17.Hail and Kill 【子爵邸で魔法使いに出会った】
17話目です。
忠誠のあり方は人それぞれ。
よろしくお願いします。
食事を終えたところで、一人の若い男が一二三たちに近づいてきた。商人風の仕立ての良い服を着て、爽やかな笑顔を振りまいている。
「やあ、お久しぶりです! いつこちらに?」
フレンドリーな挨拶と共に一二三の隣に座った男は、周りから見えない位置で一二三にメモを渡してきた。
「もう食事はお済みみたいですね。近くにいいカフェがあるんですが、いかがです?」
「いや、あのさ……」
男のテンションに一切付き合わず、一二三はメモをテーブルの上に置いた。
「お前が何をやりたいのかわかるんだけどな、周りに怪しい奴はいないから、こういうやり取りは要らないぞ。それに、俺は字が読めないから意味がない。お前、第三騎士隊の奴だろ?」
「確かに、メモには第三騎士隊の者だと書いてありますね」
テーブルに乗せられたメモをオリガが読み上げる。
男は、一二三の丁寧なダメ出しに笑顔が消えた。
「うっ、まさか字が読めないとは……。では何故私が騎士だと気づかれたので?」
「騎士の誰かにも言ったような気がするが、一般人とお前たちのように行軍の訓練を受けた騎士は歩き方が違うんだよ」
パジョーたちで見慣れているから、すぐわかると一二三は紅茶を飲んだ。
「で、要件はなんだ? 王都を出てすぐにお前らの気配がなくなったら、王都以外は監視をしないのかと思ったんだが」
「そう、その事です」
居住まいを正した騎士は、サブナクと名乗った。まだ経験の浅い騎士で、一人でここフォカロルに見習い商人という触れ込みで潜伏しているという。
「まあ、例の侯爵の件でハーゲンティ子爵も重要な監視対象になりましたからね。情報収集の為の連絡要員というやつです。で、先ほど王都から鳥を使った連絡があって、貴方が王都から出たけれど、途中で追いつけなくなったから、ここで監視を再開・継続しろ、と」
どうやら追跡担当者は、一二三たちが馬車を用意させた事から、一般的な馬車による移動を選ぶと考え同様に馬車を使って商人の振りをしてついて行くつもりだったらしい。
ところが、王都から少し離れたら直ぐに馬車を収納して全員が馬で駆けて行ってしまったので、完全に置いていかれたらしい。
サブナクもそうだが、追跡者も一人行動だったようで、ツーマンセルやスリーマンセルで状況に対応するという考え方は無いらしい。パジョーの時も、武器を持っていないから監視を別に付けていただけで、通常は一人行動になるのだろうか。
「人数が足りないんですよ。地味な第三騎士隊は入隊希望者が少なくて、優秀な人は城内勤務の第一騎士隊を希望しますし、力自慢の人は第二騎士隊に取られちゃうし」
原則、騎士隊は貴族しか入隊できないので、平民に混じって行動したり、場合によっては根気よく潜伏したりする仕事もある第三騎士隊は不人気らしい。
「でも、事が起きてから動く第二騎士隊とか、そもそも現場らしい現場を経験しない第一騎士隊よりも、民を守る仕事としては第三騎士隊こそが一番役立っていると思うんです」
「……で?」
いい加減鬱陶しくなってきたので、一二三は一言でサブナクを黙らせた。
「何の用だ? お前の仕事は俺の監視であって、接触して第三騎士隊の宣伝をすることじゃないだろう」
「あっ、すみません……」
自分がヒートアップしていたのに気づいたサブナクは、顔を赤らめて頭を下げた。
騎士らしくない態度のミダスやパジョーを思いだし、一二三の中で“第三騎士隊は変な奴の集まり”という評価が固まりつつあった。
王都からの指示書を受け取ったサブナクは、急いで王都方面の出入口へ向かったが、既にそこは地獄絵図以外の何ものでもない光景が広がっていた。
見覚えのある兵士たちの無残な死体が転がる様をまともに見てしまったサブナクは、胃液も出ないほど吐いてから、気を取り直して一二三たちを探していたという。
「正直に言うと、ハーゲンティ子爵は生きたまま捕えたいのです。侯爵の自供もありますが、侯爵は指示を出して利益を吸い上げるだけで、具体的に誰がどのように動いていたのかがわかっていません」
実際に事件が起きた街の領主で侯爵の派閥の一因であるハーゲンティ子爵から、有益な情報が得られるとサブナクは考えた。
騎士隊としては、イメラリア王女の指示通り、一二三の行動は束縛せずに無関係に調査を進める方針なので、これはサブナクのスタンドプレーでしかない。そこまで、彼は正直に話した。
