178.My World
178話目です。
よろしくお願いします。
「完っ全に出遅れた!」
王城内にある貴族向けの大食堂が無料と聞いて、思うさま暴食を堪能していたアリッサは今、涙目で城内を全力疾走していた。
「うぷ」
満腹で走っているので、胸から喉までに嫌な感触があるが、なんとか飲み込む。
調子に乗って四つ目のケーキを頼もうとしたときに、ようやく城の外が騒がしい事に気付いた自分に腹が立つ。城内で慌ただしく戦闘準備をしていた騎士を捕まえて状況を確認したところ、どうやら王城前広場に突然多数の魔人族兵が流入したらしい。
「もう始まってるの!?」
アリッサは、一応一二三の“計画”を知っている。最終的な一二三の狙いはもちろん、実のところイメラリア女王や他の種族たちが踊らされているのも知っていた。
なぜ知らされていたのか。
これだけ情報を先に持っているというハンデを与えられて、しかし少数の兵力。そこでどう立ち回るのか。先代領主である一二三からの“課題”に他ならない。
「お、怒られる……!」
先んじているという余裕に油断していた。部下の兵士たちの無事を祈りながら、王城から飛び出す。
戦いは始まっており、背の低いアリッサには全体を見通すことはできないが、王城から出撃した兵士たちが並び、押し込んでくる魔人族を必死に押えていた。どうやら、戦闘は広場全体で始まっているらしい。
「邪魔!」
一人の魔人族に飛び乗り、頭を蹴り飛ばしながら広場を囲む高い塀へと登る。
乱戦になりすぎていて、魔人族も人間側も魔法も弓も使えない状態らしい。広場の中央で、一際大きな存在感を放っている一二三の姿を最初に見つけ、次いで少し離れた位置で魔人族を相手に鉄扇を振るい、混戦の中でも最小限の大きさで風の刃を飛ばしているオリガを発見した。
そして、広場の隅で防衛態勢にあるフォカロル兵たちを、オリガがいた方向と反対側に見つけると、アリッサは塀を駆けてその中心に飛び降りた。
「領主様!」
「遅れてごめん! 状況は?」
「正確なことはわかりません!」
周囲は掛け声や悲鳴のるつぼで、背後の壁を除いて大わらわだ。喉が裂けんばかりに大声を出さないと、まともに会話もできない。
「うわっ」
どこかの馬鹿が爆発の魔法を使ったらしい。魔人族も人間もそれぞれ二人ずつが吹き飛んでいた。
「魔人族が突然、その、広場入口にできた大穴から湧き出て来たんです! 前領主様と何か話したと思ったら、戦闘が始まりまして……広場からの出口は、騎士隊と国軍が押えているはずです!」
報告を聞きながら、アリッサは懸命に頭を回転させる。今、フォカロルの軍勢は何をするべきか。一二三の狙い。いや、願い。それは“可能性を見せる事”。
「お城から出てくる騎士と、町の方の兵士、どっちが強いと思う?」
「騎士たちでしょうね。彼らは前領主様の稽古を受けたんでしょう? それに、まだ城に向かっていった魔人族は少数です!」
「なら、決まりだね!」
アリッサは立ち上がり、どこからか飛んできた長剣を、脇差で弾いた。
「全員、二列縦隊! 出入り口側にいる魔人族軍の一部を切り取って、出口の兵士たちと協力して挟み撃ちにするよ!」
「応!」
質問や戸惑いは無い。アリッサが決めて、兵士たちが続く。
それは一二三が指導し、繰り返し訓練された動き。今となっては笑い話にしているが、当時は死ぬかと思った訓練で身体に染み着いた行動。
フォカロルの軍は、少数であっても強い。
それを今。彼らは改めて証明する。
☺☻☺
「そうだ。お前らはそっち側で良い」
大きな布を引き裂くように、魔人族の軍へと勢いよく割り込んでいくフォカロルの軍を見て、一二三は一人の魔人族を上下に両断しながらほくそ笑む。
今から始めることにおいて、アリッサは数に入れていないのだ。彼女は後に残す者であり、まだ役割が残っている。
何より、フォカロル兵が本格的に参戦してしまうと、一二三の獲物が減る。
「どうした? 魔法を使えよ。遠慮しなくて良い」
一人の首を刎ね斬り、近づいてきた魔人族の足を踏み、まっすぐに伸びた膝の皿を蹴り砕き、倒れた首に刀を突きこむ。抜いた刀は、手元へと引き寄せる動きと共に、もう一人の喉を裂いた。
まるで一連の舞のような動きに、吸い込まれていく兵士たち。
「まだまだお前らの在庫はあるな? 俺の命はここにあるぞ。欲しければ取りに来い。ただし、お前らの命を賭けて、だ」
真っ黒な左手で、城の方にいる魔人族たちに向かって手招きをする。不意に飛んできた火球を、そのまま左手で払うようにかき消す。
あっという間に仲間を殺され、及び腰になっている魔人兵に囲まれながら、一二三は悠々と刀身へ懐紙を走らせる。
