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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
世に戦の種は尽きまじ
169/184

169.Living For Love

169話目です。

よろしくお願いします。

「陛下」

ノックをして、イメラリアの寝室へ入ってきたのは、サブナクの妻であるシビュラだった。彼女とサブナク、そして彼女の父である宰相アドルだけは、イメラリアの狙いをしっていた。

 そして、一二三が夜明け前までこの部屋にいて、何をしていたのかも。

「シビュラさんですか……」

「温かいミルクをお持ちいたしました」

 ベッドの横へ、湯気を立てるカップを置いたシビュラは、手桶に入れたお湯の中からタオルを取り出し、堅く絞った。

「こちらでお体をお拭きください」

「ありがとう」

お礼に笑顔を向けて応えたシビュラは、クローゼットから真っ白なナイトガウンを取り出し、身体を拭い終わったイメラリアの肩へそっとかけた。

「間もなく、湯浴みの用意が整いますので、公務の前に身体をお浄めください」

「助かります……あの、やはり匂いますか?」

 自分の身体の匂いを嗅ぎながら、イメラリアが恐る恐る尋ねた。自分では汗臭い中に少しだけ一二三の匂いが混じっているように感じる程度だが。

「ええ。男女の匂いというのは、本人以外の者には良くわかるものです。これがそこらの侍女であれば、ちょっとした下世話な噂話の種で終わるでしょうけれど」

「そ、そうですか」

 抱えていたカップを置いて、慌ててガウンの前を閉じると、ふと思い出したように枕元に置いていた香炉を持ち上げて、シビュラへと渡す。

「忘れないうちに、これをお返ししておきますね」

「はい。確かにご返却いただきました」

「本当に効果があるのでしょうか?」

 まだ痛みが残る下腹部をさすりながら、イメラリアは首をかしげている。

 香炉は魔法具の一つで、無臭の特殊な薬品を焚くことで、女性の妊娠率を飛躍的に引き上げる、とされている。生理周期は合わせているが、それでも不安だったイメラリアから相談を受けたシビュラが、父であるアドルから借り受けてきたのだ。

 そういった魔法具を所持していることを隠しているつもりだったアドルは、青い顔をして女王の為なら、としぶしぶ了承した。長く子がいなかったアドルが、探しに探して手に入れたものらしく、シビュラが生まれたのがその効果を表している。

 そのエピソード付きで香炉と薬品を渡された時のイメラリアは、どういう顔をしていいかわからないという表情だった。

「時間も無いですから、ちゃんと授かっていることを願うしかありませんね」

「定期的に健診を入れるようにいたしましょう。早ければ、二か月程度でわかるはずです。借りた日に私も試してみましたから、うまくいけば陛下と子育ての相談もできますね」

「そ、そう……」

 アドルの件もそうだが、知り合いの“そういう話”は苦手だった。自分が大した経験もないのに、どう返して良いかわからないからだ。

「とにかく、子が生まれたら、協力をお願いいたします。わたくしは、子供の出生について、公表するつもりはありません。そうですね、乳母兼教育係ということでいかがですか?」

「それは助かります。私も子供が生まれたら侍女の仕事は続けられませんから」

 ですが、とシビュラが目を細めた。

「王子か王女かはわかりませんが……その子にも、父親のことをお伝えされないのですか?」

「一二三様がどのような人物であったか、についてはしっかりと話すつもりです。ですが、彼が父親だという話は致しません。まだ決めてはいませんが、いずれは地方の若くして亡くなった貴族が相手だった、とでも説明しましょう」

 口を開きかけたシビュラは、少しだけぬくもりが残る香炉を抱えて、口を閉じた。

「面倒事を押し付けるようで、申し訳ないのですが……」

「私には、はけ口がありますから問題ありませんわ。もちろん、主人のはけ口にも私がおります。陛下が御心のままにお過ごしいただけるのであれば、それが臣としての幸福です」