「貴方を邪魔するつもりも敵対するつもりもありませんが、この件を解明して、イメラリア王女が心安らかにこの国を治められるためにも、どうかご協力をいただきたい」
立ち上がったサブナクは、深々と頭を下げた。
サブナクの脳裏に、先ほど見てきた兵士たちの死体が思い出される。王都から回ってきた一二三に関する報告書にも、信じられない記載が数多くあった。曰く、王や貴族でも敵対すれば容赦なく殺す。ものの数秒で裏組織のメンバー10人を殺害した。武器がなくとも素手で騎士を手玉に取れる等。
自分の言葉が一二三を怒らせてしまえば、ここで自分は死ぬだろう。しかし、騎士としてこの国を良くする為には、この件は絶対に解明して王族の周りを掃除する事がだと、サブナクは一二三に賭けた。
「……俺は、別にそれでも構わない」
一二三の言葉に、サブナクは顔を上げた。
「俺にとっては子爵はどうでもいいが、オリガとカーシャにとっては仇討ちの相手だからな。後はこいつらと話して決めてくれ」
言うや否や、一二三は立ち上がって何処かへ行ってしまった。
突然に判断を任された二人の奴隷と、急に説得相手が変わってしまったサブナクは、お互いにどうしていいか分からずに困惑してしまった。
「あ~……とりあえず、お茶でも飲む?」
言ってから「ナンパか!」と心の中で自分にツッコミを入れてから、また赤くなった顔を誤魔化すように店員を呼ぶサブナク。
カーシャは思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……ゴメンね、なんだか最初に声をかけて来たときと全然ちがうからさ」
「いや、いいよ。メモを渡そうとした時は、建物の裏で何度か練習して、気合入れてやったからね。小さい時からあがり症で、急な物事に対応するのが下手だから」
初対面の相手と話すのは苦手なんだ、とサブナクは言った。ここに配属されたのも、一人で慣れない土地で生活することで、少しでも諜報員としてのスキルを磨きたかったからだという。
「ごめんね、ぼくの話ばかりで。それで、子爵の件なんだけど……」
「その前に、騎士団が把握している侯爵派閥の情報を教えていただけますか? もし子爵を逃しても、それ以上の仇を殺せるのであれば私としては納得できるかもしれません」
オリガの言葉をサブナクは少し考えた。“納得できるかも”ということは“納得できないかも”ということか、と。
立場で言えば貴族と奴隷。比べるべくも無いし、こうして同じテーブルに座ることすらほとんど無いだろう。しかし、オリガとカーシャはあの細剣騎士の奴隷なのだと、サブナクは改めて認識する。若い女性とも思えない威圧感を、カーシャよりもむしろオリガの方から感じるのだ。
「……わかった。まずどこから説明しようか」
紅茶が置かれるのを待ってから、サブナクは話し始めた。
その頃、一二三はぶらぶらと街を歩いていた。
さりげなく腰には刀を帯びている。
「あれがそうかな?」
誰に聞くでもなく、街の中心と思しき方へ向かっていると、周辺の家々と比べても一際大きな屋敷を見つけた。
ゆっくりと近づいて行くと、金属製の頑丈そうな門が開いて、数人の兵が駆け出して来るのが見えた。
兵たちは鬼気迫る形相で、一二三の脇を通り過ぎるとそのまま街の入口へと走っていった。どうやら、今になって先行部隊の全滅が伝わったらしい。
「……遅いな。離れて見ている奴も居なかったようだし、やはり情報の伝達とかもあまり意識されていないのかもしれないな」
誰に言うでも無くつぶやきながら、一二三は先ほど兵たちが飛び出してきた門に近づいて行く。
「……見張りがいない」
どうやら、戦力を根こそぎ向かわせたらしい。
呆れながら一二三は堂々と正面から入り、館の玄関に手をかけようとした刹那、違和感に突き動かされてドアの正面から脇に飛び退いた。
大きな音がして、木製のドアがバラバラに切断された。
風通しの良くなった出入り口から覗き込むと、見たことがある顔がある。
「王都の侯爵邸に居た奴だな。確かストラスと言ったか」
「覚えていたか……やはり始末しておかねばならんようだ」
玄関から中は広いホールになっていて、奥には侯爵の屋敷で逃げたストラスが、短剣を突き出して次の魔法を準備している。
さらりと身を翻した一二三は一度顔を引っ込め、足音と気配を消して建物側面へ回り込む。
「逃すか!」
ストラスのしゃがれ声が聞こえるが、無視して走る。
(建物内の気配は10人分。一人はストラスで一人は子爵か? 残りは使用人か……いや、2階の気配は……タムズだったな。なんでここにいる?)
