156.Stop And Stare
156話目です。
よろしくお願いします。
ヴィシーの騒乱に関して、オーソングランデもホーラントも、直接的な介入は行わない、とした。
これはヴィシー側にもピュルサン側にも加担しないという宣言であり、両国とも国境の警備を厳にするのみに留め、難民が発生した場合は、身分を記録したうえで入国は許可するものとした。
状況的に小規模な戦争であろう、という報告が両国の中枢に届いたために行われた措置であり、もしピュルサンでの騒動について詳しく報告が行っていれば、ヴィシーへの救援が行われたかもしれない。
もちろん、軽く見ていたわけではないが、それ以上にヴィシーと接する領地を持っている一二三の動向の方が、より緊張感を持って注視されていたため、真実は知られることがなかった。
フォカロルの行政機関以外は。
「ピュルサン兵の暴走ですか」
ヴィシー方面の情報を集めているフォカロル兵からの報告を確認したカイムは、眉ひとつ動かさず、部屋に集まっている文官たちへと視線を戻した。
「ヴィシーとピュルサンの戦争に関してですが、どうやらピュルサンの兵士が散り散りに周囲の町を襲っているというのが現状のようです。とても戦闘とは呼べないような、虐殺が行われている、と報告にはあります」
「ヴィシー側にも兵士はいるんだろ? そいつらはどうしてるんだ?」
ドゥエルガルの質問に、カイムは再び報告書へ目を落とす。
「ピュルサンの兵に悉く敗れているようですね。現在はピュルサンに近い町や村からは避難が行われているようです」
「そんなに強いの?」
ミュカレの質問に、他の全員が同意した。
特に従軍経験のあるミュカレからすれば、人数も少なく、隊としての連動した行動をしていない兵が、防衛側を破るのは余程の力量差が無ければありえないと言えた。
「正確な情報はまだありませんが、ほとんど夜盗のような動きをしているようです。昼も夜もなく移動し、手当たり次第に攻撃しているようですね」
「ピュルサンは、小さくても割と話ができる人が国王になってたと思うんだけど……。使節の人たちも、普通の人たちでしたし」
ブロクラは、フォカロルを訪問した使者たちを思い出して言う。とてもそのような暴走をするような政府には思えなかった、というのがブロクラの感想だった。
「状況に敏感な商人たちは退避を初めているようですね。彼らは商売道具や商品を奪われては生きていけませんし、情報に対する反応が早い。それにつられて、一般の市民からも難民が来るでしょう」
「ピュルサンに対しては?」
「特に何もしません。いえ、できません」
カイムは報告書を置き、質問をしたドゥエルガルを見つめた。
無表情でまっすぐに見られて、ドゥエルガルは別に責めているわけではないと知りつつも、何か居心地の悪さを感じる。小さいころに学習所の先生に真剣な質問をされているときの妙な落ち着かなさと似ている、と思考がやや逸れた。
「こちらに攻めてきたというのであれば対応すべきでしょうが、領主様が不在の今、勝手に兵を動かすような真似はできません。やるとしても、領主様が戻られてからのことでしょう」
「カイムさん」
パリュはカイムの視線が自分を向いたのを確認して、一呼吸置く。
「逃げてくる方がいる可能性があるのであれば、兵士の皆さんに協力してもらって、検査や確認、情報収集をするべきです。それと、受け入れの態勢も整えなければいけません」
最年少であるパリュの意見に、全員が口々に同意する。
「では、人員についてはミュカレとパリュに任せます」
「任せて。人員にはまだ余裕があるわ。警備と防衛の人員も増やさないとね」
「いえ、兵士はできるだけ休ませておいてください」
カイムから珍しく“休み”の話が出たせいか、全員がびっくりして黙り込んだ。
それが不満なのか、カイムはゆっくりと全員を見回した。
「騒動の情報はすでに領主様へ送りました。飛んで帰ってきて、また兵士を連れて首を突っ込むのは明白です。帰ってきた兵士をそのままヴィシーに送るわけにはいかないでしょう。今の留守部隊がそのままヴィシー方面軍扱いになるのです。今のうちに休ませておかないと、余計な損耗が出ます」
反論は一切出なかった。
☺☻☺
ピュルサン兵の暴走について、ヴィシー中央委員会ですら正確な情報は掴めていなかった。
