171.Blank Space
171話目です。
よろしくお願いします。
「わあ、久しぶりですね。忙しくしているみたいだけれど、大丈夫?」
「プーセさんこそ、お元気でしたか? あ、これザンガー様からお届け物です」
王城を訪れたオリガとヴィーネを入口で迎えたプーセは、オリガに一礼するとヴィーネとかしましく話あっていた。
オリガを迎えた相手は、イメラリアである。
「国境からの報告書、並びに魔人族の長と名乗る人物からの手紙をお届けに参りました」
「魔人族からの手紙ですか。夫君の領地は話題に事欠きませんね」
「ええ。おかげさまで退屈せずに済みます」
にこり、と整った顔をした美少女二人が笑顔で言葉を交わしている様を見て、城内を警備している騎士たちは微笑ましいものを見たような、穏やかな顔をしていた。一二三をめぐる二人の争いを知らなければ、表面上は親しい貴族階級の付き合いにしか見えない。
「わたくしとオリガさんは、少し相談事があります。プーセさんはヴィーネさんと積るお話もありましょうから、お二人でゆっくりされると良いでしょう」
「ありがとうございます、陛下」
嬉しそうに頭を下げたプーセと、合わせて礼をしたヴィーネを見送り、イメラリアは近くにいた騎士に彼女たちの部屋へお菓子とお茶を運ばせるように指示を出す。その姿はずいぶんと落ち着いて、自然な振る舞いになっている。
「主人の使用人にまでご配慮いただきまして、ありがとうございます」
「構いませんよ。その程度は雇い主の務めです」
プーセの役職は『相談役』なのだが、家臣では無く、客分として扱われている。エルフが長命であり、家臣として高い地位に付けると後年問題になるかも知れない。かと言って、王の相談を受ける立場の者が下級の貴族や官吏というのもおかしい、と宰相たちが頭を捻って考え、“一時的にエルフの集落からお招きした相談役”という体で扱うことになった。
城内に執務室と居室を与えられ、専用の侍女を付けられた。自給自足に近い生活をしていたプーセは、突如として変化した生活に、最近になってようやく慣れてきたところだった。まだ、侍女に対して指示を出す事には慣れていないのだが。
「城にも複数の魔法使いがいますし、魔法が使えなくても魔法を使う相手との戦いを訓練したいという希望もあり、最近では騎士隊の訓練にもお手伝いいただいています」
「なるほど。それは良いことですね」
イメラリアの執務室へと場所を移し、侍女たちに部屋から出るように告げると、向き合う二人の顔から笑顔が抜け落ちた。
「それで、その手紙を見せていただけますか?」
「どうぞ」
そっけなく渡された手紙を見て、封蝋がそのままになっていることを、イメラリアは意外に思った。
「一二三様は中を確認しておられないのですか?」
「主人からすれば、すでに引退した身だから興味が無い、ということのようですね」
「そうですか」
素直に頷きながらも、イメラリアは鵜呑みにするつもりは毛頭なかった。何らかの方法で中身を確認したか、あるいは魔法を使って確認したかのどちらかだろう、と仮定する。
イメラリアは慎重にナイフで封を解き、内容にしっかりと目を通した。
そこには、女王ウェパルの署名付きで、停戦のための話し合いを行いたい旨が書かれていた。女王自らイメラリアの居城へ赴く用意がある、と記されている。
「……なるほど」
文面だけで判断するのは危険だが、被害軽微な小競り合いで終わっていても、国軍の兵士を国境へ手中させ、駐留部隊を養うだけでも経費がかかる。終わらせられるならそうしたいのが為政者としての本音だ。
魔人族がいるエリアに来い、ということであれば罠を疑うところだが、来ると言うのであれば用意はできるだろう。
考え込んでいたイメラリアが、ふと視線を感じて顔を上げる。そこには、無表情で見つめているオリガの姿があった。
「何か?」
「魔人族の王という方から、停戦の申し込みです。実現されれば良いのですが……」
