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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
世に戦の種は尽きまじ
159/184

159.Timebomb

159話目です。

よろしくお願いします。

 自分に向かって走ってきた部下の兵士が目の前で一刀のもとに両断され、バシムは狼狽えた。

「なんだこれは? なんだというのだ!」

「敵襲だよ。総大将なら、そんなに怯えるなよ」

 青い馬とは珍しいな、と刀を提げた一二三が、ゆらゆらと近付いていく。

 必死で逃げていた魔人族の兵は、二人揃って上半身と下半身が泣き別れになり、助けを求めるようにバシムに手を伸ばし、死んだ。

「人間……だと?」

「良いことを教えてやろう。お前の部下は、何人か死んだぞ」

 馬上から一二三を見下ろすバシムは、汗を流しながら奥歯を噛みしめた。

「人間、貴様が殺したのか?」

「俺がやったのは片手で足る程度だな。あとは、ヴィシー……この国な。名前くらいは調べて攻めてるだろ? ヴィシーの中で、内乱……というか、一部の暴走だな。それに巻き込まれて死んだみたいだな」

「それを信じろというのか」

「別に。好きにすればいい」

 話している間に、一二三の周りを魔人族の兵たちが囲んでいく。

 四方をぐるりと囲まれても、平然と話し続ける一二三を見て、バシムは狂人の類かと考えた。

「でもな、情報をちゃんと集めるのがウェパルの指示じゃないのか?」

 王の名を出されて、バシムは押し包んで殺す指示を出すことを一旦やめた。

「人数が少なすぎるもんな。本気で国一つ落とそうと思ったら、攻めるだけじゃなくて統治するための人員がいる。皆殺しなら別だけどな。それくらい、ウェパルはわかるはずだ」

