165.One Love
165話目です。
よろしくお願いします。
オリガの名前が出たことで、会議の出席者たちは互いに顔を見合わせた。
ここにいる人物で、オリガの事を知らぬ者はいない。その正確についても。
「その……それは信用できるお話なのでしょうか?」
サブナクがイメラリアにした質問は、この場にいる者に共通するものだった。
「信用……ですか。オリガさんが出した条件を聞けば、納得すると思いますよ?」
そっと、一枚の書類を取り出し、全員が確認できるように回す。
「これは……」
一瞬見ただけで、ヴァイヤーは声を漏らした。
「彼女が出した条件は“オリガさんを一二三様と共に封印すること”です」
「自分から、封印魔法を受けると言ったのですか!?」
アドルが驚く声を上げたのに対して、イメラリアは頷いた。
ここからは見えないが、プーセも初耳で、声も出ない程驚いているらしい。
「狂気の沙汰としか思えませんね」
乾いた笑いをもらすサブナクに、そうですか? とイメラリアは首をかしげた。
「わたくしは、この願いを聞いた時にすんなり納得できました。彼女は一二三様と共に在る為に、必死の努力で彼のやる事についていけるだけの実力を得ています。その最後まで、彼の隣にいたいと思うのは、自然なことだと思いますよ」
なぜか、イメラリアは自然と微笑みを湛えていた。
「計画を簡単に説明します」
また別の書類を取り出したイメラリア。それは人数分用意されており、計画を頭に入れたら、必ず処分するようにとの注意文が最初に書かれている。
「すでに王城へ呼び出している一二三様に対して、ヴィシーの現状を聴取した後、一つの依頼をします。ヴァイヤーさん」
「はっ!」
「一二三様から直接、騎士たちへその技術を指導していただけるように依頼をします。訓練を受ける人員を三十名ほど、両方の騎士隊の中から選抜しておいてください。訓練を受ける間、その方たちが担当している全ての役職から外してください」
「了解いたしました。……その者達が、最終的にトオノ伯と戦うということでしょうか?」
そうなると、事実上の決死隊を組織することとなる。自分も含めるつもりではいるが、人選するのは心が重い、とヴァイヤーが渋い顔をしていたが、イメラリアの回答はもっと規模が大きい。
「いいえ。たった三十人で何ができるというのですか。その方たちは一二三様を誘い込む具体的な作戦を立てるために、罠などを作成する際に必要な情報を得るための、いわば研究者であり、監視員です。罠を作り、オリガさんが動きを止めて、プーセさんの結界で閉じ込め、わたくしの魔法でオリガさんごと封印する……まだまだ乱暴で穴だらけの策ですが、大まかに言えばこういう流れです」
イメラリアの話を聞き、会議に参加した者たちは、全員が食い入るように書類を見つめている。誰もが、この場で全てを憶えていくつもりなのだ。
「ミダスさん。一二三様がここに滞在している間、常に監視をつけてください」
「は。善処はいたしますが……」
「気付かれていても一向に構いません。本当に隠さなければならないのは、オリガさんがこちらに協力してくれること、最終的な罠の場所。この二つだけです。なりふり構わずあの方の情報を収集することを最優先にお願いします」
「了解いたしました」
ミダスが頭を下げたのを見て、イメラリアは「よろしい」と呟き、立ち上がった。
「次は一二三様がこの城へ来た後で、また会議の収集をします。みなさん、遠出は避けて呼出には即応できるようにお願いします。では、解散」
イメラリアとプーセを残し、男性陣は部屋を出ていく。サブナクは護衛ではあるが、このまま騎士隊からの人選について打ち合わせをするらしい。城内の反イメラリア派は、綺麗に一掃されているので、城内であれば問題は無い。
「……思えば、わたくしが城内での安全を得られたのも、一二三様が反対派を一掃してくださった御蔭なのですよね」
「女王様? 大丈夫ですか?」
プーセの声に、苦笑いで答える。
「大丈夫です。少し、自分の身勝手さに眩暈がしただけです。わたくしは、国にとっての損得で全てを判断しなくてはいけません。それが個人的には不義理であることでも、最終的に国の利益になるのなら……」
ぶんぶんと首をふり、手元の書類をまとめて、イメラリアは席を離れた。
「今日はもう休みましょう。余計な事ばかり考えてしまいそうです」
「その……エルフや獣人たちをまとめている人たちをそばで見てきましたので、女王様の苦労は解る……つもりです。い、一応は相談役なんですから、どんどん頼ってくださいね!」
イメラリアは、プーセの事を知ってから、彼女を利用することばかりを考えていた。そんな自分に、こんな言葉をかけてもらう権利があるのか、と迷う。だが涙はそんな彼女の迷いなどお構いなしに流れた。
☺☻☺
