16.Viva La Vida 【復讐に遠慮は要らない】
16話目です。新しい街で早速殺します。
また少しグロテスクな表現が含まれますのでご注意ください。
馬車に載せていたロープを使ってグザファンを手早く縛り上げた一二三は、残った兵士に責任者を呼ぶように伝えると、グザファンをオリガとカーシャの前に転がした。
「オリガ、貴族の持ち物を盗んだ奴は、どういう罰を受けることになる?」
「……オーソングランデの法では、腕を切り落とすことになっていますが……」
「被害にあった貴族に始末される事の方が多いらしいね。それでも正当な対応として処理されるらしいけど」
オリガの言葉を引き継いだカーシャの言葉に、グザファンは顔を青ざめて、すがるような目を一二三に向けた。
「か、勘弁してください! 俺は上からの指示で……」
「ほう、ではその指示の内容と指示を出した奴を言え」
「そ、それは……」
グザファンは答えられなかった。ここで一二三に殺されなくても、上の名前を出した時点で今度は殺しに来る相手が変わるだけだと気づいた。
「言えないか。じゃあ……」
「待ってくれ! 言う! 言うから!」
正直に話すと後が無くなるが、話さなければ今死ぬ。ならば少しでもと考えるのは仕方がない事かもしれないが、涙で顔をクシャクシャにしながら命乞いをするグザファンの姿を見て、オリガもカーシャも何だか気が抜けてしまった。
「こんな情けないやつに騙されたとはね……・」
「本当に。殺す気すら失せるわね……」
そんな風に話していると、街の中から先ほどの兵士が走ってくるのが見えた。その後ろから、15人ほどの集団がやってくる。全員がグザファンと同じような鎧を着ているので、おそらくこの街の兵士たちだろう。
こちらへ走ってくるのを見ていた一二三だが、何かに気づいた瞬間、その集団に向かって走り出した。
「後ろだ!」
叫ぶ一二三の声を聞いて、兵士が振り返ると後ろをついて来ていた応援部隊がいつの間にか剣を抜いていた。
「え、なんで……」
つい立ち止まってしまった兵士は、後ろの同僚たちがグザファンではなく自分に向かってくるように見えて、思わずつぶやいた。
いや、気のせいではなく実際に自分に向かってくるのだと、一番近づいている兵隊長と目が合って確信した。兵隊長は剣を振り上げているが、明らかに狙いが自分だ。
「う、うわぁ!」
「避けろよ、バカ野郎!」
間一髪、斬られかけた兵士を突き飛ばした一二三は、振り下ろされた剣をかわしながら前蹴りで兵隊長を突き飛ばした。
たたらを踏んだ兵隊長だが、倒れるまではいかなかった。
「ぬぅ、抵抗するか! 賊めが!」
兵隊長が威嚇すると、一二三を取り囲むように兵たちが剣を構えて並んでいく。
数人はオリガとカーシャの方へ向かったようだ。
「賊はお前の所の奴だろうが。頭沸いてんのか」
すらりと刀を抜いた一二三は、吐き捨てるように言うと眉をひそめる。
「お前がこいつらの上司だな。躾ができてないのはわかっていたが、躾をする方もクズだったら仕方がないってことか? ん?」
一二三の挑発を聞いているのかいないのか、兵隊長は剣を構え直して部下たちに言う。
「この男は貴族を騙り我々の仲間に濡れ衣を着せて殺そうとした痴れ者だ! 今この場で断罪する!」
敢えて無視して大声で叫び、遠巻きに見ている一般人に聞こえるように語る。これは説明なのだと一二三は思った。“そういう事”にして、都合の悪い者を始末する。慣れているあたり初犯ではないようだ。
となると、一二三としては選択肢は一つだった。
「わかった。お前たちには話をしてる気にもならん。殺してやるからまとめて来い」
「舐めるなよ若造が! 死ね!」
再び上段から袈裟懸けに斬ってくる兵隊長だが、剣を振り下ろした時にはその左目に刀が刺さっていた。脳まで届いた刃が、あっさりと兵隊長の命を終わらせた。
「オリガ、カーシャ! 教えた通りに殺せばいい、思い切りやれ!」
一二三の声に二人が反応したかどうかは見ない。
女二人より一二三の方が危険だと判断したのか、兵隊長以外でも残り10人程が一二三を取り囲んでいる。
兵隊長が死んで兵達の間に動揺が走ったが、何としても一二三を始末しなければ自分たちが危ないことがわかっているのか、直ぐに立ち直って殺到してきた。
(カーシャたちに対集団戦の訓練はしてなかったな。今度教えてやりたいが、人数がいないとなぁ)
のんきな事を考えながらも、一二三の動きは素早い。
兵士たちの攻撃が繰り出される前に、適当な一人の背後に回り込みながら位置を入れ替える。
「ぐあっ!」