 だから、なんでも遠慮なく申し付けて欲しい、とシビュラは言う。

「では、まず一つお願いしたいのですけれど」

「はい、陛下」

「貴方と子とわたくしの子を、友人にしてくださいませんか?」

 目を丸くして驚いたシビュラだったが、すぐにイメラリアの意図を汲み、微笑みを取り戻した。

「喜んで、陛下。それはきっと、私の子にとっても、素晴らしいことだと思います」

 笑顔で向かいあった二人は、初めての体験や男性の扱いについてひとしきり話し合うと、イメラリアは彼女専用の浴場へ向かい、シビュラは血の跡も生々しい寝具を抱え、密かに焼き捨てるために焼却施設へと運ぶ。


 そして、湯浴みから戻ってきたイメラリアの元へ、一つの書類が届いた。

 そこには、トオノ伯爵領ローヌにある国境にて、魔人族との戦闘が発生したとの記載があり、防衛に成功したものの、ヴィシー国内に魔人族が潜伏しているか、最悪の予測として、ヴィシーがすでに魔人族に乗っ取られている、と書かれていた。

「魔人族は退却したはずでしょう。早くはありませんか? 一体何が起きたというのですか!」

 だが、書簡を持ってきたヴァイヤーと、シビュラと共に早朝から登城していたサブナクは、イメラリアに明確な答えを出せない。

「予測としては、トオノ伯が撃退したものとは別の部隊が入れ替わりにヴィシーを攻撃し、攻略もしくは侵入に成功したのでしょう。でなければ、移動にかかる時間が異常に速いということになります」

 ありえない、としたヴァイヤーに、イメラリアはその認識が甘い、と指摘した。

「プーセさんから色々と魔法の話を聞きましたが、結界以外にも様々な魔法があり、適正と習熟次第では、空を飛ぶことも可能だとか。第一、違う世界から呼び出された人物が、こちら……と言ってよいかは微妙ですが、居られるわけです」

 何がしかの方法で、転移したり高速で移動することも可能かもしれない、というのがイメラリアの予想だった。実際に召喚魔法が使用できたのだから、まったく可能性が無いわけではない。

「相手は魔人族。エルフよりも魔法に優れている部分があるとされているのです。人間の感覚を押し付けていては、足元をすくわれるでしょう」

 再び、イメラリアは報告書へと視線を落とした。

「さて、どう動きましょうか……」

 時間は、彼女が思っているよりもずっと少ない。


☺☻☺


「クソッ! 先遣隊の連中の話と違うじゃねぇか!」

 必死で走りながら自陣へと引き返していた魔人族兵士の一人が、背後に見えるローヌの町に構築された、頑丈な防壁を忌々しげに見て、吐き出すように叫んだ。彼が得意としている投石魔法では防壁に傷をつけるのがやっとで、突入のための入口どころか穴すら開いていない。

 一二三のせいで早期に撤退する羽目になったものの、ヴィシー侵入を果たしたバシム率いる魔人兵たちは、しっかりとヴィシー国内へ仲間を送り込むことに成功していた。

 彼らを足掛かりとし、ウェパルの転移魔法によって国内へと突如現れた魔人族の軍は、瞬く間にヴィシー国内を制圧していった。

 人数の都合もあり、基本的には各所の管理責任者を幽閉し、武器を取り上げ、食用を供出させるのみに止めている。逃げたとしてもオーソングランデやホーラントへの国境方面に近づくほど魔人族に会う確率が増えるだけで、他には荒野しか行くところがない。実質、ヴィシー各都市の人々は、町を離れる選択はできなかった。

 そういった前例もあり、別の国とはいえ人間の国である以上、オーソングランデへの侵攻も簡単に終わるだろう、と魔人族の兵たちは考えていたし、ウェパルも実のところ、その程度にしか考えていなかった。

