わされる以前に、この死体ごと改めて両断したでしょうに」
オリガは鉄扇で支えていた死体を払いのけると、血を払うようにして鉄扇を開き、嘲笑を浮かべた顔を隠した。
「思い出しました。貴方は混ぜ物、紛い物。力も速さもあるけれど、全部が全部、貰い物。今となっては身体ですら借り物ですね」
シャキ、と音を立てて鉄扇を畳む。
「一二三様の相手としては不足も良いところ。やはりここで始末しましょう」
踏み込むオリガ。魔法の詠唱をしてはいるが、攻撃は鉄扇によるもの。
剣を振るい、迎撃を狙うバールゼフォンは、高速で狭まった間合いに剣を割り込ませるのを諦め、鉄扇の攻撃は腕を犠牲にして防ぎ、オリガの頭部へ剣を叩きつけることを選ぶ。
「咄嗟の判断はできるようですね。ですが、それだけです」
剣は空を切る。
オリガが振るった鉄扇は、バールゼフォン本体ではなく、剣を持つ腕へと添えられて軌道を逸らしていた。
攻撃の本命は魔法だった。
「ゴバッ……!」
突然、大量の水がバールゼフォンの頭部を包み込む。魔法で作られた水は、オリガが維持する魔力によって重力を無視し、顔の正面に貼りついて離れない。
狙いは窒息では無い。頭部だけでも生きていられるバールゼフォンが呼吸を必要とするとはオリガも考えていなかった。考えていたのは、バールゼフォンを変質させた魔法薬と魔導具の効果を知悉する一部の者だけが知る方法。
突き刺すようにして鉄扇がバールゼフォンの首を抉り、バシムの身体から頭部が引きはがされる。
地面へと落ちた頭部に、しつこく水がまとわりついていた。表面に見える水の量が減っているのは、鼻や口、目を通じて内部へと水が入り込んでいるからだ。
「強化兵や巨人兵が持つ不死性は、その“血液”に入り込んだ魔法薬の効果が大きい、と私は色々と実験したので知っています」
だから、と石畳に転がるバールゼフォンの頭部を風魔法で斬り裂く。
飛び散る血が、水で薄まって石畳を広がっていく。
「薄めて広げてしまえば、大した効果も出なくなる。何度か見てきた光景です」
小分けにされながらも動いていたバールゼフォンの目や舌も、流れる血の色が薄まっていくと、次第に力強さを失い、やがて洗い流された肉の色を晒すのみになったころ、完全に停止した。
「そろそろ……ですか」
ふと周囲を見る。広場の出入り口はアリッサ率いるフォカロル兵によって完全に固められ、どこから運んできたのか、戸板や手押し車でバリケードが構築されている。
魔人族の数は減っている。まだ広場全体で彼らが人数的には多いが、損耗の速度は人間側の比では無い。主に先ほど死んだバールゼフォンと一二三が原因ではあるが。
転移がある以上、オーソングランデの主力が存在し、魔人族たちの王がいる王城方面が主な攻撃対象である。町の方へと突破する理由が無い魔人族たちは、それに気づかない一部の愚か者がフォカロル兵に悉く射殺され、今や一二三を包囲する者たちと騎士隊と乱戦をしているかどちらかだ。
そして、騎士たちは騎士たちで、ミダス率いる騎士隊の戦力と、ヴァイヤー率いる近衛騎士隊の戦力が、魔人族との戦闘を続けながら押し合いをするという状態に陥っている。
冷静に戦力配置を見ていたオリガは、その中に彼女の瞳には輝いて見える人物を見つけていた。
今も一人の魔人族兵を串刺しにし、敵も味方もわからぬような乱戦を続ける中、悠々と笑みを浮かべて刀を振るう。
「一二三様!」
状況は整った。
乱入したらしい虎獣人の少年と向かい合っている一二三の元へと、軽やかに、まるでステップを踏むかのように走り出したオリガは、一瞬だけ鋭い視線をバルコニーの上に送ると、再び満面の笑みを浮かべて、最愛の人へと向かう。
鉄扇を握りしめる手が、彼を見つめる顔が、その腕に抱かれた感触を思い出す胸が、身体のあちこちが熱い。
「今、参ります!」
鉄扇の一振りで二人の魔人族兵を薙ぎ払ったオリガは、最短距離で一二三を目指す。
☺☻☺
「ミダスさん! これは女王陛下の命令ですよ、なぜ邪魔をするのです!」
「如何な命令とて、自国の民を攻撃するのはおかしい! 私たちの剣はは守る為に振るわれるものではないのか!」
「綺麗ごとを!」
ヴァイヤーはミダスの剣を弾いたが、剣を飛ばすには至らなかったことに歯噛みした。ミダスを殺すつもりは無いので手加減をしているのもあるが、ミダスの技量が思ったより高いのと、騎士たちの戦いよりも冒険者のやり方に近い戦い方に、ヴァイヤー自身が上手く対応できない。
今や、魔人族を出しにして一二三を押えるという作戦は崩壊しつつあった。魔人族が王城側に集中したために圧力が増したことと、ミダスたち町側の騎士が一二三を守る為の防御ラインを作ってしまったためだ。
あちこちで魔人族を放って騎士同士が剣を交えている光景が広がっていた。