一二三が居た場所に押し込まれた男は、数本の剣に貫かれて苦悶の声を上げたが、そのまま死んだ。
その間にも一二三はさらに移動し、一人の頸を斬り払ってから素早く刀を収納する。変わりに取り出したのは鎖鎌だ。
二人まとめて鎖で首を絡め取ると、引き込んで腰に乗せて投げ落とした。
首が折れるくぐもった音がして、二人揃って絶命したが、それを確認することなく鎖をほどくと、近くに来ていた男の喉を鎌で掻き切った。
血しぶきを避けるように別の相手へと近づき、突き出された剣に鎖を絡めて奪い取ると、脇腹の鎧の隙間に鎌を叩き込み、思い切り腹を切り開いた。
どろどろと流れ出す自分の内臓を呆然と見ていた兵士は、いつの間にか死んでいた。
「これで半分か。手応えがなさすぎるぞ。もう少し頑張ってくれないと殺し甲斐がない」
つまらなそうに嘯いた一二三に、さらに一人が斬りかかって来るものの、足を払われて簡単に転ばされ、撫でるように振るわれた鎌で頚動脈を斬られ、死んだ。
残りの兵士たちを惨たらしく殺してから、一二三は死体に囲まれたままオリガたちに目を向けた。
それぞれ二人ずつ相手をしていたようだが、既に一人ずつは倒している。
オリガは手裏剣で小さな傷をつけながら近づけさせず、動きが鈍ったところで詠唱をしていた風の魔法で首を落とした。魔法の精度が上がり、切れ味も増したようだ。
逆に二刀で近接戦闘をしていたカーシャは、右手の剣で上段の攻撃をくり返し、相手が防戦一方になったところで不意に左手の剣を腿に突きたて、動きが止まったところに喉を切り裂いて殺した。
「よし、良くやった」
短く褒めると、一二三は辺りを見回したが、最初は見物していた街の人々も、巻き込まれるのを恐れてか、誰ひとりいなくなっていた。
一二三たちの他に生き残っているのは、未だに縄を打たれて転がされたままのグザファンと、兵士たちを呼んできた男だけだった。
戦闘が終わったことを確認し、よろよろと立ち上がった兵士に一二三が名を聞くと、タムズと名乗った。
「いったい、どうなっているんだ……」
呆然としているタムズの目の前には、人だった物があちこちに転がり、血の匂い漂う街の入口が広がっている。
「特等席で最初から見ていたくせにわからないか? グザファンは旅人の荷物を漁るアホで、お前の上司を含めたここに転がった同僚たちはグルだったってことさ」
認めたくないのかショックが大きすぎて何も考えられないのか、タムズは黙ったままだ。
どうでもいいので放っておく事にした一二三は、仲間が惨殺されて完全に怯え切ったグザファンの前に立った。
「お前、こんな真似してどうなるか……」
「どうなるんだ? 倍の人数が来るのか? もっと強い奴が出てくるのか? まさか、偉い奴が出てくるからとか言うんじゃないだろうな?」
グザファンが言い終わるのを待たず、まくし立てるように一二三は言う。
「お前らの様に、立場が上の奴が無条件で偉いと思ってる奴が多過ぎる。あの死体を見てみろ。お前の同僚と上司の区別がつくか? どの肉がお前の友達だ? どの内臓が上司のやつだ? 人間なんて斬ればみんな血肉をこぼして死ぬ。王も騎士もゴロツキも同じだ」
一二三の話を聞いていたのは、グザファンだけではない。オリガとカーシャも、真剣に耳を傾けていた。
「俺もお前も、基本は人は同じだぞ。違うのは見分けるための見た目と、何を考えるか、何をするかだ。お前らはよからぬ事を考え、俺に敵対した。それだけだ」
絶句しているグザファンを無視して、一二三はオリガたちに向き直った。
「これで、こいつらが組織的にやらかした事はわかった。まとめ役がさっきの奴かもっと上かは、聞きにいけばわかるだろう。あとは……」
一二三はグザファンを蹴り転がして、二人の奴隷の目の前に押しやった。
「俺がお前たちの立場なら、こいつを殺す。殺したところで何もならないし、黒幕でもなんでもないが、実行したのはこいつだ。だから殺す」
それが復讐の始まりだと思う、と一二三は言う。
そして、オリガとカーシャの目を順に見つめてから、自分がどうしたいかは自分で決めろと言った。
カーシャは迷っていた。
普段は乱暴な話し方をするし、見た目もおしとやかとは正反対で、主人である一二三に対しても、気楽に話しかけるような彼女だが、基本的には善人で人を傷つける事を平気でできるタイプではない。
相手が武器を持って襲いかかってくるとかなら、自分が殺されるよりも殺す方をもちろん選ぶし、そうじゃないと生き残れないから。
だからといって、敵だからと言って、抵抗できない相手を殺害することには抵抗がある。復讐という大義名分があったとして、それは人として正しいことだろうか?