「うわっ!」

 悪態をついていた魔人兵の隣で、同僚が槍に貫かれて倒れた。

 だが、彼に手を差し伸べる余裕は無い。動きが鈍れば、次に串刺しになるのは自分なのだ。

「あぎゃっ!?」

 また一人、誰かの悲鳴が聞こえた。

「クソッ! クソッ!」

 背後からの恐怖に耐え切れず、兵士は手近な岩の影に飛びこんだ。

「ああ、まだ陣まであんな距離があるのか……」

 五百メートル以上先に、自分たちが構築した戦陣が見える。戦陣と言っても、食料などの荷物をまとめて置いて、目印を立てただけの簡易な集合場所でしかない。だが、そこまで行けば少なくとも町から撃ち出されている兵器は届かないはずだし、仲間もいる。

 だが、矢の雨ならぬ槍の雨が降るなか、そこまで敵に背を向けて走る勇気は無かった。

「攻撃が緩むのを待つしかないな……」

 それがいつになるのかわからないが、少なくとも死ぬよりはマシだった。腰に提げた皮袋から、水を一口飲むと、魔人族の兵はぐったりと岩にもたれかかる。

「畜生、人間は魔法も碌に使えないと聞いたのは、一体なんだったんだ?」

 兵士はぼやく。誰も答えを教えてくれないのを知りながら。


 魔人族の兵たちは、ウェパルの転移魔法で二百名ほどが一気にヴィシー国内へと雪崩れ込んだ。数が少ないのは、魔人族そのものが少ないせいもあった。だが致命的だったのはウェパルという女の、指揮官としての才能だったかもしれない。あるいは、彼女に優秀な側近なりが居れば違ったかもしれない。

彼女は、兵力の三分の二を温存することにしたのだ。まず様子見をして、それから“兵力の振り分け”をしようと考えていた。オーソングランデ側。もしくはホーラント側へ集中し、出撃と残留の比率が逆であれば、魔人族は思うさま蹂躙が可能だったかもしれない。

 しかし、大して警戒もしていなかったヴィシーの荒野側にある防衛力を基準に考えて、今回も不幸な出会いさえなければ、国境など楽に突破できる、と踏んでいた。

 ちなみに、一二三の特徴は全軍に通達され、出会ったらすぐ撤退することと厳命されている。

 魔人族兵が立てた計画は簡単で、国境の砦や防壁を魔法で破壊もしくはダメージを与え、膂力に優れた者たちで突破する、というものだった。

 ところが、ローヌの町へと魔法攻撃を仕掛けた魔人族とその同僚たちは、信じられないものを見ることになった。

 魔法障壁によって、彼らが放った岩石や炎は、完全に防御されてしまった。さらには、防壁に開けられたひし形や円形の隙間から次々に飛来する槍によって、魔法攻撃隊はあっという間に半減し、突撃のために控えていた兵士たちと共に、総崩れになって一時撤退を余儀なくされていた。

「隊長は……」

 岩陰からそっと周囲を見回した兵士は、二本の槍を身体から生やしている、背の高い魔人族が倒れているのを見つけた。

「死んだか。誰が指揮するにしても、とりあえずは帰りたいんだがな……帰れるのか?」

 ここまで、ウェパルの転移魔法でやってきたのだ。次に門が開くのは三日後。戦闘の状況を確認するためと、人員交代の為だ。徒歩や馬で買えるにしても、それだけの食糧は用意していない。死んだ連中の食糧を集めたとして、運搬の方法が無い。

「人間の町で馬車でも奪ってくるか……? いや、まず荒野の道がわからん」

 絶望的な気分で、兵士はまた水を飲む。

 たっぷり三日間、なんとかして生き延びる。最早攻め込もうなどという考えは吹き飛んでいた。


☺☻☺


「ふん。大したことないのう」

「調子に乗らないの。エルフの魔法障壁が無かったら、危なかったんだから」

 狭間さまから国境の向こうを覗き込み、逃げていく魔人兵たちを見て笑っているプルフラスに、ミュカレはため息交じりに注意した。

 周囲ではフォカロルの兵士たちが忙しなく動き回り、槍の補充や射手の交代、投槍器の点検などで大わらわだ。ちなみに、国境警備担当のオーソングランデ兵は、居場所が無くて隅に固まって一応は戦う準備をしている。