「なんたる無様な姿か! 騎士として作戦遂行を邪魔するのはおかしいでしょう!」
「作戦そのものに問題があると言っている!」
ミダスの前蹴りを鎧の腹に受け、たたらを踏んで下がったヴァイヤーは、それでも剣を下げるようなことはしない。
一瞬ぶれた視線をミダスに戻すと、彼は割り込んできた魔人族を叩き斬っているところだった。
「今やるべきは魔人族どもを撃退することだろう!」
さらに魔人族の兵が剣を叩きつけ、ミダスは両手で剣を支えて受け止めた。
その魔人族の背中を、ヴァイヤーが斬り裂いた。
「今攻めてきている魔人族は……」
捨て駒だ、と言おうとして、ヴァイヤーは口を噤む。
それを周りの魔人族に聞かれた時、この状況はさらに混乱し、怒り狂った魔人族たちの攻勢がさらに王城へ迫るのではないだろうか。
「とにかく、一二三殿の封印を成功させるためには、彼の動きを多少なり制限しなければ!」
「封印だと!」
三合ほど剣を打ち合わせた二人は、息をつくために距離をとった。
「どういうことだ? イメラリア様は、彼を封印するつもりなのか!?」
「その通りです。この広場のどこかで一二三殿の足を止めさせ、結界へ閉じ込め、封印をする。その最初の条件を作る為、魔人族の攻撃を利用するのです」
ヴァイヤーの説明に、ミダスは声も出せない程に驚いていた。
目の前や周囲に敵がいることを忘れ、兜を脱ぎ捨て、バルコニーを見上げる。
そこで戦場を見下ろす女王の表情は陰で見えなかったが、動揺は見えなかった。
「何を考えておられるのか……」
ミダスには、イメラリアの決定を受け入れられなかった。騎士として、命令に従うべきだという事は頭では理解しているつもりだが、心がついていかない。彼の中にあるイメラリア像は、懸命に人々のために考え、失敗を重ねながらも良い国へとするために奔走する少女だった。
誰かを使い捨てにするような決定をするとは、ミダスには俄かに信じられなかった。
呆然と見上げていたミダスの背中に、叩きつけるような衝撃が走る。
「ミダスさん!」
どうやら背中を切られたらしいことを、ミダスは石畳の感触で頬を殴られた時点で気付いた。鎧を貫通したあたり、斧あたりだろうか、と妙に冷静な頭で考える。
「このっ!」
ヴァイヤーの掛け声と、魔人族のものらしい悲鳴が聞こえる。
「ミダスさん、しっかりしてください!」
ヴァイヤーの呼びかけに、ミダスは口を開いた。だが、言葉を紡ぐことができない。小さく開いた口からは、空気が漏れるような呻き声だけが流れた。
「隊長!」
「しっかりしてください!」
部下たちが走り寄ってくる足音を聞きながら、ミダスは「みっともなく狼狽えるな」と怒鳴りつけてやりたいと思いながら、気を失った。
「お前たちは、ミダスさんを抱えて城へ行け。その程度の怪我なら、プーセ相談役であれば治療ができるはずだ」
彼女はバルコニーにいる、とヴァイヤーはミダスを囲んだ騎士たちに指示を出した。
だが、彼らはすぐには動かず、ヴァイヤーを睨むように見つめる。
「……文句があるなら、後で聞く。それよりもミダスさんを早く連れて行け! 時間を無駄に過ごして、お前たちの隊長を失うつもりか!」
怒りを叩きつけるように、近寄ってきた魔人族を叩き斬る。
お互いの顔を見て頷いた騎士たちは、三人がかりで鎧姿のミダスを抱え上げ、城へと歩き始めた。
「後送している者たちを援護しろ! 道を作ってやれ!」
命令を受けて、数名の騎士が運ばれていくミダスの周りを囲む。
「……貴方の言いたい事もわかる。でも、これも王として成長した、と考えましょう」
ヴァイヤーは、以前からイメラリアを知っている者ほど、今回の作戦に戸惑い、乗り気ではないことを知っている。宰相も一二三を危険視する立場ではあるが、イメラリアの在り様に戸惑っている。
「優しい人たちだ。良い国だと思う。私は、この国を誇りに思いますよ」
だからこそ、ヴァイヤーはイメラリアの目指す形に命をかけて協力するつもりになっていた。それでこそ騎士の姿だ、とヴァイヤーは信じているからだ。
「広場中央へ向けて突撃する! 援護しろ!」
一瞬だけ動揺を見せた部下たちだったが、すぐに彼の左右について道を開くように魔人族たちを押し返してくれた。
人数で押し込んでくる魔人族たちの向こうに、一瞬だが敵を蹴散らしつつ一二三の元へと向かうオリガの姿を見つけた。
「おおおおおおお!」
ヴァイヤーも、彼女に遅れまいと剣を振るう。魔人族からの攻撃が、鎧を叩き、や腕に傷をつけた。だが、止まるわけにはいかない。
オリガが動けば、イメラリアの策が発動する。その策を確実にするために、成功を間近で確認するために、ヴァイヤーは進む。
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