172.Mirrors
172話目です。
よろしくお願いします。
「そんなのは、俺がやる事じゃあないな」
オリガを連れて訪れた王城にて、イメラリアとの昼餐を腹いっぱい楽しんだ一二三は、食後の紅茶を傾けながら依頼を聞いて、あっさりと断った。
「指導する立場の奴が、本番まで出張ってどうすんだ。それに、俺が今教えているのは個人の技であって、連携して護衛をする方法は騎士連中の方が経験は多いだろうが」
「う……」
理屈を出されて、イメラリアは説得の言葉を続けることができなかった。
その様子を見たオリガが、薄く笑みを浮かべたのを、イメラリアは見逃さなかった。
「自前の軍だけで不足だと思うなら、フォカロルから兵を出させれば良い。わざわざ迎えに王都から大人数を動かす必要も無いだろう」
「ですが、相手国の人物を迎えるにあたって、王城からの使いがいないと言うのは……」
「国境にフィリニオンがいるだろう。あいつの護衛として何人か騎士とお前が書いた書簡なりを送れば恰好はつくだろ」
控えている侍女に紅茶のおかわりを頼み、そっと出されたケーキにフォークを差し込む。
「では、トオノ伯爵領から兵を出していただける、と」
「馬鹿たれ。“兵を出させろ”と言っただろうが。それを要請する相手は俺じゃあない」
フィリニオンに指示を出すついでに交渉させれば良いだろう、と一切れのケーキを二口で食べてしまう。
「ご心配はいりませんよ、陛下。アリッサも断ることは無いでしょう。特に報酬を求めるようなことも無いかと」
困惑しているイメラリアに、助け舟のようにオリガが声をかけた。
「ただ、よろしければ王国貴族に馴染めるように、多少でもアリッサを気にかけていただければ……」
「ええ、もちろんです」
アリッサは本来、ヴィシーの人間で外国人だ。国境を越えて商人が出入りするのも珍しくないとはいえ、一兵士が所属する国を変えて、しかも貴族の後継となるのは異例だった。今はまだ一二三の影響が強いので表立った反発は無いが、一二三の引退後で影響が薄れた時、アリッサが何か失策を犯せば、市民からも貴族からも強い反発は免れない。
「アリッサさんはわたくしと歳も近いですから、友人として王城に来ていただきたいと思います。オーソングランデの作法も、教えてさしあげますね」
「お気遣いいただきまして、ありがとうございます」
オリガがアリッサのことを頼む、その本心についてイメラリアはすぐに理解していた。計画がうまくいけば、一二三はオリガと共に封印される。その後には優秀な文官たちが残っているとはいえ、不安があるのだろう。
表情に出ないように注意しながら、イメラリアが魔人族との交渉という大仕事を前に緊張していると、一二三が口を開いた。
「アリッサの宿は気にしなくていい。こっちに泊める。ウェパルが来たら呼んでくれ。知らない仲じゃないからな」
「魔人族の所で、一体何をやらかしたのですか……」
「ちょっとした観光だな。フォカロルに手紙を送るなら、ヴィーネを使えば良い」
ヴィーネは朝からプーセと共に王都見物に出かけている。昼食を外で採ると言っていたので、午後に戻ってくるつもりなのだろう。
「わかりました。さっそく指示書などを用意することにします。騎士たちの仕上がりはいかがですか?」
「身体はできていたから、素人を教えるよりは楽だな。オリガの時は苦労したな」
「そ、その話はやめてください。あの時の事は、私も恥ずかしいので……」
顔を真っ赤にして俯くオリガの声は、いつものような圧力は無く、か細く弱弱しい。
一二三がこの世界に来た直後の時期、オリガが一二三から指導を受けていたということは騎士隊からの報告で知っていた。その時は何とも思わなかったが、今目の前でやり取りを見せられると、無性に腹が立つ。
誤魔化すように咳払いをして、イメラリアはすっかり冷めた紅茶を一口飲む。砂糖を入れ忘れていた。苦い。
「一二三様。一つ伺ってもよろしいですか?」
「なんだ? 改まって」
一二三はいつも通り、考えの読めない薄笑いを浮かべた表情だが、隣のオリガはやや緊張気味にイメラリアを見つめている。
「一二三様の……いえ、一二三様が考える、理想の世界とはどのようなものですか?」
一二三の求める、と言いそうになり、言い換えた。
「わたくしはまだ為政者としては未熟です。それは自覚があります。王族ではありますけれど、そのための勉強をしてきたわけではありません。……正直に言ってしまえば、場当たり的なことばかりやっていて、どのような国を目指すのかすら決めていないのです」
戦争が起きたから対応する。ホーラントで問題が起きたから対応する。魔人族が攻めてきたから対応する。そして、一二三の存在が王族による支配を脅かす可能性を感じて対応する。
