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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
世に戦の種は尽きまじ
170/184

170.Black And Blue

170話目です。

よろしくお願いします。

 魔人族によるフォカロル侵攻は、完全に足踏み状態だった。ウェパルが人員を分散させてヴィシー領の統治と運営に関して、本格的に手を付け始めると、ただでさえ不足気味な人員がさらに分散していく。

 魔物が多い居住区で身を寄せ合って生きていた魔人族たちにとって、広い町々、しかも異民族が暮らす複数の町を運営するのは、不慣れを超えて未知の部分が大半だった。

「もっと準備してからにすれば良かった……」

 ウェパルは、新たに拠点とした場所に執務室を用意し、そこで次々に指示を仰ぐ書類を決裁しながら、毎日頭を抱えていた。

 ヴィシーの中で新たに居城としたのは、国内中心部にある一際大きな町にあった、元は中央委員会と呼ばれた為政者たちが使っていた宿を兼ねた建物だ。委員会のメンバーは、全て捕縛して死体を曝すことで、人間たちを押える道具として使った。

 ウェパルの趣味ではなかったが、少ない人数で多数の人間を縛るには、力を見せつけて恐怖で縛り上げるのが一番手っ取り早いと判断した。強化兵や最初の魔人族侵攻でかなり兵数を削られていたヴィシーの各都市にとっては、少数でも魔人族の強さは充分に脅威だったので、その狙いは一応成功したと言って良い。

 だが、デメリットもある。

 平和的な主権移譲では無かったため、多くの町で為政者側の者たちが死ぬか逃げ出してしまった。魔人族におびえる民衆は扱いやすくなったが、町の運営に関しては下っ端しか町に残っておらず、手探りで都市運営を引き継がなくてはならなくなったのだ。

 都市制圧の責任者に任じられた魔人族の中には、早々に横暴な振る舞いをして民衆を必要以上に怖がらせ、暴動が発生したり大規模な逃散を引き起こして、都市機能をマヒさせてしまった者もいる。

「せ、戦争どころじゃないじゃない」

「陛下ぁ、追加の書類です」

 どちゃり、とウェパルの目の前へと一抱えはあろうかという書類を置いたのは、相棒であるフェレスと共に王の補佐官となったニャールだった。出世ではあるが、今の女王ウェパルの周辺はあまりに多忙で、喜ばしい地位とは言えない。

「失礼します」

「あ、フェレス」

「あ、じゃないでしょ。陛下の前で気を抜き過ぎよ……陛下、戦況の報告ですが」

「読んで。文字を見たくないわ」

 目の前に追加された書類をうんざりした顔で見ていたウェパルは、フェレスに読み上げを頼んだ。

「え~っと……“損害軽微。なれど目標達成への道は遠く、敵の防備は強固”以上です」

「昨日と一緒じゃない」

「昨日は“損害無し”で始まりましたよ」

 真顔でさらりと訂正したフェレスに、ウェパルは頭痛を覚えていた。つまるところ、ヴィシーと違ってホーラントやオーソングランデに対しては、攻めあぐねているばかりか、損害すら出ている、ということだ。

 ヴィシーへ集団転移してきて最初に国境の町ローヌという場所を狙ったのだが、やたらと頑丈な塀が構築されていた上に、エルフによるものと思しき魔法障壁、さらには塀に作られていた謎の小さな穴から槍を撃ち出すという攻撃を受け、結構な損害を出している。

 その後は慎重に攻略を続けているのだが、時間が経てば経つほど、塀は強固になっていき、攻撃も苛烈になってきている。完全に足踏み状態と言って良い。

「かと言って、今は援軍を送るような余裕は無いわよ……」

 現場の指揮官ですら、兵数に余裕がない事を把握しているの。一方面の軍を任された矜持もあって、書面に援軍の要請は無い。

そういった事情も相まって、変化が無さ過ぎて、報告書に書くことも無くなってきているようだ。

「どうします?」

「……停戦したいのはやまやまなんだけどね」

 今は、魔人族の中でも攻撃的な意見を持つものが主流派を占めている。ヴィシーの攻略で多少は収まるかと思っていたウェパルだったが、片腕を奪われて怒り狂っているバシムを初め、未だ戦争へと向かう動きは収まる様子が無い。

 ウェパルとしては戦いを一旦収束させて、ソードランテとヴィシーという、新たに手に入れた領地の安定を目指したいところだった。時間はかかるが基盤を作り、人的資源を育てなければ、戦争に勝てない。勝てたとしても、統治ができない。