そこは小さな村だったが、建物は綺麗で、宿も清潔で広い部屋がいくつもあった。温泉を目当てに、貴族や豪商なども訪れるらしく、食事も新鮮な野菜と、専属の冒険者が狩ってくる魔物の肉がしっかりと調理されて出てくる。
「二泊ぐらいして行こう。ここの温泉は気にいった」
フォカロルを出発して数日、少し寄り道をして温泉が有名だという村に入り、宿を押えてすぐに温泉を楽しんだ一二三は、宿にオリガが指定して用意させた、たくさんの料理を前に上機嫌だった。
酒を飲まない一二三は、オリガを話し相手にひたすら食べるだけだったが、この数日間、二人で向かい合ったり並んだりして、三食を共にしていることが幸せだった。
「昨日の夜に襲ってきた連中は、人数が多い割に、全くできない奴ばっかりだったな」
「技量が伴わないのを、人数でカバーしようとしたのでしょう。浅はかとしか言えませんけれど。それで思い出しました。あなたの服、返り血がついた分を宿で洗濯してもらいませんと」
「ああ、そうだったな。後で出しておく」
夫婦の会話に口をはさむものは無く、甘い野菜と、高級宿ならではのたっぷりと香辛料の効いた肉をしっかり味わいながら、ホーラントの強化兵は使えないとか、プルフラスがまた失敗作の兵器を作ったとか、互いに話題を出しては、相槌を打ちながら、のんびりとした時間を楽しんでいた。
「王都まで、あと何日くらいかな?」
「このペースで行けば、十日ほどでしょうか」
永遠に着いて欲しくない、とオリガは思うが、やらなければならないことがある。イメラリアとの約定は、しっかりとオリガの頭の中にあった。この呼び出しは、その前段階だろうことは簡単に想像できた。
「そんなもんか」
部屋に戻り、ベッドに転がった一二三は、夜のうちにもう一度温泉に行くかどうか、迷っていた。
「オリガ」
「はい」
「王都についたら、城に行く前に買い物でもするか。久しぶりにトルンのおっさんの店に顔を出して、お前の装備……いや、服でも買うか」
突然の提案。そしてその内容に、オリガは息を飲んだ。
洗濯に出す自分の服を抱えたまま硬直しているオリガに、一二三は笑う。
「何を固まってるんだ。別に嫌なら……」
「いいい行きます! ぜひ! お願いします!」
服を放り捨て、一二三の上に重なるように飛び込む。
避けることなく受け止めた一二三にしがみついたまま、嬉しいと思う気持ちの奥に、寂しさを感じていた。
本当ならこんなことを言う人ではないことを知っている。願いはしても期待はしていなかった。それが良い事かどうかわからないまま、目を背けて喜んでいる自分が、とても矮小で汚いもののように感じたが、オリガにはもう、自分の心の動きをどうすることもできなかった。
悪い意味で吹っ切れた、と感じた。
一二三のためという免罪符を振りかざし、その実、自分の欲を叶えることにもう迷わない、と。イメラリアとの約束も、一二三の希望を叶える意味もあったが、多分に自分の欲が入っていることを、もう取り繕う気も起きない。
いくつものキスを浴びせて、オリガは一二三への素直な気持ちを口にする。
「ありがとうございます、あなた。最期まで、一緒ですよ……」
☺☻☺
森の中、元はどこかの獣人族集落だったと思われる場所で、旧スラム住人達は暮らしている。さらに移動する可能性も考えて、簡素なテント暮らしではあるが、獣人やエルフにとっては、それほど大変ということもない。
ヘレンたちに連れられて、ゲングとマルファスが集落へとやってくると、獣人たちは歓迎し、プーセの姿が無い事に、エルフたちは驚いたり青ざめたりしていた。
バラバラに確認しても収集がつかないので、レニはヘレンやザンガー、ゲングとマルファスを含めた数名で、話し合いを兼ねた夕食会を開くことにした。
殺風景な天幕の中、食事が一通り終わると、レニの司会で話し合いは始まった。
「じゃあ、まずゲングさんから報告をお願いします」
「はい。プーセさんたちと共になんとか人間の住む町にたどり着いたんですが、ちょうどそこが一二三さんが領主をやっている町でして……」
人間の町での生活や食事の内容などを交えながら、オーソングランデという国の王都へ移動し、さらに一二三を追って別の国まで行ったこと、ヴィーネが一二三に出会ってそのまま残ることを選び、プーセが王女の相談役としての職を得て、しばらくは人間の国で人間の事を学ぶつもりでいることなどを説明した。
まだ、マルファスと一二三の関係については話さない。それは、本人から言うべきだとゲングは考えたからだ。
プーセの件について心配はいらないとわかって、ザンガーは大きく息をついた。
「なるほどねぇ……。まあ、プーセの事だから、何かしら一区切りついたら帰ってくるだろうさ。それよりもあたしは、その虎の子の方が問題だと思うけどねぇ。そんな顔をして帰ってきたんだ。何かあったんだろう?」
その場にいる者の視線を一身に受けて、マルファスは毛を逆立てて緊張した。