では、その先に何をするのか。
一二三を排除し、魔人族の脅威を押え、その後にどのように国を治めるのか。
多忙な日々に流されて、後回しにしてきた。
戴冠式では“豊かで住みよい国にする義務があります。守った甲斐があったと、そう思える国にする使命があります”などと民衆に向かって放言した。嘘ではないが、今にして思えば中身など何もない、赤面するような内容だ。
「理想の世界か。そりゃ、簡単だな。誰もが自分のやりたいようにできる世界だ」
その言葉に、イメラリアは最初、意外と普通の答えだ、と思った。だが、すぐに間違いに気づいた。
「誰もが、というのは不可能な話ではありませんか?」
簡単に言えば、イメラリアの願いと一二三の願いは相反する。平和で争いの無い世界を望む彼女と、争いによって進化し続ける世界を望む一二三では、どちらかしか成立しない。
「だろうな。それくらい、お前がやろうとしてることは意味が無い」
お代わりの紅茶も飲みほし、美味い昼飯だった、と一二三は立ち上がり、さっさと出て行く。
同様に立ち上がったオリガは、混乱しているイメラリアに向けて声をかけた。
「陛下。貴女のように何もかもを望むのは愚か、という事です。“二兎を追う者一兎も得ず”という言葉を教わりました」
テーブルを回りこんで、オリガは女王を見下ろした。
「貴女は一二三様を捨てて国の安寧を取ろうとしているのです。すでに切り捨てることを選んでいるのですから、それだけの覚悟を見せてください。でなければ、何もかもを失う結果になりますよ」
一二三を追って、足早に部屋を出ていくオリガ。
残された女王は一人、しばらく考えに耽ったあと、書類を作る為に執務室へと向かった。その時の雰囲気は、他人を寄せ付けない厳しいものだった。
☺☻☺
「こんな大役、退役騎士の仕事じゃないと思わない?」
ヴィーネからカイム。カイムからフィリニオンという流れでイメラリアから書簡が届いたとき、それが任務の証明書類としても使えるように頑丈な分厚い羊皮紙を使用された、重要任務に使われる指示書だと気付いて、フィリニオンは胃のあたりが重たくなってきた。
「そんなに重要なお仕事なのですか? 流石はお嬢……奥様。退役されても女王陛下からの信頼が厚いということですね」
「単に居場所が悪かっただけよ」
指示書を読み進めているうちに、鳩尾の不快感は痛みに変わる。
フィリニオンへの指示は大きく二つ。魔人族の王の監視と王都への案内だ。同封のメモに、アリッサに協力を要請しているので、調整はそちらで行うように、と記載されている。
「なんだか、いつもと違う感じね」
文面というより、書かれている内容にフィリニオンは違和感を感じていた。
サインは間違いないし、封蝋も女王のみが扱える物だったので、偽造という可能性は低い。
「違う感じ、ですか?」
「むむ……。なんというか、しっかり“命じている”感じ、かしら? 即位なされる前はお願いみたいな言い方だったからかしらね」
ちょっとした変化よね、とクリノラに向けて笑って見せたフィリニオンだったが、内心では別の発見に気付いて、恐怖していた。
(退役騎士を使えば、万一魔人族が暴れても王城の戦力は削られずに済む。さらに言えば、国内で王城よりも高い戦力を誇るトオノ伯爵領の戦力低下すら狙えるってこと……? これ絶対陛下のアイデアじゃないでしょ)
王への手紙を持ち込んだ魔人族と思しき人物は、戦闘を選ばずに撤退したという。戦闘力を持たないという可能性もあるが、誰も傷つけようとせずにただ逃げを選んだというあたり、本当に話し合いを望んでいるのではないか。
「……希望が入った予想でしかないけどね。クリノラ」
宿の椅子から立ち上がり、書簡を丸める。
「アリッサ・トオノ辺境伯と相談してくるわね。その間に、魔人族の女王様を迎えるための服とアクセサリーを見繕っておいてくれる?」
「ま、魔人族ですか?!」
「そうよ。光栄と思うしかないけれど、私が世話役になるのだから、クリノラにも負担をかけるけれど、御願いね。ドレスとアクセサリーは、良いのが無ければフォカロルで買ってきてね」
護衛は全部連れて行って、ついでにみんなで息抜きをしてくるように、と言い置いて、フィリニオンはローヌ臨時役場へと向かった。
「カイムさんは、どう思う?」
「女王陛下からのご依頼です。断るのは難しいでしょう。また、魔人族とまともに対応したのはフォカロル兵と一部の国境警備兵のみです。他に引き受けられる勢力もありませんから、アリッサ様の代替わり直後の実績づくりとしても適当かと」
フィリニオンの訪問を受けて、アリッサは会議室を使って話し合いをすることにした。フィリニオンとアリッサの他には、カイムとミュカレが同席している。
(ローヌに来ていたのね……)