「破壊と戦争しか考えてない、あの大馬鹿と違って、私は将来のことまで考えないといけないのよ。それに、魔人族の馬鹿な女王なんて歴史に残されたくないわ」

「でも、このままだとこっちの数が減るだけでは?」

「すっごい魔法とか無いんですか? 敵の防壁を敗れるような」

 フェレスの冷静な突っ込みに続けて、ニャールはむちゃくちゃな事を言ってくる。

 参謀とかどこかに落ちてないかしら、と若干意識が現実から離れるのを何とか抑えつつ、先日から検討していた策について再度検討する。

「方法は考えているけど……失敗したら、間違いなく私は味方から殺されるわね」

 不穏な言葉に、ニャールもフェレスも黙ってウェパルを見ていた。

「……人間に化けるのが得意なのがいたわよね。ちょっと前に人間の町から戻ってきたと思うけど、彼を呼んでもらえる?」

 ほどなく、執務室へやってきた一人の魔人族に、ウェパルは急いで書き上げた書簡を渡した。

「難民を装ってローヌへ入り、この書面を密かに届けなさい。魔人族に雇われて持ってきた、商人だとでも名乗ってね」

「ご命令、承知いたしました」

 恭しく書簡を受け取り、さっそく出発するという男が執務室を後にした。

「……あとは、人間の為政者が、一二三みたいなのばっかりじゃないことを祈るばかりだわ」


☺☻☺


 一二三が王都に滞在し、騎士たちへ訓練をつけるようになってから二ヶ月が経過した。身体がしっかりとできていた、騎士隊の中でも特に優秀な人員ばかりが選定されていたこともあり、一二三としてはまずまず悪くないペースで指導が進んでいると思っていた。

 王城には住まず、十五分ほど歩く距離にある中古の屋敷を購入し、数名の使用人を入れてオリガと暮らしている。

 朝早くから自分の柔軟と黙想を行い、軽く走って王城へ向かう。午前中いっぱいを指導に使い、午後からはオリガと訓練をするか、適当に魔物を狩ってギルドに売るという穏やかな生活をしていた。

「身体は動かしておられるようですが、以前を知る者としては、なんだか引退した兵士のような生活に感じますね」

 と、城内で顔を合わせたイメラリアに言われたが、実際に家督を譲って隠居しているわけなので、一二三としてはこれ以上仕事やら付き合いやら、面倒を増やすつもりは毛頭なかった。

 オリガも忙しい領地運営から解放され、一二三のために家事を行い、共に訓練し、狩りに出るという生活にこれ以上ないほど満足しており、時折登城してイメラリアと対面している間も、ずっと笑顔で通しているほどだった。

 国境では戦争中であるが、一二三はそれに関わろうとすることも無く「もう子供じゃないんだから、アリッサにやらせておけ」と素っ気ない。

 イメラリアをはじめ、サブナクや監視の騎士など、一二三の周囲にいる人々は、いつ魔人族との戦いに飛び出していくのか、と戦々恐々としていたのだが。

「ご主人様。ご報告です」

「ああ、ヴィーネか」

 昼食を終えた頃、陽の当たるリビングで刀に油を塗っている一二三の所へ、片耳兎のヴィーネが駆け寄ってきた。数日ごとに王都の館にいる一二三を訪ねては、フォカロルからの報告を持ってきていた。数日滞在し、またフォカロルへ戻る、という行動を繰り返している。

 数名の兵士を護衛に連れて、台車でひたすら往復しているらしい。一二三の館には泊まるが、フォカロルには一泊もしないことがあるほど、とんぼ返りをしている、と護衛の兵士がこぼしていたことがある。

 刀を戻し、渡された書類に目を通しながら、一二三は何かを考えているような表情で、紅茶に口をつけた。

 報告では、魔人族の動きや遠野伯爵領内の経済的な動き、主な事件などが記載されており、ヴィーネが留守にしている数日分、日付ごとに数枚ずつ束ねられていた。

「大量の兵士が短期間で、か」

 流入してくる難民からの情報で、ヴィシーという国はもはや完全に魔人族に乗っ取られているとみて間違いない、とカイムが記録していた。さらに、魔人族から接触があったという。

 書類と共に封筒に放り込まれていた書簡は、オーソングランデとホーラントの国主当てにと届けられたものだという。王城へ送るかどうかは、一二三に任せるとアリッサの字で書かれていた。

「判断を丸投げするなよ」

 封筒から取り出し、日差しが入る窓に向かって透かして見る。

 封書は「魔人族から渡された」というヴィシー難民の商人から届けられたという。商人そのものが怪しかったのだが、適当な理由を思いつけなかったアリッサが「なんとなく」という理由だけで捕縛しようとしたため、兵士たちが困惑して初動が遅れたこともあり、件の商人には逃げられてしまったらしい。

「やれやれ……」

 まだまだ、アリッサが領主としてしっかり振る舞えるようになるには時間がかかりそうだ。

「ウェパルも、急にフィールドが広がって混乱しているようだな」

 封書と、フォカロルからの報告書もまとめてヴィーネに返す。

「オリガと一緒にこれをイメラリアに届けてくれ。ついでにプーセと話でもしてくると良い」

「はい。ありがとうございます」

 夕食の仕込みをしているだろう、と一二三に言われ、ヴィーネは書類を胸に抱えて厨房へと駆けていく。

 ぴょこぴょこと片方だけの長い耳を揺らしながら走るヴィーネの後ろ姿は、奴隷であった以前よりもずっと身体がしっかりしている。フォカロルと王都との往復を続けている間に、人間の町にも慣れてきたらしい。