ゲングに背中を叩かれ、「何があったか自分で話せ」と促され、ポツポツと話始める。
「しゅ、襲撃されて、みんな殺された俺の集落……やったのは、一二三だった……」
同席していた妹のリーデルや、彼女の保護者のようになっている熊獣人の娘オルラは、驚いた顔をして固まっている。
二人の様子をちらりと見て、マルファスは一二三とのことを話した。集落で出会った仇だったこと、全く歯が立たなかったこと。そのまま逃げ出して、ゲングに付き添ってもらって帰ってきたこと。
「なるほどねぇ……」
ザンガーは頷いた。
「で、どうするつもりだい?」
「それは……」
ザンガーの質問に、マルファスは口ごもった。
自然と、視線が妹へと向かう。
「……二人で……いや、三人だね」
ザンガーは、マルファスとリーデル、オルラの三人に別の場所で話をしてくるように伝えた。
「もし、リーデルたちが残ることになっても、心配しなくていいよ。あたしもまだまだ元気だし、他の連中も良くしてくれるさ」
話し合いの場から離れようとして、ふとマルファスはレニへ向き直った。
「どうしたの?」
「その……この集落は、今からどうするんですか? 俺は、先にそれを聞いておきたい」
「ん~……まだ、みんなの意見を聞いてから決めるつもりだけど」
ごそごそと、ポケットから羊皮紙を取り出した。
そこには、レニが考えていた今後の事や、夕食に何が食べたいかなど、雑多な内容が方向もめちゃくちゃに書かれていた。
「ソードランテで、魔人族の戦いとか強さは判ったし、さっきのゲングさんの話を聞いてそうしようかと思ったんだけどね。……一二三さんの所に逃げようかな、と思って」
「……マジで?」
「マジで」
レニとヘレンとのやり取りを聞いて、マルファスは何かを言いかけて、結局は何も発せずにリーデルの手を引いて外へ出た。オルラも、レニへ一礼して出ていく。
「……まあ、仇だって人の所に行くって話に、乗ってくるはずないよね」
ヘレンがため息をついて、デザートの果物をひょいひょいと口に放り込んでいるレニへと視線を戻した。
「で、本気で言っているの?」
「もちろん」
果汁で濡れた指を舐めてから、布巾でごしごしと拭う。
「正直言って、魔人族の魔法とか戦闘力とか見たら、ちょっとみんなを守って戦うとか、逃げて回るっていうのも、短期間は大丈夫だけど、長期間は難しいかなって。ザンガーさん」
「なんだい?」
「はっきり言って欲しいんだけど……魔人族とエルフだと、同じ人数だったら魔法対魔法で勝てる?」
「無理だね」
即答したザンガーに、レニは「やっぱり?」と頷いた。
「ご先祖も、結構苦労して、犠牲も沢山出してようやく隔離ができたって程度だったからね。真正面からぶつかったら、ちょっと厳しいねえ」
エルフの一部と、獣人族の中でも血の気の多い連中が、魔人族の反撃を声高に主張しているが、全体の三分の一にも満たない程度の人数でしかない。
レニを初めとした中心メンバーは、基本的に逃げる方で意見は一致していた。彼らにしてみれば、魔人族の正規軍と、寄せ集めでしかない自分たちとの実力の差は明白だったからだ。
それに、レニにしてみれば譲れない部分がある。
「ということだから、戦って犠牲を出したくはないし、かと言って、ずっと逃げ回るのは難しいよ。獣人だけならいいかもだけど、人間とかエルフさんには体力的に厳しいんじゃない?」
レニとしては、ここで集団を二分することも辞さないつもりでいた。
どうしても魔人族と戦いたいならば、それを望まない者たちとは離れたところでやってほしい。レニを信じてついてきてくれた人たちを、危険に巻き込みたくはない。
「明日にでも、みんなに聞いてみよう。ウチたちと一緒に一二三さんのところに行くか、ここに残って魔人族と戦うか。意見が分かれたら、そこでさようなら、だね」
それは、突き放したように、冷たいようにヘレンは一瞬だけ感じたが、強制はできない。
「マルファス君は、残るかもね。ゲングさんは、どう思う?」
「……あっしは、レニさんについて行きやすよ! こんなところで見捨てねぇでくだせぇよ?」
おどけた様子のゲングに、みんなが小さく笑い声をあげていると、そっと天幕へマルファスが戻ってきた。
「早かったね。……決まった?」
レニが声をかけると、マルファスは頷いた。
「妹をお願いします」
「そうかい……まあ、任せておきなよ。で、あんた自身はどうするんだい?」
ザンガーが、胸をどんと叩いて引き受けると、マルファスは頭を下げた。
「俺は、魔人族のところに行く。魔人族の軍に入って、一緒に一二三を倒す」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※7月18日付の活動報告にて、アリッサについて、
ちょっとだけこぼれ話を書きました。
一部前々回までのネタバレも含まれますが、興味がある方はどうぞ。