フォカロルに残っていたはずのカイムがいたことで、フィリニオンは少し居心地が悪かった。
「時には領地の状況を直接確認する必要もあります。部下に任せるのは憚られるのです」
「……何も言ってないわよ」
心を読まれたかのように、突然カイムが説明をする。
フィリニオンは、このカイムの雰囲気が非常に苦手だった。真面目と言えば自分の夫も同じだが、カイムは優秀なのは理解できても、得体の知れない部分が多すぎる。
以前、体重が落ちるほど勉強させられた恨みも多少加味した印象ではあるが。
「罠ということもあるでしょう? 護衛の方にあまり人数を裂いて欲しくないんだけど」
軍務担当のミュカレとしては、女王と称した別人を捨て駒にして、守りが薄れたところから攻め込んでくることを懸念せざるを得ない。
「陛下からの依頼では、人数の指定はありませんね。魔人族を迎え入れるにあたっての打ち合わせはどのように行われるのですか?」
「陛下は基本的に私が調整をして、王城へ報告するようにとのことだったわ。こちらで迎える予定を立てて、魔人族の方へ知らせる形にしたいのだけれど……伝える方法、あるかしら?」
「それについては考えがあります。大奥様がいらっしゃれば楽なのですが……では、護衛の人員選定はミュカレに任せましょう」
「三十人くらいでどうかしら? 移動方法はどうするの?」
「魔人族は馬に乗っていたという情報があります。今回も馬でくる可能性が高いでしょう。こちらの兵士については、物資は台車。人員は馬と台車に分乗ですね」
サクサクと決まっていく内容に、アリッサは黙ってうんうん頷いている。兵士たちについてはミュカレ、総合的な対応についてはカイムに任せておけば良い。どうせ決裁するのは自分だし、本当に重要なことは、カイムから聞いてくる。
「僕は一緒に行っていいの?」
「逆に、行かないという選択肢はありません。女王陛下からの勅命も同然の任務です。貴族として当主が先頭に立たなくては、他の貴族に示しがつきません」
「そうなんだ」
納得した、とアリッサが頷いているのを見て、ミュカレが勢いよく立ち上がった。
「じゃ、じゃあサポート役として私も……」
「ミュカレは残留してください」
「なんでよ!」
「領主様が不在の間、警備の兵たちを纏めるのは誰ですか? そのための貴女でしょう」
納得いかないという顔で歯を食いしばる様は、淑やかという言葉の対義語を体現している。
「ミュカレさん、お願いね」
「わかりました……」
アリッサに言われたら何も言えない、と力なく椅子に座る。
「では、フィリニオン様とアリッサ様を中心に、それぞれの侍従と兵士、合計で五十人弱と言ったところですか。職員も何人か同行させましょう。王都を見ておくのは悪い事ではありません。それとフィリニオン様、一つ提案があるのですが」
「え? あ、なにかしら?」
目の前でどんどん話がまとまっていくのを、呆然と見ていたフィリニオンは、不意に話を向けられて、慌てて頭を切り替えた。
「この際ですから、エルフや獣人族の代表も数名同行させてはいかがでしょうか。この地に住むにあたって、陛下へ挨拶くらいはさせておくべきでしょう」
「貴方、とんでもないことをさらりと……」
カイムは、暗にエルフや獣人族たちに護衛の手伝いをさせろと言っているのだ。国の手伝いをして、女王に会うための口実もつくり、この国の物として手伝いもしていますよ、とアピールするために。
「聞けば、エルフは獣人族と戦ってきた歴史があるとか。獣人族も荒野で種族間の争いをしてきたのでしょう。良いアドバイスをくれるのではありませんか?」
「カイム……貴方も前領主と変わらないくらい危ない事を考えるわね」
「すごいよね。ほんとに助かる!」
カイムに対するフィリニオンの言は、言うこまでも無く皮肉だったのだが、アリッサは純粋に褒め言葉だと受け取ったらしい。
また、フィリニオンの胃がストレスにさらされる。
「とにかく、この件は陛下にお伺いを立てるわ。それで、魔人族への連絡はどうするの?」
「簡単な事です。どうせ国境の向こうには魔人族がこちらを監視するための人員を伏せているでしょうから。重りを付けて投げつけてやれば良いのです」
その場にいた人物で、フィリニオン以外は「なるほど」と頷いていた。
国同士の親書の扱い方について思い悩む元騎士は、どうやらこの場では少数派らしい。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
活動報告にも書きましたが、今さらついった始めました。
毎回の更新については、今後ついったで告知します。
書籍情報等はついったと活動報告両方に掲載します。
ついった @Ido_Masa です。
今後ともよろしくお願いします。