同僚に殺されかけ、その死に様を見て立ち尽くしていた若い兵士を思いだす。
嫌な予感がした一二三が見上げると、メイドが空気の入れ替えの為か、木戸を開いた瞬間が目に入った。
飛び上がり、窓の縁に左手をかけると、そのまま窓の中に体をすべり込ませる。
驚いて固まっているメイドに近づき、にっこり笑って見せてからそっと首筋に手を当てて優しく気を失わせた。
(床で申し訳ないが)
メイドの身体をそっと横たえ、廊下に誰もいないことを確認してからタムズがいるらしい部屋へと向かう。
板張りの廊下をかなりの速度で走っているが、僅かな衣擦れの音だけが聞こえる。
(ここだな)
並ぶドアの中でも特に重厚な造りの一枚の前で立ち止まる。
中にはタムズともう一人の気配がある。
音が聞こえないので、そっとドアを開いて隙間から様子を伺う。
「……報告は分かった。残っていた者たちは出ていったのだな?」
「はい。副隊長が残っていた全員を連れて現場へ向かいました。私は子爵様へご報告をするようにと」
タムズと話しているのは、渋い声をした男性のようだ。隙間から見えるの姿は40代の紳士で、貴族とひと目でわかるような刺繍の入った真新しい服を着て、タムズの前で棚から何かを取り出しながらタムズの報告を聞いていた。
(あれがハーゲンティ子爵だな)
「それにしても……隊長までグザファンとグルだったなんて、残念です」
「残念……そうだな、残念だ」
ハーゲンティが取り出したのは剣だった。
70cmの刃渡りを持つ直剣で、儀礼用の様な装飾が施されている。
子爵はタムズに背を向けたまま、剣を抜いて刀身をじっくりと眺めている。
「重大な犯罪です。多くの兵が失われました。ここは騎士団の調査を依頼すべきでは……」
どうやらタムズは、兵隊長が悪事の元凶で、それをハーゲンティに告発しているらしい。しかも、国の介入を進言している。
(あいつ、馬鹿だな)
ハーゲンティの指示かもしれないという考えは浮かばなかったらしい。その前に、自領の失態を国に知らせようとする貴族がいるだろうか。
「君が」
ハーゲンティは低い声をさらに低くしてつぶやく。
「黙っているなら、必要ないと思うがね」
振り向きざま、持ってきた剣を突き出したハーゲンティの動きにタムズは反応できなかった。
腹に刺さった剣とハーゲンティの顔を交互に見てから、タムズは声も出せずに崩れ落ちた。
倒れたタムズにハーゲンティの視線が向いている隙に、一二三はするりと部屋に入り込んだ。
ハーゲンティが一二三の侵入に気づいたときには、すでにその姿は目の前にあった。
「うおぉっ!」
とっさに手に持った剣で斬りつけてくるハーゲンティだが、遅かった。
振りかぶったところでみぞおちに拳を打ち込まれたハーゲンティーは、白目を向いて気絶した。
と、ここで一二三は倒れたタムズを見やったが、既に事切れていた。
近づいてくる気配の正体に気づいた一二三は、ハーゲンティを文机の裏に隠し、自分もその横に伏せた。
一拍置いて、頭上の壁に掛かった絵が切り裂かれた。
中央に切り傷が入った油絵の周りを、散乱した書類が舞い散る。
その様子を見ていた一二三は、ある確信を持って頷いた。
「ようやく見つけたぞ」
部屋に入ってきたのはストラスだった。
「遅かったな。こっちの用は終わったから、お前の相手をしてやれるぞ」
机の影に隠れたまま、一二三は刀を収納して鎖鎌に持ち帰る。