 同時に、王都とフォカロルの間にある町や、警備をしている兵たちも次第に獣人族やエルフに慣れてきた。食事や感情なども自分たちと変わらないということが、浸透してきたと言っていいかもしれない。

 今では、エルフのプーセがイメラリアと共に度々公式の場に登場する。最初にプーセの相談役就任の発表があった際は、王城前の広場ではそれなりに懸念の声もあったようだが。

「……それにしても、死神」

「お呼びですかね?」

「お前、ウェパルに何かしたな?」

 一二三が目の前にあるローテーブルから視線を逸らさないまま、背後に現れた死神に静かに声をかけた。

「さて、何のことでしょうか」

 ヘラヘラと張り付いた笑いを浮かべ、見えていないのを承知で死神は肩をすくめた。

「まあ、いいだろう。……ところで、聞きたいことがあったんだが」

「私ごときでお答えできるものであれば」

 大仰に、貴族のようにひらりと右手を添えて首を垂れる。

「同じ闇の魔法でも、俺のように物だけ動かせる奴と生き物も通せる奴がいるんだな」

「魔法は使う方の観念や知識が大きく影響しますから。属性が同じでも、効果などは人によって変わりますよ」

「なるほどな。概念、か」

 闇の力を使えばこうなる、というイメージがどの程度明確にできるかどうか、と言うのが大きくかかわってくる、と死神は補足として説明した。一二三が開いた穴に生き物が入れられないのは、一二三がそうなるのが普通、と考えているか、以前にそういう創作物でも読んだから、という可能性が高いらしい。

 とすると、こと闇魔法に関していえば、ウェパルの方がイメージ力は高いのかもしれない。

 皮手袋に包まれた左手を見る。戦いの場で、大して魔法に頼るつもりは無いが、この魔力がなければ、この手は失われていただろう。実際にはもう無いのだが、擬似的にでも使えるのは助かる。

 する、と手袋を外す。

「おお、闇の魔力が凝縮されているようですね。しかも素晴らしい安定性を保っている。闇魔法で作られた擬似生物などよりも、遥かに確かな物質化を成し遂げていますね」

 感服いたしました、と死神が空虚な褒め言葉を並べる。

 それを聞きながら、一二三はそっと立ち上がった。

「魔法生物か。お前は違うのか」

「私は闇の魔力……神力と言っても良いですね。元々は人間ですが、何万年も前に生物を辞めてしまいましたから、端的に私の存在を語るとすれば、闇の力そのものでしょう」

 死、とそれをもたらす超現実的な存在を信じる者がいることで、死神はその存在する力を得ている。理不尽で夜を呪うような死が量産されることで、より強い力を得られるのだ。

「丁寧な説明ありがとよ。理解ができた」

 死神の前にたち、左手の眺めながら一二三が礼を言うと、死神もにっこりと笑う。

「それはようございました。……えっ?」

「元人間で、その基本構造から離れることはできなかったみたいだな。頭蓋骨の形は普通の人間と同じだ」

 一二三の黒い左手が、死神の顔面を掴んだ。その速さに避けることができず、親指と薬指がしっかりとこめかみを押えていた。

「な、何をするのですか……」

「役目が終わった道具は、始末するに限る。それに、お前みたいなジョーカーは誰かに使われると迷惑だからな」

「始末って、そんなこと……」

「できるんだろう? 魔法は概念なのだから」

 ずぶ、と一二三の指が死神の頭に食い込む。力で埋まったのではない。真っ黒な指が触れている個所から死神の身体を吸収しているのだ。

 自分の身体が減っていく感触に、死神は初めて表情を崩して慌てだした。

「そんな馬鹿な!」

「自己申告しただろう。お前は闇の魔力そのものだ、と。魔力なら、魔法と同様に吸収できる」

 断言した。それが自身のイメージを補足すると信じて。

「や、やめてくださいよ……私は貴方に力を与え、他にも色々協力したじゃないですか……」

 無視して、一二三は手のひらをべったりと死神の額に当て、すでに頭部の半分は吸収し終えている。

 目玉も消えているが、死神はそれでも口を開いている。

「私が消えれば、貴方の魂もどこへ行くかわかりませんよ? 地獄どころか、無限の闇を彷徨うことになるかも! 私という案内役がいれば……」

「五月蠅い」

 一気に腰のあたりまで手を押し付け、一気に身体を削りとる。

「俺は、死んだ後の事なんぞどうでも良い。生きている間にどれだけ殺し、どのように殺されるかだけしか興味が無い。それに、そろそろお前ごときに利用されているのも飽きた」

 残った死神の両手両足が攻撃を加えようと動き始めたが、平手でぶっ叩くように動いた一二三の左手で、あっさりと消された。

 念入りに、欠片も残さぬように。

「……ふむ。確かに魔力が補充できたような感触がある。最期に役に立ったか。良かったな」

 ソファに戻り、鈴を鳴らす。

 リビングへ急ぎやってきた侍女に、新しい紅茶を頼んだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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