「……我々は強い。監視など、町に一人二人いれば充分だ」

「一人か二人? うふ、あっはっは!」

 腹いっぱい高笑いを堪能した一二三は、バシムへ心底ガッカリした、と呟いた。

「誤魔化すならもっとうまくやれ。すぐばれる嘘をつくと、お前の底まで見えるぞ」

「うぬっ! 下郎が!」

 バシムが一喝すると、その眼前に大剣の刀身が中空から生み出され、同時に弾丸のように撃ち出された。

 彼我の距離は十メートルも無い。

 敵の腹に刃が突き立つ様子を想像し、すぐに再現したと考えたバシムの表情が歪むのに、時間はかからなかった。

「そんな遠くから、刃が届くわけないだろ」

 バシムが飛ばした剣は、腰にぶち込んでいる鞘を握った一二三の、斜め後ろで地面に突き立っている。

「な、ど、どうやったのだ……」

「腹を狙ったろ? だから、こうやって弾いただけだ」

 鞘の鯉口を左右に振る。

「そんな馬鹿なことがあるか!」

「だから」

 二度目の剣は、柄頭で叩き落とされた

「目の前で、正面から、まっすぐ飛ばすとか、防いでくださいと言っているようなもんだろうが……ったく、ベンニーアやらフェゴールやらは、もっと色々やってたぞ?」

 知っている名前と比べられて、バシムはまた奥歯を噛みしめる。

「王の補佐であったフェゴールならまだしも、小隊程度しか統率していなかったベンニーアよりも吾輩が下だと言うのか!」

 激高するバシムに、一二三はヘラヘラと嗤って答えた。

「ちょっと違うな。剣を飛ばす程度しかできないなら“かなり下”だ」

 怒りが頂点に達したのか、意味の分からない咆哮をあげたバシムは、すぐに右手を振りかぶり、兵士たちに大音声で命令を下した。

「全員、一斉に魔法で攻撃せよ! 属性は問わぬ! 傲慢な人間を、チリ一つ残さず消し去れ!」

 命令が届くと同時に、一二三を取り囲んでいた兵士たちから、炎や氷、岩や水など、バラバラな属性の攻撃が飛んでくる。

 水蒸気と砂が舞い踊り、一二三が立っていた場所には白と茶色が入り混じった煙が踊る。

 誰かが魔法で水を撒くと、そこにはえぐり取られた地面だけが残っていた。

「……ふん。所詮は人間か。脆い存在だ」

「当たればな」

 呟いたバシムの背後から、独り言に返事が聞こえた。

「貴様……」

 冷たい感触が首筋に当たっているのを知って、バシムは視線だけを向けたが、一二三の顔までは見えない。冷や汗を流す自分の顔を映す、冷たい刀身だけが視界に入った。

「敵が見えなくなるような攻撃はやめておけ。相手が何をやったかわからないのは、不利だぞ?」

「吾輩を殺したところで、ここにはまだ二十名の兵がおる。逃げられると思うなよ……」

「腹が立つだろう? それでいい」

 一二三が首に刀をぴたりと当てたまま、バシムの左腕を掴み、ねじ上げた。

 馬の上だというのに、一二三は少しもバランスを崩すことはない。逆に、バシムの方がバランスを崩し、あぶみで何とか体勢を保っている状態だ。

 周囲にいる魔人族たちも、バシムへの誤射を恐れて遠巻きに見ているしかない。

 その彼らに向かって、一二三は声を発した。

「今、お前たちが攻めているヴィシー。その隣にオーソングランデという国がある。俺はそこにいる。もっと人数を集めて来い。そうしたらまともに相手してやるよ」

 刀がバシムの首から離れたが、手首を決められたバシムは動けない。

「自分たちが強い。人間は弱いと思っていた結果がこれだ。ムカつくだろう? ちょっと馬鹿なら、理不尽だと思ってる奴もいるかもな。で、俺は荒野のように広い心を持っている領主様だから、復讐の機会を作ってやろうと思ったわけだ」

 する、と絹が擦れるような音がする。

 誰もが気付かないうちに、一二三が持つ刀が、下から上へと振り抜かれた。

「ぐあああああああ!」

 左腕を肩口から切断され、バシムはとうとう落馬してしまった。

 左手で掴んだままの腕を掲げ、一二三は周囲を睥睨する。

「俺の前まで来れたら、この腕は返してやるよ」

 唖然とする魔人族たちの前で、闇魔法の収納へ腕を放り込み、幾重にも重ねた懐紙で刀を拭う。

 撒き散らされた懐紙が舞い落ちる中、悶絶するバシムの声を背中に聞きながら、一二三は悠々と帰っていく。

 その前を塞ごうとする者は、今この場には存在しなかった。


☺☻☺


 一二三たちに遅れること三日。アリッサは疲れ切った兵士たちを連れてフォカロルへと帰ってきた。

「ただいま~……」

「おかえりなさいませ」

 部隊を解散させ、兵士たちに休暇とその後の配置についての説明を済ませたアリッサは、自身もすっかり疲れ果てた顔をしていた。

 領主館に帰ってきたアリッサは、報告のために一二三を探していたのだが、ヴィシーへとちょっかいを出してあっさり帰ってきて、またどこかへぶらりと出かけてしまったらしく、会うことができなかった。

 代わりに、カイムとブロクラが出迎える。

「お疲れ様でした、長官」

 会議室の椅子に座り、ブロクラが入れてくれた冷たいお茶を一気に飲み干すと、アリッサはテーブルにぐったりともたれかかった。

「結局、大した訓練にもなんなかった。オーソングランデとホーラントが仲良くなっておしまい」

「今回の件で、ホーラントに対してオーソングランデは優位な立場を得られるでしょう。それに、各領地で加勢をしたのはフォカロルとミュンスターだけです。前回のホーラントでの騒動もあって、国内における発言力は二つの伯爵家が非常に強くなりました」

 まるで教師のような口ぶりで説明するカイムに違和感を覚えつつ、ブロクラからお代わりを受け取ったアリッサは嘆息した。

「一二三さんの発言力、というか、影響が強いのは、今に始まったことじゃないんじゃない? 今回の件でも、お姫様……じゃなかった、女王様もあっちの王様も振り回されてたし」

 自分がその行動に参加したことは忘れたかのように喋るアリッサに、カイムは眉ひとつ動かさずに「左様ですか」と答えた。

 一二三と共に帰還した兵士たちから聞き取りを終えているので、顛末は全て頭に入っているカイムにとって、アリッサの感想は聞き流しても問題無いらしい。

「ですが」

 座っているアリッサの目の前に、カイムが分厚い書類の束を置いた。

「領主様の影響。ではなく、この領地及びトオノ伯爵家の影響を把握していただく必要があります。幸い、現在の領主様が源流となりますので、覚えなければならない歴史は少なくて済みますが、国内外の情勢については、基礎的なところからやらねばなりません」

 アリッサが恐る恐る手を伸ばし、一枚目の紙に目を通すと、『オーソングランデの始まりと歴史』と題し、時折絵図を交えた長い長い論文が書かれていた。

「お、おお……?」

 どう反応していいかわからずにいるアリッサに、今度はブロクラが近づく。

 手にはドレスを持って。

「えっと……」

「歴史や政治のお勉強も大事ですけれど、淑女としては礼儀作法とかダンスのお稽古も必要ですよね。長官の年齢だと、まだまだ綺麗より可愛いデザインの方が似合うと思うんですけれど、こういうのはどうですか?」