「終わった、だと? ハーゲンティを殺したのか」
「いいや」
鎌を持ち、鎖をぶらぶらと揺らしながら一二三は立ち上がる。
「ちょいと揉めていてな。今はまだ生かしている」
「……であれば、まだ退くわけにはいかんな。まさかこんなところでまで邪魔されるとは思わなかった。あの時殺しておくべきだった」
ストラスは短剣を一二三に向け、またボソボソと詠唱をしている。
一二三は相変わらず分銅を揺らしながら、特に構えもせずに立っている。
「……ついに覚悟したか? 死ねぃ!」
風の刃が一二三を襲うが、ひと振りされた分銅に風の刃はかき乱され、風は辺りを吹き荒らして消えた。
「なにっ!?」
風刃魔法に絶対の自信を持っていたストラスは、造作もなく消されてしまった魔法に驚きを隠せなかった。
「貴様、何をした!」
「見ての通り、武器を振っただけさ。こう、ブーンとな」
再現するように分銅の付いた鎖を振り回す。
「さすがに何度も見せられたら、対策もできる。自信があったんだろう? 修練も積んだんだろう。だが、それしかないなら、それで終わりだ」
分銅だけでなく、鎌の部分も丸ごと投げ付けられた鎖鎌は、動揺するストラスの腕に絡みつき、鎌が右肩に刺さる。
たまらず短剣を落としたストラスに、一二三はゆっくり、しかし油断なく近づいた。
「風が吹いて色々と吹き飛ばすのは所詮演出で、実際に切れる範囲は狭い。侯爵の屋敷でパジョーは肩を浅く切られた程度だった。さっきも、絵に傷はつけても切断まではいかない。吹き荒れる風はいかにも恐ろしげに見えるかもしれないが、その実態は首にでも当てないと相手を殺すこともできない」
魔法の正体を完全に見破られたストラスは、慌てて左手で短剣をつかみ直し、また詠唱を始めたが、すでに一二三は目の前だ。
「遅い」
顔面に蹴りを受けた、ストラスは廊下まで転がり出た。
鼻血を出して悶絶する姿を見られたのか、女性の悲鳴が聞こえる。
「うちのオリガの魔法なら、机を抉って攻撃できただろうな。打ち出す速度ももっと早い」
刀を取り出し、鯉口を切る。
「身のこなしは中々見所があるとは思うが、俺の前に立つには、無理があったな」
一二三の抜き打ちの一撃が、立ち上がろうとするストラスを襲う。
滑るように踏み出した右足が床を踏みしめる音が聞こえた時には、ストラスの首は胴から落ち始めていた。
廊下の先に目を向けると、人殺しの瞬間を目撃したショックで腰を抜かしたメイドがいた。
「ひっ!」
一二三が近づくと怯え切った目で後ずさろうとするが、とても逃げられる速さではない。
「悪かったな。立てるか?」
触れるとまた怖がらせるだろうと、適当な距離をとって立ち止まる。
「俺はこういう者だ。君以外の使用人全員をホールに集めてくれ」
「これは……。はい、か、かしこまりました!」
ヨロヨロと立ち上がったメイドは、一二三の指示を実行すべく駆けて行った。
気絶したハーゲンティを担いだ一二三が、オリガたちがいる食堂まで戻ってきたのは、一二三が席を外してから30分弱経ってからの事だった。
一人でさっさと片付けてしまった事に、何か言ってくるだろうと予想してはいたものの、
「女の匂いがします。何をされていたのですか?」
というオリガの第一声を聞いて、力が抜けてしまった。
お読みいただきましてありがとうございます。
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