じわじわと被害が広がっていくのだが、大きな部隊が移動しているわけでもなく、少人数のグループが移動しながら被害を広げていくうえ、自軍側が片っ端から敗退していくだけで、敵についても「傷を受けても気にせず攻めてくる」という、信じがたい内容しか入ってこない。
「どうなっている! ピュルサンは何を考えているのだ!」
中央委員会の面々は、顔を合わせてもお互いに大した情報を持っていない事を確認するしかない状況に、苛立ちが積もる。
「宣戦布告どころか、連絡一つ無い。おまけに、村も町も攻め滅ぼすだけで統治しようとすらしていないとは……」
「まるで狂人だ。ミノソン一人だけじゃない。ピュルサンの連中全部が狂ったとしか考えられん」
口々にピュルサンを非難する言葉が生み出されては誰にも受け止められずに消えていく。
残ったのは、無力感だけだ。
「もはや、それぞれの都市で対応できる状況ではない。被害を広げないためにも、以前のように国の戦力を集中して封じ込めを行うべきだ」
「そうですわ。ホーラントやオーソングランデ側はこの際、最小限の戦力で充分でしょう」
「フォカロルには多くの人員を研修のために送っているし、我々の都市にはフォカロルから教導部隊も来ている。まさかオーソングランデ側から攻撃してくることもあるまい」
大体の方針が決まったところで、委員会を排出していない町を防衛線として勝手に設定した彼らは、一方的に退去勧告を出し、同時に国内から兵力を集中させることに決まった。
そのやり方には、特にピュルサンに近い都市からは非難が多かった。だが、「では見捨てることにする」と脅されては、抵抗もできない。
これで、この騒動は終わりを迎え、ピュルサンという生まれて間もない国は、その短い生涯を終えるだろう、とヴィシーの誰もが考えた。
五日ほどたち、近隣の都市から予定していた全体の半分が集結できたころ、中央委員会に届けられた報告は、ヴィシーという都市国家集合体を最大の危機に追いやった。
「し、侵攻を受けています!」
慌てて会議室へ転がり込んできた兵士を、中央委員会のメンバーは一同揃って冷ややかな視線で出迎えた。
「今更何を言っている。そのピュルサンの侵攻を食い止めるために軍を動かしている最中であろうが」
「いえ、ピュルサン方面ではありません! 反対側からです!」
「なんだと!」
椅子を倒す勢いで立ち上がった中年の委員会メンバーは、顔を紅潮させて、興奮に任せて叫んだ。
「オーソングランデが攻めてきたというのか!」
伝令は、その言葉に首を横に振った。
「ま、魔人族です……魔人族の軍勢が、荒野から大挙して攻めてきました! ここまで三日かかりましたが、その時点では国境の向こうで陣を敷いているようでした……」
「魔人族だと? その情報は正確なのか?」
「この目で見て参りました。灰色の肌をした軍勢が並び、大将と見られる男が青い肌の馬に乗り、軍の正面に堂々と立っているのを」
その後、委員会がフォカロルへ救援を求めることを決定するまで、時間はかからなかった。
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王都を抜けたあたりで、一二三の元へヴィシーとピュルサンの戦況と、魔人族の軍がヴィシーと対峙しているという情報が届けられた。
フォカロルの伝令は、カイムからの指示を受けて来たとだけ伝え、報告書類を手渡してさっさと去っていく。一二三の現在位置をカイムへ伝えるためだ。
「やっと来たか」
遅いな、と一二三はつぶやいた。
「魔人族、ですか」
一二三から報告書を受け取ったオリガが、内容に目を通す。
その横から、首を伸ばしてヴィーネも覗き込んでいた。
「そういえば、ウェパルさんという魔人族の王様に会いました。プーセさんたちと旅をしているときに、荒野で出会ったんです。女性ばかりで、ウェパルさんは特に綺麗な人でしたけど……」
口の端を下げて、眉を寄せる。
「何かあったの?」
「ご主人様の事を知っているらしくて、その……ご主人様の事を悪く言われて……」
その時に号泣するほど悔しかったのを思い出して、ヴィーネは大粒の涙を目にためていた。
「ウェパルか。ちゃんと王様やってたんだな。……とすると、ヴィシーを攻めたのは俺と戦う覚悟ができたのか? それとも、直接かち合うの避けて、わざとヴィシーを選んだのか……なんにせよ、ホーラントよりは楽しくなるだろう」