「停戦ですか。良い知らせです。あまり戦いが長引くと、アリッサの負担にもなります。向こうも攻めあぐねているようですから、良い頃合いでしょう」
オリガの言葉には、当然停戦を受け入れますね、という意味合いが強く含まれている。それが彼女の考えからなのか、一二三に言い含められてのことなのかは不明だが、イメラリアにこれを受けない理由は無い。
「そうですね。このお話は受けるべきでしょう」
ふと、イメラリアの脳裏に、今の状況を利用できないかという考えが浮かんだ。
「……オリガさん。明日の昼食、ご予定は?」
「主人と過ごす予定です」
当然の事と言わんばかりなオリガの言葉に、イメラリアは内心の苛立ちを笑顔で包み隠す。
「良かったら、一二三様も交えて、打ち合わせも兼ねて城で昼餐としませんか? 正式な内容はその時に詰めたいと思いますが、国境からここまで、魔人族の女王をエスコートしていただきたいのです」
「……それは、国軍で行うべきではありませんか?」
「今、一二三様に鍛えていただいている騎士の訓練も兼ねて、という形でお願いいたします。それに、魔人族の精鋭が万一国内で暴れたとき、一二三様ならば確実に押さえつけることができます」
依頼料や行動スケジュールなどについて、一二三本人を含めて相談したい、と繰り返したイメラリアに、オリガは保留の態度を取った。
「主人に相談してから、今日のうちにはご連絡させていただきます」
「わかりました。よろしくお伝えください」
簡単なあいさつを交わし、オリガは城を後にする。
入れ替わりに室内へ入り、二人分のティーセットを片付け始めた侍女に、イメラリアは「急ぎでお願いします」と声をかけた。
「サブナクさんと宰相に、すぐここへ来るように伝えてください」
「畏まりました、陛下」
手早く茶器を盆にまとめ、侍女は足早に出て行った。
「……明日の敵は今日の友……。いえ、友とは言えませんね」
政治に関わると、思考がどんどん黒くなる、とうんざりしながらイメラリアは自らのお腹を撫でた。まだ確定の診断は出ていないが、なんとなく、そこに命がある気がする。
「……友ならば、利用しようとは思わないでしょうからね」
☺☻☺
「そう。ご苦労様」
ウェパルは報告に訪れた男に、優しく声をかけた。
ヴィシー中央委員会の執務室をそのまま使っている女王の為の執務室は、次第に書類で埋まりつつあった。部屋の隅で、ニャールとフェレスの二人が、ひぃひぃ言いながら書類の仕分けをしている。書類が増えて面倒になってきたウェパルが、二人に緊急性の高い順に分けるように命じたのだ。
ブツブツと泣き言を言いながら書類を捌くニャールへ、男はちらりと視線を向けたが、言及はしなかった。そこに触れたら自分も巻き込まれるかもしれない。
「偽装は完璧だったのですが、まさか見破られそうになるとは思いませんでした。不覚です」
「しっかりと親書を渡してくれて、報告に戻ってきてくれたのだから、あまり気にすることはないわよ。また潜入をお願いするかもしれないから、その時は気を付けてね」
「はっ。次の機会がいただけましたら、より完璧に任務を達成して御覧に入れたいと思います」
男が持ち帰った情報で、一二三が領主から退いてオーソングランデという国の首都に滞在している事、ホーラントという国とオーソングランデが連携を取っている可能性があることが分かった。
「まさか引退していて、しかも首都にいるとはね」
褒美については後日、と伝えて男を下がらせてから、想定外だった、とウェパルは天井を仰ぎ、両手で顔を覆った。
「そういう事なら首都に行くなんて書かなかったわよ。勘弁してほしいわね。下手したら人間と魔人族がいるところで余計な事されかねないわ。停戦どころじゃなくなるかもしれない」
仕方ない、とウェパルは送ってしまった手紙の内容について、今になって愚図るのはやめた。自分が所属する国の首都でまで、騒ぎを起こすような真似はするまい、と考えた。
「そんな真似したら、お城を舞台に魔人族と人間の両方を敵に回すことになるわよ」
わざとらしく大声で笑い飛ばし、不安をかき消す。
