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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
世に戦の種は尽きまじ
162/184

162.Holiday

162話目です。

よろしくお願いします。

 一二三から、二人で王都まで出かけることを直接聞いたオリガのはしゃぎようは、事情を知る者も知らぬ者も、ちょっと近づきがたい程だった。

 普通の女性程度には独占欲があり、普通の女性の何倍も嫉妬心がある、面倒くさい性格を全開にしながら、出発までの数日を過ごしていたオリガ。彼女はれ荷物を準備しながらも、誰かがついて来たいと言い出さないか、まるで周囲を威嚇しているかのように、鼻息荒く過ごしていた。

 一二三の性格からして、誰かが“一緒に行きたい”と言えば、特別な事情でもない限り、好きにすればいいと許可を出してしまうことを、オリガは知っていたし、それを覆すような真似はできないこともわかっていたからだ。

 その当人たる一二三は、旅を決めたその日のうちに、食料やらフォカロルに入ってきた魔導具やらを適当に買い込んで闇魔法収納に放り込んでしまうと、プルフラスと新しい武器の開発をしたり、カイムやその他の兵士たちと稽古をして過ごしている。

 オリガは一二三の傍に寄り添い、街へ買い出しに付き添い、稽古にも参加して、片時も一二三から離れようとしなかった。

「領主様と奥様は、本当に仲がよろしいのね」

「良いことじゃないか。ヴィシーじゃ、またなにか騒動が起きているらしいけど、領主様の御蔭で、こっちにはちっとも危険が無い」

 などと、高位貴族の一人でありながら、護衛もつけずにぶらぶらと歩き、庶民と同じ店で食事をする一二三と、そっと寄り添っているように見えるオリガを、フォカロルの町の人々は、微笑ましく見守っていた。


 だが、領主館で勤めていて、オリガのことを良く知る人々は、そんなにのんきに構えてはいられない。

 何しろ、一二三と会話している間、オリガがすぐ近くからじっと見つめてくるのだ。旅や王都の話さえしなければ何も無いのだが、王都行きの話題が出ると、殺気を放って睨みつけてくる。

「結局さ、色々あって新婚さんらしい事をあんまりしてないんだよね」

「はあ……新婚さん、ですか」

 勉強部屋の中、カイムが仕事で席を外すと、アリッサは羽ペンを揺らしながら、向かいで勉強しているヴィーネに話しかけた。

 前触れなく話を振られて、ヴィーネは教本から視線をあげて、生返事をする。

「最初はさ、一二三さんと同行してたのは、当時奴隷だったオリガさんともう一人の三人だけ。僕が加わっても四人だけだったんだよね」

 天井を見上げているアリッサは、どこか遠くを見ているように見えた。彼女の言う“もう一人”が誰のことなのか、ヴィーネは知らなかった。だが、あえて名前を出さなかったことには、何か理由があるのだろうと思った。

「ということは、ご主人様は奴隷だった奥様と恋人だったわけですか」

 ヴィーネは、オリガが元奴隷だったことは聞いていたので、それに驚きは無かったが、一二三とオリガが恋人らしい行動をしているイメージが浮かばない。

「恋人……うーん……へくちっ!」

 指先で揺らしていた羽ペンの先がアリッサの鼻をくすぐり、小さなくしゃみが出た。

「うぅ……恋人というより、家臣とか弟子みたいだったよ。実際、戦い方は一二三さんに大分鍛え治されたらしいし、その時から武器も変えちゃったみたい。杖を使わなくなったのも、その頃だったかな?」

 出会ったころは、僕も余裕が無かったからね、とアリッサは笑う。

 そして、笑い話にできるくらい、昔の事になったのかと思うと、少しさみしい気持ちになった。

「こうして考えると、いろんな人が一二三さんと接触して、仲間になったり敵対したりしてきたけど、寄り添って隣にいようと思ったのは、オリガさんが最初なんだよね。カイムさんたちみたいに、仕える人はいっぱいいるけど、肩を並べて同じことをしたいって思ってるのは、オリガさんだけじゃないかな?」

 カーシャやパジョーのように敵対して死んだ者や、サブナクのように協力はしても仲間にはならない者、イメラリアのように振り回される者など、アリッサの頭の中に、知る限りの人たちの顔が浮かぶ。