カーシャが答えの出ない疑問を頭の中でこねくり回していると、隣に立つオリガは静かに言った。
「……殺します」
キッパリとオリガは言った。
「カーシャ、ここで引いたら、私たちはずっと後悔する気がする。辛い目にあった事をいつまでも過去の事にできずに。彼を殺し、彼にそれをさせた誰かを殺さなければ。だって、あの時私たちはご主人様にやってもらうのではなくて、自分たちの手で復讐を遂げると決めたでしょう?」
今回は、ご主人様にお膳立てしてもらっちゃったけど、とオリガは苦笑した。
そうだった、とカーシャは頭がクリアになったような気がした。
「アタシたちの敵はアタシたちで仕留めないとね」
剣を一本だけ抜いて、カーシャもオリガに微笑みを向けた。
「ご主人様、よろしければご主人様の“カタナ”をお借りできませんか?」
魔法ではなく、自分の手で殺したいというオリガの希望を叶えてやる事にした一二三は、鯉口を切ってからオリガに柄を向けた。
するりと引き出された刀身は、淡い輝きを湛えた美しい曲線を描き、命を奪う道具だという事を忘れさせるような雰囲気を湛えていた。
恭しく刀を受け取ったオリガは、カーシャと並び立ち、両手でたどたどしくもしっかりと柄を握り足元に転がったグザファンを見下ろした。
「や、やめてくれ……。悪かったと思ってるんだ。俺だって命令が無かったらこんな……」
「黙れ」
冷たい声をかけたのはオリガの方だった。カーシャは、緊張した様子で口を引き結んでいる。
「死は救いだと思いなさい。私たちが感じた絶望の生は、未来の苦痛への不安を味わう日々だった。どんな辱めを受けるか、どんな殺され方をされるかの不安を、考えたくなくても頭から離れない惨たらしい未来図に押しつぶされて生きるよりいいはずよ。死ねたなら、それで終わりなのだから」
言い終わるとオリガは隣りに立つ親友を見た。
カーシャは一度だけ頷いて、オリガと同時に剣を突き立てた。
「ぎぃっ……!」
あまりの痛みに、食いしばった声しか出せないグザファンは、即死はしなかった。
二人の剣はグザファンの大腿動脈を傷つけ、おびただしい血が流れ出すが、死ぬまでには少しの猶予が与えられた。
「アンタが死んでいく様を見ててやるよ。アタシたちの顔を見ながら、後悔しながら死ぬんだね」
「私たちはあの時の事をたくさん後悔しました。貴方に騙された事を。だから今度は、あなたがあの時の事をたくさん後悔しなさい」
二人は感情のない瞳でグザファンをじっと見ていた。
黙って見ていた一二三は、目を細めて見下ろす姿は、まるで慈悲深い聖母の様に美しいと、埒もないことを考えていた。
グザファンは、死にたくないとつぶやきながら死んでいった。
まずひとつ、オリガとカーシャの復讐が成った瞬間だった。
何も言わない二人の奴隷を連れて、一二三は食堂へ入った。
丁度食事の時間が迫っていたのもあったが、少し時間を置かないとオリガたちが動けないと思ったからだ。
怯えて入店を断られそうになったが、国の仕事で来たと、通行許可証と貴族を示すメダルを見せると、渋々店内へ入れてくれた。
「悪いな」
と言いながら、少なくない金額を店員に握らせてから、適当な料理を持ってくるように言った。
「いつまで呆けているつもりだ。そろそろ目を覚ませ」
「も、申し訳ありません」
「……少しは感傷に浸らせてくれてもいいと思うんだけど」
奴隷の立場を思いだして慌てて謝るオリガと、唇を突き出して不満を述べるカーシャに、女は強いなと一二三は思った。もう少し強くショックを受けるかと思ったが、問題ないようだ。
「下っ端もいいところの奴を一人倒したくらいで満足するなよ。これからまだまだ殺さないといけないんだからな」
「……殺すこと前提なんだね」
「変に地位が高くて悪知恵の働く奴ってのは、失敗して痛い目を見ても、運が悪かっただけだったと思ってまた同じことをやるもんだ」
だから、敵対して上から物を言ってくるような奴は、さっぱりと消してしまうのがいい。あとが楽だから、と一二三は言う。
そんな話をする三人の前に、次々と料理が並べられていく。
少し多めで変に豪華だが、一二三が貴族だと知った店主が頑張って用意したのだろう。
食欲がわかず、遠慮がちに食べるオリガたちと対照的に、柔らかなポークソテー風のステーキやシャキッとした新鮮なサラダをもしゃもしゃと味わいながら、一二三はごくごくシンプルに食後の予定を告げた。
「食べたらハーゲンティ子爵の屋敷に行くぞ。挨拶しに行かないとな」
まるで旅行の予定のように告げられたそれは、カーシャの耳には新たな殺戮の宣言にしか聞こえなかった。
お読みいただきましてありがとうございました。
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