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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
世に戦の種は尽きまじ
158/184

158.Footsteps

158話目です。

よろしくお願いします。

「子供が遊びに誘ってるんじゃないんだから……」

 ニャールが持ち帰った返答に、ウェパルは頭痛を覚えて眉間を押えた。

「手紙に書かれている他に、何か聞いたり見たりしなかった?」

「果物おいしかったです」

「……わかったから、しばらく待機してなさい」

 とてて、と相棒フェレスのところへ戻っていくニャールの後ろ姿に、警戒されにくい容姿に拘ってキャストを間違えた、と後悔した。

「とにかくは獣人族側からは動くつもりはないのかしら……少なくとも、好戦的とは言えないみたいね」

 ウェパルが前方に視線を向けると、スラムへ向かう入口には、若干のエルフを含む獣人族が武器を構えており、人間だけが住むと言われている町にも、兵士が並んでいる。

 獣人たちは、どこか自信に満ちた顔で余裕すら見えるのに対し、兵士たちは隊列もバラバラで、ウェパルたちと獣人たちの両方におどおどと視線を向けていた。

 気味が悪い、とウェパルは思う。

 エルフと近しくしている獣人の方が、人間よりも魔人族の情報を知っているはずで、魔人族に対しては獣人族の方が怯えているのが自然ではないか。

 どこまで的確なものかはわからないが、しっかりと魔人族に対する対応が決まっていて、準備もできているのだろう。

 そして人間は、少なくともこの国にいる人間は、自分たちが強いと思い込むことができない程に、獣人族に叩きのめされた経験があるのだろう。その記憶がまだ新しいから、余計に正体不明な魔人族が怖いのかもしれない。

「さて、どうしましょうか……」

 ウェパルとしては、獣人族の糾合を進めているスラムの者たちと交誼を結ぶことができれば、人間に対する数的劣勢を多少なりカバーできるうえ、魔人族が隔絶されていた間の世界の情報を手に入れるのに都合が良いと考えていた。

 ところが、獣人族の代表は乗ってこなかった。

「魔人族の強さを知っていて尚、町を守る自信があるってことよね」

 その自信、根拠がわからない。それが怖い。

「一気に叩き潰して、隷属させることも考えたけれど、もう少し情報が欲しいわね」

 万が一にも、失敗したくはない。

「かと言って、あっさり振られちゃった以上、話し合いというのも……。知恵無しが力任せみたいで嫌だけど、仕方ないわね」

 ウェパルは、部隊を統率する魔人を呼び出し、任務を与えた。

「では、獣人族に私たちの事を詳しく教えてさしあげましょう」


 翌早朝。

 魔人族は三十名という少数で、ソードランテの町を襲った。

 スラムは完全に無視をして、人間たちの町へと雪崩れ込んだ。

 午前中だけの戦闘で、ソードランテは兵士の半数を失い、民間人にも多大な被害が出た。対して獣人族たちがいるスラムには被害が一切出ていない。

「どういうことよ!」

 ウェパルは美女と評される顔を歪めて地団太を踏んだ。

「町を守る手段があるんじゃなくて、揃って町を捨てるなんて!」

 人間側に甚大な被害を与え、改めて獣人族に恭順を迫るつもりでスラムを訪れたウェパルは、もぬけの殻になった町の真ん中に立っていた。

 夜のうちに戦いの準備をしていた魔人族の動きに感づいたのか、エルフを含む獣人族たちは、戦いの混乱が始まる前から、町を脱出してしまったのだ。

「そうよね……良く考えたら、森の中で集落を作って生活しているのが基本の連中だもの。土地にそこまでこだわる訳ないのよね」

 森を捨てたエルフと、人間の町から離れた者、戦争に巻き込まれないように、と森へ避難することに、強い反対は無かっただろう。

「今回は、私の負け……損はしたくないから、しっかり取り分はもらうからね」

 ウェパルは生き残った人間のうち、城にいた者で高位の職にあった者は処刑し、残った職員たちは奴隷身分へ落とした。

 民間の者たちには特に危害を加えることは無かったが、出入りは厳しく制限された。

「ここを私たち魔人族再起の拠点とする! 日陰者であった我々が、この世界の頂点に立つことを、ここからの戦いで証明してみせるのだ!」

 ウェパルの芝居めいた演説に、魔人族の兵たちは興奮し、人間たちは気力を奪われた。

 ソードランテという国号は、この時点で消滅したことになる。


☺☻☺


 ヴィシーを襲った魔人族は、魔法攻撃でヴィシー側防衛線をズタズタに引き裂いた後、少人数の部隊ごとにヴィシー国内へと散り散りに侵攻している。

 これはヴィシーの兵士や民間人の目が届かないところで変装し、間者をもぐりこませるためだ。策は成功し、ヴィシーの兵を振り切った数名は、無事に人間に化けて戦争から逃げてきたと偽って、他の町へと入り込むことに成功した。