「アリッサ様は違うのですか?」

「うん?」

 ヴィーネの質問を、アリッサはうまく飲み込めなかった。

「ええっと、つまり、奥様と同じようになりたいとかは考えられなかったのですか?」

「あ~、そういうことか……」

 今はトオノ伯爵領の一部となっている、旧ヴィシー領アロセール。そこで受けた暴力と、一二三から助けられた時の事を、アリッサはハッキリ憶えている。痛みの記憶は薄れているが、その時に強烈に感じた無力感と死に対する恐怖は、今でも消えることなくアリッサに刻み込まれている。

 その頃の気持ちは、あこがれと、自覚の無い恋心だったのは、今ならわかる。

「……違う、と思うよ。僕は一二三さんの事を好きだけど、それは強い人に対する尊敬なんだよ。だから……だから、僕は一二三さんの養子になるって、責任は重いけど、嬉しいって、思ってる、よ……」

 じわじわと溢れてくる涙が、とうとう頬へとこぼれてつたう。

「もうっ、恥ずかしいな……なんでだろ……」

 机に顔を伏せて、肩を震わせるアリッサに、ヴィーネはそっと近づき、背中を撫でた。

「わかってるよ、僕じゃオリガさんみたいにできないって……だから……」

 とうとう声をあげて泣き出したアリッサを、ヴィーネはずっと撫で続けた。


☺☻☺


 王都へ出発する前日。

 早朝。一二三が行う稽古に、オリガも参加していた。

 フォカロルの町を出て、街道を少し外れた林の中。モンスターが出没することもあるが、一二三には何の影響もない。

 人々の喧騒も無く、木と緑の匂いがするこの場所が、一二三のお気に入りだった。

 オリガと二人、草の上に並んで正座をし、目を閉じる。

 隣にいるオリガの気配の他、弱いモンスターが人の気配を見つけて逃げていくのが感じられる。

 鼻を抜ける自然の匂いに心を落ち着かせながら、ホーラントやヴィシーでの戦闘の記憶を掘り起し、頭の中で戦いを再現する。そのすべての動きに満足感もあるが、反省もある。

 もっと素早く殺せなかったか。効率よく命を奪うことができたのではないか。

 そして、そこから次の戦いに活かすため、きっちりと動きを検証する。それは全て完全なる殺戮を実現するため。未だに、枯れることの無い泉のように湧き出す殺人欲求を、いつか発散しきるその時のため。

 そっと目を開いた一二三の目の前には、一本の木がそびえる。

 一抱えほどの太さがある幹は、まっすぐ天に向かって伸び、青々とした葉を太陽へと広げている。

 抜き打ちの一撃は、切っ先を幹に向けて止まる。一ミリ以下の距離を残し、ギリギリで表皮を傷つけていない。時折一二三が行っている、得物の長さと自分の感覚を確認するための作業だ。

 誰よりも自分の刀の長さを知っているが、だからと言って自分の腕の長さがまったく変わっていないとは限らないし、目釘の具合でブレが出ている可能性もある。それを確認するための、一つの儀式でもあった。

「さて、始めるか」

「はい。よろしくお願いします」

 一二三に合わせて立ち上がったオリガが、鉄扇を左手に掴み、頭を下げた。

 対する一二三も、両手を足の付け根に置き、するりと自然に礼をする。

 同時に顔をあげ、武器を構えた。

 オリガが右手に握った鉄扇は、閉じたままだ。

 一二三は刀を抜き、正眼に構えている。

 掛け声などは無い。

 無言で踏み込んでいく一二三からは、足音が聞こえない。

 滑るように迫る一二三に対し、オリガは一切の緊張を見せず、鉄扇の先をしっかりと一二三の眉間に向けている。

 一二三の攻撃は、真上から振り下ろされる正面打ち。

 オリガは斜め前へと踏み出し、刃の下から腕の下へと潜り込み、横殴りに鉄扇を振る。

 腰の高さで一二三が刀を止めた時、鉄扇は首へと触れるかどうかの距離で止まっていた。

 数秒。残心を置いて無言で離れる。

 戻った時の距離は、最初に向き合って構えた時と全く同じだ。

「次」

「はい」

 何をする、とは言わない。

 もはや、そこまで説明しなければならないような段階ではない。

 オリガは、ぎゅっと引き結んだ口を少しだけ緩め、薄く開いた唇から、ゆっくり息を吐く。

 次の斬撃は、横から膝を断ち割りに来る。

 右足を引き、刀が通り過ぎたスペースへ左足を進める。

 膝をついた一二三の頭へと鉄扇を落とす。

 寸止め。

 数秒置いて、離れる。


 それから、袈裟懸けや突き、連続斬りや蹴りを含めた攻撃を繰り返す一二三に対し、オリガは身体に覚え込ませた動きで切り返していく。

 一二三の動きは、普段の戦闘の時よりもかなり遅いが、無駄が無く、足さばき一つにしても滑らかで迷いが無い。熟練の動きは、速度など関係なく、向き合う者が反応することを難しくしていた。