「一二三様。魔人族というのは、どのように戦うのですか?」
ヴィーネから一二三に対するウェパルの評価を聞いたオリガは、怒りを押さえた声で問う。
「魔法が得意だな。中には特殊な能力を持っている奴も多いらしい。強力な障壁を作るやつもいたし、攻撃になるほどでかい声を出せる奴もいた」
楽しかったぞ、と一二三は笑う。
「力の強いのも結構いたが、メインは魔法だな。そういや、電撃を使える奴もいたな」
「でんげき、ですか?」
ヴィーネは意味が分からず、オリガを見たが、わからないとオリガも言う。
「あー……電気。いや、雷があるだろ? あれの小さい奴を操れるようなもんだな」
「雷を……」
一二三の説明を聞いた二人は、顔を見合わせた。
同じく魔法を使える二人にとって、想像もつかない事だった。
そんな反応を受けて、一二三としては少し思いついたことがあったが、ここで言っても仕方がない、と胸にしまう。
「俺は魔法についてはあまり詳しくないが、戦闘への応用やら速度に関しては、魔人族が一番、次にエルフ、人間ってところだな。獣人はどれくらいできるか知らんが、まだ使えるようになって日が浅いなら、人間より下じゃないか?」
いずれにせよ、魔人族相手ならヴィシーの軍隊は大した日数もかからず全滅させられる可能性が高い、と一二三は予想した。
「本気でヴィシーを攻める気でいるなら、という前提はつくけどな。ヴィシー側の勝機は、防衛側であることと、魔人族そのものが戦争慣れしていないところにある。ウェパルがそれをどう考えているか、だ」
世代が変わるほどの長期間、多種族と隔絶されていた魔人族は、同族同士の小競り合いや、魔物退治以外の戦闘行為は未経験である。エルフとの長い戦闘も遠い昔の話であり、伝聞やら文献で残るのみ。それらの再現ができるのか、対人間についてどう考えて動くのか、一二三はこれが楽しみだった。
「一二三様なら、どうされますか?」
オリガの質問に、一二三は空を見上げた。
「そうだな……何回か段階を踏んで戦いを仕掛けて、どういうやり口で人間側が動くかを見る。それと、その混乱の中で間者を潜り込ませる」
「内偵ですか」
「面と向かってやりあうだけで入ってくる情報なんざ、高が知れてる。予備兵力や兵糧、逃走する場合のルートや、逆に回り込めたり伏兵を潜ませることができる場所。こういうのは“そっち側”にいないとわからんことが多い」
オリガの質問に対する答えを聞いて、ヴィーネは一二三の教えを受けたレニが情報を重要視する理由を知った。
「魔人族は人間に変装もできるらしいからな。敵の兵士にでも化けて人間側に何人か送り込んで、また小競り合いでもしながらそいつを回収する。そして対策を立てる」
ウェパルは慎重派の部類に入るから、ひょっとしたらそう考えてるかも知れないな、と一二三は評した。
「では、そこからフォカロルへも間者が入る可能性もありますね」
「だろうな」
軽く頷いている一二三に、危機感は微塵も無い。
「では、ヴィシーを助けるのですか?」
説明を受けて、自分の中でかみ砕いたオリガは、ヴィシーに勝ち目は無いだろうと判断した。ただでさえピュルサンとの戦闘に人員を割かれている状態であり、教導部隊を送ったと言ってもそこまで戦力が上がったとは言えない。しかも、都市国家の集合体である以上、命令系統も決して整っているわけではない。
フォカロルで無くとも、どこか強力な助力が無ければ、ヴィシーは負けるだろう。
だが、一二三は否定した。
「いや、ヴィシーは助けない」
「……では、魔人族側に?」
恐る恐る尋ねたヴィーネに、それも違う、と一二三は否定した。
「別にどっちかの味方になる必要も無いだろう。もうちょっと頭を柔らかくしようぜ」
手袋をつけた左手を見せて、一本ずつ指を立てていく。
「魔人族、ピュルサン、ヴィシー……今は三つの勢力が戦場にいるわけだ。それなら」
もう一本、指が伸びた。
「勢力が四つになっても、別に構わんだろう」
四本の指をゆらゆらと揺らしながら、どこが勝つかの賭けを開催するのも楽しいかもな、と笑い、オリガは「それでは一二三様に集中して賭けが成立しません」と微笑む。
ヴィーネはまだ、ヴィシーやピュルサンといった人間の国についての知識が追い付いていないせいか、話についていけずに困っていた。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。