 ところが、部隊を分けたことで被害を増やした一面もあった。

「なんだこいつら! 人間じゃねぇのか!」

「くそっ! 腕が無くなってるのに何で……ぎゃあああ!」

 得意の火球で右手を炭化するまで焼き尽くした相手に、深々とナイフを刺されて悲鳴を上げた魔人は、声が消えると同時に死んだ。

 最初の攻撃から“人間は弱い”と印象づけられた魔人族にとって、傷ついても迫りくる強化兵に恐れおののいた。

 素早い剣撃も強力な魔法も、彼らを怯ませることができない。

 傷ついても愚直に迫る強化兵たちに、魔人族もじわじわと被害を増やしていた。

「死ぬのが怖くないのか!」

「頭を弄られてるんじゃないか? 人間は狂ってる!」

 強化兵ともみ合っている間に、ヴィシー兵の攻撃を受けて倒れる魔人族も出て、さらにそのヴィシー兵が強化兵に殺される。

 三つ巴の戦場は、魔人族や強化兵が無軌道に動くため、ヴィシー国内のあちこちで、民間人も巻き込みながら発生していた。

 そして、魔人族の将であるバシムには、状況がつかめない。戦場が広すぎるうえに、一部隊の人数が少なすぎるので、状況の報告が上がってこないのだ。

 兵士が戻ってこないのは、うまく潜り込めたのだ、と考えるしかない。伝達手段を確立しなかったことが、被害の拡大を招いた部分もある。だが、その事すらもバシムが知ることは無い。

 当然、たった一人でもう一つの勢力になりうる者が、フィールドに入り込んだことも、出会うその時まで知ることは無かった。


☺☻☺


「ふぅん……」

 切り捨てた強化兵の鎧を剥ぎとり、一二三は切り開いた敵の胸部を眺めていた。

 そこにあるのは間違いなく魔法具であり、痛みを感じることなく襲ってきたあたり、今まで見てきたものと同様のものだと判断できた。

「多少は動きがマシになったくらいか。このあたりは個人差なのか?」

 周りには、三体ある強化兵の他、商人と思しき家族、冒険者のような剣と皮鎧で武装した男が三人、死体で転がっている。

「無差別、か。別にいいけどこれだと誰がやったかわからないな。それじゃあ敵が不明瞭で、憎悪の方向が定まらない。つまらん、つまらん」

 拭った刀を鞘に納め、馬が死んで横倒しになっている馬車に入っていたパンを齧る。まだしっとりした舌触りが残っている。

「ん~……割と近くからか? そんなに乾いてないな」

 魔人族の侵攻から逃げてきたところで、強化兵に襲われたのだろうか。冒険者は護衛か、ひょっとすると商人たちを襲った野盗かもしれない。

 いずれにせよ、皆死んでしまっているので、意味のない想像だが。

 モリモリとパンの残りを口に押し込むと、一二三は左手の手袋を外し、帯に押し込んだ。

「ようやく来たか」

 左手を振ると、飛来した氷の槍が三分の二ほど削り取られ、地面に落ちて四散した。

「な、なにをやったんだ?」

 氷を飛ばした魔人族の兵は、防がれたのはわかっても、どうやってなのかはわかっていないようだ。

「構うな! どうせ人間はまともに魔法に対応できん!」

 次に一二三を襲ったのは火球だったが、真っ黒に染まった左手の一振りで中央を抉り取られ、残りは火の粉となってゆらゆらと地面へ消えた。

「もっと違うことをやろうぜ。他の奴と同じじゃつまらないだろう?」

 右手で刀を抜き、左手で魔人族たちを挑発する。

 魔人の兵は五人。それぞれが剣を持ち、同時に魔法も使えるようだ。

「人間風情が!」

 一人が駆け寄ってきたのを、思い切り前蹴りで蹴り飛ばし、走ってきた十数メートルを転がした。

「それじゃあ駄目だ。人間も多少は頭を使って戦うことを覚え始めたぞ。ヴィシーの連中はさておき、これから人間と戦っていくなら、そうだな……ベンニーアみたいに工夫してみろ」