 それでも、オリガはランダムで繰り出される攻撃に対応し、しっかりと致命傷を与えられる反撃を繰り出す動きをする。

 約束の無い、何が来るかわからない攻撃に、以前はガチガチに緊張していたオリガも、実戦を重ねたことと、武器に慣れたこともあり、今では自然体で動けるようになった。

 だが、次第に速度が増していく一二三の動きは、オリガの目では追えなくなっていく。構えからの初動を頼りに、ギリギリで捌いていく。

 返しも避けられ、一合で終わらずに二合、三合と手数が増える。

 袈裟斬りに対応し損ね、二合目の顔を狙った突きを危うげに避けつつも、反撃まではできず。再び刃を寝かせて胸を貫きに来る突きは躱せなかった。

「うっ……」

 崩れる体勢を支えるために踏み出した足。それでも、突きは確実に胸に差し込まれたと思い、オリガはつい目を閉じた。

 だが、覚悟した痛みは無い。

「目を閉じるな。どうなっても結果を受け入れるつもりでいろ」

 一二三はよろけたオリガに合わせて、刀を引いていた。

 汗を零す顔で胸を見下ろすと、自分の服に触れてはいるが、身体にはギリギリ届いていない距離で、切っ先は止まっている。

 朝日に輝く刀身に、自分の顔が映っているのを見て、オリガは奥歯を噛みしめた。

「今日はここまでにするか」

「いえ、これでは一二三様の訓練になりません。お手伝いをさせてください」

 汗をだくだくと流しながら、すがる様な目で続きを求めてくるオリガに、一二三は汗を拭うための布を放った。

「なら、まず汗を拭いて呼吸を整えろ。水を飲んで鈍さを取れ」

「はい……」

 ごしごしと急いで顔と首を拭いているオリガに、一二三は荒野で採ってきたリンゴに似た果実を差し出した。

「動きは悪くない。疲れが出ても動きが乱れないように身体が慣れてくれば良くなる」

 もう一つ取り出した果実を、一二三も一口齧る。甘酸っぱい果汁がたっぷりと喉を通って潤していく。

「武器に振り回されることは無くなったから、あとは繰り返しが大切だが……」

 技術は、見て慣れて身体に染みこませていくものだというのが一二三の持論であり、実践してきたことだが、それが難しいということも知っている。道場で若い門人がやめていく理由の多くが、“単調な動きの繰り返しに飽きたから”だった。

「はい。これからもよろしくお願いいたします!」

 笑顔で答えたオリガも、果実を口にして嬉しそうに味わった。

 短い休憩を終え、二人とも再び立ち上がり、向かい合う。

「じゃあ、仕手と受け手を交代する。どんな攻撃でもいい。魔法を使ってもいい。どんどんかかってこい」

「はい! 行きます!」

 鉄扇を構えたオリガは、全力で一二三にぶつかっていく。

 全幅の信頼と好意を向けられる相手がいる。全力を受け止めてくれる。なんて嬉しい状況か。自分はどれだけ幸せなのか。

 一生かけても追いつかないかもしれない。だったら、一生が終わっても付いていく。

 突きを避けての突き。それを交わして足を払うが、飛び上がっての打ちおろしが来る。転がって避けながらも脇腹を蹴りに行くが、柄頭がそれを阻む。

 二人きりの火花散る逢瀬は、オリガが疲労で動けなくなるまで続いた。こうなると、一二三が抱きかかえて領主館まで運んでくれる。それを狙った下心があったのは事実だが、オリガは疲れ果てた様子を見せて、吐息を荒くしながら一二三の肩にそっと頭を置く。

「……変な奴だな」

 オリガにしてみれば、色っぽく上気した顔を見せて一二三へのアピールをしているつもりだったのだが、口元がニヤニヤと緩んでいるので、一二三から見たら疲れすぎてハイになっているようにしか見えていなかった。

 恋愛経験の少ないオリガにとっての精一杯は、割と一二三に届いていなかったりする。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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