「そんじゃ、あたしたちは一旦休憩させてもらうよ」

「で、ウチが代わりにここでお手伝いします」

 ザンガーとレニが、ミュカレへと報告する。

「はい。ご協力ありがとうございました。お疲れのところ申し訳ありませんが、また攻撃がありましたら……」

「構わんから、すぐに呼んでおくれ。魔法障壁は、あたしらの一番得意なことじゃからねぇ」

 じゃあ、寝させてもらうよ、とザンガーは笑いながら獣人たちとエルフが宿舎として与えられたホテルへと戻っていく。その後ろに、同じく障壁を張る役を終えた数名のエルフがついて行った。

 残ったレニは、待機していた獣人たちの元へと向かい、交代で休憩を取るように指示を出すと、再びミュカレの所へ戻ってきた。

 ふわふわと白い毛を揺らして走ってくる姿に、ミュカレは頬が緩む。

「ウチたち獣人も、いつでも動けますから」

「本当に、あなた達がいてくれて助かりました。食料を用意しますから、使ってください」

「助かります……それにしても」

 防壁の上へ、レニが視線を向ける。

 そこには、仁王立ちで魔人族の動向を観察し、真紅のマントを翻しながら兵士たちに射撃の指示を出しているアリッサの姿があった。

 しばらくその姿を見つめていたレニは、ミュカレに視線を戻すと、ふにゃりとした笑顔を見せた。

「なんだか、領主様は一二三さんに似ているんですね」

「え……」

 まさか、とミュカレは高さ四メートルほどの防壁を見上げた。

 風を受けながらもバランスを保って立っているアリッサの姿は、小柄ながらも凛々しく見えた。その立ち居振る舞いは、兵士に訓練を施す一二三の姿に似ていると言えなくもない。アリッサが、意図してそうしている可能性もある。

「え、まさか、え……いやいや!」

 首をぶんぶんと振り、ミュカレは頭の中で重なったイメージを振りほどいた。

「あ、アリッサ様は先代のように傍若無人ではありませんよ。それに、可愛らしさがまるで違います。あの人を人と思わない冷たい目の男と一緒にするのはどうかと……」

「そうですか? 同じくらい、かわいい人だと思いますけど? 一生懸命やりたいことやってるのって、見ていてかわいいと思いませんか?」

 あはは、と笑って獣人たちの集まりに戻っていくレニの背中を目で追いながら、ミュカレは混乱していた。

「かわいい? ()()が?」

 獣人の嗜好ってみんなああなのかしら、と首をひねっているミュカレに、頭上からアリッサが声をかけた。

「ミュカレさーん!」

「は、はい! どうされましたか?」

「おねが―い! ヴィーネさん呼んできてー!」

「わかりました! お待ちください!」

 風で聞こえにくいらしく、大声で呼びかけるアリッサに、ミュカレも精一杯の大声で答えて、役場へと早足で向かう。

「うふふ……やっぱり、あの男とは全然違うわよ。あの男もいなくなって、ヴィーネが連絡役になれば、領主補佐役として一日中隣に……」

 本人はにこやかな微笑みのつもりだが、客観的に見て、口の片方だけを吊り上げた邪悪な笑みに、周囲は自然と道を開けた。

「ああ、くだらない戦争なんて早く終わらせなくちゃ。きっと、アリッサ様の元でフォカロルはもっと素晴らしい町になる……いや、そうしなくては!」

 一部動機が不純な者も含めつつ、アリッサの領主としての基盤は整いつつあった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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