 ベンニーアの名前を知る者が一人いたらしく、混乱しているのか奇妙な顔をしている。

「な、なぜ彼女の名前を……」

「殺し合いをした仲さ」

 こんなふうに、と一二三は一気に距離を詰め、先ほど蹴り飛ばした魔人に迫る。

「させるか!」

 立ち上がり様に剣を突き出して反撃してくるのを、身体をくるりと回して避け、そのまま横薙ぎに首を刈り取った。

「知っているぞ、知っているぞ。お前ら魔人族は魔法が得意で」

 石つぶてを全て刀で叩き落とす。

「身体的にも人間より多少は頑丈で、力も強い」

 剣を持って前に出てきた魔人族と、刃を合わせて鍔競り合いに持ち込む。

「な、なんで……」

 魔人族が両手で体重をかけて必死に押し込もうとしているのに対し、一二三は右手一本。三倍の厚みがある剣が、日本刀の刃でメリメリと傷つけられていく。

「そして、身体の造りは人間と大差がない」

 一二三が左手を伸ばし、魔人の腰に巻かれた帯を引く。

「ぬおっ!?」

 無理やりのけぞる格好にさせられた魔人は、剣を支えることができず、目の前に刀が迫るのを目を見開いて迎えるしかない。

「おっと」

 他の魔人が放った火球を避けた拍子に圧力がゆるくなったところで、剣を捨てて地面を転がり一二三から離れていく。

 追おうとする一二三に、さらに石つぶてが足元へ集中し、その間に別の一人が剣を構えて行く手を塞いでいた。

「チームワークは良いな」

 感心、感心と一二三は頷き、飛んできた火球を左手で握りつぶした。

 握られた左の拳。二本だけ指を立てる。

「あと二人殺す。残り二人は逃がしてやる」

「えっ」

 急な発言に目を見開いた瞬間。

 一二三の猛烈な突きが、構えられた剣の刀身を猛烈に叩いた。

「あつっ?」

 自分の剣で頭を打った魔人は、額から血を流して混乱する。

 その軸足を蹴り飛ばし、横倒しになった心臓を刀が貫く。

「内臓の位置も同じ……あと一人」

 灰色の肌から切っ先を抜き、血振り。

「ち、近づくなっ!」

 魔人族の一人が腕を振ると、一二三の足元、地面が爆発したようにはじけた。

 無数の石つぶてが八方に飛び散り、土煙で一二三の姿が見えなくなる。

「今のうちに逃げよう!」

 魔法を放った男が仲間の顔を見ると、その眼球に刀が刺さっている。

 その刀、掴んでいるのは当然、一二三だ。

「面白い攻撃だった。だが、威力が足りない」

 袴にいくつかの小さな穴が開いている。わずかながら足に傷を負ったのか、血が足元に流れていた。

 それでも、前に出て直撃を避けたこともあり、一二三にとっては無視できる程度でしかない。

「そんな……」

 怯える魔人族たちの前で、魂が抜けた仲間の身体は、倒れることで刀から自由になった。

「宣言通り二人だ。逃がしはするから、そら走れ!」

 一二三の号令で、二人の魔人族は背を向けて全力疾走を始めた。

 人間は弱いんじゃなかったのか。

 魔法攻撃にろくに対応できないはずじゃなかったか。

 荒野で散々に蹂躙した人間の集団と、たった今仲間を殺した男は同じ人間とは違うのか。

「どうなってるんだ!」

 不都合な現実に悪態をつきながら、目指すのは大将がいる戦陣だ。

 将であるバシムは、魔人族の中でも上位にいる者たちの多くがそうであるように、特殊な魔法を使える。ヴィシーの使者を殺した時に使った魔法だ。

 何もない場所から瞬時に刃物を生み出し、飛ばす。どんな相手だろうと、知らなければ避けようがないほどの速度であり、先の戦いでも人間の将をあっさりと殺している。

 バシムのところまで行けば、あの人間を殺せる。

 後ろから追ってくる足音は聞こえないふりをして。

 陣へ戻れば助かる。

 その一心で走った。


 それが、一二三にとって都合の良い案内役になっていると気付かないまま。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。

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