ニャールとフェレスが気の毒そうな顔で見てくるが、今さら部下にどう見られようが知ったことか、という気分だ。
ひとしきり笑って、ようやく気持ちが落ち着いて来た頃に、バシムが足早に入室してきた。魔人族の将としてヴィシー攻めを指揮し、一二三に片腕を奪われた男だ。
金属鎧を着た片腕の男は、乱暴な足取りウェパルの前まで進み、ドン、と音を立てて跪いた。
「人間の町に使者を送ったと伺いましたが!」
「使者というより、手紙を送っただけよ。それがどうしたの?」
ウェパルは、気持ち突き放すような言葉になった。彼女は、粗暴で出世欲を剥き出しにしているバシムの事を好きになれなかった。尊敬しろとまでは言わないが、国家と言う組織として他の国家とやり取りをしていくことを考えれば、形だけでも女王に対する敬意を見せられるようにするべきだ。
それができそうにないバシムを、ウェパルは今の地位以上に上げる気は毛頭無かった。
「一体、どのような内容をお送りされたのです。よもや、降伏勧告などではありますまいな」
バシムの言い草に、ウェパルは心底呆れた。自らも含めて人間に対して敗北している状況なのだ。攻め手に欠けるなどと言い訳で塗り重ねているうちに、自分たちが圧倒的に優位だと自己催眠にでもかかってしまったのではないか、とウェパルは内心で皮肉る。
戦況をどこからどう見ても、降伏を勧めるような状況ではないのだが、バシムにとっては敵に送る書状と言えば、降伏勧告か挑発文くらいなのだろう。
書状の内容を教えてやる必要など無い。ウェパルにとってこういう無礼な奴は組織運営の邪魔なので、早々に排除したいところだったが、戦場に置いておく数合わせとしては使える程度に実力があるのが問題だった。
それに、オーソングランデとの接触は、こういった主戦派への偽装も兼ねている。
「文面だけを見れば、停戦のための講和を結ぶ話し合いの打診よ」
「停戦だと!? ……失礼しました。しかし、現状我々は負けているわけではありません。まして、一国を陥落させ、今も二正面作戦を大きな損害も無く推敲しております。今この段階で停戦を、しかも我々から申し入れる必要は無いのでは、と愚行いたしますが」
なるほど、とここに至って、魔人族の領土に来た一二三が、すぐに暴れることなくフェゴールに連れられるままに町へ入って、魔人族との会話から入った理由に納得した。情報を知らないと、これほど人は間抜けに見えるのだ。
「落ち着きなさい」
「しかし……」
「停戦は方便です。バシム、私の新たな転移魔法の制限を知っているでしょう」
転移先は“ウェパルの魔力を込めた目印”を置くか、彼女自身が訪れたことがある場所に限定される。
魔人族の主戦派が妙な提案を持って来る可能性を考え、ウェパルは早々に自らの魔法についての弱点を公表していた。
「なるほど! つまり陛下は恩自らが敵地の中心部へ赴くことで、一気呵成に敵の本拠地を叩き潰す準備をなさるわけですな!」
興奮気味に話すバシムに対して、ウェパルはニヤリと笑った。“うまく乗ってくれた”と。「わかったなら、兵たちとの調練を勧めなさい。万一、首都で私を害する動きがあれば、戦いはそこで始まるのだから」
「ははっ!」
満面の笑みで出て行ったバシムは、きっと兵たちに向かって、今の会話で出た作戦について嬉々として喧伝してくれるだろう。そして、士気の高い兵士たちを以て、号令一つで突撃してくれるはずだ。
「もし、一二三があの剣を握るようなら、その時点で呼んであげようかしらね」
そして、見事に盾となって女王を逃がすための時間を稼いでもらおう。バシムの後任は、もう少し女王の意を汲んでくれる者を選ぼう。
ふと、部屋の中で相変わらず書類と格闘していた二人に声をかけた。
「ニャール、フェレス。将軍とかやってみたくない?」
「絶対嫌です」
即答したフェレスに、ニャールも同意するように何度も頷いていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。