「ブロクラさんが何を言っているのかわからない」

目を点にして、ドレスをひらひらと見せてくるブロクラに、横からカイムが無表情に良く似合う平坦な声で待ったをかけた。

「中身の無い淑女というのは問題でしょう。まずはしっかりと勉強をしてからが効率が良いかと」

「カイムさんと違って、一日文字を追いかけて平気な女の子なんていませんよ。楽しめる内容も織り交ぜないと、長官が可哀そうでしょう?」

「しっかりとした政治的感覚が無いままでは困ります。外交と社交は比較できません」

「比較できないから、バランスを考えるのよ」

「ちょ、ちょっと待って」

 何やら教育談義を始めた二人を、アリッサが両手を伸ばして止めた。

「話についていけないんだけど。なんで僕がその……歴史とか政治とか、ダンス? とか勉強しないといけないの?」

「あれ?」

 ブロクラがキョトン、とした表情でアリッサを見つめる。

「……なるほど、どうやら話が伝わっていなかったようですね」

「あー……そういうことかぁ」

 ブロクラが額を押えて天井を仰ぐと、不意に会議室のドアが開いた。

 素早くカイムが頭を下げ、ブロクラも倣う。

「帰ってきたのか。お疲れ……なんだこりゃ?」

 入ってきた一二三が書類を摘み上げて目を通す。

「急に勉強の話をされて、訳わかんなくて……」

「あー」

 ぺち、と一二三は右手で自分の頬を叩いた。

「言うのを忘れてた。アリッサ。お前、俺の娘になってくれ」

「は?」

「養子になってくれって話。フォカロルとか諸々、領地をやるから」

 何秒固まっていたのかアリッサには自覚できなかったが、たっぷり時間をおいて、悲鳴にも似た声を上げた。


☺☻☺


「……最近、良く気絶しているような気がします」

 ベッドから起き上がり、侍女が用意したオートミールを掬いながらイメラリアは呟いた。

「その、陛下のせいではなく、色々とご身辺が騒がしいせいかと……」

 泣きそうな顔をしているイメラリアを慰めようと、必死で言葉を探しているのは、ホーラントの戦闘にもついて来た侍女だった。

 彼女は帰国した直後、城の前の広場でさらし首になっている変わり果てたバールゼフォンの生首を見てイメラリアが卒倒したところにも立ち会っている。彼女も一瞬気が遠くなったが、なんとかイメラリアを支えることに成功した。

 一晩でなんとか回復したところで、フォカロルから送られてきた養子の申告書類だ。

 本調子ではなかったところに、一二三が養子をとるという書面での連絡を受けて、再び気が遠くなったイメラリアは、夕方になってようやく起き上がることができた。

「これも王の勤めと言われたら、それまででしょうけれど……あの方をこの世界に呼んだのは、確かにわたくしですけれど……もう!」

 皿の半分ほどを食べたイメラリアは、改めてフォカロルから送られてきた養子についての書類を見つめる。

 貴族が家督を継がせる養子を取るのに、特に王の許可は必要ない。当主なり遺族なりが納得して申請すればよいという事になっている。

 一二三本人の字ではないと思われる、判で押したように整った字に、これまたそのままお手本になりそうな文面で綴られた書面だったが、サインだけはしっかり一二三の文字と思しき妙に下手な文字が並んでいる。

 アリッサが領地を継ぐことそのものに対して、イメラリアとしては特に反対するつもりは無かった。一方的なものかもしれないが、共に戦ったことで生まれた親しみも多少はある。

 できれば、数少ない女領主として、男社会である上流社会で存在感を表してもらえたら、女性を侮る男たちに対して良い牽制にもなるだろうとも思う。

「失礼します。お加減はいかがでしょうか」

 イメラリアが目覚めたという報告を受けたのだろう、ノックをして入ってきたサブナクに、イメラリアはフォカロルからの書類を無言で手渡した。

「?……これは……」

「狙いはなんだと思われますか?」

 おそらく一二三の事を城内で最も知っているのはサブナクだろう。感覚も近くなりつつあるのがイメラリアには気になるが、相談役としては適当だと判断した。

「あー……なんというか……」

「何か言いにくい内容なのですか?」

「これはぼくの想像でしかない、ということを前提でお話しさせていただければ」

 オートミールの皿を脇にずらし、指をからめた両手をテーブルに置いたイメラリアは、一呼吸置いた。

「かまいません。聞かせてください」

「多分、自由に動くために隠居するつもりじゃないでしょうか……。貴族をやるのに飽きたのかもしれません」

「今でも自由に動き回っているではありませんか」

「ぼくには、何か大きなことの準備を始めるために、役割をアリッサに押し付けたように見えるのですが……」

 サブナクの言葉に、イメラリアは焦りを覚えた。

「……直接、本人から話を聞かねばなりませんね」

 立ち上がり、サブナクから書類を受け取ったイメラリアは、眉間にしわを寄せて命じた。

「トオノ伯爵へ召喚状を送ってください。……名目は、ヴィシーの戦乱に関して、としておきましょう」

 だが、そんな事は当然ついでの用に過ぎない。

 イメラリアが本当に聞きたいのは、一つだった。

「わたくしたちの世界を、どうしようというおつもりですか……」

 何が起きるにしても、一つの国を背負った者として、呼び出した責任を負う者として、復讐心を脇に置いてでも、やらねばならない事がある。

 死ぬかもしれないが、それは確かに自分の役割だ、とイメラリアは決意した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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