そこへ、広場の中央から唸り声が高らかに響いた。
「おう、ようやくバール何とか君の復活か」
台座にしがみつくようにしてふらついているバシムの身体の上には、鼻から上にバールゼフォンの頭部が張り付いていた。
バールゼフォンが再び雄たけびを上げると、身体は一度だけ痙攣し、しっかりと地面に足を付けて直立する。バールゼフォンが前を向くために、バシムの顔は上を向いたようになっているのが、異様に不格好だった。
「将軍に何をする!」
「頭だけ狙え!」
周囲にいた魔人族たちは、剣を持って頭部を狙う。
「があああああ!」
叫び声をあげて振るわれたバシムの右腕は、魔人族の顔面を真正面からぶん殴り、ふらついた相手から器用に剣を奪い取った。そして、その剣は元の持ち主の頭へと叩き落とされる。
「おっと、忘れていた。これはその身体の一部だ」
闇魔法から一二三が取り出したバシムの左腕は、今切断したばかりのように血が滴っている。
放り投げられたそれを、剣に突き刺して受け取ったバールゼフォンは、本来繋がっていた場所へと押し付けた。ぶらぶらと力なく垂れ下がった腕も、ほどなく完全につながる。
「便利なもんだ」
笑っている一二三を、バールゼフォンの変質して濁った眼が睨みつけた。
「おっと、怖い怖い。……怖いから、助けでも呼ぼうかね?」
思い切り息を吸い込んだ一二三は、バールゼフォンに背を向けて大音声を響かせた。
「ミダス! 魔人族の化け物に、民間人が襲われてるぞ!」
☺☻☺
「サブナクさんはここに残ってください。ヴァイヤーさんは、一階に下りて騎士隊の指揮を。今ならまだ、魔人族の兵は少ない状況です。余裕をもって押し返せるでしょう」
そして、と一呼吸置いて、イメラリアは命令を下す。
「魔人族の殲滅に乗じて、一二三様に対する牽制を。槍や剣が彼の咆哮へ飛んでいく程度の事故は、複数回あってもおかしくはないでしょう。また、広場を制圧するために、彼の周囲に魔人族が押し込まれることも必然だと考えます」
「ご下命、承知いたしました。では」
ヴァイヤーは一礼の後、一歩だけ後ろ向きに下がり、背を向けて駆けて行く。
それを見送ったサブナクは、イメラリアへと視線を戻した。少しだけ、女王の顔が青褪めて見えるのは、気のせいではないだろう。
サブナク自身は、この作戦自体は反対だった。一二三が飛びぬけて強いことと、その性格というより性質によって、国の安定性に不安を覚えるという理由は解る。だが、それを言ってしまえば、強い勢力は片っ端から潰して回らなければならなくなる。
そして最後にオーソングランデ王族が残った時、果たしてその周囲には何者が立っているのだろうか。
「サブナクさん……サブナクさん?」
「はっ? ああ、これは失礼しました」
どうやら、考えに惑溺していたらしい。
「サブナクさんが考えていることは、わたくしも考えました。」
イメラリアは、隣でハラハラと戦況を見守っているウェパルを一瞥する。
「彼からの影響によって、良くなった部分は非常に多いのは認めております。ですが、この世界のことはこの世界の者たちで決めていくのが道理。わたくしはこの世界で政を行うものとして、一二三様には退場いただくのが良い、と判断しました」
「……私も、同じ意見なのよ」
話を聞いていたらしいウェパルが、バルコニーの手すりに乗り出したまま振り向いた。
「正直に、子供じみた意見を言わせてもらえば、“ずるい”」
「ずるいって……」
女王たる人物が言う言葉じゃないだろう、とサブナクが顔をしかめると、ウェパルが小さく息を噴き出して笑った。
「そんな顔しないの。これでも真剣なんだから……私とイメラリアさんの約束はね、“お互いに頑張りましょう”くらいのものよ。邪魔が入らないところで、真剣にやりあうのに、あれはイレギュラーもいいところよ」
個人的な恨みもあるけれど、とウェパルは舌を見せて笑った。
「わたくしも、個人的な恨みも含めて、彼を排除することに決めたのです。サブナクさん。貴方も一二三様がいなくなった後の国を動かす一人なのです。覚悟しろ、とは言いませんが、しっかりしてください」
ほら、とイメラリアが広場を指し示す。
そこでは、城の方へ向かっていた魔人族兵を鎧袖一触に打ち負かし、押し戻している騎士隊の姿があった。圧倒的な攻撃の中でも、騎士の一人が魔法と思われる攻撃を受けて、血煙を上げて倒れた。
「戦いに赴くこと以上に、戦いを強いることの罪。わたくしは一二三様を呼び出したとき、それを全く考えていませんでした。その責任も……。目的のために誰かを死地へと向かわせる覚悟と、責任。一二三様にわたくしが示すべきは、きっとそういうものなのでしょう」
自分で戦おうとして失敗して、ようやく気が付きました、とイメラリアは力なく笑った。
☺☻☺
一二三の叫びを聞いて、フォカロルの軍勢と入れ替わるようにして騎士や兵士と共に中央へと突っ込んできたミダスは、何故か復活しているバールゼフォンと一二三がいる場所までたどり着いた。
その間も、周囲では兵士と魔人族が殺し合い、徐々に人数を削られていく。それでも、民間人を救わねばならない一心で、剣を振るった。
元来が調査任務が主である第三騎士隊への所属が長いミダスにとって、本格的な戦闘は苦手な部類だったが、そうも言っていられない。
息も絶え絶えになって一二三の前に立ち、周囲を見回したが、見渡す限りの魔人族。他には城の方から近衛騎士隊の連中がせり出してきているのが見える程度だ。
「み、民間人はどこです?」
「お前の目の前にいるだろう?」
「……は?」
「俺だよ。民間人は」
今なら殴っても誰にも文句を言われないだろう、と拳を握るミダスを見て、一二三は笑う。
「俺は軍人でも無ければ、フォカロルの指揮権も持っていない。身を守る武器を持った程度の、どこに出しても恥ずかしくない民間人だ。違うか?」
「……いえ……」
「それにな」
言いながら、一二三が不意に飛んできたものを手刀で叩き落とした。
「哀れな民間人は、魔人族どころか騎士にすら攻撃をされているんだがな。この状況、どう思う?」
迎撃されたのは、近衛騎士が城内警備に使う手槍だった。
「いや、これくらいはたまたま……」
「ほう?」
さらに二本、槍が飛んできたのを一二三は容易く叩き落とした。
石畳の上に、音を立てて転がった手槍を見てミダスは絶句し、城の方へと目を向けた。
「なぜ……」
魔人族を押し戻そうとする動きの中で、明らかにこちらを狙って槍を投げようとする一人の騎士を見つけた。さらに言えば、騎士隊の動きは魔人族を一二三の方へと押し集めるような動きになっている。
「イメラリアの命令だろうな。この混乱に乗じて、俺を始末するつもりだな」
「馬鹿な! そんなことを……」
「見てみろ。お前らの女王陛下は、この状況を冷静に観戦しておられる」
言われるままに顔を上げたミダス。イメラリアと目があった気がするが、距離が遠く、その表情まではわからなかった。
「さて、ミダス。お前はどうする?」
「どう、とは?」
「近衛騎士どもと同調して、俺を押えに回るか? それとも、騎士の在り方とやらに従って、“民間人”を守るか?」
拳を振るわせていたミダスは、右手に握ったまま下ろしていた剣を両手に掴み直した。
「全員、横に二列に並べ! 近衛騎士隊からこちらへ漏れてくる攻撃を防ぐ! ……一二三殿、これはあくまで建前です。あんたは大人しく守られる様な人間じゃないでしょう」
剣を肩に担ぎ、ミダスは城へと向き直った。
「これは、近衛騎士の連中を守るためです。一二三殿が余計なトラブルに巻き込まれないようにする。少なくとも王都ではそうする。それが私の考える、平和の守り方です」
一二三の答えを聞く気は無いのだろう。言い捨てて、ミダスは防御の列へと加わった。中央で、前に出る。
「ふぅん。まぁ、いいさ」
敵はまだいる。
魔人族は数が減ってはいるが、それだけスペースに余裕ができてくると、次第に魔法攻撃が増えてきている。
飛んできた岩を、首をかしげて躱した一二三は、刀を鞘へと戻した。代わりに、鎖鎌を取り出す。
「あとは、俺がやるべきはひたすら殺すだけ、だな」
一二三は、イメラリアが封印を狙っている事は知っているが、その方法までは知らない。この機会を好機と見て仕掛けてくるだろうことまでは予想していたが、オリガやプーセがどう動くかまでは聞かなかった。
「ようし、ようし。全力で来い。この世界の今の力、食い足りないのはわかっているが、せめて腹八分くらいは楽しませてくれよ!」
鎖鎌の分銅を振り回し、一人の魔人族の顔面へと打ち付ける。
「おっ?」
鎖を引き寄せようとした瞬間、一二三の隣を通り過ぎた気配。
しなやかな動きを見せたそれが腕を振るうのを視界の端で捉え、素早く首を傾けて攻撃を避けた。が、一筋の傷が一二三の頬へと刻まれる。
「ヒフミ……殺す……」
小さな音を立てて着地し、一二三を睨みつけながら爪に付いた血を舐める虎のような顔をした小柄な人物は、魔人族の軍に参加すると言って獣人族の集落を去ったマルファスだった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。